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第14章【間章】ノノちゃん旅日記

第326話 迷子を捜して

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 さて、わたし達を乗せた『海の女神号』ですが、夜間は航行しないで毎夜港町に停泊しながら進みます。
 大海のど真ん中を航海するのならともかく、『海の女神号』は大陸に沿って進んでいます。
 急ぐ訳でもない豪華客船の旅ですから、無理して荒海で知られるノルド海を夜間航行する必要もないのです。

 それに、見渡す限りの大海原のノルド海ならまだしも、ルーネス川に入れば川幅の狭まる場所や流れが急な場所もあります。
 とても、暗闇の中を進むなんて恐ろしいことは想像したくもありません。

 加えて、この船は豪華客船です。
 お客様に供される食事が粗末な携行食という訳にはいきません。
 ですが、今は八月、暑い盛りで肉や魚は一日でダメになります。
 そのため、その日の食材を仕入れるためにも港に停泊する必要があるのです。

 という事で、王都を出てから三日目の朝、『海の女神号』はルーネス川河口の町に停泊していました。

「ナンシーさん、そろそろ出港したいのだが。
 お客さんは全員揃っているかい。
 下船したまま、戻っていないお客さんはいないかい。」

 朝食を取っていると、この船の船長、ゲーテさんがダイニングに姿を現して尋ねてきます。
 
「はい、皆様、お揃いになってここで朝食を召し上がっています。
 このダイニングにお入りになる際に、名簿と照合していますので間違いないです。」

 ナンシー先輩の答えを聞いたゲーテ船長はホッとした表情を見せました。
 何か心配事でもあったのでしょうか。
 そう言えば、昨日停泊した港を出港する時には、そんな事を確認された覚えがないのですが。

「やっぱり、全員が奥さんと子供を連れているだけのことはありますね。
 どうやら、今回の航海はお客さんに煩わされんで済みそうです。
 ルーネス川河口に位置するこの港町はノルド海の荒波を乗り切った終着地でもあるんです。
 荒波を乗り越えてホッとした海の男たちが、憩いを求めたためだと思うんですが。
 飾り窓が増えてしまって、今では、この港はこの辺りで一番飾り窓が多い町となってます。
 客船がこの港に停泊すると、中には赤いランプの光に誘われてしまうお客さんもいましてね。
 出港時間になっても中々帰ってこないお客さんがいるんですよ。
 お客さんを置き去りにする訳に行かないものですからね。
 この港を出港する際には、こうしてお客さんがみんな揃っているか確認しているのです。
 流石に、奥さんと子供を連れているのに、飾り窓にしけこむ強者はいませんか。」

 そう言ってゲーテ船長はアハハと笑っていました。
 飾り窓?窓辺にお花でも飾ってあるのでしょうか?
 それとも、教会のステンドグラスのように窓自体が装飾品のようになっているのでしょうか?
 どちらにしろ、目を奪われて時間を忘れてしまうほどのモノであれば、一度見てみたいです。

「これから、二日ほど、停泊する港町が飾り窓の多い町になります。
 念のため、私も毎朝、お客さんが揃っているか確認に来ます。
 ナンシーさんたちも、毎朝、全員揃っているかの確認を怠らないようにしてください。
 まあ、こちらのお客さん方に限って間違いはないと思いますが。」

 そう言って、ゲーテ船長は立ち去りました。

「ねえ、ねえ、ナンシー先輩、飾り窓ってどんな窓なんでしょうね。
 飾り窓っていうくらいなんだから、キレイな装飾が施されてるんでしょうね。
 あと二日、飾り窓が多い町に停泊するって言ってましたよ、ゲーテ船長。
 時間があったら見に行ってみませんか。
 そうだ、そんなにキレイなら、子供たちを連れて行ったら喜ぶかも。」

 わたしはすぐさまナンシー先輩に提案して見たのですが…。
 ナンシー先輩は顔を赤らめ、俯いてしまいました。
 そして、慎重に言葉を選ぶように、少しためらいがちに言葉を口にします。

「ええと、ノノちゃん、飾り窓ってこの辺り特有のモノなので私も見た事は無いのですけど。
 モノの本で読んだ限りでは、飾り窓ってノノちゃんが考えているようなモノではないわ。
 それにね、飾り窓って、開いているのが子供が寝てしまうような遅い時間なのよ。
 子供を連れて見に行くのは無理ね。」

 どうやら、飾り窓なるモノは夕方早い時間では見られないモノのようです。
 それじゃあ、子供たちを連れて見に行くことは諦めるしかありませんか。
 航海も三日目に入り、そろそろ子供たちが船の中で過ごすのに退屈してくる頃です。
 一度、街の見物にでも連れて行ければ良いと思っていたのですが…。

「でも、この辺りでしか見られないモノなのですよね。
 子供たちを連れて行くのが無理であれば、わたしとナンシー先輩だけで見に行きますか?
 どんなキレイな窓なんでしょうね、飾り窓。
 この間、教会で見た女神様のステンドグラスがとてもキレイでしたが。
 あんな、ステンドグラスでもあるのでしょうか。」

 わたしの提案を聞いたナンシー先輩はとても困った顔をしました。
 何か、わたしはナンシー先輩にご迷惑を掛けるような事を言ったのでしょうか。

「ええっと、ノノちゃん。
 飾り窓ってのは何て言えばいいのか…、その…。
 確かに、殿方にとっては女神がいるかも知れないけど…。
 あっ、そう、そう。
 ノノちゃん、残念だけど、それは無理ね。
 この辺の港町って、治安があまり良くないの。
 女性だけで夜道を歩くなんて、とても危険だわ。
 悪いことは言わないから、今回は諦めましょう、ね。」

 ナンシー先輩は、何と説明したら良いのか迷っている様子で、言葉に詰まってしまいましたが。
 ハタと思いついたように、港町は治安が悪いから女性だけで夜道を歩くことは出来ないと言いました。

 あからさまに話を反らされたような気がしますが…。
 確かに、ノルド海沿岸の港町は治安が良くないと、シャルロッテ様から聞かされていました。
 出来る限り船の外には出歩かないようにと注意されていたのです。

 ナンシー先輩にそう言われては仕方なく、わたしは飾り窓を見に行くことを断念しました。
 結局、飾り窓がどんな窓なのかは分からず終いです。とても残念です…。

     ********

 その翌朝のことです。
 わたしがまだ目が覚めやらぬ早朝、扉が激しくノックされました。

「クララが、娘がいないんです!」

 ノックと共に廊下から、男性の大きな声が掛けられました。
 隣で寝ているアリスちゃんを起こさないように静かにベッドから出た私は、手早く着替えて扉を開きました。

 そこには焦燥した表情のお客様が一人。
 わたしはサロンに場所を移して、詳しい話を伺うことにしました。

 お客様が部屋に奥様を迎えに行っている間に、わたしはゲーテ船長に来てもらい一緒に話を聞いてもらう事にしました。
 わたしがゲーテ船長を伴ってサロンに行くと、お客様ご夫婦、それにナンシー先輩も揃っていました。

「今朝、私が目を覚ましたら、一緒に眠っていた娘が見当たらなかったのです。
 トイレにでも行ったのかと思っていたのですが、何時まで経っても戻って来ませんでした。
 それで見に行ったのですがトイレには見当たらなかったのです。
 慌てて、その辺を探したのですがどこにもいないのです。」

 奥様が涙で目を腫らしながら言いました。
 いなくなったのはクララちゃん四歳、昨晩は奥様と一緒に眠ったそうです。
 クララちゃんはベッドを出て一人で着替えたようで、パジャマがベッドに置いてあったそうです。
 靴も履いて行ったようで、ベッド脇に揃えたあった靴が無くなっていたと言います。
 ご夫婦共に良く寝入っていて、クララちゃんが出て行ったことに気付かなかったそうです。

 このクララちゃん、とても早起きとの事で、普段から一人起き出しては家の中で遊んでいる事があるそうです。

 どうやら、大分前から探していた様子で、どうしても見たらないため、わたし達に助けを求めたようです。

「ゲーテ船長、至急、船内を隈なく探してください。
 四歳の女の子が一人で船の外に出るとは思えません。
 興味本位に船内を探検していて、どっかに入り込んでしまったのでしょう。
 入り込んだ場所で寝てしまったり、狭い所に入り込んで出て来れなくなったりしているかも知れません。」
 
 ナンシー先輩はゲーテ船長に船内の捜索を指示し、わたし達も手分けをして船内をしらみつぶしに探すことにしました。

 わたしが皆さんと分かれてクララちゃんを探そうとした時。

「あら、あの子を探しているの。
 あの子なら、しばらく前に甲板の上に出て行ったわよ。」

 私の肩の上に姿を現したモモちゃんが教えてくれました。
 いえ、知っているならもう少し早く言って欲しかったです。

 わたしは甲板の上に出て、広い甲板を探しますがクララちゃんは見当たりません。
 甲板から見る限り、マストに上ってしまって降りられなくなっているという事もなさそうです。
 甲板の上を歩くうちに、わたしはあるものが気になりました。

 岸壁に接岸している側舷、タラップが降りているのです。
 タラップの傾斜はそれほど急でもなく、四歳児でも降りる事が出来そうです。

「ブリーゼちゃん、いる?」

 わたしが声に出すと、

「ハイな!
 おはよ~う、ノノちゃん。
 何か、大変なことになってる~?」

 風の精霊ブリーゼちゃんがわたしの目の前に現れました。
 ブリーゼちゃんなら、上空から探すことができます。
 何より、人の足よりはるかに速く動き回れるのです。

「そうなの。
 申し訳ないけど、至急探してくれないかな、四歳の女の子。
 多分、船を降りて街の方へ行っちゃったたんだと思う。
 四歳児の足だからそんなに遠くまでは行けないと思し。
 こんな早朝に、一人で歩いている女の子なんて他にはいないと思うから。
 それらしい、女の子を見つけたら教えて。
 良家のお嬢さんだから、きちんとした身なりをしていると思うわ。」

 わたしが早口でお願いすると。

「わかったよ~!
 一人で歩いている女の子を探すんだね~!
 じゃあ、行ってくる!」

 そう返事をしたブリーゼちゃん、姿を消すと一陣の風になりヒューっと吹き抜けて行きました。
 そして、しばらく待っていると。

「いたよ~!」

 待望の言葉と共に姿を現すブリーゼちゃん。

「港町に入った辺りで帰り路が分からなくなって泣いてる~。
 私に付いて来て~。
 なるべく目立たないように飛んで、道案内してあげるから~。」

 先導してくれるブリーゼちゃんを追ってわたしも走り始めます。

「あっ、ちょっと、ノノちゃん、何処へ行くの?」

 行く先も告げずに走り出したわたしに、ナンシー先輩が問い掛けますが今は答えている時間も惜しいです。
 きっとクララちゃんはとても心細い思いをしているはずですから。

 タラップを降り、人影がまばらな岸壁を街に向かって走ります。
 まだ早朝で人通りが少ないため、ブリーゼちゃんに気付く人がいなくて助かりました。

 街中に入ってすぐの交差点、その隅っこで泣いている小さな女の子がいました。
 どうやら、交差点で船に戻る方角を見失ったようです。

 わたしは泣いている女の子に駆け寄ると、しゃがんで目線の高さを女の子にあわせます。

「クララちゃんでしょう。
 お迎えに来たわよ。
 覚えている?
 昨日一緒にお絵描きしたでしょう、ノノおねえちゃん。
 寂しかったわね、もう大丈夫よ。
 一緒にママのところへ帰りましょう。」

 声を掛けながら、わたしは持っていたハンカチでクララちゃんの涙を拭ってあげます。
 そして、なるべく優しく頭を撫でるのです。

「あっ、ののおねえちゃん?
 おむかえにきてくえたの?」

 わたしの顔を見たクララちゃんが、半泣きの涙声で尋ねました。

「ええ、お迎えに来たのよ。
 ママも探しているから、一緒に帰ってただいましようね。」

「うん、ののおねえちゃん、ありがとう。
 くらら、さみしかったの。
 はやく、ママにただいまする。」

 やっと安心できたのか、泣き止んだクララちゃんが差し出した私の手を取ってくれました。
 そして、手をつないで船へ戻ります。

 道すがら、

「クララちゃんは、どうしてあそこにいたのかな?」

と、ダメもとで尋ねてみると。

「うんとね、くららね…。」

 クララちゃんは舌足らずの話し方で話し始めます。
 たどたどしい、言葉を注意深く聞いたところによると。
 奥様の言っていた通り、クララちゃんは早朝に起き出すと退屈して部屋の外に出たそうです。
 最初の内は早朝で人のいない船内を歩き回っていたようですが。

 船内に歩く人を見つけたようです。
 興味を引かれたクララちゃんは、その人達が追いかけて甲板の上に出たようです。
 小さな子は気を引くモノがあると追いかけます。
 蝶々を見つけて追いかけている幼子がいますよね。あれと同じです。
 わたしの弟や妹もそうでした。
 甲板の上に出て、その人達がタラップを降ろして港に降りるのを目撃したクララちゃん。
 そのまま追いかけてタラップを降りたみたいで、その後は気の向くまま町まで来てしまったようです。

 当然、四歳児が帰り道など覚えている訳がありません。
 そもそも、目に付くモノを追って来たのですから、どうやって来たのかすら分かっていないでしょう。
 ということで、あの交差点で見事に迷子になっていたのです。

 涙目だったクララちゃんですが、小さな子は自分の話す事をちゃんと聞いてもらえると喜ぶもので…。
 クララちゃんの小さな冒険譚を相づちを交えながら聞いていたら、帰り着く頃にはすっかりご機嫌になっていました。

「クララ、良かった。心配していたのよ。」

 私がクララちゃんを『海の女神号』まで連れて帰って来ると、奥様がクララちゃんを抱きしめて涙を流しました。

「ママ、ただいまー。
 あのね、くららがないてたら。
 ののおねえちゃんがおむかえにきてくれたの。
 ママにただいましようって。」

 そう言ってクララちゃんは可愛く笑ったのです。

 さて、船のタラップですが。
 あの街では早朝から朝市が立つそうです。
 その朝上がった魚介類や近くの村でとれた野菜が並ぶんだと言います。
 お客さんはと言うと、『海の女神号』のような船の方です。
 船で供される料理の食材として仕入れられるみたいです。

 ご多分に漏れず、『海の女神号』の船員さんも、今日の食材を仕入れに朝市に行ったのです。
 そのためにタラップを降ろしました。
 間が悪いことに、ちょうどその時、早起きをしたクララちゃんの目に留まったようでした。

「いやあ、ノノちゃん、お手柄だよ。
 そのまま、街角で泣いてたら誘拐されていたかも知れないからね。
 すぐに見つけてもらって良かったよ。
 でも、良く分かったね、あの子が船を降りただなんて。」

 褒めてくれたゲーテ船長に、わたしは当たり障りが無いように答えます。

「ええ、小さな子は気を引くモノがあると一目散に駆け出すんです。
 うちの弟や妹がそうでしたもの。
 タラップなんて見慣れないモノがあって気を引いたのではないかと思ったのです。」

 それは本当です。
 ですが、すぐに見つけられたのがブリーゼちゃんのおかげだと言うことは内緒です。

 この日以来、わたしはクララちゃんに気に入られてしまいました。
 日中は四六時中、わたしと一緒にいる事になります。

 小さくて自分から私の手にぶら下がるようには出来ないクララちゃん。
 わたしの足にしがみつくようにしてピタッと張り付いているのが定位置になったのです。

 うーん、手も足もふさがってしまいました…。

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