上 下
453 / 580
第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第450話 空の旅はお気に召さなかったようです

しおりを挟む
 捕らえた士官たちを連行しておじいさまの許へ向かおうとしましたが、ハタと思いました。
 今いる街道は、ノルドライヒ方面からアストライヒやクラーシュバルツへ抜ける大事な街道です。
 十万人もの兵士が寝転がっていたら、一般の方々の往来の邪魔ですよね。
 現に私の足元には、人が通行する隙間が無いほどの兵士が転がっています。

「これどうしましょうか?」

 と呟きを漏らすと…。

「なに、ロッテちゃん、こいつらを片付けたいの?
 手伝ってあげようか。」

 植物の精霊ドリーちゃんがイタズラな笑顔を浮かべながら現れました。
 こんな笑顔を浮かべている時は、たいてい悪ノリしている時なのですが…。

「何か、良い考えはあるの?
 大切な街道とは言うものの、山道なので大した道幅も無いし。
 道の片側は深い谷になっていて、十万人もの人をまとめておく場所も無いわよ。」

「大丈夫!任せて!
 場所を取らない良い方法があるから。
 ちょっと見ていて。」

 ドリーちゃんがそう言うと崖側の斜面から蔦がニョキニョキと伸びてきて一人の兵に巻き付きました。
 蔦は兵士の胴体に幾重にも巻き付くと、ズルズルと兵士を崖の方向に引き摺って行きます。
 そして、ポイっと崖の下のほうったのです。

「えっ!」

 余りに予想外でしたので呆気にとられましたが、慌てて崖へ駆けよって下を覗き込むと。
 そこには、胴体に巻き付いた蔦によって、崖にぶら下がる兵士の姿が…。

「これなら、場所を取らないよ。
 ちょっとやそっとじゃ切れない丈夫な蔦で、全員こうやってぶら下げておくよ。
 手足を自由にしておけば目を覚ましたら勝手に崖を登るでしょう。」

 ドリーちゃんの言う通り、それなら場所はとらないでしょう。
 それに、今みたいに蔦が動いて勝手に退かしてくれるのなら、余分な手間をかけずに済みますしね。

「そうね、じゃあ、ドリーちゃんにお願いしようかしら。」

「はーい!任せといて!」

 私がお願いした後のドリーちゃんの動きは迅速でした。
 次々と崖から伸びて来た蔦が、兵士を一人ずつ絡めとって崖下へ放り出していきます。
 あっという間に、路上に寝転がっていた兵士が片付けられていき、街道はすっかり通行可能な状態です。

 ただ…、崖に沢山の兵士達がぶら下げられているのは、とても奇妙な光景と目に映ります。
 これが、約一マイルも続いているのです、さぞかし通行人は驚くでしょうね。
 もっとも、目を覚ましたら断崖にぶら下がっているのですから、兵士はもっと驚くでしょうが。

    ********

 街道を塞いでいた兵士の後片付けが済んだので、今度こそ帝都へ向かって出発です。

「それじゃあ、ヴァイス、くれぐれもぶら下がっている士官を障害物にぶつけないようにね。」

「まあ、任せておけ、野郎に気遣うのは業腹であるが。
 たまには、主に良い所を見せておかんとな。
 最近は、馬車を使わんと、背に跨ってくれるので我はご機嫌なのだ。」

 まあ、こう言うのですから、任せても平気なのでしょうね。
 ここから、おじいさまの住む王都までは、ヴァイスであれば二時間ほどでしょうか。
 ぶら下げられている士官たち、目を覚ましたらどんなリアクションをするか、ちょっと楽しみです。

 アスターライヒ王国の王都を目指して飛ぶヴァイス、いつもと違うのは胴体の左右前後に人間をぶら下げたロープを垂らしていること。
 一本のロープに二十五人ずつぶら下げておきました。
 ヴァイスは一本のロープに百人まとめてぶら下げておけば良いと言いましたが、流石にそれだとロープが長くなりすぎて怖いです。

 そして、王都を目指して飛ぶこと約一時間、丁度中間点くらいでしょうか。
 ぶら下げた士官達がぽつぽつ目を覚まし始めました。

「うわっ、何だこれは!」

「おい冗談はやめてくれ!こんな高い所にぶら下げるなんて。」

「怖えええぇ!」

 なんて、言う悲鳴にも近い声が聞こえ、ジタバタと暴れる人もいました。
 さすが、自信満々だったヴァイスです。
 ぶら下げた人が暴れても、ヴァイスは全然動じることは無く、私が感じる乗り心地も至って快適でした。
 ですが、ぶら下がった人達はそうではないようで…。

「こら!暴れるな!ロープが切れたらどうするんだ!」

「暴れたら、ロープが揺れて、余計に怖いじゃないか!」

 暴れる人がいるとぶら下げられたロープ全体が酷く揺れるようで、相当恐怖を感じるようです。
 今まで空を飛んだ人はみんな喜んでいたのですが…、やはり宙吊りはいただけませんか。

 でも、これはこれで良いですね。今度、リーナにも教えてあげましょう。
 リーナが拘束している捕虜もこうして、プルーシャの王都ベアーリンまで運んだらどうかって。

 その後も、ヴァイスは軽快に飛翔し、やがてアスターライヒ王国の王都の上空に至りました。
 いつもなら、王都の郊外、人目が無いところを選んで着地して陸路、皇宮まで行くのですが。
 百人もの人間をズルズルと引き摺って行く訳にはいきませんので、直接皇宮に降りる事にしました。

 なるべく目立たないようにと、皇宮の中庭に降り立ったのですが…。

「あー、あー、お嬢さん、ここは国王陛下がお住まいになる王宮なのですが…。
 いったい、どのような用件で、このような場所に現れたのでしょうか?」

 宮殿の警備隊の人が、おっかなびっくり、声をかけてきました。
 まあ、空から天馬に乗って舞い降りて来れば、普通はこんなリアクションになりますよね。
 今ぶら下げてきた士官の一人みたいに、いきなり奇怪な奴とか喧嘩腰で声をかける人は少ないと思います。

「私は、シャルロッテ・フォン・アルムハイム。
 おじいさま、いえ、国王陛下に至急お取次ぎをお願いします。
 国境を侵犯したプルーシャ軍の士官百名を捕えて連行してまいりました。」

「シャルロッテ姫様でございましたか。
 これは、大変ご無礼を致しました。
 大至急陛下にお伝えしますので、どうかそのままでお待ちを。」

 私が身分を明かし、来訪の目的を告げると警備隊の人は急ぎ足で中庭を出て行きました。

 程なくして。

「ロッテ、ようきた、ようきた。一月振りであるな。
 そなたの顔を見ることが出来て、私は嬉しいぞ。
 して、後ろに転がっているのが、そなたが捕らえたというプルーシャの軍の者であるか。
 プルーシャの軍勢が我が国の国境を侵犯したと伝言を受けたが、いったい何事であるか。」

 おじいさまは上機嫌で私を迎えてくださいました。
 ですが、私の後ろに転がるプルーシャ軍の士官達を目にして怪訝な顔に変わります。

 おじいさまの視線の先にあるプルーシャ軍の士官達ですが。
 高い空の上を一本のロープでぶら下げられたのは、余程の恐怖を覚えたのでしょう。
 皆放心した状態で一言も発しませんし、色々と垂れ流した状態で非常に見苦しいありさまになっています。
 この人達、尋問する前に着替えさせないと、汚くて近寄れないですね。

「はい、ここでは落ち着いて話も出来ませんので場所を移しませんか。
 この者達は、牢にでも放り込んでおいてください。」

    ********

 私は、プルーシャ軍の士官達を警備隊の人に預けるとおじいさまの執務室に場所を移しました。
 
「なに、十万の軍勢が我が国の領土に侵入したと。
 その情報を、ロッテの精霊さんが掴んで撃退したと申すか。
 それは、愉快な話だわい。
 まさか、国境を越えたところでそなたが待ち構えているなどとは、プルーシャ王も思いはしまい。
 目的はクラーシュバルツ王国かも知れんが、十万もの軍勢に我が国の領土を通過させようとは…。
 我が国も舐められたものであるな。」

 まあ、舐められたと言うより、単にバレないと高を括っただけだと思いますが。
 旧帝国の領域内で国境に警備兵や関所を設けているところはありません。
 帝国内は自由通行が原則でしたので、帝国崩壊後もなあなあでそれが続いているのです。
 ましてや、先程の国境地帯は周囲に民家のない山中にあります。
 ズーリック方面への分岐までの一マイル程度であれば気付かれる前に通り過ぎると踏んでいたようです。

 私がそう説明すると。

「なるほどのう。
 しかし、こっそり通過しようとしたところを、そなたの精霊さんに見つかるとは。
 プルーシャ王もついておらんな。」

 おじいさまは愉快そうに言った後。

「それで、クラーシュバルツの姫君の方はどうしとるのだ。
 元々、戦などは無縁の大人しい娘であったものな。」

 現在のクラーシュバルツとプルーシャの戦況について尋ねてきました。

「全く、戦争にもなっていない状況ですね。
 プルーシャは開戦早々、リーナの契約する精霊に翻弄されてグダグダの状態で。
 エルゼス地方には一歩たりとも侵攻できていないありさまです。」

 それに続けて、リーナが行った夜襲のこと、周辺の民衆を味方に付けたことなどを話し。
 プルーシャ軍が、その対応にしくじった結果、民衆の暴動が発生したこと。
 更には、暴動鎮圧のために送られてきた部隊もリーナに撃退されてしまったことなど。

 私は、現時点までの戦況をかいつまんでおじいさまに報告しました。

「ほほう、クラーシュバルツの姫、見た目に反して随分と強かよのう。
 本命のエルゼス方面は、姫を相手に手も足も出ない状態なのだな。
 それで、プルーシャ王のやつ、今度は後方かく乱でも企んだのか。
 起死回生の策だったのだろうが、それもそなたに一網打尽にされてしまうとは。
 強気一点張りのプルーシャ王も、若い娘二人に手玉に取られて形無しであるな。」

 私の報告を聞き終えたおじいさまは、そう言ってとても愉快そうな表情をしていました。
 
 
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

チート狩り

京谷 榊
ファンタジー
 世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。  それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

異世界で貧乏神を守護神に選ぶのは間違っているのだろうか?

石のやっさん
ファンタジー
異世界への転移、僕にはもう祝福を受けた女神様が居ます! 主人公の黒木翼はクラスでは浮いた存在だった。 黒木はある理由から人との関りを最小限に押さえ生活していた。 そんなある日の事、クラス全員が異世界召喚に巻き込まれる。 全員が女神からジョブやチートを貰うなか、黒木はあえて断り、何も貰わずに異世界に行く事にした。 その理由は、彼にはもう『貧乏神』の守護神が居たからだ。 この物語は、貧乏神に恋する少年と少年を愛する貧乏神が異世界で暮す物語。 貧乏神の解釈が独自解釈ですので、その辺りはお許し下さい。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

処理中です...