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第3章 広く人材を集めよう

第15話 いきなり当たりを引きました

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 善吉と由紀の相場観の違いから、当初目論見通りの現金を手にした由紀たちは、そのまま、件の少女の家に案内された。

 徒歩でもさした時間もかからずに着いたその民家は、街道からやや奥まったところにあった。
お屋敷と言うほど立派ではないが、それなりの敷地と建坪を有する家である。

 善吉は、玄関の引き戸を開けると、

「おおーい、白河屋の善吉だ。おやじさん、おらんかねー。」

と大きな声で呼び掛けた。


しばらくすると、家の奥から善吉とよく似た年回りの職人風の男が現れた。

「おやじさん、この前の商工会の寄り合いで、孫娘を預けられる処探しとったよな。
たまたま、身元の確りしている人で、働き手を探している人と知り合ったんで連れてきたんだ。
ちょうど、お前の孫娘のような娘っこを探しているらしい。」


 善吉に促されて、由紀は桜子と共に、老人の前で出た。

由紀たちが挨拶をする前から、老人は怪訝な顔をした。
やはり、この世界は女性が表立って事業を営むのはあまり歓迎されていないようである。

「おい、善吉よ。こんな小娘達を連れてきて何の冗談だ。
こいつらに、大事な孫娘を預けろっていうのか。」

「おやじさん、口の利き方に気をつけろよ。
このお嬢さん方は、立派な後ろ盾を持っている。
それだけでなくて、俺でもたまげるような舶来品を引っ張って来る伝と目利きを持っているんだ。
今回だって、おやじさんみたいに女を馬鹿にする人がいるから、女だけの商会を作りたいと言って、優秀な娘っこを探してわざわざ帝都から来なすたんだ。
一度話を聞いて、娘にも合わせてみたらどうかい。」

と、善吉は老人を説得した。


 
 善吉に説得されて老人はぽつぽつ事情を話し始めた。
老人の名は、美ノ谷佐吉といい腕の良い漆器職人らしい。
漆器は、諸外国で人気があり、大八洲帝国の重要な輸出品で佐吉にも引合いがあるとのこと。
 二十数年前に、佐吉の下に仕入れに訪れた伍井物産のバイヤーに感化された当時十二歳の次男が、丁稚としてバイヤーにくっついて出て行ったしまったらしい。
 その次男は、丁稚上がりには珍しく頭角を現して、シアトル支店の駐在員にまでなった。
その時に、シアトルの八洲人街で現地の娘と知り合い結婚して出来たのが件の娘らしい。
 帰国してた次男は、伍井物産の職員として、帝都に近くで三人で暮らしていた。
 次男は、運の悪いことに徴兵に引っかかり、更に運の悪いことに徴兵期間中に関東事変が起こり、戦地に送られそのまま帰らぬ人となってしまった。
 次男の嫁と娘は、佐吉を頼ってここ白河にやって来た。
 佐吉としては、次男の忘れ形見であり、可愛い孫娘を快く受け入れたが、家を継いでいる長男の嫁には気にいらなかったようだ。
 次男の嫁と娘は、離れでろくな食事も与えられず、下女のようにこき使われているらしい。
 現在、母親の方は病床に臥しており、娘は母親の看病で義務教育もろくに受けていないようだ。


 それで、佐吉は、ここにいるより、どこか確りしたところに奉公に出した方が良いと探していた。
 ただ、時勢が時勢だけに、下手な人を頼ると苦界に売られかねないと慎重になっているようだ。


 
 由紀が本人に会いたいというと、佐吉はみすぼらしい服装をした少女を連れてきた。
少女の髪は、癖の強いネコっ毛で、完全に目を覆ってしまっている。
日ごろ虐めれているのか、佐吉の後に隠れてオドオドとこちらを窺っている。

 由紀は、少女に近づき自己紹介したあと、幾つか会話を交わす。

「桜子さん、完璧ですよ。この子は絶対確保したいです。」

由紀は言った。実は、先ほどから由紀は英語で少女に話しかけていたのである。

少女の返答は的確であり、最後にしてもらった英語の自己紹介は非常に流暢であった。


 そう、由紀が善吉にグラスの代金を半額まで割り引いて、見返りに買った情報。
英語を流暢に話せる少女が、不遇な目にあっており奉公先を探していると言う情報であった。


 少女の名は瑠璃と言った。美ノ谷瑠璃が彼女のフルネームである。

「瑠璃さん、わたくしは、あなたを我が社の幹部候補生として雇い入れたいと思います。
でも、あなたは、未だ義務教育も終っていません。
しかし、学校を休みがちなあなたが、学校に戻ったとしてもついて行くのは難しいでしょう。
そこで、あなたには、数年間これから作る予定の会社の研修所で学んでいただきます。
研修期間中は給料は出ません。
その代わりに衣食住は保障しますし、その間に要した経費をあなたに請求することはありません。
研修が終わったら、あなたには固定給で月給百円を保証します。
もちろん、頑張り次第で昇給もあります。
いかがですか、一緒に働いてみませんか?」

と由紀は、人見知りな様子の瑠璃を怖がらせないように、出来る限り優しく説明した。

 
瑠璃は、精一杯の勇気を搾り出すように言った。

「わたしを、ここから連れ出してくれるのは嬉しいのですけど、病気のお母さんを置いていく訳にはいきません。
わたしを誘ってくださるのなら、どうかお母さんを助けてください。」


 瑠璃の希望を聞いて、由紀は母親に会わせて欲しいと言ったが、佐吉は良い返事をしなかった。
由紀たちを瑠璃の母親には会わせたくない様子であった。
 押し問答の末、瑠璃の母親が臥せる離れに来てみると、佐吉が拒んだ理由がわかった。
瑠璃の母親はやせ細って、余命いくばくもない様子であったから。
 由紀は医者でもなんでもないし、医学のことは一つもわからない。
でも、瑠璃の母親が何の病気か直感的にわかった。もちろん、桜子もわかったらしい。

 『結核』、戦前の日本でも死病と言われた病気、『栄養不足』、『過労』、『不衛生な環境』が揃って、やせ衰えた体を見て、歴史を学んだことがある者であれば誰だって思い至るだろう。
 いや、佐吉もわかっているからこそ、隠したかったのだろう。


「わかりました。瑠璃さんの母親は、わたくしが責任を持ってお預かりします。
瑠璃さん、あなたのお母さんは、この国で最高水準の医療措置を受けられるように手配します。
だから、一緒に来ていただけませんか?」

と由紀は言った。

 その場にいたものは皆、一様に驚きの表情を見せた。桜子を除いて。

 それを聞いて、

「山縣さんのお誘いをお受けします。お爺ちゃん今までどうもお世話になりました。」

と瑠璃は由紀の申し出を受け入れた。

 
「桜子さん、車をこちらに回してください。ここで寝かしておくのなら、車の荷台の方がましです。
それと、善吉さん、この辺で離れのある温泉旅館ってありませんか。」


 桜子が戻ってくると、由紀は玄関前に停車された三トン半トラックの荷台に入ると、クルーザー船のステートルームからベッドマットと掛け布団と枕をコピーし荷台にしつらえた。

 それが終わると、由紀は桜子に瑠璃の母親をベッドに運んでもらった。
 由紀は、ベッドに横たえた瑠璃の母親に、生体ナノマシーンアンプルを飲ませた、幸い嚥下する体力は残っていたようでスムーズに飲み込んでくれた。
 さすが、時空を渡る技術を持つ世界の謎物質である、見ている間に顔に赤みが差してきて、呼吸が穏やかになった。
 

 由紀は、瑠璃を荷台に招きいれ、生体ナノマシーンアンプルを病気の予防薬だと言って飲ませた。
 そして、由紀が登山のとき持っていた、カンテラで荷台を明るくし、ダウンジャケットを瑠璃に羽織らせて、使い捨てカイロを二つ手渡した。
カイロは、瑠璃と母親の背中に一つずつ下着の上から張るように指示した。
三月初頭、東北地方は未だ寒い。


 由紀は、善吉と佐吉に未だ話があるから、少し荷台で母親の様子を見ながら待つように指示して荷台から出て行った。







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