最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第573話 はい、はい、催促ですね…。

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 さて、驚いてばかりもいられません。
 オークレフトさんとリラさんの結婚についての相談が終ったら、こちらの用事を済ませないといけません。

「ところでシャルロッテ様、今日はどのようなご用件でしょうか。
 先日あれほど言ったのに、また、ブンヤなど連れて来て。」

 私が話を切り出すより先に、オークレフトさんの方から尋ねてきました。
 トゲだらけの言葉で…。ホント、私には優しさの欠片も見せてくれないのですね。
 どうやら、自分の結婚話の次に重要なのは、工房の機密保持のようです。

「今日は、私の事業の新しいメンバーを紹介しに来ました。
 マーブル・サウスミンスターさん、新聞社を辞めて私のもとに来てくださったのです。
 肩書は大公補佐官、大仰な名称ですが、端的に言えば私専属の雑用係です。
 この工房に関する事務作業もお願いするので。
 詳しい事業内容も把握しておいてもらおうかと思いまして。」

「ふむ、転職してきましたか…。
 まあ、王室関係者であれば、滅多なことは無いですか。
 工房も大きくなりましたからね。
 シャルロッテ様の補佐は必要かもしれませんね。」

 オークレフトさんは、青年が精霊にそそのかされたことを知らないので、怪訝な表情を見せましたが。
 取り敢えずは、警戒を解いてくれました。

 私が先日見せてもらえなかった部署を紹介するようにお願いすると。

「では、最初にこの地下から見て頂きましょうか。」

 現在いるのは、先日マーブル青年と新たに採用した二十人の少年を連れてきた組み立て作業場です。
 その地下は、リーナの館の地下とこの工房を結ぶ短い鉄道となっています。
 鉄道事業はまだ試験段階、電気を動力源とする鉄道は世界中でこの辺にしかありません。

 オークレフトさんの案内で地下へ降りると。

「何ですか、この大きな地下通路は? ずっと向こうまで電灯が灯っていますが?」

 マーブル青年が明るいトンネルを目にして尋ねてきます。
 電気、溜めておくことが出来ないので、この地下道は一日中電灯を灯したままです。
 オークレフトさんの言では、電灯の耐久試験も兼ねているそうですが…。

「これは、この工房に勤める職人が借りている宿舎があるシューネフルトまで続いています。
 見てもらいたいのは、通路ではなく、それです。
 実際に乗ってもらいましょう。」

 オークレフトさんは一両だけの電車を指差して、乗車するように言いました。
 マーブル青年にはただの大きな箱に見えた様子で、「これ、乗れるのですか?」と言っています。

「これ、動いていますよ! 汽車も無いのにどうやって動いているのですか?」

 アルビオン王国では、現在蒸気機関車が走り始めたところです。
 織物の町モンテスターと港町を結ぶ鉄道を皮切りに、この数年で何ヶ所も新設されましたが。
 まだまだ、敷設途上で王都の周辺に鉄道は乗り入れていません。
 先進国アルビオンでも、鉄道と言うモノは最先端の乗り物なのです。

 しかも、その鉄道の動力源はモクモクと煙を上げて走る蒸気機関車です。
 煙も出さず、音もなく静かに動き始めた乗り物にマーブル青年は度肝を抜かれた様子でした。

「これが、僕が任されている機械工房で開発中の電気で動く鉄道、電車です。
 現在、実験線として、こことシューネフルトの地下に敷設してあります。
 シューネフルトのモノは商業運転を見据えて三両編成で運行しています。」

「電車…、電気で動いているのですか。
 驚きました。電気というモノは照明に使うだけでは無いのですね。
 人を沢山乗せる乗り物の動力にも使えるとは思いもしませんでした。」

 電車だけは開発中のモノにも関わらず公開しているのですよね。
 実際に、人を乗せて安全に運行できるのかの試験が必要だとオークレフトさんが主張するので。

 オークレフトさんが電車の仕組みを簡単に解説している間に電車はリーナの館の地下に着きます。

 地上に上がると…。

「凄い…。街が一面雪に覆われている…。
 これが、アルム地方の本当の冬景色なのですか。」

 マーブル青年は、シューネフルトの雪景色に呆然としてしまいました。
 そう言えば、工房とアルビオン王国の王都との間を魔法で往復していましたので。
 工房の敷地内の雪景色しか見ていませんでしたね。
 しんしんと雪は降っていましたが、精霊達がこまめに退かしているようで。
 工房の積雪はそれほど多くもなかったですから、この町の風景はさぞかし驚いたでしょう。

「ここは街で、絶えず住民が雪かきをしているのでまだ良いのですよ。
 私の館の辺りですと、この時期三ヤード近い雪が積もっていますよ。
 身動きが取れなくなるので、アルビオン王国へ退避しているのです。」

 そこから歩いて領主館前の広場に出ると、街灯に明かりが灯っていました。
 今は午前九時を回ったところですが。
 この時期日の出は七時半くらいで、雪が本降りの日はこの時刻でもまだ薄暗いのです。
 降雪が多い日は、日中でも街灯を灯しているようです。

「吹雪いていて良く見えないけれども。
 夜でも広場全体が明るくなるように。
 これと同じ街灯がこの広場に一定間隔で設置してあります。
 この街の主要な道路にも一定間隔で設置し、夜でも安心して歩けるようになっています。」

 この街灯も電灯を用いたのはこの町が世界初で、ここでの経験を活かして帝都に電灯を設置したことをオークレフトさんは説明していました。

「凄いですね、アルビオン王国でも街灯は普及し始めたばかり。
 しかも、それはガス灯なのに、ここでは電灯ですか。
 爆発の危険性も、火災の危険性も、ガス中毒の危険性もないとは素晴しいです。
 恥ずかしながら新聞社に勤めていたのに、この町のことを知りませんでした。
 電灯も、電車も、隠さずに誰でも目にすることが出来るのに…。
 やはり、技術が進んでも距離は障害なのですね。」

 マーブル青年は、電車や街灯に驚いたのもさることながら。
 新聞社に勤めていた自分の耳に入ってなかったことを驚いていました。
 街灯や地下鉄が出来て早三年目を迎えますが、その間新聞社の方も取材に来ていたかと思います。
 少なくとも、私の目に留まったモノでは帝都で発行された新聞には記事になっていたのですが。

 どうやら、大陸の片田舎の出来事などは、アルビオン王国までは伝わらなかった様子です。
 ことによると、『アルスポ』の記者あたりが取材に来て記事にしたのかも。
 それで、ヨタ記事と勘違いされて、誰も取り合わなかったのかも知れませんね。

 実際の所は分かりませんが、シューネフルトのことは意外に知られていない様子です。
 それにしては、おかしいですね。
 メアリーさんも実際に目にしているし、あちこちに宣伝してくださっているはずなのですが。
 実際、私が経営するホテルのお客さんはアルビオン王国から来られた方が多いと報告を受けています。
 メアリーさんやブライトさんから紹介を受けて来た人もいたと聞いてますし。

 私がマーブル青年にそのことを告げると。

「ああ、それなら、きっと、上流階級で隠れたブームになっているのですね。
 大ぴらにしないで、仲間内だけで広めるのです。
 有象無象に広めてしまうと、マナーの悪い人なども押し掛けて雰囲気を壊すかも知れませんし。
 自分達が泊まりたい時に泊れなくなるかも知れないでしょう。
 きっと、ブンヤの耳には入れないという暗黙の了解でもあるのでしょう。」

 「ここだけの話」は得てして「ここだけ」にはならないものですが。
 どうやら、上流階級のここだけは、本当に上流階級の中だけに留まるようでした。

         **********

 その後、地下鉄に乗りシューネフルトの町を一周してから工房へ戻りました。

 そして。

「ここにある発電機が先ほど見てもらった街灯と地下鉄に電気を供給している発電機です。
 現状ではまだ余裕がありますが。
 電灯が居住用の建物にまで普及して来ると、早晩キャパシティーに不足が生じると予想しています。
 この建屋にはもう一基増設の余地を残していますが。
 そろそろ、別の場所を物色しないといけないですね。」

 マーブル青年に説明する振りをして、その実、私に催促しているのです。
 早く、次の発電所を造るのを手伝えと。
 ノミーちゃんとドリーちゃんに土木建築屋をさせて、私に運送屋をやれと…。

 私のホテルや新市街地に建設する宿屋の客室に電灯を設置すると発電能力が不足すると言ってましたもの。

「凄い…。ここにある発電機二基でさっきの鉄道と街灯を全部賄って余裕があるのですか。
 しかも、その電気を水の力で起こしているなんて知らなかったです。
 蒸気機関に比べてはるかにクリーンだし、効率性が高いのですね。
 しかも、この場で働く人の作業環境が蒸気機関に比べて格段に良いです」
 
 オークレフトさんの言葉の真意など知る由もないマーブル青年は、説明を聞いて素直に感心していました。

 春になったら新しい水力発電所の用地を探さないといけませんね。
 その時は、マーブル青年も連れて行って驚かせてあげましょう。

 私達の工房の施設がどのようにして作られているのか、目にしたら腰を抜かすかも。
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