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第九章【間章】『ゴムの実』奇譚(若き日の追憶)

第193話 実は魔物だったって…

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 にっぽん爺の案内で、おいら達は『ゴムの実』をつける木が生える山にやって来たんだ。
 四十年も前の記憶を頼りに、にっぽん爺の指示に従って道なき山中に踏み込むと。

「あの木に『ゴムの実』が生るのだ。良かった、今でもちゃんと生えておった。」

 にっぽん爺の指さす先に、周囲の木につるを絡みつかせた木が何本も生えていたんだ。
 蔓性とか言うから、細い蔓を想像していたら意外に根元の太い木だったよ。

 アルトは、にっぽん爺が指差す木をジッと眺めていたんだけど…。
 ふと何かに気付いたような表情を見せると、木に向かって飛んで行ったんだ。

 そして、『ゴムの実』をひとつ採って戻って来たの。

「これが『ゴムの実』ね…。」

 そう呟くと、アルトはタロウに差し出して、その実を剣で二つに切るように指示したの。
 腰に下げた剣で『ゴムの実』を横に二分したタロウはその断面をみて…。

「にっぽん爺が最初に言った通り、キウイフルーツみたいな実だな。
 緑色のキレイな果肉の真ん中が白くて、その周り小っちゃいタネがいっぱいだ。」

 アルトが採って来たのはまだ完熟してないのか。
 にっぽん爺が言っていたみたいに果肉がゼリー状じゃなくて、まだ硬かったの。

「やっぱり…。」

 『ゴムの実』の切り口を見たアルトは納得したような顔で頷くとまた木の方へ飛んで行ったよ。
 そして、再び『ゴムの実』を手に取ると、おいら達に向かって…。

「もう少しこの木から離れてちょうだい。
 そして、この木の周りを少し見ていなさい。」

 と言うと共に、今度は完熟した『ゴムの実』の果肉を木の傍にばらまいたの。
 大分木から離れたのに、ほんのりと甘く良い匂いがおいら達の所まで香ってきたよ。

 しばらくその場に留まっていると、「キィー、キィー」と言う鳴き声と共にサルが集まってきたんだ。
 どうやら、『ゴムの実』の甘い匂いに釣られてきたみたい…。

 思った通り、寄ってきたサル達は『ゴムの実』を採って食べ始めたの。
 そして、やや間を置いて一匹のサルが別サルの後ろから負い被さったんだ。

「拙い、シフォン、マロンにサルの様子を見せないで!
 マロンの目を塞いでちょうだい!」

 アルトの指示が飛ぶと共に、シフォン姉ちゃんがおいらを正面から抱きしめたの。
 シフォン姉ちゃんの柔らかいお腹が顔を塞ぐ形になって、何も見えなくなっちゃった。

 何も見えない中、サル達の「キィー、キィー」と言う鳴き声が一際喧しくなったんだよ。

「何だ、サル共、いきなりおっぱじめちゃったぜ。」

 何を始めたのかわからないけど、タロウのそんな声が聞こえた次の瞬間のこと…。

「「「キィーーーーーー!」」」

 それまでとは違うサルの甲高い悲鳴が響いたんだ。

「えっ、なにあれ…。根っこがウネウネ動いてキモい…。」

 そんな声と共にシフォン姉ちゃんの拘束が緩んだの。
 おいらがサル達の方に向き直ると、サル達が木の根っこに雁字搦めにされてたんだ。

「あれは、最弱のトレントと言われている『サルナシ』トレントよ。
 攻撃力が皆無な代わりに、サルが猛烈に発情する効果がある実を付けるの。
 実を食べて交尾に没頭しているところを根っこで絡め捕って捕食するのよ。
 生き物が一番無防備になるのは、餌を捕食している時と交尾の時だからね。」

 もっぱらサルを捕食するそのトレントのテリトリーでは、サルが絶滅することがしばしばあるそうで。
 サルがいなくなることから、『サル無し』トレントと言われているらしいよ。
 攻撃力が無く、普通の状態であれば根に襲われても幾らでも逃げ切れるので最弱らしいの。

「そうか、こいつ、魔物だったのか。
 幾ら生育条件が適しているとはいえ、…。
 一年中毎日、実を付けるなんて変だと思っていたんだ。」

 アルトの説明を聞いたにっぽん爺が、今更ながらに納得していたよ。

      **********

 全てのサルがこと切れて、根っこによって地中に引きずり込まれると。

「色事爺から聞いた『ゴムの実』の形や大きさがね。
 通常の『サルナシ』トレントのものとかけ離れていたんで気付かなかった。
 これ、『サルナシ』トレントの突然変異だわ。
 増やせると言うことは変異種として定着しているようね。」

 アルトは『積載庫』の中から大人の指先大の、緑色した実を出して見せたの。
 やっぱり、タロウに二つ割にさせると、断面の様子は全く同じだったよ。
 大きさも、形も、全然違うけどね。
 小さいこともさることながら、ずんぐりしていて長っ細くないの。

 因みに博識なアルトの説明では、『サルナシ』トレントの実は人の世間では昔から有名な媚薬で…。
 この国でも、ご禁制の品物らしいよ。
 何でも、この『実』の常習者が世間に溢れちゃって、仕事もせずに色事に耽る人が増えた時代があったそうなの。
 そんな事態を重く見た時の王が、乱れ切った倫理観を正すためにご禁制にしたらしいよ。
 にっぽん爺の『ゴムの実』と同様に、『機能不全』の男の人にだけ特別に処方が許されているらしいの。

 ただ、『サルナシ』トレントって、険しい山の中に自生していて…。
 ドロップする『スキルの実』は、とんでもないゴミスキルの実らしくて。
 しかも、木に生る本来の実もご禁制で薬師にしか売れないから。
 『サルナシ』トレントを狩る冒険者はほとんどいないらしいの。

 薬師は、昔に手に入れた『サルナシ』トレントの苗木を一本裏庭で育てて…。
 代々、細々とその木から『実』を採っているそうだよ。
 そのくらいしか需要が無いから、収穫して干しておけば薬材としては十分なんだって。

「ねえ、アルト、ドロップする『スキルの実』ってどんなスキルなの?」

「ああ、以前言ったでしょう。
 マロン対策にしか役に立たない、究極のゴミスキル、『強靭』よ。」

 ああ、レベル十まで育てると、『クリティカル無効』になるスキルね。
 普通なら、剣の達人でも、クリティカルが発生するのは千回の剣戟に一回くらいと言われてるんだ。
 受けることが、一生に一度あるか無いかのことのために備えるスキルなんて意味ないものね。
 おいらのように、全ての攻撃がクリティカルになっちゃう者にとっては天敵だけど。

 なるほど、冒険者が採りに行かないと言うのは納得だよ。何の儲けも無いもんね。

 アルトが何で『サルナシ』トレントの実を持っているかと言うと。
 大昔に、『妖精の森』の近くに群生地があったらしいの。
 サルが毎日サカって煩いモノだから、根絶やしにしたそんなんだ。
 それから、ずっと『積載庫』の中で眠っていたみたいだよ。

「ちょうど良いから、マロン、ここにあるトレント全部駆除していきましょう。
 タロウも手伝うのよ。
 道具の資材として使うなら、好きなだけ『ゴムの実』を持ってけば良いわ。
 それと、色事爺、若木があれば探してちょうだい。
 持って帰りたいから。」

 アルトが矢継ぎ早に支持を出したの。

「これ狩って、どうするの?」

「これ、最弱でもトレントなのよ。
 『サルナシ』トレントでも上質な木炭が作れるの。
 『シュガートレント』みたいな上位種と品質は変わらないわ。
 若木を持って帰って増やせば、トレントの木炭が作り放題じゃない。」

 アルトは成木になっている『サルナシ』トレントを全部木炭にするつもりみたい。
 それと、ハテノ男爵領で『サルナシ』トレントの栽培を始めようというの。

「でも、『ゴムの実』は栽培しちゃいけないじゃないの?」

「色事爺の話を聞く限りじゃ、『ゴムの実』を売るのを禁じられているんでしょう。
 『ゴムの実』は売らないで、木炭の原料にする分には問題ないでしょう。
 『皮』だって、道具の資材とかに使うなら、加工してから売れば良いでしょう。」

 『ゴムの実』の果肉の『催淫効果』と皮の『避妊効果』が、風紀の乱れを誘発すると問題になっているんだから。
 そんな使い方が出来ないようにすれば問題ないだろうと、アルトは言ってたよ。
 
「ねえ、ねえ、アルト様。
 『ゴムの実』って、売るのは禁止されてるけど。
 冒険者が採集して、自分で使う分には問題ないんですよね。
 私、とっても気になります、『ゴムの実』の効果。
 少し、持って帰って良いですか?」

 シフォン姉ちゃんってば、目をランランと輝かせて、アルトに強請ってた。

「仕方ないわね、これ、常習性があるみたいだから。
 一日一本までよ、それ以上使ったら取り上げるからね。
 タロウも、それ以上シフォンに食べさせちゃダメよ。」

 アルトは、タロウが道具の資材として使う分の果肉をシフォン姉ちゃんに食べさせろと言い。
 シフォン姉ちゃんには渡さなかったよ、きっと抑えが利かなくなるからって。

       **********

 そして、数日後…。

 パシュ!

 そんな音を立てて、静かに飛んで行った石ころは離れた的にパチッと当たったよ。

「おお、コレ、けっこう強度あるな。
 全然切れそうな感じはしないぜ。
 それに、テンションも高くて石ころが凄い速さで飛んでったぞ。
 これなら、鳥くらい落とせるかも。」

 パチンコという道具を手にして、『ゴムの実』の皮に感心してた。
 何か、見た目、凄いショボい道具なんだけど、タロウは満足したみたいだよ。

「『ゴムの実』の皮って予想外の強さだぜ。
 惜しいな、ちゃんとした部品を作ってくれる人がいればなぁ…。
 もっと威力のあるスリングライフルって奴が作れそうなのに。」

 何か、もっと良い道具が作れそうだなんて言ってた。
 タロウじゃ、部品を作る能力も、道具も無いから無理なんだって。 
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