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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第515話 貴族は恨まれているようです

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 悲嘆にくれる四十二人の村人達、ただいつまでもそうしている訳にはいきません。
 私は、子供達には広場に残ってもらい、大人だけを連れて村の外れにやって来ました。

 そこにはお亡くなりになった方々を横たえてあります。
 状態が良くないものですから、とても子供達には見せることが出来ないのです。
 実際、今も風の精霊ブリーゼちゃんが風を起こして臭気を掃っているので、何とか近づける状態なのですから。

 本当は、先日のメイちゃんのご両親のように荼毘に付してしまうという事も考えたのですが。
 生き残った方のご家族がいるかと思うと、勝手な事をする訳にはいかないと思いました。

「お父さん、お母さん…。」

 やはり、そんな風に呟いて立ち竦む方もいました。
 辛いでしょうが、私はここへ連れて来た十名の方に身元を確認してもらいました。
 亡くなられた方は百人以上にのぼりましたが、身元の確認が取れたのは半数にも届きませんでした。
 小さな村ですので、みなさん顔見知りのはずですが、亡骸はそんな状態なのです

 身元の確認が取れた方で、生存者にご家族のいる方は遺髪を切って、名前を記した紙に包みました。
 遺髪にもさわれる状態ではなかったため、ブリーゼちゃんが切り取ってくれました。

 そして、亡骸の弔い方ですが、どうするかを尋ねたところ…。

「村で生まれた人は、みな村の土に還るのです。
 村外れにある墓地に埋葬できれば、せめてもの供養になるかと。」

 みなさん、そう希望したので、それに従うことにしました。
 村の外れにある共同墓地、そこに接するように大地の精霊ノミーちゃんに穴を掘ってもらいます。
 申し訳ありませんが、百人以上の埋葬を一人ずつ行うのは時間の制約から困難です。
 百人以上を横たえることが出来る大きな穴を掘ってもらう事にしました。

 そして、私が一体ずつ浮かべて運ぼうとしたところで。

「私が、運んであげるわ。
 安心していいわよ。
 そこにいるせっかちな風の精霊のような、雑な扱いはしないから。
 死者を悼んで、丁重に扱うくらいの気配りは出来るわ。」

 メイちゃんのことを知らせてくれた風の精霊が手伝ってくれると言いました。

「む~、わたしだって~、気配りくらいはするよ~。
 風の扱いが雑なのは認めるけど~、仕方ないじゃ~ん、そういう性格なんだから~。」

 ブリーゼちゃんはやることが雑だと言われてブーたれていましたが、雑なのは認めているようです。
 風の精霊に自信があるようなので任せると。

 その言葉通り、優しい風に乗せて運ぶと言う形容が相応しい挙動で
 一体、一体順序良く並んで宙に浮いては、穴の中に優しく運ばれて行きました。

 やはり、この風の精霊、人の感情をよく理解しているようです。

 風の精霊が全ての方を穴に横たえ、ノミーちゃんがその穴に土をかぶせ終わったところで。
 広場の子供達を墓地に連れてくる事にしました。

「今、この場にいない村の人は、みんなここに眠っているの。
 せめて、安らかに眠れるように、祈りを捧げましょう。」

 生き残った中で一番年上の女性が呼びかけると、その場にいた全員が手を合わせて祈りを捧げていました。

     **********

 亡くなった方の埋葬を済ませたところで、これから一番大事な話をしないといけません。

「この村で、生き残ったのはメイちゃんを含めて四十三人だけ。
 しかも、全員が女性か、子供です。
 厳しいことを申し上げますが、男手が無いと農村の維持は難しいと思います。
 皆さんの中で、頼れる親族がいる方はいますか?」

 私の問い掛けに手を上げる人は誰もいませんでした。
 それはそうですよね、頼れる方がいれば餓死することはありませんか。

 四十三人の中で、親子で生き延びることが出来たのは僅かに二組。
 一人のお母さんが二人、もう一人のお母さんが一人のお子さんを抱えていました。
 と言うことは、生存者の中の子供三十二人のうち、二十九人が身寄りのない子供という事です。
 私の館で独り立ちできるようになるまで保護するにはさすがに多過ぎます。

 メイちゃんが村を出た一週間ほど前は、村には男性の生存者もいたと言います。
 そこで、私の当初の計画では村を立て直そうと思っていました。
 当面の食糧支援に加え、植物の精霊ドリーちゃんと大地の精霊ノミーの協力があればなんとかなると思ったのです。
 ですが、農村の担い手となる男手が無いのでは村の存続は困難です。

 急場をしのぐために、この村の四十三人は一旦私の館で保護するしかないでしょう。
 食料などの救援物資だけを渡して、女子供だけで厳しい冬を乗り切れと言うのは過酷すぎますから。

「お父様から状況を把握するようにと言い付けられましたが…。
 これは、想像を絶する状況ですね、どこから手を付けて良いのかわかりません。
 取り敢えず断言できるのは、単純な食糧支援などでは埒が明かないという事ですね。
 身寄りを亡くした子供の保護をどうにかしないといけません。」

 私の隣で途方に暮れた様子でトリアさんが呟きました。
 炊き出しの最中、ナナちゃんと一緒にスープの番をしながら村の様子を眺めていたのですが。
 私同様、村の存続は絶望的だと感じた様子です。

 私は、先行きに不安を感じているであろう村の人々に伝えました。

「当面、皆さんには、私の屋敷で体を休めて頂きます。
 その間の食事その他については、私が支援させて頂きますので心配はご無用です。」

 その後どうするかは、ミリアムさん達と相談しないといけませんし。
 政府とは別に、メアリーさん達が何か慈善活動をしてくれるかも知れません。
 その辺の相談をしないと私一人では決めることは出来ない問題だと思います。

 ところが、村の人達は私の言葉に戸惑いを感じているようでした。
 何をそんなに、戸惑っているのかと思いきや。

「あのう、お貴族様、私達を支援してくださると言いますが…。
 私達には、何も見返りに差し出せるものが無いのです。
 もし、この体を売って稼げと言うのであれば従いますが。
 後生ですから、子供たちを売りに出すのは勘弁して頂けないでしょうか。」

 子供を抱きしめてそんなことを言うお母さんがいました…、私はそんな鬼に見えるのでしょうか。
 それともこの方にとっての貴族像とはそんな鬼畜のような人々なのでしょうか。
 
「この緊急時の支援に見返りなど求めませんのでご安心ください。
 今、王国政府の方で、この飢饉に対する支援策の検討が始まっています。
 遠からず支援策が決まり、国から皆さんに対し支援の手が差し伸べられでしょう。
 それまでは、私が無償で皆さんを支援しますので、そんな心配は無用です。」

 私がそう説明をすると。

「そんな…、そんな慈悲深い貴族様がいるなんて…。
 今まで、貴族という人達は血も涙もない人達だと思っていました。
 私達が食べる物が無いという言うのに、無慈悲にも麦の一粒も残さずに奪っていくのですから。」

 まだ半信半疑な様子でそんなことを言う人もいました。
 メイちゃんの話ではこの村の地主は相当酷い者のようですが、貴族は鬼のように思われているようです。
 もっとも、メアリーさんの話によると、本当に酷いのは地主である貴族よりも仲介人のようですが。
 村の人から見れば、搾取しているのが貴族か仲介人かなんてわかりませんものね。

 と、その時。

「しんじても、だいじょうぶだよ。
 ままは、おなかをすかせてた、えりーにごはんをくれたの。
 あたたかいふくをくれたの。あたたかいべっどをくれたの。
 ままは、もうこわくないよって、いっしょにねむってくれたの。
 ままが、えりーとさりーをポカポカにしてくれたんだよ。」

 私に頼って良いものか迷っている村の人達に、エリーがそう訴えかけたのです。
 拙い言葉で、精一杯に。

「お貴族様、その子は?」

 不意に声を掛けてきたエリーに驚き、何者かを問う声がします。

「この子は、エリーと言って私の実の子ではないのです。
 エリーは、こっちのサリーと二人で冬の寒空の下でお腹を空かせているところを保護しました。
 私が保護した時には名前も無くて、私が二人に名付けて私の娘として育てているんです。」

「うん、ままはやさしいんだよ。いつもいっしょにいてくれる。」

 私の言葉にサリーが同調しました。

「なんと、慈悲深い、まるで聖母様のようです。」

 そんな声が漏れ聞こえると。

「そう、シャルロッテ様は聖母様のように慈悲深いのです。
 私も、昨日、海岸でシャルロッテ様に保護してもらいました。
 シャルロッテ様は、私に温かい食べ物とこの服を与えてくれました。
 それだけじゃない、この村の窮状を聞き届けてくれて。
 昨日の今日で、この村を救いに来てくださったのです。
 みんな、ここはシャルロッテ様のお言葉に甘えてお世話になりましょうよ。」

 ここぞとばかりに、メイちゃんがみんなを説得してくれたのです。
 こうして、何とかメイちゃんの村の人々をいったん保護することになりました。

 しかし、この島の人々って貴族や地主に対する不信感がとても根強いようです。
 慈善活動にすら、このような不信感を抱かれるとは、先が思いやられます。
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