上 下
433 / 580
第16章 冬から春へ、時は流れます

第430話【閑話】わたしが出会った小さな神様

しおりを挟む
 いつから、そこにいたのかは分からない…。
 わたしは、物心ついたら、そこにいた。

 うっすっぺらい布の服を一枚着て、首からは『5』と書かれた小さい板切れをぶら下げてた。
 周りにいる人からは、フイフスと呼ばれ、水汲み、飼い葉運び、羊の刈り毛運びをさせられてたの。
 朝起きたら、井戸から桶に水を汲んで厨房に運ぶの。
 それを三回くらい繰り返すと、一欠けらのパンがもらえる。

 井戸から水を汲み上げて、井戸に備え付けの柄杓で一杯のお水を掬う。
 そのお水と一欠けらのパンが、わたしの朝ごはん。
 ほんの一時、その時がわたしの幸せなじかんだった。
 その時だけひもじいのが和らぐから、その時だけ重い物を持たないで済むから。

 朝ごはんが終ると、羊の毛を刈っているおじさんの所に行って。
 おじさんが刈った羊の毛を、決められた場所に運ぶの。
 もたもたしていると、「サボってんじゃえよ!」って怒鳴られて、蹴られるから。
 へとへとになっても、早く運ばないといけないの。
 大人の人に蹴られると凄く痛いの…。
 何時だっけか、そのまま倒れ込んだら足を擦りむいて、なんか真っ赤なものが出て来た。
 泣きたくなったけど、そこで立ち止まって泣いてると、もう一度蹴られる。
 「奴隷は止まっちゃいけないんだって。」、動ける限り働き続けろって言われた。

 足を擦りむくなんてまだマシな方で…。
 反抗的な男の子がいたんだけど、寄ってたかって蹴られて動かなくなっちゃった。
 そしたら、そのまま、大人に引き摺られて行って、そのままいなくなったの。
 その日、大人から「口ごたえする奴隷なんて使えないから、処分して捨てた」って聞かされて。

「おめえもああなりくなかったら、ちゃんと言う事聞くんだぞ。
 良いか、よく覚えておけ、おめえら奴隷が言っても良い言葉は。
 『はい』、『分かりました』、『承知しました。』の三つだけだ。
 余計な言葉は覚えなくても良いが、この三つは絶対忘れるんじゃないぞ。」

 って、言われたの。
 処分したって、どういうことか分かんなかったけど、ゴミのように捨てられたという事だけは分かったの。
 言葉なんてロクに知らないわたしは、蹴られるのが嫌で『はい』、『分かりました』、『承知しました。』は必死に覚えたんだ。

 朝から晩まで刈った羊の毛を運び続けて…、親方が良いと言ったらやっとパンがもらえる。
 でも、一日中運び続けても、親方がダメと言ったらその晩はパンがもらえない。
 ひもじい思いをして寝ないといけない。それがイヤだから、必死になって羊の毛を運ぶんだ。

 春から秋はまだ良いんだ、冬は本当に大変。
 薄い布の服一枚だから北風があたるととても寒いの、毎日凍えて過ごさないといけない。
 ここのお嬢様が着ている服を見た事あるけど、私と違ってとっても温かそうで羨ましかったんだ。

 わたし達奴隷は、飼い葉小屋の中で寝かされていたんだけど。
 冬場は飼い葉の中に潜って少しでも冷たい空気があたらないようにして寝てたんだ。
 飼い葉の中は、思ったより温かくて何とか凍え死なないですんだの。

     ********

 そんな冬を何度か越した時、新たに奴隷として売られてきたおじさんがいたの。
 何でも、借金が返せなくなって奴隷に落ちたんだと言ってたけど。

 物心ついた時からここにいて、農園の外を知らないわたしに外のことを色々話してくれたの。
 その頃になると、少しはしゃべれる言葉も増えてた。

 そんなおじさんとの会話の中で、

「ところで、フィフスちゃんは本当は何て言う名前なんだい。」

「わたしはフィフスだよ。」

「フィフスちゃん、それは名前じゃないよ。
 それはね、使用人たちが子供奴隷の名前まで一々覚えていられないので番号で呼んでるんだ。
 今、首からぶら下げている『5』とかいた木札があるだろう、その文字をフィフスと読むんだよ。
 フィフスちゃんには、親御さんから付けてもらった名前があるはずだけど、覚えてないかい。」

 その時、わたしは初めて知ったの、名前だと思ってた『フィフス』と言うのが単なる番号だって。
 他の子供奴隷と区別するためだけに、取り敢えずそう呼ばれているだけだど。
 そのおじさんは言っていた、人には必ず親からもらった名前があるはずだって。
 でも、わたしには別の名前で呼ばれた覚えなんて無かった。
 そもそも、わたしに親がいるなんて知らなかったもの。そんな覚えも無いから。

 それから、おじさんはこんなことも教えてくれたの。
 この農場には三種類の者がいて、雇い主である農園主一家、それと雇われた使用人、ここまでが人間なんだって。
 その下にいるわたし達奴隷は、お金で売り買いされる農園主の財産で、物や羊や馬と変わらないんだと。
 むしろ、わたし達よりも馬や羊の方が高く売り買いされて、農園にとっては貴重な財産だって。

 その話を聞いた私の心は冷えたの…。
 今奴隷として人間として扱ってもらえないわたし。
 でも、誰にでもあるはずの名前がないわたしって、生まれた時から物して扱われたたんじゃないかと。
 それ以来、わたしは『フィフス』と呼ばれる度に心が冷えるの、自分が人として扱われてないと思い知らされて。

 そして、更に時間が過ぎて、去年の秋のこと。
 冬越しに備えて、飼い葉運びをしていると沢山のお役人さんがやって来て…。
 なんか、騒がしいと思ってたら、農園のご主人が縄で縛られて連れて行かれちゃった。

 農園に残ったお役人さんが、わたし達奴隷の許にやって来て言ったの。

「この農園の経営者は、君達を違法に奴隷として使っていたんだ。
 ここは、今日をもって閉鎖される。
 今より、君達は自由の身だ、それぞれ自分の故郷へ帰ってかまわないぞ。」

 お役人さんの話では、ここは閉鎖されるので直ちに立ち去るようにと言うの。

 借金が帳消しになって自由の身になれるって、さっきのおじさんは喜んでるけど。

 そんなことを言われても、わたしは困る。
 物心ついた時からここにいたわたしには、外の世界なんてわからない。
 わたしは、これからどうやって生きていけば良いの。
 ここにいれば、少なくても朝晩はパンを与えてもらえるけど。
 わたしは、外の世界でどうやってパンを手に入れるか知らないよ。

     ********

 そんなことを言っても、お役人さんは聞き入れてはくれず。
 結局、わたしは農園を締め出されちゃったの。

 奴隷から解放されて喜んでいたのは、さっきのおじさんくらいだった。
 多くの大人の奴隷も、急に寝床と食べ物のアテを失って戸惑ってた。

 そんなわたし達にお役人さんは言ったの。

「この前にある道を南に行ったら、子供の足でも半日も掛からないところに王都がある。
 王都へ行けばなにがしかの仕事が見つかるだろうから、行ってみるが良い。」

 王都へ行ってみたらとどうかと勧められて、他に行くアテの無かったわたし達は揃って王都へやって来たの。
 子供の足でも半日も掛からないなんて大嘘だった。
 途中の野っぱらで夜を明かすことになって、王都に着いたのは次の日のお昼になってた。

 みすぼらしい元奴隷の集団に、王都の人達からイヤな顔をされて迎えられたわたし達だけど…。
 元奴隷の若い男の人は厳しい仕事で体が鍛えられていて、逆らわずに命令に従う奴隷気質も気に入られたようで。
 仕事を探して尋ね歩くうちに、一人、二人と仕事が決まり、わたし達は数を減らしていったの。

 その内、わたし達が仕事を探している集団だと分かると、今度は若い元女奴隷に声が掛かるようになったの。
 酒場で働かないかと誘われ、若くて見た目が良い元女奴隷から順に連れてかれちゃった。

 そして、残ったのは年老いた数人の元奴隷とわたしだけ。
 荷運びの仕事も断られて、酒場の仕事もわたしじゃ幼すぎるって。

 結局仕事は見つからず、お腹を空かせてスラムに辿り着いたの。
 前日から何も食べずに歩き通して、空腹と疲労でもう一歩も歩けない。
 そんな状態のわたしは、スラム街の広場の片隅で座り込んでたの。

 すると、今まで嗅いだこともない良い匂いが漂ってきて…。

「おい、チビ共、待たせたな。
 腹減っただろう、晩メシにしようぜ。」

「わーい!まんま!」

「おなか、ぺこぺこ。」

 わたしと同じくらいの背格好をした男の子が、二人の小さな女の子と分け合って何かを食べ始めたの。
 とってもいい匂いの何かを。

 お腹を空かせたわたしはつい匂いに釣られて…。

「なんだ、お前は?
 そんなに涎を垂らすほど腹が減ってるんか?」

 わたしはその時、ダラダラと涎を垂らしていたみたい、でも本当にお腹が空いてたからね。

「うん、わたし、きのうの朝から何も食べてないの。
 昨日の朝、パンを一かけら食べたのが最後。」

 そう言うと男の子は、わたしに気の毒そうな目を向けて。

「しょうがねえな、そんなに腹を空かせてちゃあ可哀想だ。
 俺の分を半分分けてやるから食いな。」

 そう言って、男の子は何か大きなモノを一つと小さなモノを三つ分けてくれたの。
 わたしは一日以上何も食べてなかったんで、その男の子が神様に見えた。

「美味しい…。こんな美味しいモノ初めて食べた…。」

「おめえ、それは大袈裟だろ。
 腹が減り過ぎてて美味しく感じるだけどと思うぞ。
 だいたい、おまえ、屋台のフィッシュアンドチップスも食ったことがねえのか。
 俺達貧乏人の有難い味方だろうが。」

「うん、わたし、物心ついた時から、朝晩にパンを一かけらずつもらうだけだったから。
 わたし、パンと水しか食べたこと無いよ。
 ああ、農園に勝手に生えている木苺の実は、とって食べても怒られなかったから、それは食べたけど。」

 男の子が食べさせてくれたのは、大きい方が塩漬けした魚に衣を付けて油で揚げたもの、小さい方がジャガイモを素揚げしたものだと言うの。
 魚の方は酢がかけてあって少し酸っぱい、ジャガイモの方は塩がたっぷり振ってあった。
 パンしか食べた事のないわたしには凄く衝撃的な味だったんだけど、男の子は貧乏人の強い味方だと言う。
 奴隷じゃい普通の人間って、貧乏人でもこんなに美味しいモノを食べてるんだ…。

 わたしは、普通の人と奴隷の間にある壁の厚さに初めて気付かされたの。

「なんだ、おめえも悲惨な生活してたんだな。
 でも、困ったぞ。
 俺の稼ぎじゃ、この二人を食わせてくのがやっとだ。
 とても、おめえに食い物を分けてやる余裕はねえんだ。」

 そう言った男の子はしばらく考えた後に尋ねてきたの。

「おめえ、奴隷働きしてたんなら、なんか仕事できるんじゃないか?」

「わたし、水汲みと刈った羊の毛を運ぶのと飼い葉運びくらいしかしたことない。」

「なんだ、全部物運びか…。
 まあ、いいぜ、荷運びだったら、俺と同じだ。
 ちょっと、ついて来いよ。
 親方の所に行って仕事をもらえないか聞いてやるぜ。」

 その後、男の子はわたしを荷役の親方の許に連れてってくれたの。
 そして、力のない女の子ではと渋る親方を説得してくれた。
 結局、親方が根負けして、男の子の半分の日当で雇ってもらえることになったの。
 何とかそれで、わたしは当面食つなぐことができたの。
 わたしには、その男の子が本当に神様に見えた。

 それが、わたしとケリー君、そしてサリーちゃん、エリーちゃんとの出会いだったの。

   ********

*並行して新作を投稿しています。
 『ゴミスキルだって、育てりゃ、けっこうお役立ちです!』
 ゴミスキルとバカにされるスキルをモグモグと育てた女の子の物語です。
 12時10分、20時30分の投稿です。
 お読み頂けたら幸いです。
 よろしくお願いいたします。 
 ↓ ↓ ↓ (PCの方の向け) 
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/255621303/784533340    
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...