最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

文字の大きさ
上 下
387 / 580
第16章 冬から春へ、時は流れます

第384話 アクアちゃん、渾身の作品です

しおりを挟む
「ほおおぅ、これは見事なものだ。」

 スノーフェスティバル開催の当日、会場の入り口でお出迎えしたジョージさんが感嘆の声を上げました。
 ジョージさんが感心したのは、サクラソウの丘の入り口に設けられた会場の門です。

 幅五ヤード、高さ五ヤード強、奥行き二ヤードという大きな門。
 実はこれ、氷で出来ています。もちろん、水精霊アクアちゃんの渾身の作品です。
 セルベチアの王都に建設中の凱旋門をモデルに造りました。

 大きさは、だいたい十分の一スケールです。
 だいたいと言うのは、何だって?
 几帳面に見えても、アクアちゃんだって精霊です。
 例によって人が決めた尺度に沿って、正確な寸法で作るのは苦手なようでした。
 アクアちゃんは、シャルちゃんのところで一緒に見た、完成予想図の記憶を頼りに作ってくれました。
 私はこの門に『クリスタルゲート』と名付けてみました。
 案内図を作っていて、名前が無いと味気ないと思いましたから。

「しかし、これはまた、随分とメルヘンなレリーフを散りばめたものだ。
 これを見たら、子供や若いご婦人がさぞかし喜ぶであろうな。
 まさか、これを実在の光景だとは誰も思うまいな。」

 朝日を受けてキラキラと輝く氷の門をマジマジと眺めながら、ジョージさんが面白そうに言います。

 この門、セルベチアの王都に建設中の実物はと言うと。
 凱旋門の名の通り門の至る所に戦争の光景がレリーフで描かれる予定です。
 しかも、たちが悪い事にはその光景の中に皇帝が活躍する姿が幾つも描かれることになっています。
 極めつけに悪趣味なのは、正面を飾る大きなレリーフです。
 そのレリーフには、皇帝が勝利の女神から月桂樹を授かるが姿がデカデカと描かれる予定なのです。

 完成予想図を頭に浮かべながら、アクアちゃんは最初に言いました。

「あの皇帝の自己顕示欲剥き出しのレリーフが論外なのはもちろんですが。
 そもそも、子供達を楽しませるお祭りに戦争のモチーフは相応しくありませんわ。
 ここは、もっと心が和むレリーフにしないと。そう、思わず笑顔になるような。」

 私も、その点は気に掛かっていました。
 ですが、お祭りムードを盛り上げるような豪華な門が他に思い浮かばなかったのです。
 来場したお客さんの度肝を抜くような門ってあまり記憶に無いものですから。
 
 代案を持たない私は、レリーフの案があると言うアクアちゃんにお任せする事にしました。

 で、実際に門を作る現場に立ち会ったのですが…。

「水よ集いて、形を成せ。
 私達の楽しい日常を映し出し、皆が微笑みをもらす絵を描け。
 そして、氷となりて、時を止めよ!」

 想い描く形を鮮明にするためか、はたまた精神を集中するためか。
 珍しくそんな言葉を口にしながら力を振るったアクアちゃん。

 私の目の前に巨大な水の塊が出現したかと思えば、絵で見た凱旋門の姿に形を変えます。
 そして、真っ平な水の表面が波打つと、馴染み深い姿が次々と水面に現れました。
 その光景に目を楽しませているうちに、アクアちゃんの作業は進み…。
 一時間も過ぎた頃には、限りなく透明な氷の門が姿を現したのです。

「ほう、門の正面を飾るのは、アルムの領主二人か。
 右側がロッテお嬢ちゃんで、左側がカロリーネ姫だね。
 本当に良く出来ている、一流の肖像画家も舌を巻くだろうね。
 周りに飛ぶ小さなレディーも、とってもキュートだね。」

 ジョージさんが感想を漏らした通り、門の正面には私とリーナのレリーフが掲げられています。
 向かって右側には、私とアリィシャちゃんが手を繋いで歩く傍らに九体の精霊が楽し気に飛ぶ姿。
 セラちゃんやヴィンターちゃんは偉そうに仰け反っているし、ブリーゼちゃんはイタズラな笑顔を見せてます。
 向かって左側には、リーナとその正面に浮かんで談笑するシアン、それにお菓子を夢中で頬張るセピアの姿。
 共に、とてもコミカルに描かれていて、思わず顔がほころんでしまいます。

 そして、側面に描かれているのは、雪合戦をする精霊達やソリで遊ぶ精霊達。
 デフォルメされ三頭身で描かれた精霊達が門の側面で所狭しと遊び回っています。
 他にも、雪の城をバックに、スコップを手にして満足げに笑うノノちゃんとか。
 摘み食いをしてステラちゃんに追いかけられているセピアとかのレリーフもあります。

 最後に、門を裏側から見た正面には、四体の聖獣が描かれています。
 美女にお酌をしてもらい上機嫌なフェニックスとか。
 翼を広げて空を舞うペガサスの背には進行方向を指差すブリーゼちゃんの姿もありました。

 そんな、私の周りでは実際に目にする事ができる風景が描かれている訳ですが。
 周囲の人から見ると、とてもメルヘンなモノに見えること請け合いです。

     ********

 門をくぐり、丘の中に歩いて行くと。
 空かされた雪道の両側には、そこかしこにウサギやリスといった小動物の雪像が置かれています。
 他にも、デフォルメされて丸っこくなった、クマやタヌキの雪像が道行く人に愛想を振りまいてます。
 どれも、これも、ノノちゃんの力作です。
 今回はナナちゃんが手伝ってくれたおかげか、とても沢山の雪像が会場のあちこちで見られました。

 雪道をしばらく歩くと、そこはサクラソウの丘の広場、そこに鎮座していたのは…。
 氷で作られた高さ一ヤードほどの台座の上に置かれた巨大な氷の宮殿。
 もちろん、アクアちゃん、渾身の逸品です。

「いかがですか。
 我ながら、良く出来ていると思っていますの。」

 私がジョージさんを案内してくると、製作者のアクアちゃんが姿を現して感想を求めます。
 ジョージさんとは見知った仲なので、アクアちゃんも気軽に姿を見せたようです。

「これは、また、すごいモノを…。」

 アクアちゃんに感想を求められたものの、息を飲み、言葉に詰まったジョージさん。
 そのスケールの大きさに圧倒されている様子です。
 幅約十ヤード、高さ約二ヤードのそれは、現在シューネフルトに建てているホテルを精巧に再現したモノ。
 例によって精霊クオリティのアバウトさですが、たぶん五分の一くらいの縮尺だと思います。

 前回、即興で始めてしまった『スノーフェスティバル』、ノノちゃんが作った雪の城がシンボルになりました。
 今回は、一週間の準備期間があるので、予めお祭りのシンボルになるモノを作ろうと考えたのです。

 それが、『クリスタルゲート』であり、この氷の宮殿、『クリスタルパレス』です。
 私が自腹を切って行うお祭りですので、商売っ気を出して、少々宣伝を入れてみました。

 『クリスタルパレス』の台座の脇には説明を書いた看板を立ててあります。
 そこには、来春開業予定のホテルの精巧な模型であることや帝都の宮殿をモデルにしていることなどを記してあります。
 高さ、一ヤードの台座に乗った『クリスタルパレス』は会場の何処にいても目に付く配置にしてみました。

 陽射しを浴びてキラキラと輝く氷の宮殿は、とても幻想的です。

「これが、ロッテお嬢ちゃんが建てているというホテルかい。
 確かに、こんな風に見せられると、一度行ってみたいと思わされてしまう。
 私も一度お忍びで行ってみようかな。
 ロッテお嬢ちゃん、その時はよろしく頼むよ。」

 氷の宮殿に見とれていたジョージさんが、そんな事を口にしました。
 はい、はい、転移魔法で連れて行けというのでしょう。
 あんまりフラフラ出歩いているとミリアム首相に叱られますよ。

 『クリスタルパレス』の周りをぐるりと一周して見て歩いたジョージさん。
 一周してきたところで、広場の異様な光景に気付いたようです。

「広場の真ん中にあるのは、屋台だろう。
 やっぱり、お祭りだから屋台の食べ物はあった方が盛り上がって良いよね。
 でも、屋台を取り巻くように並んでいるあの雪の小山はいったい何なんだい?」

 そう、今回、屋台は広場の中央に集められています。
 それぞれの屋台が背中合わせになるように、まとめて配置されているのです。
 で、ジョージさんが指摘したのは、屋台のシマを取り巻くように点々と築かれた雪の小山。
 一重では足りず、二重になって屋台のシマを取り囲んでいます。その数は三十個ほど。

「あ、あれですか。せっかくですから行ってみましょう。」

 論より証拠ではありませんが、私は言葉で説明する前に実際にその区画に案内することにしました。
 先ずは、開店の準備が整い、後はお客さんが来るのを待つだけになっている屋台に行きます。

「チーズフォンデュを二つもらえるかしら?」

「あっ、シャルロッテ様、オープン前のチェックですか。
 はい、どうぞ。チーズフォンデュ、二人前です。」

 私のオーダーに応えた、厨房の女の子が木製のカップに白ワインで溶かした熱々のチーズを注ぎます。
 その中に、茹でたジャガイモ、甘く煮たニンジン、茹でたソーセージ、焼いたお肉の串刺しを浸して差し出してきました。
 それと、最期に器に残ったチーズを拭って食べるためのパンを一かけら。

 私と一緒にいる方がこの国の国王陛下だとは知らない担当の子が、一人前をジョージさんに手渡します。
 ごく自然にそれを受け取ったジョージさん。

「おや、これは良い香りだね。
 チーズのようだが、この町で食べるものと違い癖が無くて美味しそうだ。」

 気さくに感想を言うジョージさんに担当の子が返します。

「ええ、シャルロッテ様がアルム地方特産のチーズを取り寄せたんです。
 私も試食しましたが、とても美味しいのですよ。
 冷める前に召し上がってください。」

 そうですね、せっかくの熱々です。冷める前に頂きましょう。
 私はチーズフォンデュを片手に、ジョージさんを例の雪の小山に案内しました。

「さあ、熱々の内に頂きましょう。
 どうぞ、この中におかけください。」

 私は小山に開けられた入り口から中に入るよう、ジョージさんに勧めます。

「うん?この小山、中に入れるのか?」

 そう言って覗き込んだ小山の中には簡素な木製ベンチが二つ向かい合わせに置かれています。
 中はそこそこの広さで、大人ならば向かい合って二人、子供ならば四人くらいは楽に座れる広さです。

 私に促されてベンチに座ったジョージさん、すぐに気付いたようです。

「なんと、不思議なものだ。
 雪の中にいるのに、外ほど寒さを感じないではないか。」

「そうなんです。
 これもノノちゃんから教えてもらったのですが。
 生まれた村では雪が小降りの時とかに、子供達がこれを作って遊ぶらしいのです。
 どうやら、風が遮られるのが良いみたいですね。
 それと、アクアちゃんの話では雪に断熱効果があるようで、外の冷気を遮断するそうです。」

 私がそんな説明をしていると、さっきの屋台の女の子が鉄製の器に火の付いた炭を入れてやって来ます。
 そして、私とジョージさんの間に置かれた石製の鉢に、火の付いた炭を入れてくれました。

「その炭にかざして、手を温めるそうです。それだけで、大分体が温まるそうですよ。
 せっかくの熱々の食べ物が、外で食べるとすぐに冷めちゃうということで。
 ノノちゃんが、この雪の洞を提案してくれたのです。
 私も、こうしてこの中に座ったのは初めてですが、結構快適ですね。
 さあ、冷める前に頂きましょう。
 せっかくの熱々のチーズフォンデュですから。」

「おお、これは美味しいな。
 とても体が温まる。
 それに、香りだけではなく、味も癖が無くて食べ易いチーズなのだな。
 こうして、雪の洞の中で食べるのも中々風情があって良いものだ。」

 熱々のチーズフォンデュを口にした途端、とても幸せそうな表情を見せたジョージさん。
 雪の洞の中も気に入ってくださった様子です。
 ジョージさんは、食べ終えた後も、炭に手をかざしながらしばらく洞の中に留まっていました。

しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...