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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第483話 モデルハウス(?)を建ててみたら

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「やはり、この辺の区画しかないですかね。」

 何も建物が無い、だだっ広い空き地、その一画に立ってリーナが言いました。
 ここは、シューネフルトの新市街地とすべく造成した土地の、旧市街から一番離れた区画です。

 今日は、来年の夏に訪れる観光客を受け入れるための宿の立地を決めに訪れました。

「そうね、旧市街地の近くは石造りのモダンな建物で街並みを統一するのであれば。
 山小屋風のログハウスはそぐわないものね。
 後々、取り壊すことも考えたら、端っこに造っておいた方が良いでしょうね。」

 リーナと私が決めたのは、旧市街地から一番遠い湖沿いの数区画です。

「来年の夏から宿の営業を始めるにしても。
 来春に建物が出来てから、宿の営業をしたい人を募集するのは難しいと思うわ。
 資金の面とか、人材の面とか色々と準備に時間が掛かるはずですもの。
 早々に一棟建ててしまって、冬前に借りたい人を募集した方が良いのではないかしら。
 借りたいという人の数だけ、春になったら建てるのが良いんじゃない。」

「そうね、宿の経営をしたい方を早く募集しておいた方が良いですからね。
 ベルデちゃん、この間の丸太小屋、すぐに造ってもらう事出来るかしら?」

 私の意見を受け入れてリーナは、契約する植物の精霊ベルデを呼出します。

「はいよ、話は聞いていたよ。
 そうさね、あのくらいのモノなら、一日、二日あれば十分にできるよ。
 問題は、あの透明な板だね、あれはすぐに出来る物なのかい。
 それと、温泉の風呂を造るのならシアンに温泉を引いてもらわないといけないね。」

 ベルデの返事を受けて、私の契約する大地の精霊ノミーちゃんとリーナの契約精霊のシアンを呼出します。
 呼出した三精霊に相談してもらうと、三日後に来るように言われます。

 指示された三日後、その区画を訪れると区画の半分が木に覆われたちょっとした林になっていました。
 その林の湖とは反対側に宿への入り口があり、木立を抜けると打ち合わせの通りのログハウスが姿を現しました。

「待ってたわよ。
 どうかしら、注文通りに出来ているはずだけど。」

 ログハウスに着くと自らが建てたログハウスの出来栄えをチェックしていたベルデが出迎えたくれました。
 その自信に満ちた表情が示した通り、ログハウスの出来栄えは文句なしです。
 天然温泉を引き込んだ大浴場もしっかりと備わっていました。

 こうして、見本となる宿の建物第一号が完成した。
 なので、リーナはさっそくこの建物の借り手、宿の経営をしたい人の募集に移ります。

     *******

 リーナは、役場や町の広場の告知版に新市街地で宿屋の経営をしたい人を募集する御触書を出しました。
 募集した希望者の数は最大十人、対象者は宿屋の経営に従事したことのある者でとしました。
 現在、シューネフルトの旧市街地で宿屋を経営している方がリーナの念頭にあるようです。
 若しくはその息子さん、あるいは番頭さんなどですね。
 もちろん、今回貸し出す宿屋の建物は仮のモノだということはキチンと知らせてあります。
 新市街地の中心部に石造りの宿屋が完成した際には取り壊す予定であると。
 ただ、リーナは今回のログハウスを借りて宿屋を営んだ者には、特典を設けてそれも告知しました。
 新市街地の中心部に建てる宿屋を優先的に借りる権利を与える事にしたのです。

 そして、募集期限の十日後。
 リーナのもとに集まったのは、謀ったように十組の借り受け希望者たち。
 いえ、『謀ったように』ではなく、実際に旧市街地で宿屋を営む人達が諮って、この十組を決めたようです。
 元々、この町で宿屋を営んで、宿の不足を身に染みて感じている人達です。
 部屋数を増やせれば儲けるチャンスだと思っていても、旧市街に新たに建物を建てる余地はなく。
 出て行く人もいないため、空き家になる建物も無いと言った状態で手をこまねいてました。
 彼らにとって、精霊達のおかげで突如として出来た新市街の造成地は垂涎の的だったのです。

 現在、旧市街地に宿屋は六件ありますが、その六件の全てが支店として使うため一件ずつ希望してきました。
 更に残り四件はというと、…。
 宿屋の二男夫婦が独立した宿を構えたいとするモノが三件と宿屋の番頭さんが暖簾分けするものが一件でした。
 こんな、上手い話を余所者に持って行かれる訳にはいかないという事なのでしょう。

 既得権益を擁護する形になりますが。

「新規参入が無いのはいかがなものかという見方もありますが。
 宿屋なんてものは、地元の事が良く分かっている人が営んだ方が良いと思います。
 この町に不慣れな人が旅行にやって来て、色々尋ねるのはやはり泊っている宿の方にでしょうから。
 この町の名所、美味しいモノ、土産に良いモノなど。
 尋ねても答えられない人では、お客さんも困っちゃうでしょうから。」

 リーナはそんな感想を漏らしながら、希望者十組を仮決定し、完成したログハウスを実際に見てもらことにしたのです。
 実際に現地を見てもらい、借り受け希望者が十組が、借りたいと言えばそれで本決まりです。

 そして、十組の希望者に現地を見てもらう日。

「来年、再来年の夏の宿屋不足を凌ぐための仮の建物とうかがっていたので安普請の建物と思いきや。
 どうして、どうして、立派な建物ではないですか。
 これだと、私が今営んでいる宿より数段立派ですよ。
 客室だって、一人部屋が多い私の宿よりよっぽど広いですわ。
 これを数年で取り壊すなんて、勿体ない。
 領主様が赦してくださるのなら、ずっと借り続けたいくらいです。」

 宿を見てそんな感想を漏らしていたのは、行商人向けの安宿を営む主人でした。
 シューネフルトの町は、元々シューネ湖の湖上交易で大きくなった町です。
 シューネ湖畔の村々から湖を小船で渡って農産物などがこの町に着いていたのです。
 シューネ湖は結構大きな湖ですので、手漕ぎの小船では日帰りできない対岸の村も多く。
 古くから安宿に対する需要があったのです。
 ですから、狭くても個室の客室はまだよい方で、大部屋に雑魚寝が中心の宿屋もあるくらいです。

 そう言った宿を営む方からしたら、このログハウスの方が数段上等な宿に思える事でしょう。

 また、

「素敵な宿!
 私、こんな素敵な宿の女将になれるなんて思わなかったわ。
 あんたの所へ嫁に来て、今日ほど良かったと思った時はないよ。
 私は部屋住み次男坊の嫁さんで、宿の手伝いをしながら一生を終えるもんだと思ってた。」

 今回、ここでログハウスを借りて独立する宿屋の二男の奥さんでしょうか。
 ログハウスの中を一通り見終わった後、感激の言葉を口にすると旦那さんに抱き付いていました。
 夫婦共にまだ若く、新婚さんなのかも知れませんね。

 他にも、

「この温泉というのは、噂では耳にしたことがありましたが。
 こんな温かいお湯が滾々と湧き出しているモノなのですか。
 湯につかるなんて、薪を沢山使わないといけないので贅沢だと思ってましたが。
 沸かさなくても地面から湧き出てくるなんて良いですな。
 これを来年の夏まで遊ばせておくなんて勿体ない。
 是非とも、私にすぐに貸して貰えないでしょうか。
 この温泉だけでも、客が呼べると思うので。
 雪に閉ざされる冬場に長期滞在するお客さんが期待できそうです。」

 これは、シューネフルトの旧市街で一番大きな宿を営むご主人の言葉でした。
 一番大きいと言っても、客室二十室のこのログハウスよりも多少大きな程度らしいですが。
 そこそこ、常連客を掴んでいるとのことで。
 九月の今借りることが出来れば、その人達に冬場泊りに来ないかと声がかけられると言います。
 今であれば、冬前までにベッドや食器などの什器備品を揃える時間も十分にあると。

 因みに、旧市街地から一マイル以上離れた新市街地の外れである事を考慮して家賃は低めにしてあります。
 この宿屋のご主人は、そのこともあってお客さんが少ない冬場でも商売になると踏んだ様子です。

 また、幅広い客層に手頃な宿泊料金で泊まりに来て欲しいと言うリーナの意向で、ログハウスの貸出条件に宿泊代金の上限を定めています。
 リーナは、王都やズーリックといった宿泊客が多い街の宿屋をつぶさに調べて、一般庶民が気軽に泊まれる宿泊代金を探ったのです。
 もっとも、定めたのは上限だけで、その範囲であれば幾らに設定するかは宿屋を経営する借り手が自由に決める事ですが。

 その辺の事を考慮しても、先程のご主人はすぐにでもこのログハウスを借りたいと言います。

「でも、よろしいのですか。
 冬場、お客さんが来ないからと言って、家賃を値下げすることはありませんよ。
 それに、来年の夏にはこの建物と同じものが並んで十棟建ちますが、現在はこの一棟だけです。
 周囲に何もない空き地に一棟だけですよ。
 しかも、シューネフルトの町から一マイル以上離れています。
 この冬、大雪になったら、本当に陸の孤島になりますよ。」

 リーナはご主人の要望に難色を示しますが。

「いえ、家賃を下げろなんて失礼なことは申しません。
 借りてお客さんが来なくても、それは自己責任です。
 周囲に何もない一軒家と申されますが。
 この宿屋、一軒一軒が周囲を林に囲まれる形になるようですから。
 他の九棟が出来ても一軒家状態に変わりないです。
 なあに、雪に閉ざされたとしても。
 食料と薪を十分蓄えておけばなんてことありませんよ。」

 このご主人、冬場の経営に自信があるようで、是非にと言って譲りませんでした。
 さすがに、このご主人だけ特別扱いできませんので。
 
 リーナは他に夏前から借りたい人はいないかと尋ねたのですが。

「さすがに私は、客の少ない冬場から営業を始める勇気はございません。
 そちらの旦那が、先に始めると言うのであれば、むしろ好都合です。。
 是非とも建物の使い勝手などを教えて頂きたいものです。」

 誰も手を上げる人はなく、むしろこんな声が聞かれました。
 先に始める人がいれば、その様子を見ようと言うのです。

 結局、リーナはこのご主人に押し切られ、この後すぐに賃貸契約を結ぶことになりました。
 まあ、建物は使う人がいないとすぐに傷むというので良いのではないでしょうか。

 他の方々も、全員が借り受けを希望して来年四月に順次貸し出していくことになりました。
 その中で、このログハウス、短期的な利用で取り壊すのではなく、借り続けたいとの要望が多く。
 リーナは、これからよく検討すると答えていました。

 リーナ自身、最初にログハウスを見た際に、数年で取り壊すのは勿体ないと言ってましたので検討の余地はあると思います。
 この区画は新市街地の一番外れですので、何なら、この手前までを新市街地とすれば良いのですから。
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