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第14章【間章】ノノちゃん旅日記

第327話 適材適所と言いますが…

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 わたし達を乗せた『海の女神号』は、ノルド海を経てルーネス川に入りました。
 後は、延々とクラーシュバルツ王国の港町バジリアまでこの川を遡ることになります。
 
 この頃になると、わたしとナンシー先輩の役割分担が自然と決まって来ました。

「ノノちゃん、ゴメンなさないね。
 子供たちの相手をノノちゃん一人に任せちゃって。
 私これから奥様方のお相手をしないといけないものだから…。」

 ナンシー先輩は申し訳なさそうに頭を下げて、奥様方が集まるテーブルに向かいます。
 わたしはと言うと…。

「ねえ、ねえ、ののおねえちゃん、おえかきしよー。」

 わたしの右側の椅子に座っているアリスちゃんがお絵描きを所望すると。

「えええっ、おえかきはもうあきた。
 ののおねえちゃん、おうまさんして。」

 わたしの左側の椅子に座っているベン君が対抗するように、おうまさんごっこがしたいとせがみます。
 ベン君とは、甲板を走り回って海へ放り出されそうになった男の子です。

「ののおねえちゃん、くらら、おねむなの。
 おうたをうたってほしいな。」

 わたしの膝の上に腰掛けたクララちゃんが、ウトウトとしながら子守唄をねだりました。

「はい、はい、ベン君はちょっと待っていてね。
 クララちゃんが、眠そうだから先に寝かしつけちゃうね。
 アリスちゃんはどんな絵が描きたいのかな?」

 わたしは膝の上でウトウトするクララちゃんを落とさないように左腕で抱えつつ、右手は石板の上を動かします。
 クララちゃんに子守唄を聞かせてあげながら、アリスちゃんにリクエストされた絵を描いてあげるのです。

 こんな感じで、子供達のお相手を私がして、奥様方の話し相手や船が通過している辺りのガイドをナンシー先輩がしています。
 初日、二日目と子供たちに振り回されて疲れ気味のナンシー先輩は、

「子供たちって元気すぎて、付いて行けないわ。
 子供たちの相手がこんなに大変だとは思いもしなかった。
 世のお母さん方って大変なのね。」

とぼやいていました。

 それを耳にしたわたしが、心の中で「いえいえ、この子達はまだ可愛いモノですよ。」と呟いたのは内緒です。
 実際、ここにいる子供たちは全員が良家の子女で良く躾されていて、とても大人しいと思います。

 私が生まれ育った農村の子供たちはこんなものではありません。
 男の子も女の子も元気が有り余っていて、目を離すとすぐに何処かに行ってしまいます。
 一度見失うと探すのが大変なので、常に目を離せないのです。

 女の子はそれでもまだ良いのです、言えば聞いてくれる子が多いので。
 問題は男の子、言っても聞きませんし、追いかけるとすばしっこく逃げ回るのです。
 村の男の子の世話をするのは、ここにいる男の子三人の比ではないくらい大仕事です。

 という事で、常日頃、やんちゃな村の子供たちの遊び相手をしてきた私が子供たちのお世話をすることになりました。

 で、ナンシー先輩はというと、もっぱら奥様方の話し相手を務めています。
 
「あら、そうなの、貴族の社会も大変なのね。」

 ホホホ、と笑うご婦人の声が聞こえます。
 この役割、いかにご婦人方を退屈させないかがキモです。

 その点、ナンシー先輩は博識で話題が豊富です。
 特にご婦人方の関心を引いているのが、貴族社会のしきたりや風習です。
 今回参加のご婦人方はみな裕福な方々ですが、階級は平民、貴族社会には憧れがあるようです。
 没落して極貧生活を強いられていたと言えども、元は名門貴族のお嬢様です。
 ナンシー先輩は子供の頃から貴族社会のしきたりを教え込まれていたので、その辺にはとても明るいのです。

 「貴族とは見栄を張るモノだ」と常々口にしているナンシー先輩。
 没落して貧乏生活を強いられている中で、見栄を張ってしきたりにあわせるのがどんなに大変かも語っていました。
 ナンシー先輩の言葉は非常にリアリティがあって、とてもご婦人方の関心を引いたようです。
 
 今回参加しているご婦人方は二十代前半から半ばの歳の方が多く、十八歳のナンシー先輩は比較的歳も近く話があうようです。
 わたしのような子供が大人の話にあわせるのは無理な事です。
  
 ですから、わたしが子供たちの、ナンシー先輩が奥様方の、お相手を務めるというのは適材適所なのでしょう。

     ********

 旅も半ばを過ぎて、『海の女神号』はルーネス川の中流域まで遡って来ました。
 今、通過しようとしているのは、ルーネス川を行き来する船にとっては一番の難所と言われているところです。

 川幅が急に狭まり、流れが急な事に加え、川が大きく蛇行しているのです。
 しかも、その辺りは岩礁も多く、昔から事故で沈んだ船が多いそうです。

 この場所でルーネス川は大きくせり出した岩山を迂回する形で、三百六十度近く方向を変えます。

 その岩山にはある伝説があります。

「あの岩山の近くを船が通ると、どこからかとても澄んだ歌声が聞こえてきました。
 船乗りが何処から聞こえてくるのかと、耳を澄ましながら周囲を見回すと。
 岩山の上に目を引き付けて止まない絶世の美女が腰掛けています。
 その美女は金色に輝く長い髪を櫛で梳きながら、歌を口ずさんでいました。
 その、えもいわれぬ美しさに目を奪われた船乗りは、迫りくる岩礁に気が付きませんでした。
 船乗りが気付いた時には、岩礁はすぐ目の前に迫っています。
 憐れな船乗りが操る船は岩礁にぶつかり、川の流れに飲み込まれて行ったのです。」

 ちょうど、わたしはその時、子供たちを連れて甲板の上に出ていました。
 目の前を通り過ぎる岩山を指差しながら、その伝説を話してあげると…。

「ねえ、ののおねえちゃん、そのきれいなおんなのひとってなんなの?」

 一人の女の子が尋ねてきます。

「さあ、なんなのでしょうね。
 お姉ちゃんも見た事ないからわからないな。」

 本当は、愛する男性の手酷い裏切り行為に、失意の美女がその岩山やら身を投げたという話になっています。
 その美女の魂が、川を往く船乗りの男性を道連れにするかのように、黄泉の道へ引きずり込むという話です。

 ですが、そんな陰惨な話は無垢な幼子にしたくありませんので、知らないで通すことにしました。

 実際のところ、ここは船の難所なので、操船に集中して余計な事に気を取られるなという教訓なのでしょうから。
 例えそれが、美女から紡がれる美しい歌声であってもと言う。

「でも、おんなのひと、あんなたかいおやまのうえにいるんでしょう。
 よく、びじんだってわかったね。
 ぼく、あそこにいるひとのかおみえないよ。」

 一番年上の男の子、たしか、六歳と言ってましたが、鋭い所を突いて来ました。
 その岩山、今では観光名所となっており、美女の石像が建てられています。

 そこを訪れている人が今もいて、岩山の上に何人かの人影があるのですが…。
 この子の言う通り、人は豆粒ほどの大きさに見え、とても顔など識別できません。

「そうね、その美女を目にして無事戻る事が出来た人は、きっと目がとても良かったのね。」

 そう答えるしかありませんでした。伝承にリアルを求められても困ります…。

 こんな風に、通り掛かった場所についての伝承などがあれば、お話してあげながら船旅は続きます。

     ********

「ノノちゃん、本当に助かるわ。
 私、子守りメイド抜きで一月も旅が出来るものかと心配だったの。
 一日目で、小さな二女の世話をするのに手いっぱいになっちゃって。
 アリスの世話にまで手が回らなくて、気分が苛ついてしまったのね。
 アリスに辛く当たっちゃって、可哀そうなことしちゃった。
 ノノちゃんに、アリスが寂しい思いをしていると教えてもらわなければ気付かなかったと思うわ。」

 そんな風に感謝してくださるのはアリスちゃんのお母さん。
 航海初日は二人の娘さんの世話に手を焼いて苛ついている様子でしたが、すっかり笑顔が戻りました。

 昼間は、娘さん二人共わたしのところで遊んでいる事が多くなり、時間に余裕ができたと言います。
 他の奥様方と一緒になっておしゃべりしたりなどして、船旅を楽しんでいる様子です。
 
 アリスちゃんが毎夜わたしと一緒に眠ることになり、毎晩お母さんを独り占めするようになった下の娘さんもご機嫌だそうです。
 下の娘さんも、ぐずるのが減ったので、気分的にも楽になったといいます。

「あら、あなたもなの。
 私もすっかりノノちゃんにはお世話になっちゃって。
 うちの娘ったら、迷子になったところを迎えに来てもらったのがよっぽど嬉しかったのね。
 あれから、ノノお姉ちゃん、ノノお姉ちゃんと言って何時でも付いて回ってるの。
 夜だって、ノノお姉ちゃんと一緒に寝るって言ってノノちゃんの部屋に行っちゃうし。
 おかげで、ゆっくり休ませてもらっているわ。
 本当に有り難うね、ノノちゃん。」

 これはクララちゃんのお母さんが口にした言葉です。

 お二方以外の奥様方も、昼間の時間の大部分、わたしがお子さんの遊び相手をしている事を喜んでいます。
 やはり、お子さんの相手に手を焼いて、船旅を楽しんでいる余裕がなかった様子です。
 せっかくの豪華客船の旅です。
 わたしがお子さんと遊んでいる事で、楽しんでもらえるのであれば何よりです。

 アリスちゃんとクララちゃんは特に懐いてしまい…。
 アリスちゃんがわたしと一緒に眠っている事を知ったクララちゃん。
 自分も私の部屋で寝ると言い出しました。
 結局クララちゃんも離れようとしなかったため、わたしはこの二人と一緒に寝ています。
 まるで、この歳にして二児の母親になった気分です。

 ですが、二人の可愛い寝顔を見ていると故郷の妹を思い出しました。
 村にいた時はいつも一緒に寝ていたのです。
 まあ、家が貧乏で三人で一つのベッドに身を寄せ合って寝ていただけですが。
 姉妹三人で一緒に寝ていたことを思い出したわたしは、無性に妹の顔が見たくなりました。

 お客様のアテンドの仕事を終えて、村に帰省するのが楽しみです。

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