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第九章【間章】『ゴムの実』奇譚(若き日の追憶)

第186話 破滅の足音が迫って来たよ

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 『ゴムの実』のおかげで病気と孕みを防ぐことが出来るようになると、王都に住む平民のお姉さんの貞操観念が緩々になったそうで。
 ごく普通の家の娘さんが、然したる抵抗感も無く泡姫になる風潮になっちゃったみたいなの。
 アッチカイ系列のお風呂に行って、指名なしで個室に入ったら隣の家の娘さんがいたとかは珍しい話じゃなくなったんだって。

 でも、この時点では貴族が絡んでくることが無かったみたい。
 当時、貴族のご令嬢が外でお金を稼ぐのは家の恥とされていて、『風呂屋』や『エステ』で働くことはなかったから。
 幾ら『ゴムの実』の噂を耳にして、火遊びに興味があったとしても。

 問題になったのは、次ににっぽん爺の発案でコンカツが手掛けた『お見合い茶屋』というお店。
 名前の通りお茶を飲むだけのお店らしいのだけど。
 薄暗い店内は、女性ゾーンと男性ゾーンに分かれているそうで。
 一つ一つの座席が、個室の様に三方が高い衝立ついたてで仕切られているんだって。
 にっぽん爺がブースと呼ぶその座席スペースには、テーブルとソファーが置かれるらしいの。
 ソファーベッドと呼ばれる人が横になれる幅があり、寝転がっても落ちないように座面が幅広のソファーらしいよ。

 お店に入ったら入り口でお金を払い『入店セット』を買うんだって。
 入店セットは、好きな飲み物一杯と火をつけたばかりのロウソク、それに『ゴムの実』が一つ乗ったトレーだって。
 男性客であれば、『入店セット』を持って、先ずは女性ゾーンに行って各ブースを回り。
 ブースに好みの女性客が居れば、相席して良いか尋ねるんだって。
 女性客の許可がでれば一緒にお茶を飲みながらお話をするそうで、拒否されたら他のブースへ回るんだって。
 一通り女性ゾーンのブースを見て回り、好みの女性客が居なかったり、全員に拒否られたら男性ゾーンへ行くんだって。
 男性ゾーンで大人しく、後から来た女性客が声を掛けてくれるのを待つらしいよ。

 女性客の場合はその逆のことをするの。男性ゾーンから声を掛けて歩くんだね。

 にっぽん爺の言葉を借りると、『お見合い茶屋』は『自由恋愛』の場所を提供するお店なんだって。
 『自由恋愛』って変な言葉だよ、『恋』とか『愛』って心の問題だから元々自由なモノでしょう。
 殊更に『自由』と付ける意味が分からないよ。
 にっぽん爺にそう指摘したら、大人になったら分ると返って来たよ…、言葉って難しい。

 それで、首尾よく相席になれたら、二人でお話して…。
 フィーリングがあったら、二人揃って『ゴムの実』を食べるんだって。
 ブースの開口部にあるカーテンを引いて外から覗けないようにしてから、思う存分そうだよ。
 二人が最初に渡されたロウソクが両方とも燃え尽きるまでが、ブースの使用時間なんだって。
 だいたい、ロウソク一本で一時間くらい持つらしいの。
 時間が足りなければ、お金を払ってロウソクを買い足すこともできるし。
 『ゴムの実』を追加で買うこともできるそうだよ。
 もっと、ゆっくり、広いところで仲良くしたければ。
 『お見合い茶屋』の二階には時間貸しのちゃんとした部屋が並んでいるんだって。

 中には敢えてカーテンを開けたまま、仲良くしている様子を通路を歩く人に見せびらかす人達も居るみたい。
 もちろん、それも自由だって。
 にっぽん爺が言ってたよ、『お見合い茶屋』はとってもカオスな空間だったって。

 当時、この『お見合い茶屋』には貴族のお嬢様も良く来たんだって。
 巷で評判の『ゴムの実』を使うことが出来ると聞いて、火遊びをしたい盛りの年頃のお嬢様達が。
 『病気』や『孕み』の心配が少ないと知り、心理的なハードルが低くなっていたんだろうって。

 『風呂屋』や『エステ』で働いてお金を稼ぐことには、忌避感はあるみたいだけど。
 『お見合い茶屋』は、お金を払ってお茶を飲むところだからね。
 貴族のお嬢様方でも、抵抗感なく気軽に入ることが出来たみたい。

 『お見合い茶屋』がお気に入りになって、常連化する貴族のお嬢様も結構いたみたいなの。
 ここでも、『ゴムの実』の『催淫効果』にハマったお嬢様がいたみたいだね。

         **********

 ところで、『ゴムの実』の『催淫効果』だけど、当然、男の人にもある訳で…。
 『ゴムの実』の使用が常習化しちゃう男の人もいる訳。
 『お見合い茶屋』は訪問販売の会員以外が『ゴムの実』を手に入れられる数少ない場所だからね。
 常連化した男性客も多かったみたい。

 そして、ターニングポイントとなる事件が起こったの。
 『お見合い茶屋』の常連客の男が、女性ゾーンのブースで声を掛けた女の人がなんと自分の娘だったらしいの。
 その父親の方は貴族の当主だったらしくて、当然娘は貴族のお嬢様な訳で…。

 その父親は、その場で烈火の如く怒ったんだって。

「貞淑を旨とすべき貴族の娘がこんなところで何をしているんだ!
 純潔を守っていないと知れたら、社交界の笑い者になるぞ!」

 と、自分もこの店にちょくちょく来て、自分の娘と同じ年頃の娘を摘まんでいたのを棚に上げて…。
 でも、このお父さん、とんでもないおバカさんだよね。

 ここは、コッソリと静かに娘を家に連れて帰らないといけなかったの。
 叱るのは家に帰ってからにして。

 『お見合い茶屋』の中で大声で怒ったものだから、何事かとお客さん達が集まっちゃたらしいよ。
 集まった人の中から…。

「あっ、私、あの人、知っている。
 ついこの間、お相手してあげたの、○○子爵って名乗ってたわ。
 凄くねちっこくて、もういい加減にしてッて思ったけど…。
 帰り際にいっぱいお小遣いをくれたから、またお相手しても良いかなって思ってたの。」

 なんて、お相手をしたことがあるお姉さんが、お父さんの素性をバラしちゃったせいで。

「あの娘、○○子爵の娘だったのか。
 すっごい好きものでよ、俺、二階の個室で三時間も搾り取られたぜ。
 あの日は酷い目に遭ったと思ってたけど、…。
 貴族のお嬢様とタダで致せたと思えば、ラッキーだったぜ。
 普通なら一生に一度も有り得ない事だもんな。
 今度、ダチに自慢してやろう。」

 芋づる式に娘さんの素性もバレて、父娘は晒し者になっちゃったそうなの。
 身分制度が厳格なこの国では、平民の男と貴族の娘が仲良く出来る事なんて普通は有り得ないものね。
 仲良くできたのなら、さぞ周囲に自慢しまくるだろうとにっぽん爺も言ってたよ。

 この時、にっぽん爺は現場に居合わせた訳ではないから聞いた話になると前置きしたうえで。
 この父娘のやり取りは、父親の怒声一回では済まなかったらしいの。
 父親に怒鳴られた娘の方はと言うと…。

「父上こそ、こんなところで何をしてらっしゃるのですか。
 私には、やれ貞淑であれ、やれ奥ゆかしくあれと口喧しく言う癖して。
 自分では平民の娘と一時の逢瀬ですか。
 私と同じ年頃の娘を物色しているなんて、汚らわしい。
 私、知っていますよ。
 先日、ここで私のお友達の△△伯爵令嬢のお相手をしたでしょう。
 父上からねちっこく責められて、とっても良かったそうですよ。
 中々良いモノをお持ちでと、父上のことを褒めていましたわ。」

 娘さんの方は、父親がこの店に足繁く通っていたのを知っていたようなの。
 △△伯爵令嬢も『お見合い茶屋』の常連らしく、娘さんとは良く情報交換してたらしいよ。
 それで、△△伯爵令嬢が父親のお相手をした時のことも詳しく聞かされていたみたいで。
 父親は△△伯爵令嬢のお相手をした時に、自分はこのお店の常連だと話したようなの。
 この店で若い素人娘を日替わりで摘まむのが、最近の一番の楽しみだと言っていたって。

 この店、薄暗くしている上に、ブースの中はロウソクだけしか灯りが無いそうで。
 相手の細かい様子まで見えないことも多々あるようなんだって。
 制限時間で一緒に店を出て、明るい陽の光の下で相手の顔を見たら…。
 友達のお父さんだったということも良くあることだったみたい。

 この父娘の場合も、父親の方は△△伯爵令嬢だとは気付かず、平民の娘だと思っていたようなの。
 平民の娘なら、あとくされが無くて良いみたいな事も言っていたみたいだよ。
 逆上した娘にその場で全部暴露されちゃったみたい。

 この会話で一番拙かったのは、上級貴族である『伯爵』の名前が出ちゃったことなんだ。
 『○○子爵父娘』の名前と共に、『△△伯爵令嬢』の名前が王都中の噂になっちゃったの。
 『お見合い茶屋』の常連で、不特定多数の人と一時の逢瀬を楽しんでいたと…。 

 △△伯爵は激怒したそうだよ。
 貞淑であるべき貴族の娘が淫蕩を繰り返したうえ、それが発覚して伯爵家の名に泥を塗ったって。
 △△伯爵は○○子爵のもとにも、娘に手を付けたと怒鳴り込んだみたいだけど…。
 ○○子爵も困ったそうだよ、自分も不特定多数の一人に過ぎないのだから責任を取れと言われてもって…。

 伯爵も、子爵も、各々娘を今までの行いを問い詰めたようなんだけど…。
 その娘さん、二人が共通して白状したことがあるんだって。

 二人とも、母親がにっぽん爺を呼びつけて、『ゴムの実』の『実演販売』を受けているの目撃していたんだって。
 日頃は貞淑な母親、歳もとっくに下り坂の母親が、けだもののように豹変するのを見て自分も使ってみたいと思ったと。

 二人とも、『ゴムの実』に関心を示して自分も『実演販売』を受けたいと母親に訴えたそうなんだけど…。
 あなたにはまだ早いと無碍にされたようで、悶々としていたんだって。
 そんな時に、『お見合い茶屋』へ行けば『ゴムの実』を使った遊びができるとの噂を耳にしたらしいよ。
 興味本位で嬉々として『お見合い茶屋』に行って、ハマっちゃたみたい…。

 そこで初めて貴族の当主達に、にっぽん爺の『実演販売』のことがバレちゃったの。

 この時点で、にっぽん爺が『ゴムの実』を発見してから十五年、大量生産に成功してから十年が過ぎていて。
 『ゴムの実』そのものはとても知名度が高くなっていたけど。
 生産量が限られていて、その大部分はアッチカイ系列の風呂屋に回されているから。
 一般の人で、実際に購入できる人は多くはなかったの、『訪問販売』の会員だけだからね。
 にっぽん爺の話だと、ピーク時で五百人ちょうどだったって、そこで受付をストップしたから。

 にっぽん爺の『実演販売』だけど、当然会員しか受けられない訳で…。
 強制した訳でもないのに、会員の中で『実演販売』について箝口令が敷かれていたらしいの。
 『実演販売』については、会員の仲間内以外には絶対に漏らすなと…。

 にっぽん爺は、「まあ、自分の秘め事を他人に言い触らす者は普通いないよな、旦那に知れたら大事だし」って。

 特に貴族のご婦人たちの結束は固く、貴族の男性の間には全く知られてなかったそうなんだ。
 貴族のご婦人が『実演販売』を依頼する時は、用心のため、お茶会用の別棟がある貴族の家を使うそうだよ。
 お茶会の名目で十人くらいの貴族のご婦人が集まって、そこにコッソリにっぽん爺が招き入れられるんだって。
 使用人を全員、別棟から締め出して、そこでにっぽん爺はお茶会に集まったご婦人全員に『実演販売』をするんだって。
 それで、『実演販売』のことが外に漏れるのを防いでいたそうなんだ。

 『実演販売』の存在や『お見合い茶屋』にハマっている貴族の娘の話を耳にした貴族の当主達。
 自分の夫人や娘がハマっていないか、慌てて問い質したそうだよ…、そしたら。

 何と、にっぽん爺の『実演販売』を受けたことのある貴族のご婦人は五十人以上いる事が発覚したんだ。
 中には、夫人だけではなく、ご令嬢も一緒に『実演販売』を受けていたケースもあるみたい。
 貞淑で知られる貴族のご夫人方が、お茶会の名目で集団で淫蕩を繰り返していた事実に貴族社会が騒然としたらしいよ。
 なんて言っても、王都に居を構える貴族の二割でご夫人が『実演販売』を受けてたんだから。

 そして、『お見合い茶屋』を使ったことがある貴族のご令嬢は百人を超えて二百人に迫る勢いだったって。
 もちろん、男児ばかりでご令嬢のいない家もあれば、三人いるご令嬢の全員が『お見合い茶屋』にハマっている家もあり…。
 一概には言えないけど王都に居を構える貴族家が約二百五十家だから、極めて深刻な事態になっていることが発覚したんだって。

 実際、令息の許嫁のご令嬢が『お見合い茶屋』の常連だと判明した場合だと、不貞を理由に婚約を解消したら…。
 同世代の貴族のご令嬢は、皆婚約済みか、『お見合い茶屋』で遊んでいたご令嬢で、替えの結婚相手が見つからなかったとか。
 三人いる令嬢が皆『お見合い茶屋』の常連だったことが発覚して嫁の貰い手が無いと涙目になった貴族の当主とか。
 そんな困った事態が多発したらしいの。

 従来のように『純潔』に拘っていたら嫁の来手がないとか、嫁の貰い手がないとかになっちゃって。
 貴族社会を揺るがす一大スキャンダルになっちゃったそうなんだ。

 激怒した△△伯爵を中心に、『ゴムの実』の禁制化と、『お見合い茶屋』の営業禁止を主張する人達が出て来たんだって。
 でも、貴族の当主には、依存症ではなく円満な夫婦生活のために、『ゴムの実』を切実に必要とする人がいたそうなの。
 何でも『にっぽん』ならバイ〇グラが必要な人達だって。
 加えて、○○子爵の様に『お見合い茶屋』にハマっちゃって、懲りもせずまだ通いたい人も結構いたみたいで。
 そんな人達の反対で、△△伯爵は主張を通すのに難航していたんだって。

 この時、平民のにっぽん爺には、△△伯爵の動向など知る由もなく…。
 自分の身に破滅が迫っているなんて、気付きもしなかったんだって。
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