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第16章 冬から春へ、時は流れます

第408話 多少、良心が痛みます…

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「いやあ、久し振りに風呂に入れて感激ですよ。
 髪も切ったし、ヒゲも剃れたしで、さっぱりしました。
 すぐにでも次の仕事に移りたいくらいです。」

 溜まった垢を落とし、身ぎれいにしたオークレフトさんが店の中に入って来ました。
 そう言えば、あの悪ガキ共はどうしたのでしょうか?
 オークレフトさんが目を離した隙に、帝都に繰り出したりして無いでしょうね。

 気になって、そのことを尋ねると。

「ああ、あいつらなら、みんな中庭で寝てますよ。
 ここ数日は夜を徹しての作業で、あんまり寝てなかったですからね。
 風呂に入って体が温まったら、睡魔が襲ってきたようでぐっすりですよ。
 そこで、シャルロッテ様に一つお願いがあるのですが。」

 オークレフトさんの指さす先には、力尽きたように寝転がる悪ガキ達の姿が。
 オークレフトさんのお願いは、もっともなものでしたが…。
 中庭で、寝ている悪ガキ達の幸せそうな寝顔を見ていると、いっそ不憫に思えてきました。
 帝都で可愛い女の子がいるお店に遊びに行くことを励みにして仕事を頑張って来たのでしょうに。
 この子達がひたむきに頑張る時って、その原動力は迸る劣情のようですから。

 とは言え、ここに寝転がる悪ガキ達はまだ二十歳前、悪い遊びを覚えさせる訳にはいきません。
 私は、心を鬼にしてマロンちゃんを呼び出します。

「は~い、何の御用でしょうか~?」

 少し間延びした眠たげな声と共に、水の精霊マリンちゃんがポンっと浮かび上がりました。 
 
「歌を披露して欲しいのだけど、頼めるかな?
 ここで寝ている子を明日の朝まで目を覚まさないようにして欲しいの。
 ちょっと移動させたいのだけど、動かした途端に目を覚ますようだと拙いのよ。」

「う~ん、もっと、も~っと、深~い眠りにつかせれば~、良いんですね~。
 分かりました~、心地良~く眠れるように~、子守歌など~歌ってみましょうか~。」

 マリンちゃんが操るのはあくまでも水です。
 別に、眠りの魔法を使う訳ではありません。

 ですが、マリンちゃんの少し間延びした眠たげな声を聞くと無性に眠くなるのです。
 特に、歌うことが大好きなマリンちゃん、魔力を込めてスローテンポな曲を歌うと効果覿面です。
 海原に展開した大艦隊の乗組員全員を眠らせてしまうほどに。

 こちらから頼んでおいて何ですが…。
 既に眠っている人を、より深く眠らせる事なんて言う器用な事も出来るようです。

 マリンちゃんの子守唄を間近で聞いてしまったら、とても危険です。
 私まで、眠ってしまうかも知れません。
 私はマリンちゃんが歌い出す前に、オークレフトさんを連れて建物の中に退避します。

 「~♪~~♪~♪~♪~♪~~♪~♪」

 やがて、中庭の方から微かに、楽し気に歌うマリンちゃんの声が聞こえてきます。
 そのまま、半時ほどの時間が流れ、マリンちゃんの歌声が止みました。

「お疲れさま、マリンちゃん。」

「は~い、みなさ~ん、ぐっすりですよ~、ちょっと動かしたくらいじゃ~、起きませんよ~。」

 『やり切りました!』、そんな笑顔でマリンちゃんが答えてくれした。

    ********

 私は、さっそく寝ている悪ガキ達を数人ずつ浮遊の魔法で運ぶことします。
 目的地は、この建物に設けた転移部屋を経由して、アルムの工房の寄宿舎です。
 ここにいる子の、地下での作業は今日でお終い。
 帝都の地下工事と街灯設置は、別の班の仕事になります。

「良いのですか?
 この子達、帝都を楽しみにしていたのでしょう。
 娼館遊びはともかくとして、帝都見物くらいはさせてあげても良いのでは?」

 今、ここで寝息を立てている悪ガキ達は、当面帝都に来る予定はないのです。
 流石に、気の毒なのではと思い、尋ねると…。

「春まだ浅いこの時期、こんな所で寝ていると風邪ひいちゃいますよ。
 ちゃんと、寝床へ運んで寝かさないと。
 工房か、発電施設へ運ばないと、ベッドがないじゃないですか。
 それに、こいつらが大人しく帝都見物なんかすると思いますか?
 こいつら、娼館に行くために、わざわざ金貨を用意してきたんですよ。」

 オークレフトさんは、そう言いながら寝ている子の上着をめくって見せました。
 そこに縫い付けられた布袋には、入れられた硬貨の形が浮かんでいます。

 悪ガキ共、娼館に遊びに行く資金を肌身離さず持っていたようです。
 無くさないように、金貨を入れた布袋を上着に縫い付ける事までして…。

 どうやら、この子達の煩悩は私の想像をはるかに上回るもののようです。
 オークレフトさんの指摘通り、この子達が名所旧跡巡りで満足するタマでもありませんね。

 今目の前ので気分良さ気に眠りこける、悪ガキ達。
 女の子の尻ばっかり追いかけて、素行に問題のある子ばかりですが。
 そんな人格形成も、片田舎という狭い世界の価値観の中でなされたものです。

 この子達にも、広い世界を見せてあげたいと思いますが…。
 まだ、野放しにするのは不安があります。
 帝都を自由に歩かせるのは、少しは紳士的な振る舞いが身についてからの方が良いですね。

 私は、若干の罪悪感を感じつつも、悪ガキ達を連れてアルムの工房との間を何往復かしました。
 この子達、目を覚ましたら驚くでしょうね。
 帝都とは数百マイルも離れたアルムの地で寝ているのですから。

 約三十人の悪ガキ達を無事に送り届けると、今度は帝都の街灯設置に必要な資材の搬送です。

 冬の間に工房で作り溜めた、街灯の部品や配電機器、それに電線など。
 オークレフトさんに、工房の倉庫で見せられた時は気が遠くなりました。
 うず高く積まれた資材の、あまりの多さに…。

 それを少しずつ、帝都にある建物の中庭に造った地下空間に転送していきます。
 やっとのことで、それを終えた時にはもう夕暮れ時になっていました。

     ********

「では、僕は、これから宮廷の担当者に面談に行って参ります。
 帝都まで送電線が引けたことを報告しないとなりませんし。
 街灯設置作業についての打ち合わせもしないといけませんので。」

 帝都へ戻って来たオークレフトさんは、腰を落ち着ける間もなく出掛けて行きました。
 私としても、帝都で作業をする人員の輸送について打ち合わせをしないといけません。
 宿舎として使う部屋の準備もしないとなりませんから。

 そう考えて、帝都の建物に留まり、オークレフトさんの帰りを待っていたのですが…。

 二時間ほどで打ち合わせを済ませて戻って来たオークレフトさん。
 顔を見せると、とても怪訝そうな表情で尋ねてきました。

「シャルロッテ様、僕が地下にこもっている間に、帝都で何かありましたか?
 なんか、変なんです。
 さっき、担当者に報告したら、街灯の設置は何時までに出来るかと尋ねられました。
 ちゃんと、契約書に納期は七月末日と記してあるのに。
 今更、何かなと思ったら、出来る限り急げと言われたんですよ。
 理由は教えてもらえないし、いったい何なのでしょうね。」

「工事を急げですか?
 少なくても、私はおじいさまからそのようには伺ってませんが。
 先日、お目に掛った時も、何も言ってませんでした。」

 私の返答に首を傾げたオークレフトさんですが…。

「皇帝陛下が何もおっしゃられないのなら、事務方の問題ですかね。
 まあ、幸い、ノミーさんにご協力いただいて、帝都の地下トンネルは出来てますから。
 急げとの指示なら、一月は工期が短縮できると思います。
 担当者にもそう告げてきましたので、早速工事を始めましょう。
 シャルロッテ様、宿舎の準備と作業員たちの移動をお願いします。」

 帝都に街灯の配線をするための地下道網は既に出来上がっています。
 発電施設からの地下道に続けて、昨秋の間に大地の精霊ノミーちゃんに掘ってもらったのです。
 後は配線をして、街灯を設置するだけになっています。

 それよりも、私が急がないとならないのは、この建物に住む作業員の寝室の用意ですね。
 ナンシーさんの報告では、居室のリフォームは終わっているそうです。
 あとは、ベッドさえ入れば、最低限の生活は可能でしょうか。
 都合良くハンスさんが来ているので、ベッドを三十台ほど至急で手配を依頼する事にしました。

 幸い、ハンスさんからは色よい返事をもらえます。

「ハンスさんは、三日でベッドを用意するとのことです。
 作業員をこちらに送るのは三日でよろしいですか?」

「はい、有り難うございます。
 三日後から作業に着手出来れば上等です。
 僕の予想では一週間くらい必要かと思っていました。」

 と言うことで、私は急遽、作業員を帝都に送ることになりました。
 帝都で街灯工事に携わるのは、男の子の中でも比較的まともな子達だそうです。
 帝都での私生活にまでは目が届かないので、素行が良い子を選抜したと言います。
 冬の間、工房で街灯関係の資材を準備していた子達が、それに該当する子達だそうで。
 悪ガキ達に代わって、私が帝都へ送る作業員です。

 でも、いったい何が起こっているのでしょうか?
 ここの最近の帝国の動きは良く分かりません…。

  ********

 *本日より新作の投稿を始めます。
  『ゴミスキルだって育てりゃ、けっこうお役立ちです!』
  ゴミスキルとバカにされるスキルをモグモグと育てた女の子の物語です。
 お読み頂けたら幸いです。
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