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第九章【間章】『ゴムの実』奇譚(若き日の追憶)

第189話 王太子妃様のご用命

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 『ゴムの実』の成功で、王都に広い屋敷を構えるほどにまでなったにっぽん爺。
 そんなにっぽん爺にアルトは尋ねたんだ。
 何故、今、こんな辺境の町で質素な暮らしをしてるのかと。

「あれは、三人の嫁さんが懐妊して間もなくのことだった。
 その日は、久しぶりに風呂屋に行って一汗かいて来ようとしていたのだ。
 三人の嫁さん相手にハッスルし過ぎて、大分ご無沙汰していたからのう。」
 
「この色ボケ爺、あんた、その時はもう四十過ぎでしょう。
 自分の娘のような歳のお嫁さんを三人ももらっておいて…。
 まだそんな遊びをしようとしてたの、信じられない。」

 出出しからアルトがツッコミを入れてたけど、にっぽん爺は構わずに話を続けたんだ。

「『VIP優待券』を手に、今日は三丁目のミヤビちゃんシフトに入っているかなと。
 お気に入りのパートタイム泡姫のことを考えながら、嬉々として玄関を出たら…。
 一騎の騎士に先導された立派な馬車が門から入って来たのだ。」

 玄関近くの馬車寄せに停車した馬車から、明らかに上級貴族と分かる装いの男が降りてきたんだって。
 その頃、にっぽん爺は貴族社会で『ゴムの実』や『お見合い茶屋』が物議を醸していることを聞かされていたから。
 嫌な予感がしたそうなんだ、手が後ろに回るかも知れないって。

 すると、王宮の官吏だと名乗る男は告げたそうだよ。

「王太子妃様が、そなたの商う『ゴムの実』を所望されておられる。
 至急、持てる限りの『ゴムの実』を揃えて、ついて参れ。」

 『ゴムの実』をご禁制にするとか、『ゴムの実』を扱っていたにっぽん爺を罪人として捕縛するとかではなかったそうなの。
 逆に、当時の王太子妃様、今の王妃様が『ゴムの実』を欲しいと言ってたようだよ。

 その時、にっぽん爺はピンと来たみたい。
 それは当時、王侯貴族とは無縁の平民でも誰もが知っていたことなんだって。
 今年輿入れ四年目になる王太子妃は、いまだにご懐妊の兆候が見えず。
 業を煮やした王族関係者が、慣例に反して王太子に第二妃、第三妃を迎えたことを。

 この国は二百年前にアルトの勘気に触れて王族が根絶やしにされかけて以降、王の奥さんは一人だけとされてたんだって。
 それまでの王様は、王宮の中に後宮を造り沢山の奥さんを抱えていたそうだよ。
 別に王様が好色な訳ではなく、貴族を服従させるための人質として娘を差し出させていたそうなの。
 奥さんの中にも階級があり、呼び方も「妃」、「夫人」、「みめ」と階級ごとに違ったらしいよ。
 それで、王様の正妃だけが「后」と呼ばれるんだって。

 それで、王位継承権が与えられたのは「妃」の産んだ子供だけ。
 それ以外の「夫人」や「嬪」は本当に人質として取られるだけのようなもので、貴族に不満があったらしいの。
 「妃」を差し出す貴族にはもちろん不満は無かったよ。
 自分の娘が産んだ子供が次期王となれば外戚として国政に影響力を持てるから。

 二百年前の愚王の失態で王家の力が落ちた時、国内の貴族がこぞって後宮の廃止を訴えたんだって。
 『妖精の森』への親征のためのに多額の費用を費やし、王室としても後宮を維持するのが難しくなったみたい。
 結局、貴族の圧力に屈して、後宮の制度は廃止されたそうなんだ。
 そして、王族のお嫁さんは「妃」一人になり。
 それまで「妃」を出していた有力貴族から持ち回りで出すことになったらしいよ。
 ただ「妃」一人はあくまで慣例で、正式に定められたものではないんだって。
「妃」に世継ぎが出来ない場合があるから。

 そんな訳で、この二百年、ずっと「妃」は一人だったのに、第二妃、第三妃を迎えることになって。
 王太子妃は大変ご立腹だとの噂が、まことしやかに世間に流れていたらしいの。
 王太子妃失格の烙印を押されたようなものだから。

 その時、にっぽん爺は思ったそうなの。
 起死回生の手段として、王太子に『ゴムの実』を食べさせようという腹積もりなんだろうと。
 強力な『催淫効果』で王太子にハッスルさせて、何とか世継ぎをもうけようととの事だろうと。

      **********

 にっぽん爺は思ったんだって、これは自分にとっても起死回生のチャンスだと。
 『ゴムの実』を使うことで王太子妃様が王継を懐妊すれば、王家を味方に付けれれるだろうと考えたみたい。
 何よりも、『ゴムの実』が子孫繁栄に有益だと示せば、貴族社会で起きている問題を揉み消せると考えたそうなんだ。
 貴族家にとって一番大事なのは確実に世継ぎを残すこと、奥さんや娘さんが多少淫らになるくらい大目に見てよって。
 せっかく上手く行っている『ゴムの実』ビジネスに、水を差されずに済むと期待したみたいだよ。

 にっぽん爺は、『訪問販売』に使っている行李いっぱいに『ゴムの実』を詰め込んで馬車に乗り込んだそうだよ。
 王宮へ着いたにっぽん爺が通されたのは、応接用の部屋ではなく王太子妃様の私室だったそうなの。

 人気のない私室に通されると…。

「あなたが、巷で評判の『ゴムの実』を扱っている商人ですか?」

 鈴を転がすような声で尋ねてきた王太子妃様の姿に、にっぽん爺は息を飲んだみたい。
 三人のお嫁さんも匂い立つような美人さんだけど、王太子妃様はそれに輪をかけて美人さんだったらしいよ。
 三年と少し前に十五で輿入れした王太子妃様は、まさに花ざかりの一番美しい年頃だったって。

「はっ、私、カズトと申します。
 『ゴムの実』をご用命と伺い参上いたしました。
 僅かなりとも、王家の繁栄にお役に立つことが出来れば光栄でございます。」

 にっぽん爺は、腕に抱えていた行李を恭しく献上したそうなの。
 すると、王太子妃様は行李の中から、『ゴムの実』を一つ取り出して…。

「これが、『ゴムの実』でございますか。
 先日、王都の侯爵家に嫁いできた妹が絶賛しておりました。
 これを使うと、今までとは世の中が変わって見えると。
 全ての抑圧から解放されて、…。
 ありのままの自分を曝け出すことができると。
 ところで、『王家の繁栄にお役に立つ』とはどのような意味ですか?」

 『ゴムの実』を興味深げに観察しながら、王太子妃様はそんなことを言ったらしいの。
 にっぽん爺はオヤッと思ったそうだよ。

「お妃様は、それを皇太子殿下にお召し上がり頂くおつもりでは?
 『ゴムの実』が持つ強精効果で、殿下との子を成そうというのでは?」

 王太子妃様に無礼かと思いつつも直截に尋ねたらしいの。

「殿下にこのようなモノは無意味ですわ。
 近習は、私を石女うまずめと蔑み。
 殿下に二妃と三妃を勧めましたが無駄ですわ。
 殿下の殿方は、睦事の最中でも私の中指ほど…。
 子種の汁も、薄く、僅かしか出ませぬ。
 おそらく、殿下に子を成す力は無いでしょう。」

 王太子妃様は、ほっそりした白魚のような中指を示しながら…。
 王太子のとんでもない秘密を暴露したんだって。
 この時の王太子妃様は、とても貞淑で王太子以外の殿方は知らなかったそうだけど。
 輿入れ前に、実家で寝所での作法を色々と教えてくれた母親から聞かされていたんだって。
 殿方の大きさとか、子種がどんなものだとかを…。

 見ると聞くとは大違いと言うけど、輿入れして殿下と褥を共にした王太子妃様は戸惑ったって。
 まるで幼子のような大きさしか無かったから。
 王太子と言うのは今のダメな王様の事で、王太子妃様の三つ年上、その時はとうに二十歳を過ぎてたよ。

       **********

「では、お妃様が『ゴムの実』をご用命だと言うのは?」

 にっぽん爺は、要領を得ないので、王太子妃様に呼び付けられた理由を尋ねたらしいんだ。
 王太子様に使うのでなければ、何のために献上させられたのか理解できなかったから。

「あら、先程申したでしょう。
 私の妹がこれを絶賛していましたの。
 私、輿入れしてから三年、近習や女官から石女と蔑まれ…。
 どれだけ肩身の狭い思いをしたものか。
 自分でも、ストレスが溜まっているのがわかりますの。
 少しは自分を解放したいと思いまして…。
 カズトは、『』なるものをしているのでしょう。
 妹が大変良いモノだと、賞賛しておりましたわ。」

 手にした『ゴムの実』をサワサワと撫でながら、王太子妃様は淫靡な笑みを浮かべたらしいよ。
 話しが思わぬ方向へ転がって、にっぽん爺は困惑してたみたい。
 貴族社会で物議を醸している『ゴムの実』、更にやり玉に挙がっている『実演販売』を王太子妃様から所望されて。
 そんな事をして、もし王太子にバレたら間違いなく死罪だろうと思ったって。

 王太子妃様は、輿入れしてから三年、毎日王太子と褥を共にし世継ぎをもうけるように努力したそうなの。
 でも、懐妊の兆候はいっこうに無く、周囲の目は王太子妃様を責めるんだって。
 誰も、王太子の方に問題があるとは思ってくれないそうなんだ。
 そんな中で、その頃、二妃と三妃の輿入れがあって、王太子妃様もストレスが限界まで来ちゃったそうなの。
 日々鬱々としてて、遊びに来た妹に相談したら『ゴムの実』を勧められたらしいよ。
 ストレス発散に良いと、一緒ににっぽん爺の『実演販売』も。

 その数日前に王太子は初めての国内巡幸に出たそうで。
 輿入れして三年目にしてやっと王太子から解放されたんだって。
 巡幸期間は約一月で、暫く帰ってこないと言われたようだよ。
 王太子妃は人払いをすべく。
 なんだかんだと理由をつけてお側仕えの人達に休みを取らせたんだって。
 輿入れの時に実家から連れて来た信頼のおけるお側仕えだけを残してね。
 用意万端整えて、にっぽん爺を呼びつけたみたいだよ。

 その時のにっぽん爺は、王太子妃様のご用命をどうやって断ろうか思案していたんだって。
 下手をすれば死罪だから…。

 すると、王太子妃様は、清楚な装いに不似合いの、淫靡な笑みを浮かべながら…。
 にっぽん爺の健在な左手を取とると、自分の体に導いたんだって。

 「何処へ?」とおいらが聞いたら、「ナイショ」って言われちゃった。

 それでにっぽん爺の理性のタガは、外れてすっ飛んでいったって言ってたよ。

「ちょっと、待ちなさない!
 あんた、八歳児が聞いているのよ!
 そういう細かいことは言わなくて良いわ。
 ことの顛末だけ、かいつまんで話しなさいよ!」

 その時の王太子妃様の仕草を思い出しながら語るにっぽん爺に、アルトがダメ出しをしてたよ。

 にっぽん爺の理性が吹っ飛んで、一時間ほどすると…。
 純白のシーツに真っ赤なバラの花びらが散っていたって。
 それを見て、王太子妃は言ったんだって。

「フフフ…、見なさい、シーツに『純潔の証』、バラの花びらが散っている。
 このシーツ、王太子のバカ近習共に見せてやりたいわ。
 輿入れした翌日、私の事を不貞の娘扱いした愚かさを思い知らせてやりたい。」

 にっぽん爺、それはマジ止めて欲しいと思ったそうだよ、…不義密通がバレるから。

「おい、じいさん、それは…。」

「言うな! 現国王が哀れだから。」

 タロウが何か言いかけたけど、にっぽん爺がそれを止めてたよ。

 それからどうなったかと言うと…。
 王太子妃様は相当ストレスが溜まっていたようで、延々と『』を繰り返させたんだって。
 王太子妃様の企てに協力した腹心の側仕えの女性が、三食をベッドまで運んでくれて…、三日三晩延々と。
 三日目の午前中には持ち込んだ『ゴムの実』五十個全て使い切っちゃって。
 それでも、『実演販売』は続いたんだって、王太子妃様の気が済んだのは三日目の晩のことらしいよ。

 ちょと待ってよ、それおかしいでしょう!
 『ゴムの実』を使い切ったのに、どうして『実演販売』が出来るの!
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