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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第456話 幾つかの後日談

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 さて、それから、どうなったかと言いますと…。

 まずは、クラーシュバルツ王国とノルドライヒ連邦の不可侵条約が締結された三日後のことです。
 リーナが捕らえていた捕虜五千人のプルーシャ公国側への引き渡しがありました。
 リーナは条約を締結したその日に捕虜を解放する事を希望しました。
 ですが、プルーシャ公国側の受け入れ態勢が整っていないとの理由から、三日後の解放となったのです。

 捕虜五千人は全員貴族です。
 ですが、リーナから与えられた食糧は一般兵向けの硬いパンと硬い干し肉でした。
 とても、食が進んでいるとは思えず、飢餓状態にあるのではプルーシャ側が危惧したのです。
 そんな状態で安易に開放すると、貴族の身分を振りかざして地元の住民から食料を徴発するのではないかと。
 この時期に民衆を刺激すれば、今度こそ貴族憎しの暴動、いえ革命に発展しかねません。

 なので、プルーシャの軍部は大量のワインやら高級食材やらを準備して、捕虜の迎えに向かったのです。
 約束の三日後、捕虜引き渡しをするリーナのお供として、捕虜を監禁しているプルーシャ軍の駐屯地へ行ったのですが。
 地駐屯地を取り囲むように、多くの食材を乗せた荷馬車や保護した捕虜を輸送するための馬車が停車していて驚きました。

 その数の多さに何事かと思ったリーナが尋ねると。
 まずは、捕虜となった貴族たちに、美味しい物をお腹いっぱい食べてもらい。
 食事の済んだ人から、近くにある領主の館に運ぶそうです。
 五千人もの捕虜をいっぺんに運べるだけの馬車が手配できなかったため、取り敢えずは近くの貴族に預かってもらうそうです。
 それで、馬車のキャパシティーにあわせて少しずつ王都へ送っていくとのことでした。
 捕虜の移動用に用意された馬車は貴族仕様の立派なものでしたし、食材と共に料理人まで来ていました。
 正直、何と言う過保護かと思いました、これでは貴族の軍人が打たれ強くなくなるのも頷けます。

 で、肝心の五千人の捕虜たちがどうしていたかと言うと…。
 植物の精霊ベルデにお願いして、茨の監獄に出入りのための通路を開いてもらい。
 広い更地となった駐屯地跡の中央部分まで行くと、高い茨に囲まれた広場には…。

 それなりのテント村が出来ていました。
 さすがに五千人も入れば協力して天幕を張ると言う知恵が回ったようです。
 ここの捕虜は、人数が多いので一人一人を隔離することはしなかったと言います。
 五千人まとめて広い空間に詰め込んだんので、何とか天幕を張ることが出来たようです。

 露天に毛布一枚ではなく、天幕ですがちゃんと屋根のある場所で過ごせたこと。
 何よりも、ちょっとした町よりはるかに多くの人がいたので、孤独ではなかったことが良かったのでしょう。
 精神を病んでしまった人は、思ったよりも少なくて済んだようです。

 捕虜を収容している広場に入ったリーナは、風の精霊クラルテの力を狩りで捕虜たちに呼びかけました。

「皆さん、クラーシュバルツ王国とノルドライヒ連邦の間で不可侵条約が結ばれました。
 これにより、ノルドライヒ連邦の構成国であるプルーシャ公国との戦争も終結しました。
 本日をもって皆さんを解放いたします。
 既に、プルーシャ公国からお迎えの方が見えていますよ。」

 リーナの言葉を耳にして、天幕の中から出て捕虜たちが集まって来ます。
 捕らえられた時に全員が落馬していた事からかなり重症な方もいました。
 死なない程度の治療に留めたため、元気な方に肩を借りている姿もちらほらと見受けられます。 
 
「やあ、姫さん、姫さんがそうやって声を掛けて来ると言うことは我々は負けたのですな。
 やっぱり、天馬に乗って、風や茨を操るなんて芸当をする人には敵いませんな。
 本来なら、あの時民衆になぶり殺しにされても文句言えなかったところを。
 民衆をおし止めてくれたうえ、治療まで施してくれたことに感謝してますよ。
 おかげで、一人の死者も出さないで済みました。」

 殆ど怪我をした様子が見られない中年の士官が、リーナに声を掛けて軽く頭を下げました。
 この方は、けっこう打たれ強いようで、余りやつれている様子も見られません。
 おそらく硬いパンと硬い干し肉でも、キチンと食事をとっていたのですね。

 でも、この方みたいな人は少数派で、多くの人は半月ほどの間に酷くやつれてしまっています。
 そんな人達の間で、こんな声が聞こえました。

「おお、これは助かる。ワインとソーセージなんて本当に久しぶりだ。
 来る日も来る日も、硬いパンと硬い干し肉ばかりだったので…。
 もう一生、ワインなど飲めないかと思っていたんだ。」

 軍の人が連れて来た料理人たちが、焼きソーセージをはじめとして料理を作り始めたのです。
 そして、ワインも一緒に振る舞い始めました。
  
 やはり、硬いパンと硬い干し肉の食事は馴染めなかったのでしょう。
 料理を作る料理人の回りに、あっという間に人だかりが出来ました。

「この人達が壊れる前に、戦争が終わって良かったです。
 民衆に刃を向けた愚かな人達ですが、これだけ沢山の人が壊れてしまうと…。
 やっぱり、良心の呵責を感じますもの。」

 リーナは、捕虜達を無事に開放できてホッとした表情を見せていました。

 こうして、捕虜の開放は済んだのですが…。
 捕虜を収容していた駐屯地の跡地に関する後日談があります。
 実は、ここだけでなく民衆の暴動により更地になってしまった幾つかの駐屯地に共通するのですが。

 リーナはプルーシャ公国との交戦中、それらの駐屯地が再び利用されるのを恐れました。
 そして、その対策として、植物の精霊ベルデに全てを茨の園に変えてもらったのです。

 戦争が終結した時、リーナは茨の園のまま放置ました。
 プルーシャ公国が何かに利用するのであれば、勝手に伐採すれば良いと言うことで。
 ですが、ベルデはちょっとしたイタズラを仕込んでいたのです。
 それは何かというと、全ての茨の園にこっそり迷路状の通路を作っていました。

 そして、戦争終結から約一ヶ月後、茨が美しい秋バラを咲かせたのです。
 どうやら、ベルデが使った茨は、春秋に二回花をつける品種だったようです。
 美しいバラの花が咲き誇る茨の迷路、それはあっという間に地元住民の憩いの場になりました。
 
 こうなってしまうと困るのはプルーシャ公国の軍部です。
 プルーシャ軍は、リーナを相手取った戦争の間、民衆に刃や銃口を向け敵に回してしまいました。
 住民たちの憩いの場となってしまった駐屯地跡地を、強引に駐屯地に戻そうとすれば再び暴動になりかねません。
 結局、軍部は駐屯地跡地の再利用を断念し、ベルデが作った幾つもの茨の迷路はこの地方の名所として残されることになったのです。

 植物の精霊ベルデちゃん、ナイスです!

     ********

 さて、ところ変わって、プルーシャ公国の都ベアーリン。
 その王宮シュタットシュロスでは何が起こっているかと言うと…。

「これはいったい何なのだ。
 儂は、絶対にエルゼス地方を諦めんぞと思っているのに。
 いざ口に出そうとすると、…。
 儂の心とは裏腹にエルゼス地方はクラーシュバルツ王国固有の領土だと言ってしまう。
 自分の心と言動が一致せずに気が狂いそうだわい。」

 ブリーゼちゃんに様子を窺いに行ったもらったらプルーシャ王がそう喚いていたそうです。
 
「陛下もですか。実は私もです。
 エルゼス地方再侵攻の計画を立案させようと思っても、口からはエルゼス侵攻はまかりならんと言ってしまいますし。
 何より、他国へ侵攻するための兵は無駄だから要らないと言ってしまうのです。
 『アルムの魔女』の言った、一歩たりとも軍を国境の外に出すなと言う命令に縛られているようです。
 あれは、とんでもなく邪悪な魔女ですぞ、これでは我が国の軍備増強など図ることが出来ません。
 私も気が狂いそうです。」

 と嘆いていたのはベスミルク宰相だそうです。
 
「そう言えば、アスターライヒに捕らわれていた士官百名が返還されてきたであろう。
 『アルムの魔女』のやつ、まさか、士官達にもこの魔法を使ったのではあるまいな。」

「それが、やはり、やられておりまして。
 総司令官には、『アルムの魔女』がやって来てこう命じたのだそうです。
 『ゲオルグさんの質問に対し嘘偽りなく、包み隠さず返答するように。』と
 その日、ゲオルグ公が有力諸侯を伴なってやって来て、我が国の軍の実情を細かく聞いて来たそうです、
 当然、軍の極秘情報もありましたから、隠し通そうと思ったそうですが…。
 口が勝手に動いて、全て洗い浚い白状させられたそうです。
 もっと酷いのは、アスターライヒの尋問に頑なに黙秘を貫いていた士官が。
 『アルムの魔女』にこう命じられたそうです。
 『質問された事に対しては嘘偽りなく、包み隠さず返答するように。』と。
 それ以後、誰からのどんな質問でも、隠したり虚偽の返答をしたりすることが出来なくなったそうで。
 軍の極秘情報から個人の極めてプライベートな事まで、問われれば全部白状してしまうそうです。
 それが、百人のうちかなりの者に及んでいまして、…。
 その者達は、ハッキリ申し上げて軍部は勿論、国の要職でも使えせん。
 嘘はつけない、隠し事は出来ないでは、国家機密を知らせることが出来ないですから。」

 などと言う会話がなされていたそうです。
 リーナが解放した五千人の貴族たちも、捕虜生活に懲りて退役した人が多いようですし。
 プルーシャ軍は士官が激減してしまって、もうグタグタですね。

 その後、ブリーゼちゃんがそんな情報を伝えてくれてから、一年も経っていない日のことです。

 プルーシャ王の突然の退位とベスミルク宰相の退任の報が大陸全土を騒然とさせました。

 その時に至っても、プルーシャ王は、依然として大陸に覇を唱えることを諦められなかった様子です。
 そのため、野心に燃える自分の心と私の『言霊』に縛られた言動の乖離に耐え切れずについに発狂してしまったようです。
 セルベチア皇帝みたいに、自分の負けを悟ってきっぱり野望など諦めちゃえばそんなことにならなかったのに…。
 このタヌキの方が、諦めが悪かったようです。

 宰相ベスミルクは、同志であり後ろ盾だったプルーシャ王の発狂により、宮廷内での主導権を失い退陣に追い込まれたのです。

 こうして、富国強兵により大陸に覇を唱えるというプルーシャ王の野望は露と消えたのです。
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