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第18章 冬、繫栄する島国で遭遇したのは
第496話 まるで別人のようです
しおりを挟む「誰?」
扉の向こういる見覚えのない青年の姿に、私はそう呟いてしました。
ノノちゃんと一緒に大図書館に巣食う不審者と会って一月後、私の目の前には小太りの青年が立っています。
「儂を屋敷に呼びつけておいて誰はなかろう、無礼な。」
いや、仮にも大公の私に対して平民のあなたがそんな口を利く方が無礼だと思いますが。
「シャルロッテ様、見てください。
メルクスさん、ヒゲを剃って、髪をセットすれば、こんなまともな人に見えるんですよ。
少し小太りなのは締まらないですが、まあ、ご愛嬌ということで。
それに、普通の言葉で書き直してもらったら、論文も凄く読み易くなりました。
メルクスさんの、緻密で難解な理論が、平易な言葉で分かり易く書いてあるので理解し易いです。
これなら、合格間違いなしです。」
隣にいたノノちゃんが、私にそんな声を掛けてきました。
そう、今日はメルクスさんを大学の方に紹介する日なのです。
身なりを整え、論文を分かり易く書き直したうえで、私の館を訪れるように指示してありました。
「お前らの言う通り、ヒゲを剃って、髪を切ったらスウスウして堪らんわ。
風が冷たいこの時期に、ヒゲを剃れだなんてどんな拷問だ。
それに、長年蓄えたヒゲが無くなると落ちつかないでいけん。
しかも、儂の格調高い論文、一々同志ノノが注文を付けおって。
おかげで凡庸で無知蒙昧な輩でも読める論文になってしまったではないか。」
そんな風にブツクサ不満を漏らす青年は、大図書館に巣食う不審者のメルクスさんです。
ノノちゃんの言葉の通り、小奇麗にしたメルクスさんはもう不審人物には見えません。まるで別人のようです。
私が、二人を館の中に迎え入れると、おじいさまが待ち構えていて。
「おお、そなたが大学の者を紹介して欲しいという者か。
よお来た、よお来た、私がシャルロッテのじじいだ。
私の昔からの知人に紹介するでな、今日は同行させてもらうぞ。」
上機嫌で、メルクスさんを迎えてくれました。
おじいさまに頼ることは滅多にないので、私に頼りにされたのが嬉しいようです。
また、自分の旧来からのツテが私の役に立つと言うことでご機嫌なのです。
「おおう…、そうなのか、それはよろしく頼む。」
知らない老人に何故か上機嫌で迎えられ、いつも不遜な態度のメルクスさんがタジタジでした。
**********
そして、転移魔法のことは説明せずに転移部屋に入り、すぐにアスターライヒの王都にある時計店に転移。
時計店の転移部屋を出た時、メルクスさんは怪訝な顔をしていました。
それはそうですね、何も無い部屋に入ったと思ったら、特に何をするでもなく部屋を出たのですから。
ちなみに転移部屋は、アルムハイムも、時計店も、何も無い部屋に転移魔法を組み込んだ敷物が敷いてあるだけです。
意図した訳ではありませんが、ぱっと見には別の部屋に移転したとは分からいないようになっています。
そして、時計店のある建物から外に出ると、そこはアスターライヒ王国の王都ヴィーナの目抜き通りです。
「おい、ここはいったい何処だ?
なんで、建物を出るとこんな都会のど真ん中なんだ。
俺は、王都郊外の広い庭がある大公の屋敷にいたはずだろうが。」
さすがに、この光景は予想外のようで、メルクスさんは狼狽して尋ねてきます。
「ここは、旧帝国の帝都だった町ヴィーナ、その一番の繁華街です。
これから、メルクスさんを旧帝国の版図の中で一番の名門大学、帝都大学にご案内します。」
おじいさまが個人的にコネを持っているのですから、帝都にある大学に決まっています。
ですが、魔法の事など一つも告げていないものですから。
メルクスさんは、そんな事とは夢にも思わなかったようです。
「帝都だってぇ、アルビオンから帝都までいったいどれだけの距離があると思っているだ。
さっきまで、アルビオンにいた儂らが、帝都にいるなんてどういうことだ。」
さすが、三十過ぎのメルクスさんです。
子供と違って、街並みの様子や周囲に溢れるライヒ語の看板から、ここがアルビオン王国でないことは分かったようです。
「面倒なので説明を省きましたが、私、魔法使いなのです。
帝国では、アルムハイム家は、『アルムの魔女』と呼ばれて知る人ぞ知る一族なのですよ。」
「魔法使いだと、何をそんな子供だましな事を言って…。
いや待て、故郷プルーシャと似た街並みに、溢れるライヒ語。
確かに、アルビオン王国ではないことは間違いない。
だとすると、本当に魔法でもないとこんな非常識なことは有り得ないか。
大公よ、ここが帝都で、ここまで魔法できたと言うのは真なのか?」
メルクスさんは最初からかわれたと思ったようですが。
もう一度周囲を見回した後、念を押すように私に問い掛けてきました。
「ええ、嘘は言ってません、ここは紛れもなく帝都です。
私の魔法で、千マイルほどを一瞬で飛び越した参りました。
さあ、行きましょうか、帝都大学へ。」
メルクスさんはまだ信じられないという顔をしていましたが。
取り敢えずは、私を信じてみようと思った様子でした。
時計店の支配人ハンスさんに、事前に指示しておきましたので既に私達の前には馬車が止まっています。
御者台にハンスさんが座って。
**********
時計店から帝都大学までは歩いてもすぐの距離ではありますが。
やはり、馬車で乗り付けると言うのが上流階級のしきたりのようですから、仕方がないのです。
「大公が、名門大学にツテがあると言うので。
儂はてっきり、アルビオンの名門二大学のどちらかと思っていたのだが。
帝都大学であれば願ったりだ。
儂を放り出したプルーシャの大学の連中を見返してやれるからな。」
車上、メルクスさんがそんな呟きを漏らしていました。
やっぱり、根に持っていたんですね。
ほどなくして着いた帝都大学、私、おじいさま、メルクスさん、ノノちゃんの四人で馬車を降りると。
勝手知ったる何とかで、おじいさまは大学の建物の中を案内も無く歩き始めます。
そして、立ち止まった重厚な扉の前、おじいさまはノックをすると返事も待たずに扉を開けました。
その扉の横に掲げられていた木札を見た、メルクスさんが慌ててます。
「おい、爺さん、この部屋にいきなり入るのは拙いんじゃないか。
まだ、ノックの返事も無いんだぞ。」
狼狽した様子で、そんな言葉を掛けますが、おじいさまはお構いなしで部屋に入って行きます。
すると、
「これは、これは、皇帝陛下。
エントランスまでお出迎えにも参らずに申し訳ございません。
今日はこちらまでご足労いただき恐縮です。」
この部屋の主と思われる老人が丁重に出迎えてくださいました。
帝都大学、学長が…。
「なんの、なんの、今日はこちらからお願いがあるのだから、足を運ぶのは当然であろう。
それに、私はすでに隠居した身、皇帝はおろか、アスターライヒの一族でもないわ。
今の私は、アルムハイムの孫の屋敷に居候しているただのじじいだよ。
今日は、旧知のそなたに、こやつの品定めをしてもらおうかと思ってな。」
おじいさまは、学長に言葉を返すと共にメルクスさんを前に出しました。
「はい、先日頂いた書簡で承知申し上げています。
何でも、経済学関係で有望な青年を見つけたとか。
そちらの青年がそうなのですね。」
もちろん、今日いきなり訪ねてきた訳ではありません。
事前に、おじいさまが書簡をしたためて下さり、用件を伝えてあります。
その際に、今日のアポイントメントもとってくださいました。
二人の会話を耳にして「あのじいさんが、皇帝陛下?」などと、メルクスさんは呟いていました。
私のおじいさまが帝国の皇帝だったなどとは思いもよらなかった様子です。
その後、学長がメルクスさんに水を向けると。
「初めまして、ケール・メルクスと申します。
今日はお時間をお取りいただき、有り難うございます。
よろしくお願いします。」
驚くことに、あの傲岸不遜なメルクスさんが礼儀正しく挨拶の言葉を口にしたのです。
「あの言葉を言わせるのに苦労したんですよ。
メルクスさん、『何で儂が愚民どもに媚びを売らんといかんのだ』と言って。
まともな挨拶を口にしようとしないのですから。
『挨拶はコミュニケーションの基本ですよ。」って子供に教えるようなことを繰り返しちゃいましたよ。
第一印象が大事ですとも、口を酸っぱくして言いました。」
どうやら、ノノちゃんが礼儀正しくするように躾けたようです…、三十男を…。
ノノちゃんの躾の甲斐があって、面談の間、メルクスさんはネコを被り通しました。
おかげで、何事もなく面談は進め、無事論文を預かってもらう事が出来ました。
そして、学長は、論文の審査を教授会に諮ることを約束してくださり、半月後に来るように言われたのです。
はてさて、結果はどうなるのやら。
ノノちゃんが偏屈者を躾した苦労が報われればよいのですが…。
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