上 下
776 / 848
第二二章 チャラい王子としっかり者のお嫁さん達

第776話 落ち着いた雰囲気のお姉さんだった

しおりを挟む
 
 森の中で狩りを始めて三日目、またもやオベルジーネ王子が造った領地に行き当たったよ。
 三度目ともなれば驚きはしないけど、やっぱりこのチャラ王子の娘と思しき少女が二人出てきたの。
 王子を「おとうちゃま」と呼ぶ幼女カレンちゃんとメイド姿の少女ネネちゃん。

 王子は、二人を連れてカレンちゃんのお母さんが居る宿屋へ向かうことにしたみたい。もちろん、おいら達も付いて行くよ。
 ネネちゃんが宿屋と呼んでいたのは、この領地で一番目立つ宮殿のような建物だった。
 宿屋の敷地をぐるりと囲む意匠が凝らされた鉄製のフェンス。
 王子は宿屋の敷地まで来るとその正面入り口からは入らず、フェンスに沿って敷地の裏側に回り込んだよ。

「遠回りになるけど赦してちょ。
 この格好で正面から入ったらお客さんを驚かせちゃうしぃ。」

 そう言いながら自分の姿を指し示す王子。そりゃ、お客さんも驚くだろうね。
 魔物狩りでかなり汚れているし、何よりも狩ったばかりで血が滴ってる『馬鹿』を担いでるんだから。
 上流階級のご婦人方なんて卒倒してもおかしくない格好だよ。

 そんな訳で敷地の裏側にある通用口に回るらしい。見た目、チャラい王子でもその辺りはちゃんと考えているんだね。

 そこそこ広い敷地を囲うフェンス沿いにカレンちゃんの手を引いて歩くオベルジーネ王子。
 カレンちゃんは幼子の割におとなしくしてるけど、その表情は父親に手を繋がれてご機嫌な様子だったよ。

 やがて、通用口から敷地に入ると宮殿のような建物の裏に建てられた小屋に行き。

「ご苦労さん、みんな元気にやってるかい。
 これ、今狩った獲物だよん。処理を頼むねぇ。」

「おっ、若旦那、お帰りやし。
 こりゃまた、随分と立派な『馬鹿』だ。解体のし甲斐があるぜ。
 野郎ども、ぼさっとしてるんじゃねぇ。
 いつまで、若旦那に重いモン担がせておく気だ。」

 どうやら、小屋は魔物や動物の解体小屋みたい。威勢の良い親方が若い人を率いて宿屋で使う肉の処理をしている様子だった。
 親方にハッパを掛けられて、若い人が慌てて王子の担ぐ『馬鹿』を受け取ってたよ。

 後から王子に聞いたところによると、親方は王都に店を構える老舗の肉屋の店主だったらしい。
 丁寧なお肉の処理に定評があり、王宮をはじめ、上位貴族や高級料理店、それに高級な宿屋に食肉を卸しているそうだよ。
 この宿を作っている頃、丁度、店を息子に譲って隠居したらしく、王子が無理を言って引き抜いて来たらしいの。
 大分高齢なので王都を離れるのを渋ったそうだけど、一流の人を揃えたいと再三足を運んで頼み込んだんだって。

              **********

 肉の解体小屋を後にしたおいら達は宿屋の裏口へ向かったの。
 途中、あちらこちら汚れて所々魔物の血が着いたおいら達にギョッとする人達とすれ違ったけど。
 カレンちゃんと手を繋ぐオベルジーネ王子を見ると、皆、気さくに声を掛けて来たよ。

 そして。

「まあ、あなた、お帰りなさい。
 大分汚れてますが、周辺の魔物を間引きながらいらしたのですか?」

 朝見送ってくれた顔が出迎えてくれてビックリだった。
 声もそっくりでいつの間に先回りしたのかと思ったけど、よく見るとフルティカさんより二つ、三つ年上に見えたよ。
 加えて、話し方もそうだけど、全体的にフルティカさんより落ち着いた雰囲気のお姉さんだったの。
 多分、この人がフルティカさんのお姉さんだね。
 おいらの背後から、「姉妹丼とは…。」、「見下げ果てたクズですね…。」ってタルトとトルテのヒソヒソ声が聞こえてきたよ。

「ただいま、ウルピカちゃん。 留守を守ってもらって有り難う。」

 この名前も聞いたことがあるよ。リュウキンカさんにヒュドラの前に放り出された時、泣き言の中に出てきた。

「いいえ、当然ですわ。
 あなたがカレンのためにと造ってくれた町ですもの。
 それを守るのは、母親としての当然の務めです。」
 
 王子の労いの言葉に、軽く頭を下げつつ当たり前のことをしたまでと返すウルピカさん。
 やっぱり、カレンちゃんはチャラ王子とウルピカさんの間に出来た娘さんなんだね。

「それでも、やっぱり有り難うだよ。
 いきなり宿の経営を丸投げしたんだもん。
 さっきフルティカちゃんから聞いたよ。
 最近繁盛しているでしょう。忙しく働かせて悪いね。」

「はい、それも、あなたのおかげです。
 みなさん、あなたから勧められて来たと言ってました。
 こんな辺鄙な森の中ですもの。
 あなたが勧めて下さらなければ、中々お客さまもお越しになられませんわ。」

 その会話からは、王子がウルピカさんに気を配ってる様子と、ウルピカさんが王子にとても感謝している様子が窺えたよ。
 傍から見ていると、とても仲の良いごく普通の夫婦に見えるの。

「ところであなた。後ろのお嬢さん方は何方様でしょう。
 見た感じ、一緒に狩りをされていたようですので。
 新たに唾を付けた女性と言う訳では無いようですが…。」

 ウルピカさんは、おいら達の風体を見て浮気相手だとは思わなかったみたい。その辺は他の二人とちょっと違うかな。
 ただ、このチャラ王子が女の人を連れていると先ずは浮気相手を疑ってみるのは同じみたい。

「この一番、小っこいお嬢さんは隣国ウエニアール国の女王様なんだぁ。
 マロン女王陛下。その隣に居る一番可愛い子が王配のオラン殿下。
 ボクちんが王都を出ようとしてる時に、偶々、出会ったの。」

 相変わらず失礼な奴だな。
 小っこくて悪かったな。それにオランみたいに可愛く無くて。

 失礼なチャラ王子を蹴とばしてやろうかと思っていると。

「ええと…。それで何であなたが女王陛下とご一緒されているので?
 まさか、無理やり狩りに誘ったとは言いませんよね。」

 王子の返答を聞いて困惑した表情で尋ねるウルピカさん。

「ボクちん、無理強いなんてしてないしぃ。
 狩りが日課だと聞いたものだから、誘ったんだよ。
 良い狩場に案内するってね。
 王都の近くじゃ、狩りをするにもロクな魔物は居ないでしょう。」

 何度も言うようだけど、オランをナンパしようとして声を掛けて来たんでしょうが。
 何をシレっと、然も最初から狩りに誘ったようなことを言ってるんだ。
 すると、ウルピカさんは呆れたって表情になり…。

「呆れた…、本当に遠慮ってものを知りませんのね。
 幾ら狩りを日課にしているとは言え、やんごとなき身分のお方をよくも誘えたものです。
 不敬だと言われて罰せられることは考えなかったんですか。」

 ウルピカさんは至極常識的な思考をする人みたい。
 目の前のチャラ男の本当の身分を知らずに下級騎士だと信じているなら、そう思うのが普通だよね。

             **********

 チャラ王子と会話していたウルピカさんだけど、おいらを放って置くのは拙いと思ったみたい。

「ご挨拶が遅れましてご無礼を致しました。
 私、この領地の領主代行を拝命しておりますウルピカと申します。
 このカレンが領主なのですが、何分幼少のため母親の私が代行を務めております。」

 ウルピカさんは自分とカレンちゃんの紹介をすると丁寧に頭を下げたよ。

「うん、ボクの最愛の女性ウルピカちゃんだよ。
 そして、最愛の娘カレン。
 可愛いでしょう。今年三つになったんだ。」

 最愛の女性三人目だね。『最愛』って言葉の意味を調べてもらいたいものだよ…。

「また、あなた、いい加減なことを…。 それ、昨日、フルティカにも言ったのでしょう?」

 うん、正解。ウルピカさんは、クコさんやフルティカさんみたいにラブラブな感じじゃないね。少し、冷めてる?

「いい加減だなんて、心外だなぁ~。
 クコちゃんも、フルティカちゃんも、ウルピカちゃんも同じくらい愛してるもん。
 三人ともボクちんにとって最愛の女性だよぉ。」

「はい、はい、有り難うございます。」

 臆面もなく三人とも最愛だと言い張るチャラ王子を軽くいなすと。

「マロン陛下、遠路さぞお疲れでしょう。
 部屋を用意致しますので、先ずは湯浴みでもなさって。
 御身を休めて戴ければと存じます。」

 ウルピカさんは執務室に居た事務員らしき女性に貴賓室を用意するように指示してたよ。
 どうやら、泥や魔物に血に塗れているおいら達に汚れを落とすように勧めてくれたみたいだね。

 ほどなくして、部屋の用意が出来たとのことで案内されたのは宮殿のような本館と渡り廊下で繋がった離れだった。
 おいら、貴賓室と言うものだから最上階にある豪華な部屋だろうと思っていたんだけど。
 こじんまりとした離れだったので拍子抜けしたよ。
 もっとも、おいらとしては余り煌びやか部屋は落ち着かないので、こっちの方が好みなんだけどね。

「じゃじゃ~ん。これがこの宿自慢のお風呂だよ~。
 この国唯一の天然温泉なんだぁ~。
 この温泉を見つけたんで、ここを保養地にしようと思ったんだしぃ。」

 チャラ王子が誇らし気に案内してくれた浴室には、滾々と地下からお湯が沸き出ている浴槽が設えてあったよ。
 浴槽はおいらの離宮程は大きくなかったけど、今回のメンバー四人で入るのには十分な広さだった。
 どうやら、貴賓室が離れなのは部屋に専用の温泉が付いているためらしい。
 確かに、最上階までお湯を汲み上げるのは難しいだろうからね。
 他の部屋に宿泊するお客さん用には男女別の大浴場があり、共同で利用してもらうんだって。

 宿の詳しい話は食事の時にでも聞かせてもらうことにして、先ずは一っ風呂浴びさせて貰うことにしたよ。
 
 おいらとオラン、それにタルトとトルテでお風呂に入ろうとしたら。
 チャラ王子の奴、脱衣所にから立ち去ろうとしないでやんの。

「何故、そこに居る?」

 おいらが尋ねると。

「だって、オランちゃんが本当に男の子なのか気になるじゃん。
 確認しようかな、なんてね。」

 チャラ王子ったら臆面もなくそんなことを言いやんの。

「はい、はい、馬鹿も休み休み言いましょうね。
 あんまり不敬なこと言ってると、そのうち手討ちにされますよ。」

「痛い、痛い、やめてちょ。冗談だしぃ。」

 呆れ果てたって顔をしたウルピカさんが、王子の耳を摘まんで無理やり脱衣場から引っ張り出したよ。
 やっぱり、ウルピカさん、クコさんやフルティカさんとは王子に対する接し方が少し違うね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

処理中です...