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第二二章 チャラい王子としっかり者のお嫁さん達
第776話 落ち着いた雰囲気のお姉さんだった
しおりを挟む森の中で狩りを始めて三日目、またもやオベルジーネ王子が造った領地に行き当たったよ。
三度目ともなれば驚きはしないけど、やっぱりこのチャラ王子の娘と思しき少女が二人出てきたの。
王子を「おとうちゃま」と呼ぶ幼女カレンちゃんとメイド姿の少女ネネちゃん。
王子は、二人を連れてカレンちゃんのお母さんが居る宿屋へ向かうことにしたみたい。もちろん、おいら達も付いて行くよ。
ネネちゃんが宿屋と呼んでいたのは、この領地で一番目立つ宮殿のような建物だった。
宿屋の敷地をぐるりと囲む意匠が凝らされた鉄製のフェンス。
王子は宿屋の敷地まで来るとその正面入り口からは入らず、フェンスに沿って敷地の裏側に回り込んだよ。
「遠回りになるけど赦してちょ。
この格好で正面から入ったらお客さんを驚かせちゃうしぃ。」
そう言いながら自分の姿を指し示す王子。そりゃ、お客さんも驚くだろうね。
魔物狩りでかなり汚れているし、何よりも狩ったばかりで血が滴ってる『馬鹿』を担いでるんだから。
上流階級のご婦人方なんて卒倒してもおかしくない格好だよ。
そんな訳で敷地の裏側にある通用口に回るらしい。見た目、チャラい王子でもその辺りはちゃんと考えているんだね。
そこそこ広い敷地を囲うフェンス沿いにカレンちゃんの手を引いて歩くオベルジーネ王子。
カレンちゃんは幼子の割におとなしくしてるけど、その表情は父親に手を繋がれてご機嫌な様子だったよ。
やがて、通用口から敷地に入ると宮殿のような建物の裏に建てられた小屋に行き。
「ご苦労さん、みんな元気にやってるかい。
これ、今狩った獲物だよん。処理を頼むねぇ。」
「おっ、若旦那、お帰りやし。
こりゃまた、随分と立派な『馬鹿』だ。解体のし甲斐があるぜ。
野郎ども、ぼさっとしてるんじゃねぇ。
いつまで、若旦那に重いモン担がせておく気だ。」
どうやら、小屋は魔物や動物の解体小屋みたい。威勢の良い親方が若い人を率いて宿屋で使う肉の処理をしている様子だった。
親方にハッパを掛けられて、若い人が慌てて王子の担ぐ『馬鹿』を受け取ってたよ。
後から王子に聞いたところによると、親方は王都に店を構える老舗の肉屋の店主だったらしい。
丁寧なお肉の処理に定評があり、王宮をはじめ、上位貴族や高級料理店、それに高級な宿屋に食肉を卸しているそうだよ。
この宿を作っている頃、丁度、店を息子に譲って隠居したらしく、王子が無理を言って引き抜いて来たらしいの。
大分高齢なので王都を離れるのを渋ったそうだけど、一流の人を揃えたいと再三足を運んで頼み込んだんだって。
**********
肉の解体小屋を後にしたおいら達は宿屋の裏口へ向かったの。
途中、あちらこちら汚れて所々魔物の血が着いたおいら達にギョッとする人達とすれ違ったけど。
カレンちゃんと手を繋ぐオベルジーネ王子を見ると、皆、気さくに声を掛けて来たよ。
そして。
「まあ、あなた、お帰りなさい。
大分汚れてますが、周辺の魔物を間引きながらいらしたのですか?」
朝見送ってくれた顔が出迎えてくれてビックリだった。
声もそっくりでいつの間に先回りしたのかと思ったけど、よく見るとフルティカさんより二つ、三つ年上に見えたよ。
加えて、話し方もそうだけど、全体的にフルティカさんより落ち着いた雰囲気のお姉さんだったの。
多分、この人がフルティカさんのお姉さんだね。
おいらの背後から、「姉妹丼とは…。」、「見下げ果てたクズですね…。」ってタルトとトルテのヒソヒソ声が聞こえてきたよ。
「ただいま、ウルピカちゃん。 留守を守ってもらって有り難う。」
この名前も聞いたことがあるよ。リュウキンカさんにヒュドラの前に放り出された時、泣き言の中に出てきた。
「いいえ、当然ですわ。
あなたがカレンのためにと造ってくれた町ですもの。
それを守るのは、母親としての当然の務めです。」
王子の労いの言葉に、軽く頭を下げつつ当たり前のことをしたまでと返すウルピカさん。
やっぱり、カレンちゃんはチャラ王子とウルピカさんの間に出来た娘さんなんだね。
「それでも、やっぱり有り難うだよ。
いきなり宿の経営を丸投げしたんだもん。
さっきフルティカちゃんから聞いたよ。
最近繁盛しているでしょう。忙しく働かせて悪いね。」
「はい、それも、あなたのおかげです。
みなさん、あなたから勧められて来たと言ってました。
こんな辺鄙な森の中ですもの。
あなたが勧めて下さらなければ、中々お客さまもお越しになられませんわ。」
その会話からは、王子がウルピカさんに気を配ってる様子と、ウルピカさんが王子にとても感謝している様子が窺えたよ。
傍から見ていると、とても仲の良いごく普通の夫婦に見えるの。
「ところであなた。後ろのお嬢さん方は何方様でしょう。
見た感じ、一緒に狩りをされていたようですので。
新たに唾を付けた女性と言う訳では無いようですが…。」
ウルピカさんは、おいら達の風体を見て浮気相手だとは思わなかったみたい。その辺は他の二人とちょっと違うかな。
ただ、このチャラ王子が女の人を連れていると先ずは浮気相手を疑ってみるのは同じみたい。
「この一番、小っこいお嬢さんは隣国ウエニアール国の女王様なんだぁ。
マロン女王陛下。その隣に居る一番可愛い子が王配のオラン殿下。
ボクちんが王都を出ようとしてる時に、偶々、出会ったの。」
相変わらず失礼な奴だな。
小っこくて悪かったな。それにオランみたいに可愛く無くて。
失礼なチャラ王子を蹴とばしてやろうかと思っていると。
「ええと…。それで何であなたが女王陛下とご一緒されているので?
まさか、無理やり狩りに誘ったとは言いませんよね。」
王子の返答を聞いて困惑した表情で尋ねるウルピカさん。
「ボクちん、無理強いなんてしてないしぃ。
狩りが日課だと聞いたものだから、誘ったんだよ。
良い狩場に案内するってね。
王都の近くじゃ、狩りをするにもロクな魔物は居ないでしょう。」
何度も言うようだけど、オランをナンパしようとして声を掛けて来たんでしょうが。
何をシレっと、然も最初から狩りに誘ったようなことを言ってるんだ。
すると、ウルピカさんは呆れたって表情になり…。
「呆れた…、本当に遠慮ってものを知りませんのね。
幾ら狩りを日課にしているとは言え、やんごとなき身分のお方をよくも誘えたものです。
不敬だと言われて罰せられることは考えなかったんですか。」
ウルピカさんは至極常識的な思考をする人みたい。
目の前のチャラ男の本当の身分を知らずに下級騎士だと信じているなら、そう思うのが普通だよね。
**********
チャラ王子と会話していたウルピカさんだけど、おいらを放って置くのは拙いと思ったみたい。
「ご挨拶が遅れましてご無礼を致しました。
私、この領地の領主代行を拝命しておりますウルピカと申します。
このカレンが領主なのですが、何分幼少のため母親の私が代行を務めております。」
ウルピカさんは自分とカレンちゃんの紹介をすると丁寧に頭を下げたよ。
「うん、ボクの最愛の女性ウルピカちゃんだよ。
そして、最愛の娘カレン。
可愛いでしょう。今年三つになったんだ。」
最愛の女性三人目だね。『最愛』って言葉の意味を調べてもらいたいものだよ…。
「また、あなた、いい加減なことを…。 それ、昨日、フルティカにも言ったのでしょう?」
うん、正解。ウルピカさんは、クコさんやフルティカさんみたいにラブラブな感じじゃないね。少し、冷めてる?
「いい加減だなんて、心外だなぁ~。
クコちゃんも、フルティカちゃんも、ウルピカちゃんも同じくらい愛してるもん。
三人ともボクちんにとって最愛の女性だよぉ。」
「はい、はい、有り難うございます。」
臆面もなく三人とも最愛だと言い張るチャラ王子を軽くいなすと。
「マロン陛下、遠路さぞお疲れでしょう。
部屋を用意致しますので、先ずは湯浴みでもなさって。
御身を休めて戴ければと存じます。」
ウルピカさんは執務室に居た事務員らしき女性に貴賓室を用意するように指示してたよ。
どうやら、泥や魔物に血に塗れているおいら達に汚れを落とすように勧めてくれたみたいだね。
ほどなくして、部屋の用意が出来たとのことで案内されたのは宮殿のような本館と渡り廊下で繋がった離れだった。
おいら、貴賓室と言うものだから最上階にある豪華な部屋だろうと思っていたんだけど。
こじんまりとした離れだったので拍子抜けしたよ。
もっとも、おいらとしては余り煌びやか部屋は落ち着かないので、こっちの方が好みなんだけどね。
「じゃじゃ~ん。これがこの宿自慢のお風呂だよ~。
この国唯一の天然温泉なんだぁ~。
この温泉を見つけたんで、ここを保養地にしようと思ったんだしぃ。」
チャラ王子が誇らし気に案内してくれた浴室には、滾々と地下からお湯が沸き出ている浴槽が設えてあったよ。
浴槽はおいらの離宮程は大きくなかったけど、今回のメンバー四人で入るのには十分な広さだった。
どうやら、貴賓室が離れなのは部屋に専用の温泉が付いているためらしい。
確かに、最上階までお湯を汲み上げるのは難しいだろうからね。
他の部屋に宿泊するお客さん用には男女別の大浴場があり、共同で利用してもらうんだって。
宿の詳しい話は食事の時にでも聞かせてもらうことにして、先ずは一っ風呂浴びさせて貰うことにしたよ。
おいらとオラン、それにタルトとトルテでお風呂に入ろうとしたら。
チャラ王子の奴、脱衣所にから立ち去ろうとしないでやんの。
「何故、そこに居る?」
おいらが尋ねると。
「だって、オランちゃんが本当に男の子なのか気になるじゃん。
確認しようかな、なんてね。」
チャラ王子ったら臆面もなくそんなことを言いやんの。
「はい、はい、馬鹿も休み休み言いましょうね。
あんまり不敬なこと言ってると、そのうち手討ちにされますよ。」
「痛い、痛い、やめてちょ。冗談だしぃ。」
呆れ果てたって顔をしたウルピカさんが、王子の耳を摘まんで無理やり脱衣場から引っ張り出したよ。
やっぱり、ウルピカさん、クコさんやフルティカさんとは王子に対する接し方が少し違うね。
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