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第3章 広く人材を集めよう

第27話 由紀の決断

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 大蔵大臣だという老人を凶弾から救った晩の、桜子から問いかけについて、由紀は答えが出せないまま悶々としていた。
 数日経ったある日、由紀は神戸に行くのでお金を用意しろと桜子から言われた。


 由紀が、幾ら用意すればよいかと聞くと五万圓という大金を指示された。
なんに使うのかと聞いたところ「時間を買う」という。
 桜子が言うには、学校のような大きな建物は設計だけでも結構な時間がかかるらしい、そのほか役所の建設許可や建設業者の選定などで、もたもたしていたら数年かかるという。
 

 神戸に最近完成した学校があり、その学校の設計図を丸ごと売って貰おうと言う心算つもりらしい。
学校側と設計士側の双方に掛け合えば何とかなると思っているようだ。
また、うまく話がまとまったら、そのまま建設を請け負った業者を紹介してもらうといっている。


 由紀は、指示に従い五万圓の現金を渡すと桜子は列車に乗って関西へ向かった。


     **********


 桜子が留守の間、由紀は桜子に出された宿題を考えていた。

 自分に何ができるか、自分が何をしたいか。

 由紀がこの世界に飛ばされたときに真っ先に考えたのは、由紀が持っているものが軍部にばれたら拙いということであった。
 軍用品は言うに及ばず民生品だって船やトラックなどは徴発対象である。
 だから、こっそりと貴族相手の高付加価値少量の商いに終始してきたし、今回も田舎の山間部に学校を作ろうとしている。
 船を動かせる人材を育てて、いざとなったらみんなで海外へ逃亡するという逃げの姿勢である。


 由紀は、少し考える視点を変えてみた。由紀は、今まで住んでいた日本が好きである。
 自由が保障され、社会全体がそれなりに豊かである。

 じゃあ、日本がそういう社会になるためにどんな道を歩んできたかを思い出してみた。

 日本は、太平洋戦争で敗戦しGHQのもとで民主化され、由紀が住む日本のグランドデザインがなされたと習った。
 桜子は、この国は戦前の日本より酷いと言っている、なら戦争に負けなければ変わることは出来ないんだろう。
 ということは、戦争そのものを止めてはいけないんだと、由紀は思った。
 桜子も、大臣に言っていた。命を懸けてまで戦争を止める必要はないと。

 どの時点で、この国が負けを認めれば、現状の政治体制が崩壊して、由紀たちが住んでいた日本のように民主的な国が出来るだろうか。

 太平洋戦争のときの日本は、どの時点で負けがほぼ決まっていたんだっけと考えたが、特に歴史好きでもない由紀には、中学の歴史の教科書に載っていることくらいしかわからない。

 でも、確か、フィリピン諸島、マリアナ諸島を失った時点で、各種資源の確保が困難になり、制空権、制海権を失ったと聞いたはずだ。

 たしか、これ以降、日本本土が戦火に晒され、多くの一般市民が亡くなったと聞いた。

 この国が日本の轍を踏まずに、かつ日本のように民主化されるためには、マリアナ諸島、フィリピン諸島を失った頃に、軍部が戦争継続を断念するような何かが起こればいいんじゃないかと由紀は思った。


 どの様なことができるか由紀にはよくわからない。でも、きっと桜子が相談に乗ってくれるだろう。
 由紀の答えが正解かどうかわからないが、きっと覚悟を示すことを桜子は求めているのだと思うことにした。

 由紀が、定めた目標は、「一般市民に戦禍が及ぶ前にこの国を無条件降伏に導くこと」、「具体的にはマリアナ諸島、フィリピン諸島を失う時期を目途とする」であった。


     **********


 数日後、関西から桜子が帰って来た。
 首尾よく設計図とその利用許可を神戸の学校と建築士から買い取ることができたらしい。
 しかも、その足で、神戸の学校の建設を実際に手がけた建設業者も回ってきたといっていた。
近日中に打ち合わせに上京してくるらしい。


 由紀は、自分が考えたことと、自分なりの目標を桜子に伝えたところ、

「落第点だな、まあ、高校一年生に自分の力で国を変えろというのが無理な課題だったか。
でも、由紀が言った私に覚悟を示させるのが目的というのは、悪くないぞ。
この前の事件でわかったと思うが、この国の軍部は無茶苦茶だ。
いま、由紀は徴兵を免れる立場を手に入れているが、いつそれが変わるか判らないんだ。
そのとき、由紀が徴兵に行くのが嫌であるなら、今起こっていることを対岸の火事だと構えていては駄目だと言いたかったんだ。」

「それは、積極的に時勢に関われということ?」

「いや、そういうことではない。そのときが来たら動けるように備えておけということだ。
 由紀が聞かせてくれたことは、色々と矛盾することや論理の飛躍もあったけど、この国が「本土決戦」とか「一億総玉砕」とか馬鹿なことを言い出す前に戦争を止めたいと思うのはわたしも一緒だ。
今から表立ってなんかやったら潰されるじゃないか。
 まあ、由紀には、これから色々と勉強してもらって、もう少し情勢判断する能力を養ってもらうよ。」


 そして、三月中旬、文部省から学校の設置許可がおりた。華小路子爵が尽力してくれたおかげで異常な早さだったらしい。


 
 

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感想 4

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みんなの感想(4件)

ツカサメイ
2024.05.09 ツカサメイ

うんうん。面白いです。
膨大な指輪の力、主人公が慎重に小出しに使う事で現実風を感じます。
続きを読みたい・・・

解除
如月美羽
2019.08.16 如月美羽

こんばんは!
つい読み入ってしまいます!
ハイテク?機能もやはり面白く、桜子さんもかっこいい!
これから一文無しでどう動くのか楽しみです!
この腕輪欲しい〜!

アイイロモンペ
2019.08.17 アイイロモンペ

読んでいただき有り難うございます。
早く本格的な展開に持って行きたいと思います。

解除
如月美羽
2019.08.16 如月美羽
ネタバレ含む
アイイロモンペ
2019.08.16 アイイロモンペ

読んでくださり有り難うございます。
励みになります。

解除

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