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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第462話【閑話】のんびりし過ぎたようです

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 帝国を旱魃から、そして、それに続いて起こるであろう飢饉から救ってくれたアーデルハイト。
 その功績に対する褒賞の式典の会場で、彼女はとんでもないことを言いおった。

 いや、確かに、アーデルハイトはあの場では憚りがあると言っておったし。
 私が遠慮せずに申してみよと言ったのであるから仕方が無いのであるが…。

 まさか、私の子種を欲しいと言われるとは思いもしなかったのだ。
 正式な式典ゆえ、私の隣には后が座っており、確かに憚りがあったようだ。
 あの時の私を見る后の目ときたら、刺すような目とはこういうものを言うのだと知ったよ。
 あの目は、帝国行脚の最中に私とアーデルハイトの間に何かあったのかと疑う目であったぞ。

 しかし、そんな焦る気持ちとは裏腹に、私は期待もしておったのだ。
 もしかしたら、アーデルハイトは私に好意を抱いてくれ、ずっと一緒にいたいと言ってくれているのかと。

「それは、朕の寵愛を受けたいと申しておるのか。
 そなたの望みは、朕の側室か愛妾になるという事と取って良いのであろうか?」

 私は、アーデルハイトにそう言葉を掛けたのであるが、…。

「へっ? いえ、わたくしは、そのようなことは申しておりませんが。
 単に、陛下の子種を頂戴したいと申し上げただけでございます。
 寵愛などはこれっぽっちも要りませんし。
 ましてや、側室とか、愛妾とか、そのような面倒な立場は不要でございます。」

 戻って来た返事もまた私の予想を裏切るものであった。

「いや、それはおかしな話であろう。
 権力やら、贅沢な暮らしやら、目的にそれぞれ違いがあろうかと思うが。
 たいていの場合、権力者の子種が欲しいと言うのは。
 寵愛を受けて側室なり、愛妾なりの地位を手に入れるためではないのか。」

 更に私がそう尋ねると。

「陛下には申しておりませんでしたが。
 実は、わたくし、母である現アルムハイム伯から、家を追い出された身でございまして。
 適当な男から子種をもらって、一子儲けるまで帰ってくることを許さずと言われております。
 ですが、あまり気乗りしなかった故、昨年来、大陸中を気ままに旅しておりました。
 とは言え、流石にそろそろ家が恋しくなりまして、手っ取り早く陛下の子種を頂戴できればと。」

 それから、アーデルハイトは自分の立場を語り始めたのだ。
 アーデルハイトは、子供の頃から魔法の研究に没頭してアルムハイムに引き籠っていたそうだ。
 齢十八になっても、その調子で全然外に出ようとしないアーデルハイトに現アルムハイム伯は焦れたようなのだ。

 アルムハイム家は、『アルムの魔女』と呼ばれているようにとんでもない魔法を使うことが出来る。
 この時、アーデルハイトがやって見せたように、雨を降らせたり、作物を蘇らせたりとまさに奇跡と言っても良い魔法を。
 元々、アルムハイム家の初代からして、セルベチア王国の万の軍勢をたった一人で撃退した功績で諸侯に列せられたのだから。

 アルムハイム家が持つそんな力を手に入れようとする者達を近づけないため、『魔女』の一族の独立を守るため。
 アルムハイム家の人達は、歴代にわたって婚姻関係を結んでこなかったと言うのだ。
 それこそ、諸侯に列せられる前から。
 では、どうやって子孫を残していくかというと、年頃になると適当に大陸を回って気に入った男と仮初めの関係を結ぶらしい。
 そして、子を儲けてアルムハイムへ戻って来るそうだ。

 不思議な事に、アルムハイム家では女の子しか生まれないそうで、代々そうして『魔女』の家系を引き継いできたと言う。
 番となる男には条件が三つあり、変な病気を持っていないこと、強い子種を持っていること、あとくされが無いことなのだと。

    ********

 それで、代々十七、八になると自ら進んで子種を探しにアルムハイムを出たそうなのだが。
 当のアーデルハイトは十八になっても屋敷に籠ったままでいっこうに外に出ようとしないため、アルムハイム伯に追い出されたそうだ。
 子を産むまで帰って来るなと言われて。

 だが、あまり男に興味のないアーデルハイトは、子作りに気乗りがしなかったとのことで。
 本来の目的も忘れて知的好奇心の赴くまま、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと大陸中を見て回っていたらしい。

「外に出たら、外に出たらで、けっこう興味深いことが多くてね。
 色々訪ね歩くうちに一年以上経っちまって。
 そろそろ本気で子作りしないとおふくろにどやされると思ってたら、あんたに出会ったんだ。
 帝国の皇帝一族と言ったら、種の強さで諸侯を乗っ取って来たって有名だろう。
 しかも、あんた、皇后さま以外に女を知らないみたいだから、変な病気もなさそうだし。
 それにね、一ヶ月、一緒に行動して見て分かったのさ。
 押しが弱い性格みたいだから、あとくされも無いだろうって。
 だから、あの時、あんたが褒賞を口にした時にしめたと思ったんだよ。」

 後になって、アーデルハイトは、そんな風に言って笑っていたものだ。
 アーデルハイトに想いを寄せる私の気持ちなど全く斟酌せずに。
 私はそれを聞いた時落ち込んだぞ。

 それはともかくとして、そんな風に式典の最中にアーデルハイトはその時の自分の置かれた立場を暴露したのだ。
 その少し前に、アーデルハイトの言葉に歓声がわいた謁見の間は、今度は爆笑に包まれおった。
 中には、アーデルハイトの美しさに魅せられた若い貴族が俺じゃあダメかと名乗りを上げる始末でな。
 収拾がつかなくなるところであった。

 謁見の間を包んだ笑いが収まると、隣に座っていた后が言ったのだ。

「良しいのではなくて。
 帝国の民に飢饉が降りかかるのを未然に防ぐという大功に対して、陛下の子種一つで済むのであれば安いものです。
 丁度、わたくしも懐妊中の身ですから、陛下はそちらのご令嬢のお相手をして差し上げれば良いですわ。」

 最初は私の不貞を疑って刺すような目で見ていたものが、その時は愉快そうに言ったおったよ。

 と言うことで、后の承諾もあってアーデルハイトの望み通りの褒賞を与えることになったのだ。
 私からすれば、それはアーデルハイトに与える褒賞というより、私が褒賞を貰えるような気分であったよ。

    ********

 式典が終わり、アーデルハイトに貸し与えた部屋に戻って来ると。

「それじゃあ、しばらく世話になるよ。
 私は一旦アルムハイムへ戻って、お袋に報告して来ることにするよ。
 すぐに戻って来るから、今晩からよろしく頼むよ。
 とっとと仕込まないと、お袋にどやされるからね。」

 サッサと着替えを済ませ、いつもの黒のドレスに着替えたアーデルハイトが言ったのだ。
 一旦アルムハイムへ戻って来ると言うが、式典が終ったのは昼過ぎなのだ。
 いったい、どうやってアルムハイムへ帰るのかと思っていたら、何やらいつものカバンから敷物を取り出しおった。
 それを部屋の隅にキレイに敷いたかと思うと。

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ!」

 と言って消えよった。
 アーデルハイトと出会ってから一ヶ月色々驚かされてきたが、これほど驚いたことは無かったぞ。
 目の前で、人がパッと消えるのだから。

 それから、しばらくしてアーデルハイトは消えた時と同様何の前触れも無く敷物の上にパッと現れたのだ。
 何故か涙目で…。

「お袋のやつ、酷いんだぜ。
 子種の提供者が決まったと報告したら…。
 いきなり、箒の柄で私の頭を殴つけて、怒鳴りやがった。
 今頃、子種の提供者が決まったってのは何事かって。
 十月十日はゆうに過ぎているのだから。
 赤子を抱えて帰って来るんじゃないかと思っていたって言うんだ。
 子供を産むまで帰って来るなと言っただろうって。」

 どうやら、涙目のなのは、箒の柄で思い切り殴られたためらしかったのだが。

「それでな…。」

 涙目のアーデルハイトが珍しく言い難そうに言葉を詰まらせたのだ。

「どうかしたのか?」

「いや、お袋が言うんだ。
 私のような落ち着きのない娘が、子供をきちんと育てられるか心配だと。
 赤子は最初の一、二年、付きっ切りで面倒を見ないといけないのに。
 私が赤子を放って魔法の研究に没頭しそうで心配だとね。
 それで、赤子が物心つくまで子育てに専念するように、うちに戻って来るなって言われちまって…。
 できれば、しばらく、ここに置いてもらえれば有難いんだが。」

 アーデルハイトは、家に帰れないと魔法の研究が出来ないとひどく落ち込んでいたが。
 私にとっては、逆にとても喜ばしい話であったのだ。

 この時のアルムハイム伯の言葉のおかげで、この日から五年近くをアーデルハイトと共に過ごすことが出来たのであるから。
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