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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第549話 とんだミスをしていました

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 王都の現状を私やメアリーさんに説明して、スラムの子供達による煙突掃除の必要性を説くマーブル青年。
 私達が今煙突掃除に従事している孤児たちを保護しようとすると、酷い反発を受けるだろうと警告を発します。

 この時、私の脳裏には、一つの法案が頭に浮かんでいました。
 そう言えば、二ヶ月前の段階で議会への根回しは終わっていました。
 そろそろ、正式に議会で決議される頃です。

 ですが、そこで自分が犯したミスに気付きます。

「今議会では、『工場法』という法律の制定が審議されていると思います。
 その法案では、十二歳未満の児童の雇用禁止や最低賃金制の導入などが定められています。
 何とかして、工場労働者だけではなく、一般労働者にまで適用範囲を広げられないものでしょうか。」

 リーナがクラーシュバルツ王国で制定に尽力し、私がこの国でも同様な法律を制定することをミリアム首相に提案した『工場法』ですが。
 その対象は工場労働者に限定されてしまっているのです。
 私達の念頭には、悪質な経営者により劣悪な労働条件を強いられている工場労働者の保護しかありませんでした。
 そこに楔を打ち込んでおくことが、昨今の産業革命に伴い生じてきた弊害を予防することだと考えたからです。

 そのため、今問題になっている煙突掃除などは、児童の雇用禁止条項の対象になっていないです。
 煙突掃除などと言う従来からある仕事に、年端もいかない少年が従事させられていることは今の今まで知らなかったのです。

「おや、大公様は、この国の法律にもお詳しいのですね。
 『工場法』なんて、細かい法律までご存じだなんて。
 そうですね、あの法律はかなり革新的なモノでしてね。
 良く議会に根回しできたものだと感心していたのですが。
 あれを一般労働者に適用範囲を広げるのですか…。
 それは、難しいと思いますよ。」

 実は、マーブル青年、新聞小説を依頼している作家先生と一緒に煙突掃除に従事する少年を見に行ったことがあるそうです。
 孤児の労働の実態を把握する目的で。
 そのあまりに劣悪な労働環境に顔をしかめた青年は、これを世間に知らしめて待遇の改善を訴えるべきだと上司に進言したそうです。

 すると、青年は、

『王都の市民の大部分が、その煙突掃除に依存しているんだ。
 孤児の待遇を改善したら、市民が支払う料金に跳ね返ってくるのだぞ。
 そんなことを訴えたら、わが社は市民から総スカンを食うぞ。』

 と、上司から烈火の如く叱られたそうです。
 繰り返しになりますが、王都の建物はほぼ全てが暖炉により暖房が賄われています。
 そのため、建物には煙突が付き物で、必然的に煙突掃除を要するのです。

 そこに、児童労働はダメだとか、最低賃金制度を導入するだとか言うことは、ほぼ全ての市民の負担増となるのです。
 先ほど、青年が暴動になると言ったのもあながち大袈裟ではないようです。

 しかし、よくよく考えるとおかしな話ですね。
 これって、孤児の命が明らかに軽視されています。
 普通の人であれば忌避するであろう、危険で給金の安い煙突掃除。
 それを、孤児という弱い立場の子供達に押し付けているのですから。

 怖いのは、その状況を誰もが当たり前に受け入れており、疑問を抱いていないことです。
 一般の社会通念になっている認識を改めるのは簡単な事ではありません。

 人々の認識を改めさせるような魔法があれば便利なのですが…。
 いえ、そんな魔法、あったら怖いですね。
 世の中を思いのままに操ろうとする誘惑にかられそうです。

 これは、私だけで悩んでいないでミリアムさんにでも相談した方が良いかもと考えていると。

「シャルロッテちゃん、せっかくステラちゃんが腕によりをかけて作てくれた料理が冷めているわよ。
 今、話している問題は一日やそこらで答えが出るものではないわ。
 それに、本質から言えばシャルロッテちゃんが思い悩む問題でもないの。
 スラムの孤児の問題は、私達この国に住む者の責任であって。
 他国の君主であるシャルロッテちゃんにはなんの責任も無いのだもの。
 さあ、先に食事にしましょう。」

 私が悩んでいると察したメアリーさんは、ここで一旦、話を切ろうと言います。
 そうでした、まだ食事の最中でした。

「悪かったのう、ロッテや。
 私が余計な事を言ったので、食事が進まなくなってしまったようだ。」

 何故ここに男の子が一人もいないのかと尋ねてきたおじいさまも、申し訳なさそうな顔をしています。
 そうですね、この話はあとでゆっくりと考えた方が良いですね。

        **********

 食事が終っても私は釈然としないものを感じていました。
 メアリーさんが言うように、本来私が口出しをする問題ではないのかも知れません。
 私はこの国の為政者でも、ましてや神様ではないのですから。

 でも、やはり、知ってしまうと気になるのです。

「おねえちゃん、おなかいっぱい、ごはんたべさせてくれてありがとう。
 わたし、こんなに、おなかいっぱいたべたの、はじめて。
 それに、こんなキレイなふくも、きたことなかったの。
 ままがしんじゃって、やどやをおいだされて。
 とっても、かなしかったの。
 もう、だめかとおもったけど…。
 おねえちゃんの、ところに、きてよかった。」

 今日、最期に保護した少女が、私のもとに感謝の気持ちを伝えに来てくれました。
 たった一人の肉親を亡くして、すぐに宿を追い出されたと言うこの少女。
 おそらく、とても心細い思いをした事でしょう。

「どういたしまして。
 明日からも、何も心配することはないわよ。
 これから毎日、温かいごはんと温かい服、それに暖かい部屋が当たるからね。
 あなたは、これから色々な事を学んで、立派な大人になるのよ。」

「あしたも、ごはんをたべさせてくれるの?
 あったかいふくをきて、やねのあるところでねていいの?
 うれしい…。」

 私の言葉を確認するように尋ね返してきた少女に頷いてあげると。
 少女は、柔らかい笑顔を見せながら、涙を流していました。
 ホッとしたら気が緩んで涙が零れてきた様子です。
 きっと、ずっと不安を抱えて心が張り詰めていたのですね。

 その少女の姿を見ていて思いました。
 せめて、ここに助けを求めてきた子供達だけでも、明るい未来に導いてあげないといけないって。
 
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