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第16章 冬から春へ、時は流れます

第406話 せっかく手に入れたのですから

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 プルーシャ王の動静が気になりますが。
 おじいさまの掴んでいる情報では、そうすぐに動きを起こす事はないとのことです。
 おじいさまは、何も心配しないで良いと言いました。
 なので、その日はベルタさんを連れてアルムハイムへ帰ったのです。

 アルムハイムへ戻るとやらないといけない事が山積みです。
 ホテルの開業準備もしないとなりませんし、帝都の街灯の件もあります。
 ですが、その前にもう一つ。

     ********

 洒落たドアベルが付いている扉を開くと、「カラン、カラン」と小気味よい鈴の音が響きます。
 大きなガラス窓から陽射しが差し込む広い空間に立ち入ると。
 部屋の奥に設置されたカウンターで書き物をしていた女性が顔を上げました。
 あのベル、来客を知らせるのに十分な音量がありますね。

「あっ、シャルロッテ様、お久しぶりです。
 アルビオンの王都はいかがでしたか?」

「本当に、久しぶりね、ナンシーさん。
 この冬は、故郷に帰省させて上げられないで、ごめんなさいね。」

「いえ、お気になさらないでください。
 責任重大な仕事を任せて頂いたのですもの。
 一冬くらい、帰省できなくても何と言うことはございませんわ。」

 そう、実はナンシーさんには、この冬大切な仕事をお願いしていました。
 ここは、帝国政府から下賜された帝都の繁華街にある建物。
 ナンシーさんには、この建物のリニューアルと商会の立ち上げ準備をお願いしていました。

 この敷地は、元々、帝都に設置する街灯の中継施設として手に入れたものです。
 帝都から西に五十マイル離れた丘陵地帯から引いて来た電気を、ここから帝都の各地に分配します。

 本来は、広い敷地だけあれば良かったのですが。
 帝都内部の利便性の良いところに、都合の良い土地を見つけるのは至難の業です。
 見つかったのは、破産した商会の敷地でした。
 三階建の立派な建物が建つその敷地は、とても広い中庭があり文句なしの物件でした。

 建物は数年放置されていたこともあり、荒れるに任せた状態でしたが。
 躯体はとてもしっかりしており、何よりもとても優雅な佇まいを見せていました。
 リニューアルして、街灯や送配電設備のメンテナンス要員を置く予定にしていましたが。

 帝都は、アルビオン、セルベチアの王都に次ぐ、近隣諸国第三の大都市です。
 その帝都の目抜き通りに面する建物を、メンテナンス要員の駐在にのみ使うのはもったいないです。
 なので、この建物を早々にリニューアルして、お店を始めることにしました。

 もちろん、取り扱うのはジョンさんに任せた工房で作られる時計です。
 ジョンさんの手掛けた時計はとても評判が良く、帝都へお店を出さないかと誘われていました。
 ですが、お店を任せるのに信頼に足る人が見当たらなかったため、見送りにしていたのです。

 ナンシーさんと言う信頼出来る人材を得たので、これ幸いと帝都に直営店を出店することにしました。
 ナンシーさんには、副支配人として帳簿や商品管理など内向きの仕事をしてもらうつもりです。

 そんな訳で、春の開店を目指して、冬の間ナンシーさんには帝都に詰めてもらいました。
 リニューアル工事を始め、諸々の出店準備を行うためです。

「お疲れ様、大分店舗らしくなってきたわね。
 とても明るくて、素敵なお店になりそうだわ。」

「はい、シャルロッテ様が用意してくださったガラス板のおかげです。
 幸いなことに、お店の南側が幅の広い目抜き通りに面しているので。
 南側の窓を、一枚板のガラス窓にしたらとても採光が良くなりました。
 今の季節、陽の光がお店の中まで届くので、とても明るいお店になるかと。」

 ホテルを建てる際に、大地の精霊ノミーちゃんに作ってもらった板ガラス。
 同じ物を、この建物のためにも十枚ほど作ってもらいました。
 この建物、せっかく南側が広い道に面しているのに。
 作り付けられていた窓は、小さなガラス板を桟でつないだものでした。
 ガラス板がまだまだ高価なためでしょう。
 桟の部分が占める割合が大きい事に加え、窓の上半分は木製だったのです。

 そのため、外部からの採光は微々たるもので、建物内部は昼でも薄暗かったのです。
 今回のリニューアルにあわせて南側を大きな一枚板のガラス窓に替えました。
 その甲斐あって、とても明るい店舗になりました。

「どうかしら、五月には開店したいのだけど間に合いそう?」

「店舗に関しては、ご覧の通り、ガラスの製のショーケースの搬入も終わりましたし。
 オークレフトさんの指示通り、天井に放電灯の据え付けもしてもらいました。
 後は、オークレフトさんに配線をしてもらうだけです。
 それで、夜や陽射しの入らない冬場でも明るいお店を営めます。
 五月には、余裕を持って開店できるかと。」

 大量生産と言う概念が無かった従前では、多数の商品を陳列するお店はありませんでした。
 いち早く大量生産が始まったアルビオンでは、ショーケースに商品を陳列するお店が出始めています。
 透明なガラス越しに多品種の商品を見せて、お客さんの好みに合わせて選んで頂くのです。
 そのキーアイテムがガラス製のショーケースです。

 この店舗では、アルビオンの最先端のお店を真似て、多数のショーケースを配置する事にしました。
 もちろん、そのスペースを埋めるくらいに、時計のバリエーションも増えてます。

 また、店舗だけでなく、事務手続きの方も滞りなく進み、営業許可も下りているそうです。   
 その辺、ナンシーさんに抜かりはないようです。

   ********

 その後も、私はナンシーさんから、建物リニューアルの進展具合を聞いていきます。
 街灯保守要員の駐在する事務所やナンシーさんをはじめここで働く人の居住スペースですね。
 この建物は、ロの字型の大きな建物で、居室も沢山あります。
 そこを、従業員の寄宿舎として使うことにしました。 

 ナンシーさんの話を聞いていると、ドアベルが「カラン、カラン」と来客を告げました。
 私達二人が扉の方に視線を移すと…。

「ああ、姫さん、いらっしゃいませ。
 随分とお久しぶりですね。
 昨年は、ホテルの資材の手配、私の商会にご用命頂き有り難うございます。
 おかげで、本業以上に稼がせてもらいました。」

 細い目をいっそう細めて、にこやかに入って来た中年男性。
 現れたのは、行商人のハンスさんです。

「あっ、支配人、おはようございます。
 今日はこちらに顔を出してくださったのですね。」

 ナンシーさんが挨拶の言葉をハンスさんに掛けました。
 そう、ナンシーさんを副支配人にしたと言いましたが。
 支配人をお願いしたのは、このハンスさんです。

「もうすぐ開店ですからね。
 流石に、三つも帽子をかぶる訳にはいきませんでしょう。
 本業を辞める訳にはいきませんから、店の方は倅に譲って来ました。
 今日から、こちらに本腰を入れますので、よろしく。」

 ナンシーさんへの返答に、そんな言葉を口にするハンスさん。
 お店とは、帝室御用達の雑貨店です。
 下命を受ければ何でも揃えるが信条で、帝都にそこそこ大きな店を構えています。

 でも、それは仮の姿で…。、
 先程から本業と言っていますが、それはおじいさま直属の諜報員、いわゆる草なのです。

 最近まで、私の一族は『魔女の一族』と認定され聖教から警戒されていました。
 聖教の庇護下にある帝国としては、私の一族を野放し出来ないと言うことで監視を付けたのです。
 それが、このハンスさん、行商として年に何度かアルムハイムを訪れ、一族の動向を探っていました。
 もっとも、野心のない私の一族を警戒する必要もなく、それは聖教に配慮した形ばかりのものでしたが。
 実際、そのことは母の代から知らされている事でした。

 皇帝が実のおじいさまで、私や母の暮らしぶりをおじいさまに報告することが、本当の役割だとは知りませんでしたが。   

 一昨年、私は聖教と正式に和解し、『魔女認定』を解かれました。
 それで、ハンスさんが、行商人の真似事をする理由もなくなったのですが。
 近くにお店の一つもないアルムハイムでは、まとまった物資を得るのが大変です。
 なので、ハンスさんに行商を続けてもらっていました。

 それが、この建物を得た事で事情が変わったのです。
 必要な物資の調達はこれまで通り、ハンスさんの商会にしてもらいますが。
 今後は、ここに配達してもらいます。
 この建物に転移の魔法の敷物を設置して、私がアルムハイムまで送ることにします。
 
 そして、行商をする必要が無くなったハンスさんを、私の商会にスカウトしたのです。

     ********

 この商会で扱う時計は、とても精密で軍隊でも色々と使いどころのある品物です。
 一番精巧な製品はアルビオン海軍に制式採用されて、軍需品指定を受けるほどです。

 その際のアルビオン海軍との契約で、私の工房の時計は他国の軍隊には販売しない事となっています。
 それが、今までお店を構えなかった一番大きな理由です。
 迂闊な人に任せて、他国の軍隊に工房の時計が流れたら困るのです。

 そんなところに、この建物とナンシーさんと言う信頼のできる人物を得ました。
 ただ、ナンシーさんに、強面の軍人が買いに来た時の対応しろと言うのも酷な話です。
 さらに、諜報員のような一般人に身をやつしたを見抜けと言うのも難しいでしょう。

 そこで、ハンスさんに頼ることにしました。
 ハンスさん、長年、諜報の仕事をして来ただけあって、強面の軍人さんにも臆す事はありません。
 当然、蛇の道は蛇ですので、同業者を見抜くのもお手の物です。
 更には、私が一番警戒しているプルーシャ公国に関しても頼りになるのです。
 潜入している諜報員や内通している貴族の情報にとても詳しいそうですから。

 アルムハイムまでの行商をやめる代わりに、私の商会を手伝ってくれないかとお願いしたのです。
 
 とは言え、おじいさまの配下にあるハンスさんを、勝手に引き抜くことは出来ません。
 おじいさまも交えて三人で話し合いの場を設けることになりました。

「私は、構わんぞ。
 可愛い孫娘の側に、私の手の者を置けるのならば望むところだ。
 その方が、ロッテの消息を良く把握できて安心だわい。
 それに、ロッテの商会で使ってもらった方が諜報の方も捗るだろうしな。」

「捗るのですか?諜報が?」

 おじいさまは、ハンスさんが私の商会を手伝うことにとても乗り気でした。
 ですが、少々気になる事を言っています。

「ロッテの工房の時計な、欲しいと言う貴族が後を絶たないそうだ。
 だが、店を構えても、帝国の貴族は殆ど買いに来たりはせんぞ。
 外商の者を自宅に呼び付けるのだからな。
 そこが、狙い目だ。」

 私が帝都に店を構えれば、今まで以上に帝都の貴族からの引きが増えるだろうと言います。
 私の店の外商をハンスさんに担当してもらうことで。
 今まで入り込めなかった貴族の家に立ち入れることを期待しているそうです。

 不穏な動きを見せる貴族がいる昨今です。
 貴族の家に入り込む機会が増えるのは有り難いとおじいさまは言います。
 それだけ、情報を引き出す機会が増えるのだからと。

 そんな訳で、ハンスさんを支配人として招いて、販売面をを仕切ってもらう事になりました。
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