最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第373話【閑話】小さな池のメダカ、大海を知る

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 私は小さな水溜りのような池にいるメダカのような存在でした…。

「さあ、ナナちゃん、行くわよ。
 早く、馬車に乗って。」

 そう言って手招きしてくれたのは、シャルロッテ様。
 四つ年上のお姉ちゃんを、遠い異国に留学させてくださっているお貴族様です。

 シャルロッテ様に、促されて乗り込んだ馬車ですが。
 村を出て人目に付かない場所まで来ると大空に飛翔しました。
 それには本当にビックリしたんですが、それはおいといて。
  
 私達を乗せた馬車はどんどん空高く上がっていきます。
 それと同時に馬車の窓から見える村はどんどん小さくなっていき…。

「ナナちゃん、あれがあなたが生まれ育った村よ。
 村の大きさを良く目に焼き付けておきなさい。」

 シャルロッテ様が小さくなっていく村を指差しながら言いました。
 それがどんな意味を持っているのか、私には分かりませんでした。
 ですがシャルロッテ様がわざわざ言うのです、私は言われた通り村の景色を心に刻み込みました。

 ナナ、十歳の晩秋、生まれて初めて村から足を踏み出したのです。

    ********

 きっかけはその年の夏の事です。
 遠い異国へ行っているはずのノノお姉ちゃんが、シャルロッテ様と一緒にふらりと帰ってきました。
 沢山の小さな子供達を連れて…。

 何でも、シャルロッテ様がお招きしたお客様の子供達だそうです。
 子供達は皆都会っ子なので、田舎の暮らしを体験させたいのだそうです。
 私には、それの何処が楽しいのか分かりませんでしたが。
 しばらくの間、都会から来た子の遊び相手になって欲しいと頼まれました。
 遊び相手をすれば、大好きなノノお姉ちゃんと一緒にいられると言います
 それを聞いた私は、一も二もなく遊び相手を引き受けました。

 うちにも小さな弟が二人います。日頃、弟二人の相手をしてたのが良かったのか。
 言葉もロクに通じないのに、小さな子達がとても懐いてくれました。

 そのことが、シャルロッテ様のお気に召したようで。
 シャルロッテ様は、冬の間、読み書きを始めとして色々なことを教えてくださると言います。
 何でも、これから毎年、夏に都会っ子を連れて来る企画を催したいと考えているそうで。
 私にシャルロッテ様の手伝いをしないかと誘ってくださったのです。

 お誘いを受けるとなると、遊び相手となる都会っ子はお金持ちの子ばかりです。
 最低限の教養は必要だし、異国の言葉も話せた方が良いだろうと、シャルロッテ様から言われたのです。
 そんな訳で、私は冬の間だけシャルロッテ様の許でお世話になることになりました。

 村を出てしばらく空を飛んでいると、前方に大きな町が見えてきました。
 この町に比べれば、私の村など指先程にもならない大きな町です。 

「今見えてきた町がシューネフルト、この辺りの領地の領都となっている町よ。
 ナナちゃん以外は、当面の間は研修を兼ねてシューネフルトの領主館で働いてもらうわ。」

 私の他に村から出て来たのは、村長さんの娘さん二人と村一番の美人と言われてるお姉さんの三人。
 三人とも、シャルロッテ様が経営するホテルの従業員として雇われたのです。
 実際にホテルが出来るのは春になってからと言うことで、それまで領主様の館で仕事を覚えるんだって。

 それで、私はと言うと。

「アガサさん、この子、ナナちゃんと言ってノノちゃん、ネネちゃんの妹さんなのだけど。
 冬の間、私が預かって色々と教える事にしたのよ。
 本当はもう一月ほど後に連れて来るつもりだったのだけど。
 色々あって早めに連れてきちゃったの。
 とは言え、私、あちこち出歩かないといけなくて。
 一週間ほど、かまってあげる時間が無いの。
 それで、女学校の寄宿舎に空き部屋があったでしょう。
 一部屋借りられないかな。
 そこを一週間だけネネちゃんと相部屋にしてもらえれば助かるわ。」

 連れて来られたのは、ネネお姉ちゃんが通う女学校の校長室。
 校長というのは女学校で一番偉い人だと教えてもらいました。

 その校長先生をいきなり訪ねて、気軽に部屋を貸せなんて言うシャルロッテ様。
 たしかに、お貴族様のシャルロッテ様の方が偉いのでしょうが。
 良いのでしょうか?

「何だい、今度はナナっていう名前かい。
 ノノ、ネネ、ナナって間違えちゃいそうだよ。
 しかし、ロッテお嬢ちゃんは三番目を青田買いかい。
 上二人は、うちの姫さんに確保されちゃったからね。
 別に寄宿舎の部屋くらい幾らでも使ってもらって良いさ。
 ようこそ、女学校へ、よく来たね。
 私はアガサ、ノノはしばらく私の下に仕えていたんだ。
 よろしくしておくれ。」

 シャルロッテ様は突然部屋に押し掛けて、部屋を貸せなんて無茶を言ったのですが。
 アガサさんは、気を悪くするでもなく、気さくに部屋の使用を許可してくれたのです。
 シャルロッテ様とアガサさんはとても仲が良いみたいです。
 
 アガサさんはノノお姉ちゃんのことも良く知っているようで、とても気さくに私を迎え入れてくれました。

    ********

 アガサさんの部屋を出ると、シャルロッテ様と一緒に女学校の事務室を訪ねます。
 アガサさんから手渡された紙を差し出すとすぐに部屋を用意してくれました。
 シャルロッテ様がお帰りになられて間もなくネネお姉ちゃんが、部屋にやって来ます。 
 事務室の方から、私がしばらくこの部屋に滞在する事を知らされたようでした。

「アハハ、それでこの部屋にしばらく住むことになったんだ。
 よく来たねナナ、一年振りかしら。
 この間ノノお姉ちゃんが来たかと思えば、今度はナナの顔が見れて嬉しい。」

 ここに滞在することになった経緯を話すと、ネネお姉ちゃんは可笑しそうに笑います。
 そして、私がここに滞在することを喜んでくれました。

 シャルロッテ様がいきなり校長室に押し掛けた事に驚いたと話すと。

「アガサ先生は、教師を辞めてアルビオンの田舎で暮らしていたそうなの。
 そんなアガサ先生をここに誘ったのが、シャルロッテ様と領主様だったそうよ。
 お二方がアルビオン王国へ視察に行った時に、偶然知りあったんだって聞いたわ。
 それで、意気投合して、ここへ移って来たんだって。
 だから、シャルロッテ様と領主様のお二方は、アガサ先生と特に仲が良いのよ。」

 ネネお姉ちゃんは、女学校の夏休みにアガサさんのお手伝いをしていたと言います。
 その時に、アガサさんがこの町に来ることになった経緯を聞いたそうです。
 アガサさんは、しばらくシャルロッテ様のお屋敷で暮らしていたとも言います。
 道理で、お二方が気さくに話をしていると思いました。

 私の滞在を喜んでくれたネネお姉ちゃんでしたが、難しい顔をして言いました。

「でも、どうしましょうか。
 私、平日の昼間は女学校の授業を受けないといけないから。
 ナナの相手は出来ないの。
 ナナ、それじゃあ、退屈よね…。」

 そう言って、言葉を詰まらせたネネお姉ちゃん、しばらく考えた末に。

「そうだ、ちょっと付いて来て。」

 椅子から立ち上がったネネお姉ちゃんは、私の手を引いて何処かへ向かって歩き始めました。

     ********

「という訳なんですが、ネネに授業の見学をさせて頂けませんか。」

 やって来たのは女学校の先生のお部屋、ネネお姉ちゃんの担任の先生だそうです。
 私に授業を見学させたいというお願いを聞いた先生が尋ねてきました。

「ナナちゃんは文字の読み書きが出来るかしら?」

「ごめんなさい。全然できないです。」

 私の答えを聞いた先生が条件を付けます。

「まだ十歳だものね、出来ないのも仕方がないわね。
 文字の読み書きが出来ないと、授業を見ていても退屈しちゃうかもしれないけど。
 おしゃべりなんかしないで、大人しく座っていられる?
 約束できるのなら、見学を許可してあげるわ。」 

 静かに座っていられるなら見学しても良いと言う事です。
 一人で寄宿舎の部屋に閉じこもっているよりはよっぽどマシと思い、見学させてもらうことにしました。
 話しがまとまると、先生は机の上にあったガラス瓶からキレイな黄色い玉を取り出し。

「これ、飴って言うお菓子なの。
 食べてごらん、美味しいわよ。
 噛むと硬くて歯を折っちゃうかもしれないから。
 噛まずに口の中で溶かすように舐めるのよ。」

 私は先生に言われるままに飴を口にしました。

「甘くって、美味しい!」

 それは、今まで口にした事のない美味しさでした。
 とても甘くて、それでいて爽やかな酸味があります。
 いったい、どうやって作っているのでしょうか。

 私がその美味しさに夢心地でいると、先生が言いました。

「さて、今、この飴が十個あります。
 これを三人の子供に与えました。
 同じ数だけ分けるとすると、一人の取り分は幾つになるかわかる?」

「同じ数で分けるなんて、そんなの無理です。
 三つずつ分けたところで、最後の一つを争って喧嘩になっちゃいます。
 結局、喧嘩に勝った子供が十個独り占めしてちゃいますよ。
 こんな美味しいものを子供に与える時は、最初から大人が分けてくれないと。
 その時に、一つは大人が舐めちゃって、子供に与えるのは九つにしないとダメですよ。」

 私がとても当たり前のことを言うと…。

「アハハ!可笑しい!
 あなた達三姉妹って、同じことを言うのね。
 それって、ノノちゃんっていう一番上のお姉ちゃんから教えてもらったんでしょう。
 アガサ先生が、ノノちゃんの頭の良さに驚いていたわ。」

 これ、数年前にアガサさんがノノお姉ちゃんに尋ねたのが最初のようです。
 その後、この先生は、「マスの塩焼きを一人二匹食べるとすると、三人で食事をするには何匹必要かな』とか幾つか尋ねてきました。
 それらは、どれも簡単に答える事が出来るモノでした。

「本当に面白い姉妹ね。
 文字の読み書きは出来ないのに、算術は一通りできるんだ。
 何て言うか、生活の知恵なのかしら。
 まあ良いわ、それなりに分かる授業もありそうだから。
 短い期間かも知れないけど、学んでいってちょうだい。」

 そう言って先生は私を迎え入れてくれました。
 そして、見学した女学校の授業で、私は小さな池のメダカだと知ったのです。

  
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