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第十七章 所変わればと言うみたいだけど・・・

第545話 盛大に寝過ごしたみたいだよ

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 ハムンの街を出て五日目、おいら達の前には濃い霧の立ち込めた海域が広がっていたよ。
 その霧は、おいら達の行く手を塞いでいるかのように見えたの。

 するとアルトは、その霧の縁に沿って飛び始めたよ。
 あたかも、霧の様子を探るように速度を落としてゆっくりと飛んだんだ。
 アルトに倣ってよく見ると、一面に立ち込める霧には濃淡があることに気付いたの。
 霧の薄い部分ならそれなりに視界が確保でき、何とか船の航行も可能なんじゃと思ったよ。
 実際に霧の薄い部分を選ぶように航海してきたと、ウレシノも言ってたよ。

 アルトは霧の様子を注意深く観察すると。

「やっぱり、おかしいわ。こんなにムラがあるなんて…。」

 そんな呟きを漏らしていたよ。
 そして霧の観察も気が済んだのか、再び速度を速めて飛び始めたの。…一直線に霧の一番濃い部分に向けて。

「アルト姐さん、前が全く見えない霧の中をこんなに速く飛んで大丈夫なのか?」

 タロウがそんな不安を口にするほどの猛スピードで霧の中を突進するアルト。
 アルトには、向かう先の位置がハッキリと分かっているのかな?

 そんなおいら達の不安をよそに、アルトは飛び続け…。

「なんだ、こりゃ、いきなり霧が晴れたぞ…。
 って、ここは島か?」

 タロウが驚くのも無理ないよ。ほとんど視界が利かなかった濃霧がいきなり消えたのだから。
 更に眼下は砂浜になっていて、唐突に陸地が現れたんだもの。

 アルトは尚も速度を緩めることなく砂浜を突っ切ると、その先に見えた森に入って行ったの。
 そのまま、森を進むと見覚えのある風景に行き当たったよ。
 森の中の小さな広場、そして、そこに滾々と湧く清らかな泉。
 妖精の森なら、何処へ行っても見られる特徴的な光景だね。

 すると、広場にざわめきが起こり…。

「あれは、アルト様?」

「アルト様よ、アルト様がいらした。」

「ホント、アルト様だわ。」

「アルト様なら何とかしてくださるかも。」 

 そんな声と共に、沢山の妖精が姿を現したの。

 そして、…。

「アルトしゃま~! たいへんなのでしゅ!」

 一人の妖精がアルトに擦り寄ると、縋るように大変だと訴えたんだ。
 何やら一大事みたいだけど、妖精の話し方のせいかイマイチ切迫感が伝わらないの。

「あら、フェティダ、久し振りね。
 大変だと言うのは、結界の綻びのことかしら?
 あのはどうしたの? あの娘の身に何かあったのかしら?」

「ぬししゃまが、ぬししゃまが、…。
 たすけてくだしゃいですの~。」

 アルトの問い掛けに、いまいちピントのズレた返答をしたフェティダはアルトの手を取って飛び始めたよ。
 引き摺られるようにして飛び始めたアルト。向かった先は大きな洞がある大樹だった。

        **********

 信じられないことに、洞の中は綺麗に整頓された部屋になってたよ。
 その部屋の壁、おいらの目の高さくらいにテラス状の張り出しがあり、そこには小さなベッドが置かれていたんだ。
 天蓋付きのおしゃれなベッドが。

 そのベッドのそばまでアルトを連れて行くと…。

「ぬししゃま、あるとしゃまですよ!」

 アルトを引っ張って来たフェティダは天蓋の中に向かって声を掛けたんだ。でも返事は無かったの。
 すると、アルトは慌てて。 

「ムルティ、どうかしたの? 具合が悪いの?」

 そんな声を掛けると共に、天蓋から垂れ下がるベールを退けたんだ。
 すると、そこには…。

「すぴー、すぴー…。」

「なにこれ? 気持ち良さそうに寝てるわね…。」

 穏やかな寝息を立てて、寝入っている妖精がいたよ。

「ぬししゃま、おきてくだしゃい。
 なにもたべないでねてると、からだをこわしましゅよ~。」

 アルトがムルティと呼んだ妖精は、フェティダが舌足らずな声をかけても一向に起きる様子が無かったよ。
 そこで、フェティダに代わってアルトが起こしに掛かったの。

 ペチ、ペチ。

「ねえ、ムルティ、起きて。」

「スヤ、スヤ…。」

 ペチ、ペチ、ペチ。

「こら、ムルティ、起きなさい。」

「スヤ、スヤ…。」

 ペチ、ペチ、ペチ、ペチ。

「ムルティ、いい加減に起きるのよ。」

「スヤ、スヤ…。」

 アルトはムルティの頬を軽く打ちながら起こすのだけど、全然起きる気配が見られなかったよ。

「いい加減に起きろと言ってるでしょう!」

 バチ、バチ、バチ!

「ふぁ? あれ、アルトお姉さま?
 私、うたた寝しちゃいましたか?
 お姉さまを放って寝落ちしちゃってごめんなさいです。
 お姉さま、私が目を覚ますまで待ってらしたのですか?」

 アルトのビリビリを食らってやっと目を覚ましたムルティ。
 寝惚け眼でそんな言葉を口にしたんだ。

「私を放ってって、…。
 あんた、いったい何時から寝ていたの?
 私、今来たところよ。
 あんたの張った結界に綻びが生じているので心配して見に来たの。
 あんたの身に何かあったんじゃなかと思ってね。」

「えっ、結界に綻びですか? そんな、まさか。
 さっき、アルトお姉さまと一緒に張ったばかりでは無いですか。
 あれだけ念入りに張った結界ですもの、三百年はびくともしませんよ。」

 何か、オチが見えて来たよ…。

「ねえ、あんた。
 私と一緒に結界を張った時、少し疲れたとか言ってうたた寝を始めたわよね。
 まさか、あれからずっと寝ていたんじゃないでしょうね。」

「ふぁ? あれからずっとって…。
 確かに、アルトお姉さまに良いところを見せようと思って。
 少し無理をしたから、疲れて眠くなりましたが。
 ほんの少しお昼寝をしただけですよね。」

 随分盛大なお昼寝だな…、多分三百年。

「ほんの少しじゃないわよ。
 あれからどんだけ時間が経ったと思っているの。
 三百年よ、三百年。
 三百年間、手入もしなければ結界が綻びちゃうでしょうに。」

「えっ!」

 うたた寝をしている間に三百年が過ぎていると知り、ムルティは絶句してたよ。
 「しまった!」と顔に書いてあった。
 
        **********

「お姉さま、心配をおかけしまして申し訳ございませんでした。
 流石に、一気にあれだけ広範囲な結界を張るのは負担が大きかったみたいです。」

 むくっと起き上がったムルティは、ベッドの上で平身低頭してたよ。

「まあ、良いわ。 
 あんたに大事が無くて一安心よ。」

 アルトがこの間から何かを気に掛けているように見えたのは、ムルティのことを心配していたんだね。

「アルトお姉さまに心配して頂けるなんて嬉しいですわ。
 私を心配して遠路遥々訪ねて下さるなんて、感激しちゃいます。
 でも、あんな遠くで良く気付きましたね。
 結界に綻びが出来ていることに。」

「たまたま、私が庇護している人間の所にちょっかいを掛けていた輩がいてね。
 そいつがこの結界を越えて来た人間だったのよ。
 『霧の海』の霧が晴れていると聞いてね、結界の綻びに気付いたのよ。」

「へえ、アルトお姉さまが人間を庇護下に置くなど珍しいですね。
 あれほど、人間嫌いだったのに。」

「まあね、人間は自分勝手で、野蛮だから嫌いよ。
 でも私の森の傍でお腹を空かせている子供を見かけたら放っておけないじゃない。
 それから六年過ぎたけど、素直ないい子に育ったわよ。
 あんたにも紹介しておくわ。
 マロン、挨拶なさい。」

 アルトはおいらをムルティの前に出すと、挨拶をするように指示したんだ。

「初めまして、おいら、マロン・ド・ポルトゥス。
 アルトの住む大陸にあるウエニアール国で女王をしています。
 よろしくお願いします。」

 おいらがペコリと頭を下げると…。

「あら、本当に良い子ね。
 随分と長いこと生きているけど。
 頭を下げる人の王なんて初めて見たわ。
 私、王っていう人種は大嫌いなのよ。
 悪いことをしても絶対に頭を下げないんだもの。
 あなた、自然に頭を下げられるだけで好感度が高いわよ。
 私はムルティフローラ。ここロサの森の長なの。
 ムルティと呼んで良いわよ。よろしくね。」

 頭を下げただけなのに、えらく好感度を稼げたみたいだよ。
 妖精って略称で呼ばれるのを嫌がることが多いけど、フレンドリーに略称で呼ぶことを許してくれた。
 
「それで、『霧の海』を越えてマロンの国まで攻め入った連中がいたのね。」

「そうなのよ。あれだけ広範囲に張った結界だから。
 部分部分に弱い所があって、十年に一隻や二隻紛れ込むのは分かるけど。
 今回、二十隻以上の船団が『霧の海』を越えて来たからね。
 明らかに結界が綻んでいると思ったの。
 案の定、霧が晴れかけている場所が見られたわ。」

 おいらの紹介が終わると、アルト達は『霧の海』についての話を始めたんだ。
 おいら、凄く気になったんで、思わず会話に割り込んじゃったよ。

「さっきから、気になっていたんだけど。
 『霧の海』って、もしかしてムルティの結界なの?」

「あら、言ってなかったかしら?
 『霧の海』は、私とムルティが力を併せて張った結界よ。
 この島だけじゃなくて、マロン達が住む大陸をぐるりと囲むように張ってあるの。
 とっても広範囲な結界なのよ。」

「ふふん、凄いでしょう。
 私とアルトお姉さまの初めての共同作業の成果よ。
 褒めても良いわよ。」

 アルトの隣で自慢気に胸を張るムルティ。いや確かに凄いけど…。
 その後、三百年も寝込んだってのはどうなのよ。

「また、なんで、そんな大規模な結界を張る必要があったの?」

 アルトの返答にある結界の範囲が途方もないものだったので、その目的を聞いてみたんだ。
 
 それに対する返答はと言うと…。
  
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