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第16章 冬から春へ、時は流れます

第410話 湖畔のホテルが出来ました

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 そして、三月中旬、建築家のフランクさんから待ちに待った報告が届きました。
 私は、侍女のネーナさんと料理人のマルゴさんを伴って、ホテルの建設現場に足を運ぶことにします。

「シャルロッテ様、お待ちしておりました。
 お約束通り、雪解けまでにホテルの建物は滞りなく完成しました。」

 ホテルのエントランスで、私はフランクさんの出迎えを受けました。

「お疲れ様です、フランクさん。
 早速中を案内して頂いてよろしいかしら?」

「もちろんですとも、どうぞ、ご案内いたします。」

 私の要望に応えて、フランクさんはさっそく建物の中に私達を迎え入れます。

「しっかし、大きなホテルだね、まるで宮殿のようだ。
 それに、この吹き抜けのホールが明るくて良い感じだ。」

 マルゴさんがそんな感想を漏らしたのは、エントランスを入ってすぐにあるホール。
 二階まで吹き抜けのホールは、二階の南側の壁が大きなガラス窓になっていて採光が抜群です。

「あっ、大公様。
 みんな、大公様が見えられたぞ、こっちに集まれ!」

 工事の後片付けをしていた職人の親方が号令をかけると、五十人ほどの職人が集合します。

「フランクさんからホテルが完成したと聞きました。
 冬の間中、こちらに詰めて作業をして頂きお疲れさまでした。
 ご家族と離れて大変でしたでしょう。」

 私の労いの言葉に。

「勿体ないお言葉を頂戴し、身に余る光栄です。
 俺達の方こそ、冬場に仕事を与えて頂き有り難うございました。
 給金が頂戴できるのはもちろんですが。
 おかげで、雪に閉ざされた冬の間、仕事の腕が鈍らずに済みやした。
 しかも、こんなすげえ建物の建設に関われるなんて職人冥利に尽きますわ。」

 私の労いに対し、職人を代表するように親方が言いました。
 アルム地方は、冬場三ヤードもの雪に閉ざされますので、建物を建てる事など到底出来ません。
 なので、職人さんは安い内職をしたり、道具の手入れをしたりして過ごします。
 そのため、収入が減るのは勿論のこと、仕事の勘も大分鈍るのだそうです。
 今年は、冬中仕事をしていたので、腕が鈍らずに済んだと、親方は大喜びです。

 また、ここに集まった職人さん達はこんな大きな建物の建設に関わるのは初めてだと言います。
 はやり、大きな建物を立てるのに関わるのは自慢のタネになるそうです。
 若い職人さんなど、地元に帰ったらお呼びが掛からなかった職人仲間に自慢すんだとか言っていました。

「そう言ってもらえれば、私としても気が楽です。
 ホテルの建設は、これ一つで終わりにする気はありません。
 もし良かったら、また次回も参加してください。」

「おお、それは有り難てえや。
 その節はよろしくお願げえしやす、大公様。」

 親方がそう答えると、職人さん一同が私に頭を下げ、再び持ち場へ散っていました。

       ********

 さて、このホテル、南側がシューネ湖に面し、湖越しに雄大なアルム山脈の景色が見渡せます。
 客室全室がシューネ湖に面するように、東西に一列に伸びる形の建物になっています。
 今私達がいる中央棟から、東西に両翼を伸ばす形で客室棟が配置されてます。

 中央棟は、レストランやカフェ、プレールーム、ラウンジなどのパブリックスペースとなっています。
 また、中央棟に入ってすぐのこのホールには、チェックインカウンターや事務室があります。

 まずは、一階のレストランに面した厨房へ、マルゴさんを案内してもらいました。

「こちらが厨房になります。
 カマドもオーブンもすぐに使える状態になっています。
 と言うより、冬中ここに詰めた職人の賄を作っていましたので。
 実際に使ってたのですが。」

 フランクさんに案内されて訪れた厨房スペース、マルゴさんはさっそく点検を始めます。
 カマドやオーブン、それに食品庫などを細かくチェックして歩いたマルゴさん。

「カマドの数も、オーブンの大きさも十分だね。
 食品庫のスペースも問題ないし、冬場に使った後きれいに掃除してある。
 これなら、すぐにでも準備に取り掛かれるぜ。」

 どうやら、マルゴさんチェックは合格のようです。
 なので、私は紙と鉛筆を差し出して、マルゴさんに指示を飛ばします。

「そうですか、では、私はネーナさんと共に客室を案内してもらいます。
 マルゴさんは、ここで、必要な器具や食器などを書き出してください。」

「わかったよ、任せといて。」

 私はマルゴさんの返事を聞くと、他を見て回るため厨房を後にしました。

 厨房を出た私達は、レストランやカフェなどのパプリックスペースを確認した後、客室へ向かいます。
 客室は両翼の一階に各二十室ずつ配されており合計四十室。
 二階も同じ配置となっており、客室は一、二階併せて八十室にも及びます。

「あら、素敵な香りね。
 まるで、森の中にいるようだわ。」

 一つ目の客室の扉を開けると、フワッと良い木の香りが鼻をくすぐりました。
 ロビーは明るい雰囲気を出すために、研磨された白い大理石の壁でした。
 ですが、客室は温かみのある部屋を目指して、壁も天井も化粧板が張られています。
 まだ、未使用の部屋ですので、化粧板に使われた木の香りが残っているのです。

「はい、指示された通り、木の温もりを感じる部屋にしました。
 節のない木目の美しい板を用い、格調高く仕上げたつもりですが。
 ご満足いただけるでしょうか。」

 フランクさんの説明を聞きながら、私達は部屋の中を見て歩きます。
 ニスが塗られ光沢のある板張りの壁は、所々に彫刻を施されています。
 フランクさんの言葉通り、落ち着いた風合いの格調高い部屋に仕上げられていました。

「姫ちゃん、この部屋とても良く出来ているわ。
 それと、間取りもゆったりしていて良いわね。
 これなら、迎賓館としても使えるわよ。」

 部屋の中を一通り見たあとに、ネーナさんが私に耳打ちしました。
 まあ、元々モデルにした宮殿が、迎賓館として建てられた宮殿ですので。

 客室の間取りは全ての客室共通で、全室スイートルームになっています。
 寝室が二つに、リビングルームとコネクティングルーム(従者部屋)の間取りです。
 
 これを一部屋ずつ、工事に不備がないか確認していきます。
 そして、二階の部屋に入った時。

「うわあぁ、アルム山脈の眺めが凄い!
 同じ部屋なのに、一階上るだけでこんなに違うのね。
 ねえ、姫ちゃん、二階は割増料金を取りましょうよ。」

 大きなガラス窓越しに見るアルム山脈の眺望に感嘆の声を上げるネーナさん。
 私が、最初に考えたことと同じことを思ったようです。

「実は、私もそう考えていたところです。
 宿泊料金はこれから検討しますが、二階は一階より少し価格を上げるつもりです。
 それと、二階の両端の部屋は、貴賓室にしようと思います。」

 二部屋だけ調度品のグレードを上げて、国家元首クラスが宿泊できる部屋にしようと思います。
 ジョージさんやおじいさまが泊りに来ても対応できるように。

     ********

 一階に戻ってマルゴさんと合流した私達が最後に見たのは、帝都の宮殿には無かったスペースです。
 大地の精霊ノミーちゃんにお願いして、一階部分に付け足してもらったスペース。

 それは、…。

「姫ちゃん、本当に温泉が好きだね…。」

 ネーナさんが呆れたような声色で言います。

「シャルロッテ様、これはまた随分と大きいお風呂で。
 三十人以上、ゆったりと浸かれそうじゃないか。
 これ、男女別に二つあるんだよね。」

 マルゴさんも湯船の大きさに驚いています。

 そう、昨年の夏、招待したブライトさん一行が、あれば良いと言っていた温泉です。
 中央棟の階段の奥、シューネ湖に向かって突き出すように付け足しました。

 階段の左右から通路を造って、それぞれ男湯、女湯の脱衣室に繋げました。
 そして、シューネ湖を望むように男女別の大浴場を造りました。
 もちろん、水の精霊アクアちゃんが地下深くから引っ張って来た天然温泉です。

「良いでしょう。
 温泉に浸かりながら眺める、アルム山脈の大パノラマ。」

「確かに、最高の景色だわ。
 湯加減もちょうど良いし。
 今日はこのまま、ここに泊まっていきたいくらいだよ。」

 私の隣で温泉に浸かりながらマルゴさんが言います。
 もちろん、せっかく完成したのですから、試しに入ってみますよ。
 使ってみないと、何処に不備があるか分からないですから。

「姫ちゃん、もっともらしい事を言ってるけど。
 自分が温泉に入りたかっただけでしょう。
 まあ、素敵な大浴場だとは思うけど。」

 ネーナさんは、ジト目で私を見つつも、この大浴場の良さは認めてくれたようです。

「それじゃあ、ネーナさん。
 あなたをこのホテルの総支配人に任命します。
 三月末には男性職員が二百名ほど到着します。
 総勢三百名ほどになりますが、よろしくお願いしますね。」

「なにその無茶振り、聞いてないよ!
 私がこのホテルを切り盛りするの?」

 だって、前に言ってくれましたよね。

 『お姉ちゃんは、姫ちゃんがやりたいと思うことなら、全力で協力する』って。

 頼りにしていますよ、『お姉ちゃん』。

 夏前には開業したいですから、頑張ってくださいね。 
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