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第16章 冬から春へ、時は流れます
第395話 冬の朝
しおりを挟む翌朝、約束通りにケリー君はやって来ました。
スラム暮らしのケリー君が、高級品の時計など持っている訳も無く。
いつも港へ行く頃に来れば良いと言ったら、えらい早い時間にやって来ました。
辺りはまだ薄暗く、私など目を覚ましたばかりの時間です。
「よっ、言われた通り来たぜ!
まずは、何をすれば良いんだ?」
ケリー君が来たのと知らせを受けて玄関ホールで出迎えました。
すると、開口一番、そんな言葉を掛けられます。
仕事をやる気になっているのは良いのですが…。
そこに、私の右手に手を繋いでいたサリーちゃんが言います。
「朝はおはようだよ。」
「はあ、何だって?」
「朝はおはようなの。」
聞き返したケリー君に、今度はエリーちゃんが言いました。
起き抜け、私の動きで目を覚ました二人に『おはよう』と挨拶したのですが。
二人は言葉を理解していないようで、返事がありませんでした。
なので、昨日の夜と同じように、朝の挨拶として『おはよう』を教えたのです。
早速、二人とも覚えてくれたようで、ケリー君に『おはよう』を要求しました。
「ケリー君も覚えておいて、朝、最初に人に会ったら『おはよう』って言うの。
それが、朝の挨拶よ。
挨拶は会話の基本よ。
人と会った時は、会話を始める前に、先ず挨拶するのよ。
はい、『おはよう』。」
「おっ、そうなのか?
そんなこと、港じゃ、誰も教えてくれなかったぜ。
わかった、『おはよう』だな。
おはよう。」
ケリー君、言葉遣いは汚いですが、とても素直に注意を聞いてくれます。
これなら、割と早く言葉遣いを矯正できるかも知れません。
「はい、おはよう。
ところで、ケリー君、朝ごはん食べた?」
「朝ごはん?朝メシの事か?
そんなの、しばらく食べてねえや。
冬になって荷役の仕事が減ってからは、夕方に食べるだけだな。
腹が減っていると眠れねえからな。」
事も無げに一日一食しか摂っていないというケリー君。
育ち盛りにそれしか食べないと栄養が不足するはずです
それ以前に、荷役の仕事などしたら空腹で倒れるでしょうに。
「そう、じゃあ、私達と一緒に朝ごはんを食べましょう。
お腹が空いたでしょう、ご馳走するわよ。」
「えっ、良いのか?
そいつは有りがてえや。
やっぱ、朝何も食わねえと力が出なくてよ。」
やはり、夕食だけは足りないようで、お腹を空かせていたようです。
そして、…。
「うめぇー!
俺、こんなまともな朝メシ初めて食ったわ。」
ケリー君がフォークに突き刺したソーセージを丸かじりしながら言います。
ナイフで一口大にして食べるという発想は無いようですが、無粋な注意はしないでおきます。
せっかく、朝食を喜んでくれているのですから。
そもそも、サリーちゃんもエリーちゃんも手掴みです。
最初は、私のマネをして、不慣れな手つきでフォークとナイフを持っていたのですが。
ソーセージが逃げるので、カラトリーの使用を諦めたのです。
「おいちいね。」
「うん、おいちい。」
手掴みのソーセージをかじりながら幸せそうに顔を見合わせる二人。
マナーを教えるのはまだ早いようです。
取り敢えず、火傷するといけないのでスープはスプーンで飲むように躾けましょうか。
********
「ごちそうさん!
すげえ、美味かったぜ!」
相当お腹が空いているのを我慢していたのでしょう。
軽く三人前は食べ終わると、ケリー君はフォークを置きます。
その頃には、後からやって来た館のみんなも朝食を摂り終えていました。
「朝からこんなに沢山食べられるなんて信じられない。
わたし、お腹が空き過ぎて夢を見ているのでしょか。」
などと、プリムちゃんが切ない事を呟いていますが、聞かなかったことにします。
「それで、ねえちゃん。
俺は何をすれば良いんだ。
何でもとは言わねえが、出来る限りの事はやるぜ。」
ほう、賢い…、どこかの迂闊な建築士みたいに『何でもやる』とは言わないのですね。
「そうね、今日、あなたにして欲しい仕事は。
昨日の五人で、『スノーフェスティバル』を遊びつくすことよ。
特に、サリーちゃんとエリーちゃんの二人を心行くまで楽しませてあげて。」
「おい、おい。
俺は、遊びに来たんじゃねえぞ。
今、宿代が払えないくらい金欠なんだ。
仕事をして稼がねえと、飲んだくれ親父と路頭に迷っちまう。」
荷役の仕事が減っていると言っていますが、そこまでカツカツなのですね。
一日一食しか食べられないのも頷けます。
「話は最後まで聞きなさい。
今日の分の給金はちゃんと払うわ、銀貨三枚よ。
ケリー君には明日から、『スノーフェスティバル』の仕事を手伝ってもらうつもり。
『スノーフェスティバル』がどんなことをしているか知らないと困るでしょう。
今日は、どんな催し物をしているのか、お客さんになって見て来るのよ。
明日からは、小さな子相手の催し物の手伝いをしてもらおうかと思ってるから。
サリーちゃんとエリーちゃんの相手をして、小さな子がどんなことを喜ぶかをよく見ておきなさい。」
「すげえ、日当で銀貨三枚も貰えるんか。
それだけあれば、宿代払っても、メシ代が残るぜ。
おーし、チビ共を楽しませれば良いんだな。
じゃあ、チビ共が遊び疲れるまで楽しませてやるよ。
後なんだっけ、催し物は隅から隅まで全部、顔を出さないといけないのか。」
ケリー君は私の指示を反芻するように、やる事を指折り数えていました。
感心、感心、私の指示はちゃんと理解している様子です。
「途中、お腹が空いたら、雪合戦に参加すれば良いわ。
屋台で使える食券がタダで貰えるから。
サリーちゃんとエリーちゃんがお腹を空かせないように気遣ってあげるのよ。」
「分かったぜ、ねえちゃん。
ちゃんとやるから、任せとけ!」
ケリー君の良い返事が返って来ました。
これで、もう少し言葉遣いが矯正できれば…。
ケリー君との打ち合わせが終るのを見計らうように声が掛かりましす。
「シャルロッテ様、私は何をすりゃあ良いんだい?」
ここにも言葉遣いに問題のある人がいました。
「リンダさんにも『スノーフェスティバル』の手伝いをしてもらいますが。
取り敢えず、今日は私に付いて来てください。
私と一緒に会場を回って、どんな催し物があるかを把握してください。
リンダさんは、言葉遣いを直さないと接客はさせられないので裏方をしてもらうつもりです。」
「分かったぜ。
会場を見て回って、どんな催し物をしているかを覚えれば良いんだな。
昼の日中に働く日がくるたあ、思ってもいなかったよ。
酒場の酌婦から足を洗っての初仕事だ、頑張るぜ。」
そんな風に言って張り切っているリンダさん。
ロコちゃんのためにも、頑張ってここでの仕事に順応して欲しいものです。
********
朝食後は、私の魔法の出番です。
無造作に扱っても良いものを転移の魔法で送った後は、例の箱に乗せて空を舞います。
仕込みの終わったスープが入った寸胴鍋とか、運ぶのに細心の注意が必要な物から先に運び。
厨房スタッフを何度かに分けてサクラソウの丘まで運びました。
最後は、子供達と一緒にサクラソウの丘に向かいます。
「すげえぜ、ねえちゃん。
俺、空を飛べる日が来るなんて思わなかったぜ。」
箱の縁の手を掛けて眼下を見下ろしがら、ケリー君が喜びます。
昨日買った服に着替えたケリー君、口を開かなければスラムの子だとは分からないのですが。
「おそら、たかい、たかい。」
サリーちゃんは、ケリー君と同じく空を飛ぶことを喜んでいますが。
「ぬくぬく、さむくない。うれしい。」
エリーちゃんは、寒くないのが嬉しいようです。
今は、初めて着たコートに加え、毛糸の手袋と帽子まで身に着けてますから。
サクラソウの丘は館の裏にありますので、数分で丘の上に着きます。
「何だい、こりゃあ。
これは、全部雪かい?
雪ってのは、チラホラ舞うもんだろう。
こんな一面の雪、物心ついてから見た事ないぞ。」
丘の上に降り積もった大量の雪をみて、リンダさんが驚きました。
「凄いでしょう。
でも、アルム地方ではもっともっと降り積もるのよ。
多い時期には三ヤード以上積もるからね。
だから、こうして冬の間は雪を逃れてここの館に来ているのよ。」
「へえ、三ヤードも積もるんかい。
それは、おったまげたぜ。
それで、この雪はどうしたんだい。
あの便利な魔法で、アルム地方ってところから運んで来たんかい。」
リンダさんは、転移の魔法でアルム地方から雪を持って来たと思っているようです。
そんな事をしたら、魔力を使い果たして倒れてしまいます。
「ふふふ、魔法で降らせたのよ。」
私のとは言ってませんよ。
「シャルロッテ様の魔法って本当にすげえな…。
魔法使いなんてもんがいるのも驚いたけど。
こんなことまでできるなんて、ホント、びっくりだぜ。」
「私、一面の雪景色を見たのは初めてです。
真っ白で、きれい…。
この中で、どんな遊びが出来るのかとても楽しみです。」
リンダさんの横で、ロコちゃんがそんな言葉を口にしました。
ええ、雪国の遊びを楽しんでください。
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