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第十二章 北へ行こう! 北へ!

第289話 追い詰めたのはいいけど…

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 不意に背中をつつかれて、あからさまに狼狽うろたえる王太子セーヒ。
 手下の騎士達を盾にするようにその背後に逃げ込んだよ。

 そして。

「バカ野郎!
 てめえら、何でそのガキをここに入れてるんだ!」

 セーヒは烈火の如く怒ったけど、そんな事を言われても手下の方には覚えが無い訳で…。

「いえ、若、俺達もこんなガキ、今初めて見やしたぜ。
 おいガキ! てめえ、いったい何時の間に入り込みやがった!」

 セーヒに叱責された騎士の一人が、おいらに当たるように声を荒げたんだ。

「うん? さっき堂々と(窓からアルトが)入って来たじゃない。
 オッチャン達、酒飲みながらカード博打に没頭してて気付かなかっただけだよね。」

「てめえら、いつも言ってるだろう!
 昼間から飲むなとは言わんが。
 いつカチコミがあっても撃退できるように、深酒だけはするなと!」

 堂々と入って来たおいらに誰も気付かなかったと聞き、セーヒはますます怒りで顔を赤く染めてたよ。
 しかし、いつカチコミあっても良いようにって、ここ騎士団の詰め所だよね。なにそれ、物騒な…。

「すんません。
 国王派の連中みたいに得物をぶら下げて、扉を蹴破って来れば気付いたんでしょうが。
 酒と博打に没頭しちまって、こっそり忍び込んだのに気付かなかったようです。」

「まあ、良い。
 こら、クソガキ。
 少しくらい腕に覚えがあるからって、調子こきやがって。
 ここにいる連中は、無抵抗な者しか斬ったことがねえ親父とは違うぞ。
 なんたって、場数を踏んでるからな。
 日頃、対立する騎士や町でのさばってる冒険者とタマの取り合いをしてる成果を見せてやる。」

 日頃、殺し合いをしてる騎士や冒険者の腕がいかほどのモノかは知らないけど。
 人殺しに慣れているのは本当みたい、見た目にヤバい感じの連中ばかりだもの。
 強いかどうかはともかく、皆が皆みんながみんな、狂犬みたいな目をしてるんだもん。

 セーヒがそんなことを言うと…。

「若、このガキ、ホントにっちまって良いんですか。
 なら、俺っちに殺らせて下さい。」

 二十歳前後のまだ若い騎士がおいらを殺したいと手を上げたんだ。

「おう、好きにして良いぞ。
 だが、ガキだと思って油断するなよ、そいつは強えぞ。」

「任せといてください。
 俺はこのくらいのガキを甚振いたぶって、殺すのが一番興奮するんでさ。
 きっちり仕留めて見せますぜ。」

 セーヒが頷くと、剣を手にした騎士が目を血走らせておいらの前に進み出て来たよ。
 小太りの騎士が目を血走らせ、息を荒くしている姿って、なんかキモイ。

「ヒ、ヒ、ヒ。
 中々上玉のガキじゃねえか。
 俺は、あのド変態王子と違ってガキに欲情はしねえがよ。
 命乞いするガキを斬り殺す時が、一番快感を覚えるんだ。
 最近は若に楯突く奴を、一家皆殺しにする機会がめっきり減ってってな。
 年端の行かないガキを血祭りに上げるのも久しぶりだよ。
 ビンビンに興奮するぜ。」

 イヤ、イヤ、それも十分ド変態だと思うよ、おいら。
 何で、こんな人間クズみたいなのが一国の騎士に名を連ねてるんだろう。

「ヘッ、ヘッ、ヘッ。良い鳴き声を聞かせてくれや!」

 おいらがその変態嗜好に引いてると、そいつはおもむろに剣を振り下ろして来たんだ。
 剣の技量は大したことないみたいだけど、殺しを躊躇わない鋭い一撃をね。

「オッチャンも、無抵抗な子供しか殺したこと無いんだね。
 子供でも、抵抗する時は抵抗するんだよ。」

 おいらに向かって振り下ろされた剣を躱すと、…。
 おいらは、さっき国王ヒーナルから奪った剣の腹で、剣を握る騎士の手首を思い切り叩いたの。
 こんな、殺人鬼に剣なんか持たせたらダメだもんね。
 金輪際、剣を握れないように容赦なく骨を砕いたよ。

「グァーーーー!」

 両手の手首を粉砕されて悲鳴を上げた騎士は、剣を取り落としてその場に崩れ落ちたよ。
 余りの激痛に立っていられないみたい。

「ちっ、不甲斐ねえな。ちっとは俺の期待に応えろよ。
 おい、見ての通りだ、一対一では敵わねえからな。
 いつも通り、囲んでなぶり殺しにするんだ!」

 セーヒは倒れた騎士に失望の言葉を吐くと、周りの騎士に一斉攻撃を命じたんだ。
 その言葉を受けて、ホールにいた騎士達がおいらに襲い掛かって来た。

 広いホールには、百人近い騎士がたむろしてたけど…。
 酔いが回っている連中も結構いて、おいらに襲い掛かったのは半分ほど。
 しかも…。

「幼い娘一人に大の大人が集団で襲い掛かるとは情けないのじゃ。
 そなたら、本当に騎士の端くれなのかいな。
 少しは恥という言葉を知った方が良いのじゃ。」

 途中でオランが一部を引き受けてくれたの。
 鞘に収まったままの剣で、向かってくる騎士を滅多打ちにして倒してくれたよ。

「げっ、加勢がいたのか!
 なんだ、こいつもガキの癖に無茶苦茶強えぞ!」

 次々と騎士を薙ぎ倒していくオランに、他の騎士達がたじろいでたよ。

「よそ見をしているなんて、余裕じゃねえか!」

 おいらがオランの方を眺めてると、そんな声と共に剣が迫ってきたんだ。

「不意打ちのつもりなら、最期まで声は掛けない方が賢いよ。」

 おいらは、さっきと同じように剣を躱すと同時に手首の骨を粉砕したんだ。
 それからは、騎士達も侮ったら拙いと気を引き締め直したのか、無言で斬り掛かって来たよ。
 しかも、アルトが言ってた通り、自分より格上の相手を斬り殺すのに慣れている様子で。
 おいらを取り囲むようにして、息を合わせて斬り掛かって来るの。

 でも、おいらにはスキル『完全回避』があるし。
 日々のトレント狩りで、八本の枝を使って同時に攻撃してくるのには慣れているからね。

 騎士達の剣を躱しては相手の手首を砕く。
 そんな単純作業を黙々と繰り返していたら、ほどなくして攻撃は途絶えたよ。

「マロン、こっちも終わったのじゃ。
 残るっているのは、セーヒと護衛の騎士だけなのじゃ。」

 オランの方も片付いた様子でおいらの横に並んだの。

      **********

「なっ、何て奴らだ…。
 俺ら、若の親衛隊は最低でもレベル三十はあるんだぞ。
 幾ら酔っぱらっているからとは言え。
 十やそこらの歳のガキに壊滅させられるなんて…。」

 この騎士団の幹部らしき騎士がおいら達を見て呆然としていたよ。
 だから、幾らレベルが高くても、全然鍛錬してなければ宝の持ち腐れだって。
 弱い者イジメと卑怯な戦い方しかしてこなかったんだもの、強くなれる訳ないじゃん。
 おまけに運動不足で、全員肥満気味だし…。

「けっ、やっぱり、レベルを上げただけじゃダメか。
 るか、殺られるかのタマの取り合いを経験しねえと強くはならねえな。
 目障りな文官連中に言うことを聞かせるだけなら何とかなったが。
 マジモンの強者相手じゃ、使いモンになんねえか。
 おい、おめえら、気を抜くんじゃねえぞ。」

 セーヒ自身はどうやら自分の手下が強敵相手では役に立たないと気付いてたみたい。
 まあ、敵対する国王派の騎士も似たり寄ったりみたいだし、それでも十分だと思ってたのかな。
 文官を脅して従えるくらいなら、剣をちらつかせるだけで効果は有りそうだもんね。

 セーヒは護衛の騎士を従えておいらの前に立ちはだかったの。

「まだやるの? もう、オッチャンの頼りとする手下は殆どいないよ。
 ここでゴメンなさいして、耳長族に手出ししないと誓うなら赦してあげても良いよ。」

 おいらが、再度、降参しないか尋ねると。

「バカ言え。
 親父や息子じゃねえが、俺だって耳長族は欲しいと思ってんだ。
 何も俺が慰み者にするだけじゃねえ、奴隷として売り飛ばせば大儲けじゃねえか。
 いずれ、騎士団を総動員して大規模な耳長族狩りをしようと考えていたんだよ。
 そんな旨い儲け話を、はいそうですかと手放す訳ないだろうが。」

 自分の手下をほとんど失ったのに、まだ諦めないのか、こいつ。
 せっかく見逃してあげても良いと言ってるのに。
 欲をかいて、身を滅ぼすことになっても良いのかな?
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