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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第564話 束の間の時間稼ぎにでもなればと

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 その後は何事もなく、『スノーフェスティバル』は七日間の日程を終了しました。
 『アルスポ』は煙突掃除組合の親方達に押し掛けられて大変なことになってしまった様子で。
 あれから、三日たった今でも休刊していると言います。

 当然、私に対して嫌がらせまがいのことをしてくる余裕も無い訳で。
 最初にやって来た二十人の後は、煙突掃除の少年達が保護を求めて来ることはありませんでした。

 『スノーフェスティバル』の最終日にはジョージさんも来てくださり。
 お客さんの人気投票で上位に入った屋台と、ジョージさんが選んだ『雪像』の出品者に賞金を授与してくださいました。
 入賞した人達は、国王陛下直々にお褒めの言葉と共に賞金を授与されて大喜びです。

 そんな感じで、『スノーフェスティバル』はつつがなく幕を降ろしたのです。

      **********

「凄いですね、結局、保護を求めてきた孤児達全員を保護してしまったのですね。
 誰一人として拒絶することなく。」

 私が、最終日に保護を求めてやって来た少女二人から事情を聞いていると。
 マーブル青年が心底感心した様子で言います。

「結局、『希望の家』で受け入れる孤児は三十人に満たなかったですし。
 私が雇い入れた少年も二十人だけでしたからね。
 予想よりも大分少なかったので難無く受け入れることが出来ました。
 ただ、『アルスポ』に言われてやって来た煙突掃除の少年達二十人を除けば。
 保護を求めてやって来たのが十歳以下の少女だけだったのが残念です。」

 最初から何から何まで上手く行くとは思っていませんでしたし。
 三十人弱の少女と二十人の少年を救えたことで良しとすべきなのでしょうが。
 保護した孤児たちに偏りがあるのが気がかりです。 

 今回保護できた孤児は、四歳から十歳までの少女と十三歳から十八歳まで少年でした。
 何故、十一歳以上の少女がいないのかとか、十三歳未満の少年がいないのかとか。
 普通に考えれば、その年齢層の少年、少女がいるはずなのが気にかかります。

 保護を求めて来ないと言うことは、何らかの形で糊口を凌いでいるのでしょうから。
 そこまで、気にする必要はないでしょうが…。
 何となく、その方法が想像できるだけに残念で仕方がありません。

 それと、王都に沢山いる煙突掃除の少年達の存在。
 水の精霊アクアちゃんの説明から推測すると、現時点で死病を患っている少年が多数いるはずです。
 ですが、二十人を保護しただけで親方がどなりこんできたのです。
 あまりやり過ぎると、この屋敷が『アルスポ』の二の舞になりかねません。

 私がモヤモヤとした気分でいると。

「大公の行いは賞賛すべきものだと尊敬しますよ。
 三十人もの少女に未来に対する希望を与え。
 二十人の少年に安全な仕事と平穏な暮らしを与えるのです。
 今まで、誰もやろうとも思わなかったことをしたのです。
 それも、自国ではなく、何の義務も、責任もないこの国でです。
 大公はそれを誇っても良いと思います。」

 マーブル青年が私を励ましてくれました。
 私が気に病んでも仕方ない事だと言います。

 年端の行かない少女が春を売ったり、幼い少年が煙突掃除をしたり。
 そうやって糊口を凌いでいるのは、何も孤児に限ったことではないと青年はいます。
 この国の貧しい家庭に生まれた子供の間では珍しい事ではないと。

 たとえ、両親が揃っていたとしても…。
 六歳で、煙突掃除の親方に徒弟と言う名の奴隷働きに出される少年もいるそうですし。
 月のモノが来ないうちから客を取っている少女もいるそうです。
 世界一豊かだと言われるこの国にあっても、貧富の差は大きくそれが現実なのだと言います。

 それは、私一個人では手に負えない問題で、国が何とかしないといけないことだと。 

 それを聞いてしまうと、ますます何とかしてあげたくなりますが…。
 確かに、私の手に負えるスケールではないようです。

     **********

「お姉ちゃん、どうしたの、怖い顔して?
 もしかして、私がゴハンいっぱい食べたから怒ってる?」

 私がマーブル青年の話を聞いて考え込んでいると、目の前の少女が不安そうな声で尋ねてきました。
 どうやら、知らず知らずのうちに難しい顔をしていたようです。
 小さな子供を不安にさせてはいけませんね。

「怖い顔しちゃって、ごめんなさいね。
 何もあなたを怒ったりしていないから、安心してちょうだい。
 遠慮せずにたくさん食べてもらって良かったのよ。
 明日も、明後日も、その後もずっとたくさん食べられるようになるからね。
 今日から、暖かい部屋で眠る事も出来るからね。」

「本当? 怒ってない?」

「ええ、本当よ。安心して大丈夫よ。」

 私が少女に謝罪して、安心させるように言うとそれでも不安そうに尋ね返してきました。
 私が重ねて安心するように伝えると、少女はにへらと嬉しそうな笑みを浮かべてくれました。

 そうですね、マーブル青年の言う通りですね。
 この少女の笑顔を、そして将来を護れただけでも誇りに思わないといけませんね。
 それ以上を望むのは贅沢と言うモノでしょう、私は神様ではないのですから。
     
      **********

 さて、その翌朝、まだ日の出前の朝六時。
 私は、光の精霊シャインちゃんと水の精霊アクアちゃんを伴なって王都のスラムの上空にいました。
 時間は、煙突掃除の少年が仕事を終えて眠りにつく時間。
 お客と一緒に一夜を過ごした少女がその勤めを終えて眠りにつく時間です。

「シャインちゃん、アクアちゃん、大分広い範囲だけど大丈夫かしら?
 無理をさせるようなら、断ってくれて良いのよ。」

 私が二人に尋ねると。

「任せてください、このくらいは大したことございませんわ。
 ロッテちゃんのおばあさまと契約していた水の精霊は大陸中に雨を降らしたと言うではないですか。
 広範囲に天候を操るのに比べたら、このくらい大したことございませんわ。」

「光はあまねく大地を照らすものですから。
 この一画くらいは、負担になりませんから遠慮なさらないでください。」

 私はかなり無理なおねがいをしたと思っているのですが、二人とも快く引き受けてくれました。

「早く、病に苦しむ人々をその痛みから解き放って差し上げましょう。」

「はい、承知しました。」

 アクアちゃんの言葉にシャインちゃんが同意し…。
 スラム全域に光のシャワーが注ぎます、金色の光と銀色の光が。

 スラムに住む全ての孤児を保護する事は出来ませんけど。
 やはり、死に至る病を患っているかも知れない煙突掃除の少年達を放っておく訳にはいきません。
 同様に、今回保護することが出来なかった少女達にも病に侵されている娘さんが少なからずいるはずです。

 時間稼ぎにしかならないかも知れませんが、二人の精霊に彼ら、彼女らの治療をお願いしました。
 少年、少女に少しでも時間的な猶予が出来れば、ジョージさんやミリアムさんが動いていくれるかも知れませんからね。

 とはいえ、そういった少年、少女だけを狙い撃ちにして治療するなんて器用な事は出来ないので。
 スラムに住む全ての人々をすべからく癒してしまうことになります。
 中には治療してあげたいとは思えないような人もいるかも知れませんが、それも止むを得ませんね。
 病気に侵された煙突掃除の少年や春をひさぐ少女達の命を救う方が優先です。

「ロッテさん、終わりました。
 このスラムに住む人達はみな、健康体になったはずです。
 栄養状態まではいかんともしがたいですが。」

 やがて、光のシャワーが止むとアクアちゃんがそう報告してくださいました。

「こちらも、終わりました。
 このスラムの人々に巣食う病魔は全て退治しました。
 少なくとも、このスラムの中では…。」

 シャインちゃんはそう言って言葉を濁しました。
 このスラムの中には病原菌は無いけど、外から持ち込めばすぐに流行ると言いたいのですね。
 仕方ないですね、そこまでは防ごうと思ったらこの王都全部を浄化しないといけませんから。
 それでも、王都の外から持ち込めば元の木阿弥ですもの。

 私は二人の精霊の報告を聞いてスラムを後にしました。
 夜の仕事を終えて眠りについた少年、少女達が束の間でも良い夢を見ることが出来るのを願って。
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