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第15章 秋から冬へ、仕込みの季節です

第364話 おじいさまからの贈り物

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 すっかり秋も深まった九月下旬、私は帝都に元気なお婆ちゃん方を迎えに行きます。
 八月にアルムハイムの館に招いた、メアリーさん達、アルビオン王国の貴族の大奥様方です。

 メアリーさん達、おじいさまが帝都へ帰るのに便乗して帝都へ遊びに行ったきりになってます。
 元々、メアリーさん達は八月末にアルビオンへ帰国する予定で、帝国に行くなどとは家族に言ってません。

「ちょっと帝都まで遊びに行くから一族に連絡しておいて」

 メアリーさんは、そんな言葉を遠縁にあたるヴィクトリア王女に伝言を託してふらっと行ってしまいました。
 何という、自由気ままなおばあちゃんなのでしょうか。

 それから一ヶ月、そろそろ迎えに来てほしいと頼まれた頃合いです。

「お母さんに会えるの、一月振り。
 たのしみだなー!」

 転移魔法の敷物の上で、私の隣に並んだアリィシャちゃんが嬉しそうな言葉を口にします。
 おじいさまやメアリーさんを帝都に送り届けるのにあわせて、アリィシャちゃんのお母さんも帝都に預けました。
 私が建てるホテルでディナーの席やラウンジで歌姫になってもらうため、帝国で歌唱の修練を積んでもらっています。
 今日は、久しぶりにアリィシャちゃんと母子の時間を過ごしてもらおうと思います。

「そうね、二、三日、帝都でミィシャさんと一緒に過ごせば良いわ。
 また、迎えに行ってあげるから。」

「えっ、良いの?
 やったー!
 ロッテお姉ちゃん、ありがとう!」

 たっぷりとお母さんに甘える時間が出来たことに喜ぶアリィシャちゃん。
 では、早くお母さんに会わせてあげましょうか。

     ********

 帝都の皇宮の最奥、私の一族が借りている部屋に着くとテーブルの上に置かれた呼び鈴を鳴らします。

「あっ、姫様、お帰りなさいませ。
 今すぐ、皇帝陛下に姫様のお帰りをお知らせしてまいります。」

 呼び鈴の音にすぐさま反応して、皇宮に仕える侍女が姿を現しました。

「ちょっと、待ってください。
 今日は先に済ませたい用件があるのです。
 申し訳ないけど、この子の母親をここへ連れて来て頂けますか。
 ミィシャさんと言って、宮廷楽師が滞在する部屋を一つお借りしているはずですが。」

 帝国は今でも身分制度がとても厳格です。
 この皇宮内で平民であるミィシャさんが、きちんとした待遇で滞在できる部屋は限られています。
 さすがに、帝室の居住区画にあるこの部屋を使ってもらう訳にはいきませんでした。 
 宮廷楽師は、平民の中では数少ない皇宮の中で良い待遇を受けられる人たちです。
 社交シーズンに宮廷楽師が滞在する部屋がちょうど空いていたので、一部屋貸してもらいました。

 侍女にお願いしてからしばらくして。

「あっ、お母さん!」

 侍女に連れられて部屋に姿を見せたミィシャさんに走り寄るアリィシャちゃん。
 そんなアリィシャちゃんを抱き留めて、ミィシャさんはとても嬉しそうです。
 
「アリィシャ、久しぶりね。
 会いに来てくれて嬉しいわ。
 シャルロッテ様、アリィシャを連れて来て頂き感謝いたします。」

「約束したでしょう、時折アリィシャちゃんを連れて来ると。
 アリィシャちゃんは三日後に迎えに来るから、それまで一緒に過ごせば良いわ。
 ところで、元気にしていたかしら。
 馴れない暮らしで、体を壊したりしていない?
 歌のレッスンは進んでいるかしら?」

 私は、ミィシャさんに近況を尋ねてみました。
 今作っているホテルのウリの一つとなる歌手ですから、体を壊したりしたら大変です。

「皆さん、親切にしてくださるので、とても助かっています。
 皇帝陛下のお気に入りのシャルロッテ様のお抱え歌手と言うこともあって、とても待遇が良いのです。
 ベルタさんにご紹介いただいたヨハン先生も、とても丁寧に指導してくださり助かっています。」

 私は帝室には身を置いていませんが、私がおじいさまの血を引く孫である事は皇宮の中では周知のことのようです。
 私がおじいさまのお気に入りだということが、末端の下働きの方にまで知れ渡っているとミィシャさんは言います。

 そのこと自体は何だかなと思いますが。
 それで、ミィシャさんが丁寧に遇してもらえるのであれば、喜ぶべきことなのでしょう。
 歌の勉強の方も順調な様子で何よりです。

 ミィシャさんとはこの後、少し言葉を交わしただけで下がってもらいました。
 早くアリィシャちゃんと親子水入らずにしてあげた方が良いですから。

     ********

「ロッテや、よく来てくれた。
 最近、ちょくちょく、顔を見せてくれるので、私は嬉しいぞ。」

 ミィシャさん親子が部屋を後にして間もなく、ご機嫌な様子のおじいさまが顔を見せてくださいました。

「ごきげんよう、おじいさま。
 今日はメアリーさん達を引き取りに来たのです。
 そろそろ、アルビオン王国へ帰しませんとご家族が心配します。
 言付け一つで、勝手に帝国まで遊びに来てしまい、もう一ヶ月になりますもの。」

「おお、そうであったのう。
 あのご婦人方も、帝都とその近郊をあちこち見て歩いて十分堪能したであろう。
 そろそろ、頃合いであるな。
 とは言え、先日言ったと思うが、ご婦人方は郊外の離宮に滞在しておるのだ。
 今から遣いを送るが、帰り支度もあるであろうし、今日連れて帰るのは無理ではないか。」

 私がやって来た目的を告げると、そんな風に返答したおじいさま。
 すぐさま、遣いを出してくださいましたが。
 メアリーさんから返って来た言伝は、帰り支度をするから明日の午後まで待ってくれとのことでした。

「おじいさまのおっしゃる通りのようですね。
 では、私は一旦帰って、明日の午後に出直してきます。」

 おじいさまに告げてアルムハイムの館へ帰ろうとすると。

「少し待つのだ、シャルロッテよ。
 せっかく来たのだ、ゆっくりして行けば良いではないか。
 今日はこの部屋に泊まって行けばどうだ。
 ついでと言っては何だが、私もそなたに用があったのだ。」

 おじいさまが私を引き留めました。
 ゆっくりして行けと言われるのはいつものことですが、今日は何やら用件がある様子です。

 おじいさまがこの部屋付きの侍女に何やら告げると、侍女は速足で部屋を出て行きました。
 そして、私はおじいさまの部屋に場所を移すことになります。

「そう言えば、先日、そなたの工房の技術者からの報告が私の許に上がって来たぞ。
 どうやら、無事に帝都までの地下道が完成したようであるの。
 帝都に街灯の明かりが灯るのが楽しみなことよ。」

「ええ、ノミーちゃんが頑張ってくれました。
 先日からオークレフトさんが、発電施設の建物にこもって色々と作業を始めています。
 来年の雪解けまでに、帝都まで送電線を引くと張り切っていましたわ。」

「おお、そうか。
 では、あやつの頑張りに期待して待つこととしようか。」

 おじいさまとそんな会話を交わしていると…。

「皇帝陛下、アルムハイム伯、お待たせいたしました。」

 やって来たのは、お調子者の帝国宰相です。
 宰相の後ろには、何やら煌びやかな装飾が施された木箱を恭しく捧げ持つ女官らしき人を伴っています。

 宰相がおじいさまの隣に腰掛けると女官さんは、木箱を宰相の前に置きました。
 宰相は木箱の蓋を外し、中から筒状に巻かれた書簡を取り出すと恭しくおじいさまに手渡します。

「ロッテや、そなたにこれを進ぜよう。
 本来ならば、玉座の間で儀礼を行い、その後お披露目の祝賀パーティーをするのであるが…。
 そなたは、そう言うのは好むまいと思ってな。」

「陛下、これはいくら何でも省略し過ぎではないのですか。
 お披露目のパーティーはともかく、儀式も抜きというのはいかがなものかと。」

 おじいさまは受け取った書簡を私に差し出しますが、その様子を目にした宰相が渋い顔をして苦言を呈します。

「まあ、良いではないか。
 儀式も祝賀パーティーも形式的なもんだろう。
 帝国議会で承認を受けて、私がサインをすれば法的にはそれで有効なのであるから。
 ほれ、ロッテや、受け取っておくれ。」

 おじいさまから差し出された書簡を手にした私は思わず呟きを漏らしてしまいました。

「羊皮紙?」

 今時羊皮紙など珍しいです。
 現在では公文書もほとんどは植物から作られた紙になっています。
 帝国では原料となる植物は亜麻が一般的です。

 私がおじいさまの顔をうかがうと、おじいさまから開封せよと促されました。
 巻かれた羊皮紙は、金色の縁取りがされており、とても高価そうなシロモノでした。

 ですが、羊皮紙などに驚いている場合ではありませんでした。
 そこに記されていたのは、目を疑うような内容で。

「おじいさま、これは…。」

 私が言葉を詰まらせると。

「シャルロッテ、そなたを、帝国大公に叙する。
 これは、帝国議会の承認を得て正式な手続きのもとで決められたものだ。
 私の一存ではないぞ。
 今この瞬間から、そなたはアルムハイム公国のアルムハイム大公になったのだ。」

「陛下、それでは何の説明にもなっておりませんぞ。
 シャルロッテ様、先のセルベチア戦役に関してですが。
 褒章の方は既に支払い済みですが。
 圧倒的に不利な戦況を、単独で覆したという功労者を褒賞金だけで済ますのはいかがなものかとする意見があり。
 帝国議会に諮った結果、このようになりました。
 もっとも、帝国の爵位はそれに俸禄が付く訳では無いので、単に箔が付くだけなのですが。」

 なるべく帝国の負担にならないように、それでいて破格に見える恩賞を考えたらこうなったと言います。
 何と言っても、序列だけから言うと諸侯の中でトップですから。
 領邦の格だけで言えば、帝国皇帝であるおじいさまや帝国最強の軍備を持つプルーシャと同格なのです。

「まあ、あって邪魔になるモノではないから貰っておけ。
 おそらく、これが私の帝国皇帝としてのそなたへの最後の贈り物になるであろうからな。」

「皇帝陛下…。」

 おじいさまの言葉に、宰相が顔を曇らせて言葉を詰まらせました。

「おじいさま、どこかお体の具合が良くないのですか?
 もしよろしければ、アクアちゃんか、シャインちゃんに治療をお願いしますが。」

 帝国皇帝は終身その座にあるものと定められており、生前退位は認められていません。
 おじいさまの口振りは、おじいさまがそう遠くない将来に皇帝の座から消え去るように聞こえました。
 それに、宰相のあの浮かない顔、おじいさまの身に何か問題があるように伺われます。
 お母様亡き今となっては、おじいさまはたった一人の肉親です。
 まだまだ、長生きをして欲しいと切に願っています。

 すると、おじいさまが笑いながら言います。

「ロッテ、そなたは何を言っておるじゃ。
 私はどこも悪いところなど無いぞ。
 私は、そなたの産むひ孫の顔を見るまでは絶対に長生きするのだからな。
 宰相も、そんな辛気臭い顔をするからロッテが誤解してしまったではないか。
 ロッテや、幾ら可愛い孫でも、こればかりは事情を話す事が出来んのだ。
 だが、私の体に悪いところがない事は嘘偽りのない事実じゃよ。
 心配しないでおくれ。」

 その口調、どうやら嘘ではないようですが…。

「はい、おじいさまの体は健康そのものですわ。
 どこにも病気は見当たりません。
 あまり、老化も進んでいる様子ではありませんから。
 何事もなければ、あと十年は問題ないかと。」

 姿を消したまま私の耳元で水の精霊アクアちゃんが囁きました。
 おじいさまの健康には本当に問題はないようです。

 では一体どういう事でしょうか、何か訳ありの様子です。
 おじいさまは、一年、おそくとも二年後には分ると言って話してはくれませんでした。

 ただ、一つ言えることは、この日私は帝国で最も有力な貴族の仲間入りをしたのです。
 名目だけですが…。
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