最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは

第512話 魔法で解決できない問題は困ります

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 植物の精霊ドリーちゃんが特大の爆弾を落としてくれました。
 小アルビオン島のジャガイモが全滅しているかも知れないと。

 私がメイちゃんの方に視線を送ると。

「私、村から出たことがありませんから島全体のことなんてわかりません。
 でも、周りの村でもジャガイモが全然とれないらしくて。
 隣村の人がジャガイモを譲ってくれって尋ねて来て。
 うちの村にも無いと知って肩を落として帰って行きました。」

「ねえ、メイちゃん、村には麦畑があるのよね。
 麦は無事だったのかしら、麦を食べることは出来なかったの。」

 私は、そもそもの疑問をぶつけてみました。
 見渡す限りの麦畑があるのなら、そうそう飢饉など起こる訳が無いと思いましたから。

「私達、小作人が貴族の地主様から借りている土地の三分の二は麦畑なのですが。
 収穫した麦は、一粒たりとも私達の口には入りません。
 現に私は生まれてから、麦を口にしたことは今日までなかったのです。
 収穫した麦は、その過半を地代として持って行かれ。
 残りは、税の支払いと生活に必要な物を購入するために売ってしまうのです。
 私達小作人が口に出来るのは、残り三分の一の土地で作っているジャガイモだけです。」

 当たり前ですが、人はジャガイモだけ食べていれば生きていける訳ではありません。
 その他諸々の物が必要な訳ですが、畑の隅でジャガイモ以外の作物も細々と作ることはできるかも知れませんが…。
 例えば、先程ノノちゃんが言った薪、寒冷なこの国で真冬に薪が尽きようものなら命にかかわります。
 森が全て切り拓かれてしまったメイちゃんの村では、薪もお金を出して買わないとならないのです。
 おそらく、森の恵み豊かなノノちゃんの村よりかなりのお金が必要なのではないでしょうか。
 そう言う訳で、ジャガイモが唯一の主食になっているとのことでした。

 そこに、今まで黙って話を聞いていたおじいさまが会話に加わりました。

「それもおかしな話ようのう。
 普通、領地内で飢饉が起こりそうだとなると、領主は何らかの手を打つはずであるが。
 帝国では領主に課税権があるので、飢饉が起これば長期にわたり税収が減ってしまい領主には大問題になる。
 だから、目先の収入が減ることになっても、課税を免除するとか、食糧支援をするとかして飢饉を回避するものだ。
 アルビオン王国の貴族には課税権が無く、たんなる地主として地代を受け取るだけだとは聞いているが。
 それでも同じことであろう、小作人が減ってしまえば地代収入が減ってしまうのだ。
 多くの小作人が死んで長期に地代が減るより、一、二年地代を免除するなり、減額するなりした方が結果的に得であろうが。」

 おじいさまの疑問はもっともです。
 若き日のおじいさまは、皇帝就任早々、酷い旱魃に見舞われました。
 その後に発生するであろう飢饉を予見して頭を悩ましたと言います。
 その時に、出会って、旱魃の問題を解決したのは私のおばあさまで。
 今日、私がこうしてここに存在するきっかけにもなっています。

「フランツさんが疑問に思うのは、もっともな事だと思いますわ。
 実際、この国でも自分の領地で飢饉が発生しそうであれば、領主は地代の減免なり食糧支援なりをするモノです。
 それが、この国の貴族が背負っている『ノブレス・オブリージュ』と言うモノですもの。
 この国の貴族であればね…。」

 おじいさまの疑問にそう答えたメアリーさん、でもそう言い方はまるで自国の事ではないような言いぶりです。
 そして、それに責任を感じているような、憂いを感じているような、そんな様子が窺えます。

「メアリーさん、小アルビオン島だって、この国の一部ですよね。
 では何故、深刻な飢饉が起ころうとしているのに、救済の手が差し伸べられないのですか?」

 私が問うと。

「そうね、小アルビオン島には色々な問題があって一言では言えないけど…。
 確かに、あの島はこの国の一部ということになっているわ。
 でも、実態は大アルビオン島の植民地なの。
 メイちゃんには余り聞かせたくないけど、…。
 小アルビオン島の住民を植民地人だと、下に見ている人がここ大アルビオン島には多いの。
 でも、それ以上に問題なのは、貴族を始めとする地主階級が小アルビオン島に住んでいないこと。
 小アルビオン島の大地主のほぼ全てがここ大アルビオン島に住んでいる『不在地主』なのよ。」

 小アルビオン島に土地を所有する大地主の中には、生涯一度も小アルビオン島を訪れることが無い人すら存在すると言います。
 この『不在地主』何が問題かというと、自分の所有地の実情が把握できなくなることです。
 それでも、『不在地主』が自ら代官でもおいて、地代の徴収を始めとする現地の管理をしていれば情報も入ってくるでしょうが。

 更に問題を複雑化されているのが、仲介人と呼ばれる厄介な存在です。
 仲介人は、地主から一括で土地を借りて地主に対して毎年一定の地代を支払うことを約束します。
 その上で、その土地の管理一切を請け負っています。
 元々、貴族などの大地主から直接土地を借りて耕作していた小作人は、間に仲介人を挟む形になりました。
 この仲介人が、あからさまな中間搾取を行っていると言います。
 地主に支払う地代よりも、はるかに高い地代を小作人から徴収しているようなのです。
 それこそ、地代を払うと自分達の口に入る麦が無くなってしまうほどに。

 この仲介人の存在によって、『不在地主』は何の手間も掛けず、それこそ農作物の作況にも関係なく毎年一定額の地代を手にします。
 行ったことのない土地、黙ってても入ってくる地代、結果として地主に何が起こったかというと、『無関心』です。

 自分の所有地で、飢饉が起こっていようが、仲介人があこぎな中間搾取を行っていようが、関心を示さなくなったのです。
 その結果が、小作人がジャガイモの全滅により食べる物に事欠いても、麦を全て取り上げてしまうというこの状況です。

「メイちゃんの話を聞いていると、地代として支払う麦は今年もちゃんと収穫できたのでしょう。
 仲介人がちゃんと地代を送っていれば、『不在地主』は飢饉が起こっていることに気付いてないでしょうね。
 地代が途切れるほどの事態になって、やっと飢饉に気付いて騒ぎ出すんじゃないかと思うわ。
 でも、その時には手遅れね。
 地代が送れないと言うことは、麦の作付けが出来ないほど人が減ってるということだから。」

 メアリーさんが、頭を抱えて悲観的な言葉を口にしました。

 さて、この『不在地主』ですが、元々植民地支配を念頭に小アルビオン島で土地を買い集めた人が多いようで。
 ぶっちゃけ、はなから搾取することを目的としています。
 この島の伝統的な貴族のように自分の領地なり、領民に愛着がある訳では無いのです。
 伝統的な領主貴族に期待するような『ノブレス・オブリージュ』なんて、期待するのが無理スジです。

 それでも、実際に地代収入が減るような事態になれば、何らかの配慮があるでしょうが。
 あこぎな仲介人の存在が、事態の悪化に拍車をかけています。

     **********

 メイちゃんが、あまりに残酷な大人の世界の話を聞いて泣きそうになっていました。

「話が大きくて、根本的な事は私の手には負えないわね。
 でも、当面の事なら何とかしてあげられると思うわ。
 取り敢えず、炊き出しによる食料の援助をするのが最優先だけど…。
 大規模に行うのは難しいわね。
 まずは、メイちゃんの村だけでも何とかしましょう。」

 こんな構造的な問題は、ミリアムさん達、この国の舵取りをしている人に動いてもらわないといかんともし難いです。
 私の魔法や精霊達の力では、どうにもならないですから。
 侵攻してくる大軍団を精霊達の助けを借りて、鎮圧してしまう方がよっぽど簡単です。

 炊き出しをするにしても、大規模に行うには人手が足りないです。
 まさか、うちのブラウニー達を連れて行って、炊き出しをする訳には行きませんから。
 お金なら、この間、『協産党』から巻き上げた資金がありますが。
 人の雇い入れや支援食糧の確保は、そんな短時間には難しいと思います。

 結局、出来るところから手を付けるしかないと思いました。
 まずは、今まさに多くの餓死者が出ようとしているメイちゃんの村からです。

「お願いします、村にはお腹を空かせた子供が沢山いるのです。
 早くしないと、みんな、助からなくなっちゃう。」

 私の言葉を聞いて、メイちゃんが切実に訴えてきました。
 明日は朝一番で動く必要がありそうですね。

 私が明日の段取りを考えていると。

「シャルロッテちゃん、私、これからジョージの所に行ってお尻を蹴とばして来るわ。
 至急、対策を練るようにせっついてくる。
 それと、私の知り合いにも、炊き出しをするように呼びかけておくわ。
 本当は、明日、一緒に行きたいけど、私はこっちで動いた方が良いわね。」

 メアリーさんが、国の上層部に直接働きかけてくれると言います。
 そうですね、老齢のメアリーさんには寒空の下で炊き出しを手伝ってもらうより大切な仕事があります。
 根本的な問題を解決できる人脈があるのですから。

 話が一段落すると、さっそく私はメアリーさんを王宮に送り届けました。

      **********

 私が寝室のベッドに潜り込むと。

「まま、めいおねえちゃん、たすけてあげて。
 めいおねえちゃん、たすけて、たすけてって。
 あのときのえりーとおなじ。」

 ナナちゃんと一緒に寝ているはずのエリーが、私のベッドの中にいました。
 どうやら、メイちゃんを助けてと訴えるために、一人でこのベッドの中にいたようです。
 スラムでの経験からか、エリーは普段から暗い場所や一人になることを怖がるのですが。
 それを我慢してでも、メイちゃんを助けて欲しいと強く感じているのだと思います。

 エリーは、メイちゃんの醸し出す雰囲気から心の声を感じ取っているようでした。

「ええ、分かっているわ。
 ママ、頑張っちゃうから、任せておきなさい。」

 私がエリーを抱きしめてそう答えると。

「まま、だいすき!」

 エリーは、とても嬉しそうに抱きしめ返してくれました。
 これはエリーの期待に応えないといけませんね。
 エリーの温もりを感じながら、私はそう思ったのです。
 
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