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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第544話 もう一つ仕込んでみました

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 出会って一年になるのは、サリーとエリーだけではありません。

「はーい!五人一組で順番に並んでね。
 前のグループの対戦が終ったら今度は君達よ。」

 ロコちゃんが、『雪合戦』の会場で参加する子供達の誘導をします。
 ロコちゃんは、年齢の割にしっかりしていて、小さな子供に対する面倒見みもとても上手にこなします。
 この子も、スラムの出身ですが幼い頃に大店のご隠居カミラさんと知り合い。
 カミラさんの薫陶を受けて育ってきたことから、非常に礼儀正しく思いやりのある子に育ちました。
 こういった、子供達の誘導をする係にはもってこいです。

「みんな、おつかれー。
 雪、冷たかったでしょう。
 この食券を持って行けば、屋台で温かい食べ物に替えてもらえるよ。
 雪洞の中に入れば暖かいから、そこで食べてね。
 食券一枚で食べ物は一つだから、足りなかったらまた『雪合戦』をしに来てね。
 あっちの『雪像作り』でも食券がもらえるから、良かったら行ってみて。」

 雪合戦の審判役をしていたプリムちゃんが、雪合戦を終了させて参加賞の食券を配ります。
 審判と言っても、雪玉をぶつけ合うだけの遊びですので、厳格なルールはありません。
 雪合戦の開始と、子供達がヒートアップし過ぎて喧嘩になる前に終了を宣言するのが役割です。
 それと、参加賞の食券配り。

 昨年、スラムでお腹を空かせていたプリムちゃん達は、この食券目当てでやって来ました。
 昨年は、ナナちゃんが雪合戦の運営をしていたのですが。
 プリムちゃんは、『雪合戦』でもらった食券が嬉しかったそうで、今年はこの役割をかって出たのです。

 物心つく前から、違法な農奴として酷使されていたプリムちゃんは、名前すらありませんでした。
 プリムと言う名前は、この丘に咲く花からとって私が名付けました。
 小さな頃から酷い虐待を受けていたようで、満足に言葉も教えてもらえなかったことも相俟って。
 口数が少なく、いつも何かに怯えているような様子を見せていましたが。

 この一年、私のもとで暮らして虐められることが無いと安心したようですっかり明るくなりました。
 家庭教師役に来て頂いたカミラさんの熱心な指導のおかげもあり、語彙も増えて来て年相応におしゃべりをする少女になりました。
 最近では、歳の近いアリィシャちゃん、ロコちゃんと三人で夜遅くまでおしゃべりをしている事もあるようです。

 ロコちゃんも、プリムちゃんも今年は、自発的にこのお祭りの手伝いをしたいと言ってくれました。
 二人共、積極的に何かをしようとする姿勢が出て来たのは、とても良い事だと思います。

     **********

 その後も、『スノーフェスティバル』の会場をサリーとエリーと一緒に見て歩くと。
 その途中で、風の精霊ブリーゼちゃんが私のもとに飛んで来ました。

 どうやら、監視を頼んでおいたことが起こった様子です。

「ロッテ~! 予想ど~り来たよ~!
 まずは、女の子が二人だね~。」

 ブリーゼちゃんの報告を受けた私達は、『クリスタルゲート』へ向かうことにしました。

 すると、ゲートの前にはサリーやエリーよりも少し年長の女の子が二人、手をつないで立ち竦んでいました。
 あちらこちらにほつれや破れが見られる薄手の服を着た二人の少女、痩せていて見るからにスラムの子供です。
 幸いにして、昨年のエリー達の様に邪険にする大人はいないようですが。
 お祭りの会場に入っても怒られないかを気にして、尻込みをしていたようです。

「どうしたの? 中に入らないのかな?」

 私が二人の前にしゃがんで尋ねると。

「はいっても、おこらない? けったり、なぐったりしない?」

 少しだけ年上そうな女の子がそう答えます。
 ロコちゃんが言ってましたが、王都ではスラムの子がスラムの外を歩いていると追い払われるそうで。
 意地悪な大人になると、蹴ったりしてスラムへ帰らせるそうです。

 スラムの子供の中には、スリや置き引き、それにひったくりなどをする子もおり。
 一部には、そんな子供が徒党を組んで悪さをするケースさえ見受けられるとのことです。
 そのため、スラムの外の人々にはスラムの子供に対する嫌悪感を持つ人が多い様子なのです。
 ですが、目の前にいるような小さな女の子にまで冷たくする必要はないと思います。
 こんな小さな女の子にどんな悪さが出来ると言うのですか。

「ええ、このお祭りはどんな人でも歓迎しているの。
 蹴ったり、殴ったりはしないから安心して良いわよ。
 でも、中には雪って言う冷たいものが沢山積もっているの。
 その格好では凍えてしまうわ。
 温かい格好をさせてあげるから一緒に来なさい。
 温かい食べ物もあるわよ。」

 私がそう答えると。

「なにか、たべさせてくれるの? ここじゃなくて?
 わたし、ここへくれば、なにか、たべさせてもらえるって、きいたんだけど。」

 昨年のプリムちゃんの様に何かに怯えるよな目をして、少女は尋ねてきます。
 すると、私が答えるよりも早く。

「おうちにいって、あったかい、おふろにはいるの。
 まま、あったかい、きるものもよういしたんだよ。
 それに、ごはんも。
 はやく、あったかい、おうちにいこう。」

 二人の少女に、エリーが身振り手振りを交えて我が家に行こうと誘いました。

「うん、わかった!」

 同じ年頃のエリーの言葉に安心したのか、元気の良い返事が返って来ました。
 実は、今回は一つの仕込みをしました。

 王宮側で用意してくれた告知の張り紙に一文付け加えてもらったのです。

『今、新たに設立した基金ではスラムの孤児の保護に取り組んでいます。
 お腹を空かせている孤児を見かけたら、フェスティバルの会場に行くように声をかけて上げてください。』

 メアリーさんに開設して頂いた、飢饉で身寄りを無くした子供の保護施設。
 私が、この国の地主から小麦の先物取引で巻き上げたお金を基金として、永続的な孤児の保護施設としてもらいました。

 施設の収容人数にはまだ余裕があるので、今回の『スノーフェスティバル』を利用して子供を集めることにしたのです。
 もちろん、メアリーさんとその賛同者も協力してくださり、今日も私の館で控えています。

 私が連れ帰った子供は、メアリーさん達がお風呂に入れて、服と食事を与える段取りになっています。
 昨年と違って、子供に与える服もあらかじめ用意しました。
 サイズに多少融通の利く形の服を男女、数サイズで結構な数揃えたのです。
 余ったら施設で使うことにして十分な数を。

      **********

 エリーとサリーが、一人ずつの手を引いて歩き出すと二人とも素直について来てくれました。

「二人共、パパとママはいるのかな? 何をしているの?」

 道すがら、簡単に身の上を聞きとるのも私の役割です。
 館に着いたらスムーズに今後の処遇を検討できるように。

「ぱぱも、ままも、いなくなっちゃった。
 こわいひとがきて、でていけって、いわれて。
 ふたりで、おいだされたの。」

 どうやら、この二人は姉妹のようです。
 ご両親は何らかの事情で二人を置き去りにして行方をくらましたみたいですね。
 出て行けと言われたということは、借り家暮らしだったのでしょう。

 突然家なき子になって、幼子二人でとても困っていたようです。
 満足に食べる物も無く、屋根のあるところで眠ることも出来ず。
 この寒空の下、身を寄せ合って震えていたと言います。

「そう、大変だったわね。
 でも、もう安心して良いわよ。
 今日からは、温かいごはんが食べられるわ。
 それに、温かいベッドで眠れるから。」

「ほんとう? もうひもじいくないの?」

 そこで、やっと妹さんの方が口を開きました。
 とても、期待に目を輝かせて。

 二人を館へ連れて戻ると、打ち合わせ通りメアリーさんが出迎えてくれます。

「あらあら、さっそく来たのね。
 寒かったでしょう、先ずはお風呂に入って温まりましょうね。」

 メアリーさんが連れて来て下さったメイドが、指示を受けると素早く二人をお風呂に連れて行きます。
 それから、暫くして…。

「すごかった!おゆに、はいったの、はじめて。
 ぽかぽかになったの、ふくもあったか。
 おねえちゃん、ありがとう。」

 お風呂から上がり、冬物に厚手の服に着替えた二人、お姉さんが嬉しそうにお礼の言葉を口にします。

「そう、温まったなら良かったわ。
 それに、綺麗になったわね、良い匂いがするわよ。」

 大分長いこと体を洗っていなかった様子で先程はすえた臭いがしましたが。
 メイドさんにきちんと洗ってもらえたようで、今はアルムハイム特産のハーブ石鹸の良い香りがします。

「うん、いいにおい!」

 妹さんが、自分の手の甲の匂いを嗅いで嬉しそうに言います。

 この館でお腹いっぱいにご飯を食べさせてから、一日、『スノーフェスティバル』を楽しんでもらいます。
 これは、サリーとエリーが二人を案内すると張り切っています。

 そして、一日この館に泊ってもらい、翌日の朝、王都の南にある保護施設に送っていく予定です。

 『スノーフェスティバル』の間中、ブリーゼちゃんにはゲート前で見張ってもらう事になっています。
 スラムの子供が来たら、この二人と同じことを繰り返す手順となっているのです。

 せっかく保護施設を作ったのですから、『スノーフェスティバル』の期間中に一人でも多くの子供を保護できれば良いのですが。
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