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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第467話【閑話】『かすがい』となったようです

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 さて、我が愛娘、アンネリーゼの容貌であるが。
 アーデルハイト譲りの癖がなく艶やかな黒髪は、光の加減で緑に輝く不思議な色合いをしておった。
 東方に多い髪色で、なんでもカラスの濡れ羽色と言うらしい。

 『アルムの魔女』の血は余程濃いとみられ、アンネリーゼはアーデルハイトそっくりであったが。
 唯一、私の血を引いていると分かるのは、目元が私そっくりで。
 切れ長で涼し気な目のアーデルハイトに対して、アンネリーゼは垂れ目がちでクリクリの目をしておった。
 それが、とても愛嬌があって、皇宮の中を歩き回るようになると可愛い姫だとすぐに評判になりおった。

 満一歳を過ぎて、片言を話し、よちよち歩きをしだすようになると。
 私が部屋に顔を見せると、決まってアンネリーゼは言うのだ。

「パピィ、おんも。」

 その頃のアンネリーゼは、皇宮の横に広がる庭園を散歩するのがお気に入りであった。
 とは言え、広い皇宮の建物から出ることさえ、歩き始めのアンネリーゼにとっては無理なことで。
 私の姿を見るとこれ幸いと、私に抱きかかえて庭園に連れて行けとせがむのだ。

 私も愛らしい娘にねだられて嬉しくない訳がなく、アンネリーゼを抱いて庭園まで歩くことになった。
 そして、庭園の中を私と手を繋いで歩くのが、アンネリーゼのご機嫌の一時になっていたのだ。

 当然、私が抱いて歩く姿や私と手を繋いで歩く姿は、あちこちで見かけられる訳で。
 そうなると、愛らしいアンネリーゼに声を掛けたいと思うものも出て来る訳だ。

「あら、姫様、皇帝陛下とお散歩? 良いですね。」

 などと、庭園にいた貴族の夫人から声を掛けられることもしばしばあったのだ。
 そんな事が続くうちに、アンネリーゼを姫様と呼ぶのが皇宮内ではすっかり定着しておった。

「しかし、姫様と呼ばれるのはどんなものだろうね。
 確かに、うちだって領邦君主の家柄だから姫様というのは間違っちゃいないが…。
 なんか、帝国の姫君みたいに聞こえて複雑な気分だね。」

 アーデルハイトは、アンネリーゼが『姫』と呼ばれるのを余り快く思っていなかったが。
 周囲の者が勝手にそう呼ぶものだから、ダメとも言えず複雑な顔をしておったよ。

 因みに、アルムハイムで生まれ育ったアーデルハイトは、姫君と呼ばれたことは一度も無いという。
 まあ、家臣が一人もおらず、住んでいるのは母親と精霊だけなので当たり前と言えば当たり前なのだが。

 それはともかくとして、ほぼ日課のようになっていたアンネリーゼとの散歩であるが。
 実は、もう一つ、私に楽しみを与えてくれたのだ。

「あんた一人に、その子を任せる訳にはいかないよ。
 何故かあんたをお気に入りでね、このままじゃ、その子を取られちまいそうだ。」

 そう言って、アーデルハイトも散歩に付き合ってくれたのだ。
 アンネリーゼを授かってからこっち、彼女は帝室と馴れ合うのを厭い私と距離を取ろうとしてたのだが。
 アンネリーゼを散歩させる時は、必ずついて来たのだ。
 
 庭園で抱いていたアンネリーゼを降ろすと、アンネリーゼは私とアーデルハイトに手を繋げと要求するのだ。
 左右の手を私とアーデルハイトに繋がれて、三人並んだ真ん中を歩くアンネリーゼはいつも嬉しそうであった。
 そんな、アンネリーゼを見ているとアーデルハイトも和むのであろう。
 三人で散歩をしている時は、アーデルハイトも私に優しく接してくれたのだ。

 子は鎹という言葉があるが、まさにアンネリーゼは私とアーデルハイトの鎹であったよ。

    ******** 

「いかん、こんな風に蝶よ花よと、甘やされてしまってはアルムハイムの生活に馴染めなくなっちまう。
 早くここを出て行かんと、手遅れになりそうだ。
 だが、お袋はアンネリーゼが物心つくまで帰って来るなというし…。
 しかし、物心つくって、いったい何時までここにいれば良いんだ。」

 アンネリーゼが一歳を過ぎた辺りから、そんなことを言い出したアーデルハイト。
 アンネリーゼを、アルムハイムの生活とかけ離れた皇宮での生活に慣れさせてしまうのは拙いと感じていたようだ。
 とは言え、一歳になったばかりのアンネリーゼをアルムハイムへ連れて帰る気にもなれないようで。

 一計を案じたアーデルハイトは、その年の春、皇宮の裏庭の一画にハーブ園を造りおった。

「なあ、裏の一部をちょっと借りたいんだけどかまわないか?
 その子にハーブの育て方を仕込もうかと思ってな。
 私がハーブの手入れをしているところを見せようと思うんだ。
 アルムハイムへ帰った時に、環境の急変に戸惑わないように。
 少しずつ慣らそうかと思ってね。」

 その日も、仕事を抜け出してアンネリーゼをかまっていると。
 傍らで私達を眺めていたアーデルハイトが尋ねてきおった。

「ああ、別にそのくらいなら自由に使ってもらってかまわんぞ。
 庭を改造して、畑にするのであれば庭師だけでは手が足らんな。
 庭をほじくり返す人足を手配せねばならんか。」

 アーデルハイトの希望を聞き入れ、ハーブ園にするための庭の改造をする人手を手当てすると言うと。

「ああ、それは必要ないよ。
 庭師に、私が自由にして良い区画を教えてもらえばそれで良いさ。
 後は、私がちょいちょいとやってしまうからね。
 ちょうど良いや、その子にも私の凄いところを見せたいから。
 あんた、ちょっと、その子を抱いて見ていてくれないかい。」

 アーデルハイトがそう言うものだから、私はその言葉に従うことにしたのだ。
 それから数日後、庭師と相談してハーブ園を造る場所を決めると。

「それじゃ、アルムハイム流の造園を見せてやるよ。
 アンネリーゼもマミィの凄いところをよく見ておくんだよ。」

 アーデルハイトがそう言った時のことだ。
 私に抱き上げられていたアンネリーゼが、何もない宙に向かって手を振って笑ったのだ。
 そう、この時、私には見えていなかったが、アンネリーゼには見えていたのであろう。
 アーデルハイトと契約している大地の精霊の姿が。

 アンネリーゼが手を振るのとほぼ時を同じくして、庭の一部がブルブルと震えおった。
 すると、予め縄を張って指定された区画に沿って、石の境界が生まれたのだ。
 あたかも、一画を四角く囲う石が地中から生えてくるように。
 私はビックリしたのであるが、アンネリーゼの反応は違っていた。
 大地の精霊が力を振るうのを目でとらえているようで。
 石が生えてくる一画をみてキャッキャッとはしゃいでいたのだ。

 石の境界によりハーブ園の土地が区切られると。
 次はあっという間にその一画が耕され黒々とした土に変わったのだ。
 ご丁寧に、ハーブを植え付けるための畝まで出来ているし。
 この間、所要時間は一時間もかかっておらんかった。
 これなら、たしかに人足を集める必要はないのう。

 ハーブを植えるのも魔法と言うか、精霊さんの力を借りると言うか。
 とにかくアルムハイム流でチャチャッとやってしまうのかと思っておったのだが。

「バカ言っちゃいけないよ。
 人の手で出来ることは、人の手でやる。
 人の手に余ることを魔法に頼るんだ。
 何でも、魔法に頼っていたら人間が鈍らになっちまう。
 特に、ハーブはアルムハイム家の財政を支えている大切なものだからね。
 こうやって、丹精込めて育てていくんだよ。
 そんなところを、アンネリーゼにもちゃんと教えていかないとね。」

 そう言いながら、アーデルハイトは何日もかけてハーブの苗を植え付けていったのだ。
 まだ、一歳になったばかりのアンネリーゼにはそんなことは分かるはずも無く。
 アーデルハイトが土いじりをして遊んでいるようにしか見えないようで。

 一緒にハーブ園の区画に入った泥んこになって土をいじっておった。

「そうそう、先ずは土をいじって遊ぶだけで良いよ。
 そうやって、土に馴染んでくれればそれで良いさ。
 アルムハイムへ戻る頃までには、ハーブの育て方がわかるようになるさ。」

 そんな事を口にしながら、アーデルハイトは泥だらけになったアンネリーゼを見て笑っておったよ。

 アーデルハイトは、この小さなハーブ園で収穫したハーブを使い精油を作っておった。
 他にも、その精油を使って石鹸やアロマキャンドルを作っおってのう。
 作る度に后にもお裾分けを届けてくれたものだ。
 アーデルハイトの作るそれらの品は、帝都で売っているモノより段違いに高品質とのことであった。
 后は、アーデルハイトの届けてくれるそれらをとても喜んでおったよ。

 また、后だけではなく、アーデルハイト付きの若い侍女たちにも分けておったもので。
 他の侍女達からとても羨まれたらしい。
 アーデルハイト付きの侍女に欠員が出ると、ハーブ製品目当てに希望者が殺到したというからのう。

 アーデルハイトのハーブ園は、今でも裏庭の一画に庭師によって大切に守られておるよ。
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