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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは
第563話 煙突掃除の親方、その怒りの矛先は…
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朝も早くから門の前に押し掛け、監禁している少年達を開放しろとがなり立てる薄汚れた風体の中年男性。
どうやら、少年達を日雇いで雇用している煙突掃除の親方のようです。
私のような小娘が大公だとは思ってもいないようで、かなり語気を強めて見当違いな要求をしてきます。
「おはようございます。
朝早くから大分ご機嫌斜めのご様子ですね。
私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム。
大陸にあるアルムハイム公国の大公をしている者です。
何か誤解がある様子ですが。
私は少年達に対して癇癪など起こしていませんし。
ましてや、監禁などしてしませんわよ。」
取り敢えず、誤解を解いておくことにしたのですが。
「あんたが、アルムハイム大公だって…。
誤解も何も、『アルスポ』の記者だと言う男が見たと言ってたぜ。
あんた、薄汚いガキ共が図々しくメシを集ったのに怒ったんだろう。
兵士に命じてガキ共を捕らえさせたのを記者の野郎が見たって。
昨晩、ガキ共が仕事に来なかったのが何よりの証拠だろうが。」
この方、私が大公だと言うことを知っても態度を改めようとしないのですね。
国の格が違うだけで、大公と言う位が王と同じものだと言うことを知らないのでしょうか。
この国に大公と言う爵位は無いそうですし、単なる無知なのでしょうか。
それとも、怒り心頭に達していて身分など斟酌していられないのでしょか。
「おかしなことを言いますね。
私、少年達が保護を求めてきたから保護しただけですわ。
お腹が空いているとのことでしたから、食事を与えて。
寝る場所がないとのことでしたから、寝床を提供しただけですが。
何でも、『アルスポ』の記者からサクラソウの丘に行けと教えられたそうですわ。
私のもとへ行けば、保護してもらえるとね。」
「誰がそんなことを信じるか。
スラムのガキ共にそんな施しをしてくれる貴族様が、何処にいるってんだ。
上手いこと言ってるが、本当は地下牢にでも捕えて折檻してるんだろうが。
あんな薄汚れたガキ共でも、こっちにとってはメシのタネなんだ。
早く返しやがれ。」
凄い偏見でモノを言いう方なので驚いてしまいました。
スラムに住む少年が貴族に相手してもらえるとは露ほどにも思っていないようです。
私が、ゴハンを強請られたくらいで何で折檻をしないといけないのですか。
だいたい、私の配下に兵士などいませんよ。
私が親方の言いぶりに呆れていると。
「あんたがシラをきるんだったら。
ガキ共に会わせてくれ。
監禁してるんじゃなければできるだろう。
そしたら、とっとと連れて帰るから。
あんただって、小汚いスラムのガキ共なんか目障りだろう。」
さっきから聞いていると、何でこの方は自分が雇用している少年達をこんなに悪しざまに言うのでしょうか。
少年達に対する思いやりが全く感じられません。
メシのタネなら、もう少し言いようがあると思うのですが。
正直、こんな薄汚れた中年男性を屋敷に招き入れるのは遠慮したいですし。
なにより、そんな義務もありません。
ですが、すんなりと帰ってくれそうもありませんし。
門の前で騒ぎ立てられると、世間体もありますし、迷惑この上ないです。
**********
少年達に合わせる義理もありませんが、何を言っても信じてもらえそうもないので。
結局、実際にその目で確かめてもらう事になりました。
しかし、大公である私の言葉より、ゴシップ紙の『アルスポ』の記者の言葉を信じると言うのは心外ですね。
人は、自分の信じたい方を信じると言う事ですか。
私が館の中に親方を案内すると、迎えに出て来たメイドさんが異質な人物に引いてしまいました。
薄汚れた子供達の世話はだいぶ慣れてきたようですが、薄汚れた中年男性ですものね。
私はメイドさんにかまわなくて良いと指示すると、少年達が寛いでいる部屋に親方を案内します。
「よう、貴族の姉ちゃん、朝メシ美味かったぞ。
俺、朝からあんなに美味えモノ食わせてもらえるとは思わなかったぜ。
しかも、幾ら食っても良いなんて夢でも見てるんじゃねえかと思っちまった。」
親方を後ろに従えて部屋に入ると、私に気付いた少年の一人が声を掛けてきました。
本当に言葉遣いを一から矯正する必要がありますね。
一応、感謝の言葉を述べているつもりのようですが…。
「何だ、地下牢ってのはこんな所にあるのか?」
何で、この方は少年達が地下牢にいると決めつけているのでしょうか。
それも、『アルスポ』の記者に吹き込まれたのでしょうか。
「あれ、貴族の姉ちゃんの後ろにいるのは親方か?」
私の後について部屋に入って来た親方に少年達も気付いた様子です。
「なんだ、てめら、大公に監禁されているんじゃなかったのか?
貴族のような格好をしているんで別人かと思ったぞ。」
「監禁? なんだそりゃ?
俺達、昨日、貴族の姉ちゃんにメシをご馳走になって、泊めてもらっただけだぞ。
風呂ってモノに入れてもらって体中の煤を洗い落とした後で、この服を買ってもらったんだ。」
親方は、『アルスポ』の記者に吹き込まれて監禁されていると思い込んでいたので。
自分の予想とは違い、丁重にもてなされている少年達を目にして面喰った様子でした。
想定外の事に、親方は一瞬言葉を失っていましたが、やがて気を取り直して言います。
「お、おう、そうか、そりゃよかったな。
それじゃあ、帰るぞ。
おめえらがまとめて休んじまったもんだから、こちとら商売あがったりだ。
今朝はあちこちの客から文句を言われてひでえ目に遭ったんだぞ。
昨日サボった分、気合いを入れて働いてもらうからな。
覚悟しておけよ!」
監禁されていなかったのは想定外のようですが、親方はとっとと少年達を連れて帰ろうとしました。
「何で、親方と一緒に帰んないといけねえんだ。
俺達はもう煙突掃除の仕事は辞めることにしたぜ。
これから、貴族の姉ちゃんの国に行って、もっと良い仕事を貰うことになったんだ。
給金が良いだけじゃなくて、寝床と三食のメシも貰えるらしいからな。」
「ふざけるな! そんな勝手なこと認められる訳がねえだろう!
だいたい、てめえ等みたいなクズ共をお偉い貴族が雇ってくれる訳ねえだろう。
どうせ、甘いこと言われて奴隷船に乗せられるのがオチだぜ。
てめえら、騙されているんだ、とっとと帰えるぞ!」
酷い言い掛かりですね、それでは私が奴隷商人みたいではないですか。
私のもとで働くとする少年の言葉に、親方は声を荒げてそんなうまい話は無いと反論します。
「何ですか、大きな声を出して…。
廊下まで筒抜けですよ。」
声を荒げた親方の言葉を耳にして、私の使用人のリンダさんが顔を覗かせました。そして…。
「シャルロッテ様、何ですか、その薄汚い人は。
部屋にお通しする時はその前にお風呂に入ってもらわないと…。
そんな汚いなりで部屋に通すとステラちゃんに叱られますよ。」
煤で汚れている親方を目にして、私にお小言を言います。
「おめえ、リンダじゃないか!
こんなところで何してやんでい。
おめえが買いたくて金を貯めてたって言うのに、突然消えちまいやがって。
俺はな、おめえを買うことだけを目標に金を稼いでいたんだぜ。」
「はあ? あんた、誰?
私は、自分を買ったお客のことは全部覚えているけど…。
私を買う金が無かった酒場の客までは知ったこっちゃないね。
私が何をしていようが、あんたには関係ないだろうが。」
先ほどまでは、キチンとした言葉遣いをしていましたが。
リンダさん、酌婦をしていた酒場のお客だったらしい親方を前にして地が出ています。
「リンダさんは、一年前から私の家の使用人をして頂いているのですよ。」
「はあ? リンダがお貴族様の家の使用人?
こいつは、俺が行きつけの酒場で酌婦をしてたんですぜい。
あんたは、こいつが娼婦だったのを知っているのかい。」
「もちろんですよ。
私がリンダさんの家まで行って、うちで働かないか誘ったのですもの。
まだまだ未熟な所はありますが、良く働いてくれますわ。
貴族の屋敷の仕事も大分こなせるようになりましたし。
私の専属侍女も、リンダさんに合格点を付けています。」
私は、真面目に働いてくれさえすれば色眼鏡で見ることはしないと伝えます。
たとえ、それまで何をしていようが、どんな生まれであろうが…。
私のその言葉を聞いて、親方はやっと思い至った様子です。
「あんた、もしかして、このガキ共を本当に雇おうってのか?
スラムのゴミ共を…。」
「はい、この少年達は私に保護を求めて来ましたので。
私はちょうど事業を拡張しているところで。
彼らに与えられる仕事がありますから。」
酒場の酌婦をしていたリンダさんを館の使用人として使っているのですから。
スラムの子供を雇用しても不思議ではないと、親方は気付いたのです。
「そんな勝手な事が許されると思っているのか?
俺達、煙突掃除の組合が黙っちゃいねえぞ。」
「勝手な事も何も…。
この子達は、あなたの徒弟でもないようですし。
あなたが親から買った年季奉公でもないのですよね。
単なる日雇いで、仕事を貰えない日もあると聞きましたし。
そんな少年達が助けて欲しいと保護を求めてきたのです。
それに対して救いの手を差し伸べて何処がいけないのですか?」
「うぐっ…。」
正論を言われて、親方はぐうの音も出ないようです。
「それより、良いのですか?
この子達は、『アルスポ』の記者から私のもとへ行って保護を求めるように言われたそうですよ。
私から、積極的にあなた方の仕事を妨害するつもりはありませんが。
また、保護を求めてくる煙突掃除の孤児がいたら保護しちゃいますよ。
『アルスポ』の記者ったら、何か企みがある様子で…。
煙突掃除の少年達に対し、私に保護を求めるように唆しているみたいですが。
現状、あと二百人くらいは雇い入れる計画がありますから。」
大風呂敷でも何でもなく、鉄道敷設計画が本格化したら二百人ではきかない人員の不足が生じるのです。
オークレフトさんからは、研修期間が必要なので早めに採用を始めて欲しいと言われています。
親方の顔色が青褪めました。
やっと、ことの重大さに気付いた様子です。
仮に、スラムから煙突掃除に従事する孤児が二百人も消えたらどんなことになるか。
「『アルスポ』の記者の野郎、調子の良いことばかりぬかしやがって。
あいつがガキ共を焚きつけてやがったのか。
こうしちゃいらんねえ、組合の親方連中に相談して『アルスポ』を締め上げてやらねえと。
これ以上、余計な事をしねえようにな。
邪魔して悪かったな、そいつらの事は諦めるわ。」
親方は、そう告げると足早に去っていきました。
**********
その翌日、マーブル青年が持って来た『アルビオンタイムス』の一面には…。
『煙突掃除組合の首脳陣がアルビオンスポーツまで一大抗議活動を展開』
と書かれていました。
一大抗議活動なんて大人しい言葉で書かれていますが、その実は暴動の様相を呈していたとのことでした。
王都中にいる煙突掃除組合に加入している親方たちが、半ば暴徒と化して『アルスポ』の建物に乗り込んだ様子です。
お騒がせ新聞社もこれで少しは大人しくなると良いのですが…。
どうやら、少年達を日雇いで雇用している煙突掃除の親方のようです。
私のような小娘が大公だとは思ってもいないようで、かなり語気を強めて見当違いな要求をしてきます。
「おはようございます。
朝早くから大分ご機嫌斜めのご様子ですね。
私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム。
大陸にあるアルムハイム公国の大公をしている者です。
何か誤解がある様子ですが。
私は少年達に対して癇癪など起こしていませんし。
ましてや、監禁などしてしませんわよ。」
取り敢えず、誤解を解いておくことにしたのですが。
「あんたが、アルムハイム大公だって…。
誤解も何も、『アルスポ』の記者だと言う男が見たと言ってたぜ。
あんた、薄汚いガキ共が図々しくメシを集ったのに怒ったんだろう。
兵士に命じてガキ共を捕らえさせたのを記者の野郎が見たって。
昨晩、ガキ共が仕事に来なかったのが何よりの証拠だろうが。」
この方、私が大公だと言うことを知っても態度を改めようとしないのですね。
国の格が違うだけで、大公と言う位が王と同じものだと言うことを知らないのでしょうか。
この国に大公と言う爵位は無いそうですし、単なる無知なのでしょうか。
それとも、怒り心頭に達していて身分など斟酌していられないのでしょか。
「おかしなことを言いますね。
私、少年達が保護を求めてきたから保護しただけですわ。
お腹が空いているとのことでしたから、食事を与えて。
寝る場所がないとのことでしたから、寝床を提供しただけですが。
何でも、『アルスポ』の記者からサクラソウの丘に行けと教えられたそうですわ。
私のもとへ行けば、保護してもらえるとね。」
「誰がそんなことを信じるか。
スラムのガキ共にそんな施しをしてくれる貴族様が、何処にいるってんだ。
上手いこと言ってるが、本当は地下牢にでも捕えて折檻してるんだろうが。
あんな薄汚れたガキ共でも、こっちにとってはメシのタネなんだ。
早く返しやがれ。」
凄い偏見でモノを言いう方なので驚いてしまいました。
スラムに住む少年が貴族に相手してもらえるとは露ほどにも思っていないようです。
私が、ゴハンを強請られたくらいで何で折檻をしないといけないのですか。
だいたい、私の配下に兵士などいませんよ。
私が親方の言いぶりに呆れていると。
「あんたがシラをきるんだったら。
ガキ共に会わせてくれ。
監禁してるんじゃなければできるだろう。
そしたら、とっとと連れて帰るから。
あんただって、小汚いスラムのガキ共なんか目障りだろう。」
さっきから聞いていると、何でこの方は自分が雇用している少年達をこんなに悪しざまに言うのでしょうか。
少年達に対する思いやりが全く感じられません。
メシのタネなら、もう少し言いようがあると思うのですが。
正直、こんな薄汚れた中年男性を屋敷に招き入れるのは遠慮したいですし。
なにより、そんな義務もありません。
ですが、すんなりと帰ってくれそうもありませんし。
門の前で騒ぎ立てられると、世間体もありますし、迷惑この上ないです。
**********
少年達に合わせる義理もありませんが、何を言っても信じてもらえそうもないので。
結局、実際にその目で確かめてもらう事になりました。
しかし、大公である私の言葉より、ゴシップ紙の『アルスポ』の記者の言葉を信じると言うのは心外ですね。
人は、自分の信じたい方を信じると言う事ですか。
私が館の中に親方を案内すると、迎えに出て来たメイドさんが異質な人物に引いてしまいました。
薄汚れた子供達の世話はだいぶ慣れてきたようですが、薄汚れた中年男性ですものね。
私はメイドさんにかまわなくて良いと指示すると、少年達が寛いでいる部屋に親方を案内します。
「よう、貴族の姉ちゃん、朝メシ美味かったぞ。
俺、朝からあんなに美味えモノ食わせてもらえるとは思わなかったぜ。
しかも、幾ら食っても良いなんて夢でも見てるんじゃねえかと思っちまった。」
親方を後ろに従えて部屋に入ると、私に気付いた少年の一人が声を掛けてきました。
本当に言葉遣いを一から矯正する必要がありますね。
一応、感謝の言葉を述べているつもりのようですが…。
「何だ、地下牢ってのはこんな所にあるのか?」
何で、この方は少年達が地下牢にいると決めつけているのでしょうか。
それも、『アルスポ』の記者に吹き込まれたのでしょうか。
「あれ、貴族の姉ちゃんの後ろにいるのは親方か?」
私の後について部屋に入って来た親方に少年達も気付いた様子です。
「なんだ、てめら、大公に監禁されているんじゃなかったのか?
貴族のような格好をしているんで別人かと思ったぞ。」
「監禁? なんだそりゃ?
俺達、昨日、貴族の姉ちゃんにメシをご馳走になって、泊めてもらっただけだぞ。
風呂ってモノに入れてもらって体中の煤を洗い落とした後で、この服を買ってもらったんだ。」
親方は、『アルスポ』の記者に吹き込まれて監禁されていると思い込んでいたので。
自分の予想とは違い、丁重にもてなされている少年達を目にして面喰った様子でした。
想定外の事に、親方は一瞬言葉を失っていましたが、やがて気を取り直して言います。
「お、おう、そうか、そりゃよかったな。
それじゃあ、帰るぞ。
おめえらがまとめて休んじまったもんだから、こちとら商売あがったりだ。
今朝はあちこちの客から文句を言われてひでえ目に遭ったんだぞ。
昨日サボった分、気合いを入れて働いてもらうからな。
覚悟しておけよ!」
監禁されていなかったのは想定外のようですが、親方はとっとと少年達を連れて帰ろうとしました。
「何で、親方と一緒に帰んないといけねえんだ。
俺達はもう煙突掃除の仕事は辞めることにしたぜ。
これから、貴族の姉ちゃんの国に行って、もっと良い仕事を貰うことになったんだ。
給金が良いだけじゃなくて、寝床と三食のメシも貰えるらしいからな。」
「ふざけるな! そんな勝手なこと認められる訳がねえだろう!
だいたい、てめえ等みたいなクズ共をお偉い貴族が雇ってくれる訳ねえだろう。
どうせ、甘いこと言われて奴隷船に乗せられるのがオチだぜ。
てめえら、騙されているんだ、とっとと帰えるぞ!」
酷い言い掛かりですね、それでは私が奴隷商人みたいではないですか。
私のもとで働くとする少年の言葉に、親方は声を荒げてそんなうまい話は無いと反論します。
「何ですか、大きな声を出して…。
廊下まで筒抜けですよ。」
声を荒げた親方の言葉を耳にして、私の使用人のリンダさんが顔を覗かせました。そして…。
「シャルロッテ様、何ですか、その薄汚い人は。
部屋にお通しする時はその前にお風呂に入ってもらわないと…。
そんな汚いなりで部屋に通すとステラちゃんに叱られますよ。」
煤で汚れている親方を目にして、私にお小言を言います。
「おめえ、リンダじゃないか!
こんなところで何してやんでい。
おめえが買いたくて金を貯めてたって言うのに、突然消えちまいやがって。
俺はな、おめえを買うことだけを目標に金を稼いでいたんだぜ。」
「はあ? あんた、誰?
私は、自分を買ったお客のことは全部覚えているけど…。
私を買う金が無かった酒場の客までは知ったこっちゃないね。
私が何をしていようが、あんたには関係ないだろうが。」
先ほどまでは、キチンとした言葉遣いをしていましたが。
リンダさん、酌婦をしていた酒場のお客だったらしい親方を前にして地が出ています。
「リンダさんは、一年前から私の家の使用人をして頂いているのですよ。」
「はあ? リンダがお貴族様の家の使用人?
こいつは、俺が行きつけの酒場で酌婦をしてたんですぜい。
あんたは、こいつが娼婦だったのを知っているのかい。」
「もちろんですよ。
私がリンダさんの家まで行って、うちで働かないか誘ったのですもの。
まだまだ未熟な所はありますが、良く働いてくれますわ。
貴族の屋敷の仕事も大分こなせるようになりましたし。
私の専属侍女も、リンダさんに合格点を付けています。」
私は、真面目に働いてくれさえすれば色眼鏡で見ることはしないと伝えます。
たとえ、それまで何をしていようが、どんな生まれであろうが…。
私のその言葉を聞いて、親方はやっと思い至った様子です。
「あんた、もしかして、このガキ共を本当に雇おうってのか?
スラムのゴミ共を…。」
「はい、この少年達は私に保護を求めて来ましたので。
私はちょうど事業を拡張しているところで。
彼らに与えられる仕事がありますから。」
酒場の酌婦をしていたリンダさんを館の使用人として使っているのですから。
スラムの子供を雇用しても不思議ではないと、親方は気付いたのです。
「そんな勝手な事が許されると思っているのか?
俺達、煙突掃除の組合が黙っちゃいねえぞ。」
「勝手な事も何も…。
この子達は、あなたの徒弟でもないようですし。
あなたが親から買った年季奉公でもないのですよね。
単なる日雇いで、仕事を貰えない日もあると聞きましたし。
そんな少年達が助けて欲しいと保護を求めてきたのです。
それに対して救いの手を差し伸べて何処がいけないのですか?」
「うぐっ…。」
正論を言われて、親方はぐうの音も出ないようです。
「それより、良いのですか?
この子達は、『アルスポ』の記者から私のもとへ行って保護を求めるように言われたそうですよ。
私から、積極的にあなた方の仕事を妨害するつもりはありませんが。
また、保護を求めてくる煙突掃除の孤児がいたら保護しちゃいますよ。
『アルスポ』の記者ったら、何か企みがある様子で…。
煙突掃除の少年達に対し、私に保護を求めるように唆しているみたいですが。
現状、あと二百人くらいは雇い入れる計画がありますから。」
大風呂敷でも何でもなく、鉄道敷設計画が本格化したら二百人ではきかない人員の不足が生じるのです。
オークレフトさんからは、研修期間が必要なので早めに採用を始めて欲しいと言われています。
親方の顔色が青褪めました。
やっと、ことの重大さに気付いた様子です。
仮に、スラムから煙突掃除に従事する孤児が二百人も消えたらどんなことになるか。
「『アルスポ』の記者の野郎、調子の良いことばかりぬかしやがって。
あいつがガキ共を焚きつけてやがったのか。
こうしちゃいらんねえ、組合の親方連中に相談して『アルスポ』を締め上げてやらねえと。
これ以上、余計な事をしねえようにな。
邪魔して悪かったな、そいつらの事は諦めるわ。」
親方は、そう告げると足早に去っていきました。
**********
その翌日、マーブル青年が持って来た『アルビオンタイムス』の一面には…。
『煙突掃除組合の首脳陣がアルビオンスポーツまで一大抗議活動を展開』
と書かれていました。
一大抗議活動なんて大人しい言葉で書かれていますが、その実は暴動の様相を呈していたとのことでした。
王都中にいる煙突掃除組合に加入している親方たちが、半ば暴徒と化して『アルスポ』の建物に乗り込んだ様子です。
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