最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第513話 この世の地獄でした

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 さて、翌朝、さっそく小アルビオン島に向かって出発することにします。

「うま~!きょ~は、ほくせ~に向かって真っすぐだよ~!
 一大事だから~、反対方向へ飛ぶなんてボケをかましたら、ゆるさないよ~!」

 全然一大事に感じない気の抜けた声が、ヴァイスの背に乗る風の精霊ブリーゼちゃんから発せられます。
 ヴァイスの背中に腰掛けて地図を見ているブリーゼちゃん。
 メイちゃんの住むクロノという村は残念ながら地図には乗っていませんでした。
 メイちゃんを見つけてくれた風の精霊も、人の住む村の名前までは知らないようです。

 なので、メイちゃんの話から、ブリーゼちゃんが地図上であたりをつけたのです。
 ブリーゼちゃんの案内で地図を頼りに付近まで行って、そこからはメイちゃんの記憶に頼ります。

 そろそろ出発と思っていると、馬車が数台、屋敷の門扉の前に停まるのが目に入りました。
 ブラウニーのステラちゃんが、迎え入れたのは…。

「良かった、出発前に間に合いましたね。
 お父様の名代で参りました、私も連れて行ってくださいまし。」

 そう言って馬車から現れたのはトリアさん、この国のヴィクトリア王女です。
 トリアさんの後に続いて入ってきた馬車からは、次々とパンが降ろされていきました。

「おはようございます、トリアさん。
 同行して頂くのはかまいませんが、これは?」

「取り敢えず、今日の分の救援物資です。
 お父様は、私に自分の目で飢饉の状況を確認して来るようにと命じました。
 大叔母様の話からすると大分悲惨な事になっていると予想されるでしょう。
 ありったけのパンを持って行くように言われまして。
 王宮中にあるものをかき集めてきました。」

 メアリーさんを王宮へ送って行ったのは昨日の夜のことです。
 いかな王家と言えども、それから大量な食料など手配できる訳もなく。
 ないよりはましと言うことで、王宮にあるパンを根こそぎ持って来たそうです。

 それは、ブラウニーのみんなに転移部屋に運んでもらい、私達はさっそく出掛けることにします。
 出発を今か今かと待ちわびるメイちゃんを余り待たせるのは気の毒ですからね。

 今回小アルビオン島を訪れるのは、私の他にはノノちゃん、ナナちゃんの二人と…。

「ままー、えりーとさりーもいっしょにいく!」

 村は大分悲惨なことになっていそうなので、幼子二人を連れて行くつもりは無かったのです。
 それでなくともスラムの生活で心に傷を負っている二人です。
 惨たらしい光景を目にしたら、一生モノのトラウマになりかねません。

「サリー、エリー、私達はこれから大変な場所に行かないといけないの。
 二人の相手をしている時間はとれないと思うわ。
 二人はここに残って、ロコちゃんたちと一緒に遊んでいなさい。」

 私がそう説得とすると。

「おなかをすかせてるこに、ごはんくばるんでしょ。
 えりーたちもおてつだいする!」

「ひもじいのは、かなしいの。さりーもごはんくばる!」
 
 どうやら、二人とも私達の目的を理解している様子でした。
 その上で、炊き出しの手伝いをすると言うのです。
 どうやら二人が私に出会った時のことを覚えていて。
 今度は自分達が役に立ちたいと思っているようです。

「そう、じゃあ、二人に、ママのお手伝いしてもらおうかな。」

「「うん、がんばる!」」

 と言うことで、サリーとエリーも同行することになりました。
 そして、もう一人、今日の計画の要、アリィシャちゃんです。
 炊き出しを行うに当たり、一番問題になるのは物資の搬送でした。

 食材や調理器具、とてもヴァイスの引く馬車には乗せられません。
 アリィシャちゃんに魔法で、この館に戻ってもらい物資を転送してもらうのです。
 私はその間に、村の状況の把握をしないといけませんので。

 子供ばかりになってしまいましたが、仕方が無いのです。
 私の館にいる大人はというと、侍女のベルタさんは自身が高位貴族の奥様で調理などしたことがありません。
 もう一人のリンダさんも、ずっと娼婦をしてきて料理などしたことが無いそうです。
 要するに、うちにいる大人は役立たずばかりでした。
 その点、ノノちゃん、ナナちゃんは、小さな頃から家の食事を作ってきましたから。
 こう言っては失礼ですが、貧乏料理ならお手の物です。

「任せてください。
 少ない食材を嵩増しして、お腹いっぱいにするのは得意です。」

 ノノちゃんは、そんな切ない自慢をしていましたし…。
 ですが、この局面ではそれが一番役に立ちそうです。

      **********

 そんな一同と共に空を舞うこと二時間弱、既に小アルビオン島の上空に来ています。
 地図にはっきりと示されていた大都市ファーセットの上空から北上してメイちゃんの村を探します。

 ファーセットは大きな港町でしたが、その周囲はメイちゃんの言葉通り麦畑の広がる農村地帯でした。
 麦畑には秋播きの麦が葉を茂らせ、飢饉が起きているとは俄かに信じがたい光景が広がっていたのです。

「青々として豊かな大地に見えますね。
 牧草くらいしか生えない私の村よりも余程豊かに見えるのに…。
 こんな良い土地で飢饉が起こっているとは皮肉なものですね。」

 ノノちゃんも同じ感想を抱いたようで、そんな呟きをもらします。

「昨日言った通り、ここに育っている麦は私達小作人の物じゃないんです。
 ほら、小麦畑の中に所々、黒くなった所があるでしょう。
 あれが、ジャガイモ畑です。
 黒く見えるのは、ジャガイモが腐って枯れたジャガイモの茎や葉です。
 みんな、飢えで取り除く体力もないから、放置したままになっているんです。
 あれでは、来年の作付けが難しいかも知れません。
 いえ、来年の作付けを心配する必要も無いのかも。
 種芋まで食べちゃいましたから。」

 メイちゃんは、黒く見える一画を指差して絶望的な事を言いました。
 種芋を食べてしまった、要するに来年植え付けるジャガイモが無いのです。
 来年も作付けするためには、種芋を購入しないといけませんが…。
 当然、そのためのお金もあろうはずがありませんからね。

 そうこうしているうちに。

「あそこ、一列に木が並んでいる場所がありますよね。
 あの木の列の東側が私の村の畑です。
 あの並木から東側に少し行った場所にある小さな村が私の村です。」

 メイちゃんの話では、その並木が地主さん同士の土地の境界線になっているそうです。
 境界が分かり易いように、直立してなるべく横に枝を張らない針葉樹を境界樹として植えてあるのだそうです。

 程なくして、メイちゃんの村が見えて来て、私達を乗せた馬車はその手前で着地します。
 その後は、ノノちゃんに御者台に座ってもらい、馬車を村に向かって走らせました。

 そして、村に入り広場に馬車が停まると…。

「シャルロッテ様、馬車の窓のシェードを降ろしてください!
 子供たちに外を見せたらダメです。
 シャルロッテ様とヴィクトリア様だけ、馬車を降りてください。
 ナナ、サリーちゃんとエリーちゃんが外を見ないようにして!」

 焦りを含んだノノちゃんの声で、矢継ぎ早に指示が飛びました。
 そして、ノノちゃんの指示通り、私とトリアさんの二人だけで馬車を降りたのですが…。

「酷い…。何と惨たらしい、ここはこの世の地獄ですか…。」

 トリアさんが、口を押さえて、目を見開きました。
 そこは、死が支配する地だったのです。
 
     **********

 余りの惨状の立ち竦む、私とトリアさん。
 御者台に座るノノちゃんは込み上げてくる嘔吐を何とかこらえている、そんな様子でした。
 昨日、メイちゃんにこの村の死者を弔う風習を尋ねた時、途中で言葉を濁していましたが…。
 そう言うことだったんですね。

「ロッテちゃん、ここを動かないでださい。
 悪い伝染病が無いか、村の様子を見て来ますわ。
 生存者がいないかも確認して来ますから。」

 いち早く動いてくれたのは、水の精霊アクアちゃんでした。

 そして、…。

「空気が良くないね~、少し、入れかえるね~。」

 場に相応しくないブリーゼちゃんのお気楽な声がして、一陣の風が通り過ぎていきました。
 広場に充満していた死臭を掃ってくれたのです。

 やがて、村を回っていたアクアちゃんが戻って来て。

「不幸中の幸いといったら、メイちゃんが気分を害するかも知れないけど。
 伝染病は確認されなかったわ、亡くなっている方はみんな餓死ね。
 全部で百人くらいかしら。
 まだ、息のある方は四十人くらい、全員衰弱していて危険な状態ですわよ。」

 村の状況を報告しくれました。
 息のある四十人を救うことが最優先ですが、その前にしないといけないことがあります。

 炊き出しをするのは、子供達たちです。
 絶対に見せることは出来ません、目の前にある広場の惨状は…。

 とは言え、この場で魔法が使えるのは私一人、風の精霊のブリーゼちゃんなら運べるでしょうが…。
 とても、あの子にお亡くなりになった方の尊厳を守るような運び方が出来るとは思えません。

 結局、私、一人で村の隅の方の広場からは見えない所に運びました、一体ずつ。
 今晩、うなされそうです…。 
 
 それが済むと、今度は生存者の救出です。
 一軒一軒家を回って、息のある方を浮かべて広場に運んで来ました。

「この人達も、酷く衰弱していて物を食べられる状態ではないですわ。
 私が回復させますから、ロッテちゃんは炊き出しの準備に移ってください。
 目を覚ましたら、みんな、お腹を空かせていて困るはずですから。」

 すっかり、この場の陣頭指揮はアクアちゃんが握ってしまいましたね…。
 私はアクアちゃんの手足となって、炊き出しの準備にかかったのです。
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