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第14章【間章】ノノちゃん旅日記

第325話 良く子供に懐かれるんです

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 航海二日目、見渡す限りの大海原です。
 進行方向右手側のはるか遠くに大陸が見えますが、黒い影のようにかすかに見えるだけです。

 わたしが今どこにいるかと言うと、甲板の上です。
 朝食の時に、お客様に要望されたました、「甲板の上で外の空気に当たりたい」と。

 幾ら豪華な船だと言っても、客室とサロンの往復だけでは大人と言えども息が詰まる様子です。
 加えて、船室にある小さな丸窓ははめ殺しで開閉することができません。
 そのため、換気が良いとは言えないのです。外の空気が吸いたくなるのも頷けます。

 お客様の要望を『海の女神号』のゲーテ船長に伝えると。

「お客様が甲板の上に出たいと言っているのですか。
 甲板の縁には大人の胸くらいの高さの壁がありますので。
 海に落ちることはないと思いますから、出てもかまいませんが。
 くれぐれも船乗りたちの仕事の邪魔にはならないようにしてくださいね。
 操舵士やマストを操る者の邪魔をすると思わぬ事故につながる事もありますので。」

 船乗りさん達の仕事の邪魔をしない事を条件に、甲板の上に出る許可が下りたのです。

 なので、早速お客様方を甲板の上にご案内したのですが…。

「わー、ひろい!
 ねえ、ねえ、かけっこしよう!」

 今回のお客様の中で三人だけいる男のお子さん、その中の真ん中の大きさの子がそう叫んで駆け出しました。

「おっしゃ!まけないぞー!」

 すると、一番体つきの大きい男の子が追いかけ始めました。
 そして、

「あっ、まってー!」

 三歳くらいでしょうか、一番小さな子が走りだそうとするのを…。

「ダメよ、走ったら危ないよ。 
 船は揺れるんだから、転んじゃうよ。」

 間一髪、わたしは走り出そうとする男の子の肩を捕まえて、そう諭します。
 走り出す前に捕まえることができました。近くにいて良かったです。

 他方、

「こらダメ!走ったら危ないわよ!
 駆けっこ禁止!」

 そう言いながら、ナンシー先輩が走り回る二人を追いかけています。

「つかまんないよ!」

「つかまえられるなら、つかまえてみろ!」

 追いかけると逃げるのは子供の習性です。
 甲板で二人の男の子とナンシー先輩の鬼ごっこが始まります。

 子供の足とは言え、すばしっこい四、五歳の男の子です。
 かたや、走り回った事など無い深窓のご令嬢、既にナンシー先輩は息切れを起こしています。

 わたしは捕獲した男の子を親御さんに預けると、男の子二人を捕獲に向かいました。
 わたしが速足で走り回る子供の方へ近づいて行った時です。

「おーい!お客さん、揺れるから気を付けてくれ!
 今から大波を越えるぞ!
 何か掴まる物があれば掴まって、無ければ腰をとして足を踏ん張ってくれ!」

 船員さんからそんな注意が飛びました。
 その声を聞いた、お父さん、お母さん方は、腰を落とすと共に各々自分お子さんを抱き寄せ揺れに備えます。
 それから、程なくなして、大きな揺れが船を襲いました。

「うおお…。」「きゃ!」

 揺れが襲った瞬間、そんな声が上がりましたが、転んだ大人は誰もいません。
 船員さんの言う通り、備えさえしておけば大人が転げるほどの揺れではありませんでした。
 備えさえしてれば…。

 しかし、ここに備えをしていない者が三人…。
 ナンシー先輩はペタンっと甲板にコケました。
 男の二人を追い掛け回してヘロヘロに疲れ、歩くような速さとなっていたため、コケても大して痛そうではありませんでした。

 揺れに対する備えが出来ていない他の二人はと言うと。

 走り回る男の子の一人は、揺れと共に前のめりの躓いて、そのままゴロゴロと甲板の上を転がりました。
 打ちどころが悪いと大変なことになります。
 水の精霊アクアちゃんに治療をお願いしないとと考えていると、転げた男の子はむくっと立ち上がります。

 そして…。

「あはは、こけちゃった。」

 そう言って、可笑しそうに笑ったのです。
 子供は体が柔軟なおかげでしょうか、どうやら怪我はしていないようです。
 コケた事すら、この子には楽しかったようです。

 そして、走り回るもう一人の男の子、この子は本当についてませんでした。
 船が大きく揺れて傾いた時、下側に傾いた方へ走っていたのです。
 下り坂を走る形となり加速した男の子は、その勢いのまま、前のめりに躓いて…。

「わっ!たすけてー!」

 大きな悲鳴がする方を見ると、男の子は大人の胸丈はある船の縁壁を越えて宙へ舞っていました。

 わたしは慌ててその子の方へ向かいながら、傍らにいるはずの存在に「あの子を助けて!」とお願いします。

 すると、一陣の風がわたしの横を通り過ぎました。

「任せて~!」

 わたしの横を通り過ぎる時に一瞬、とても容易いことを請け負うような声が耳元で聞こえました。
 風の精霊ブリーゼちゃんが一瞬だけ姿を見せてわたしに伝えてくれたのです。

「きゃああ!私の子が!」

 宙を舞う男の子に気付いたお母さんに悲鳴が甲板に響きます。
 皆さん、海へ放り出された男の子に目を向けますが、なす術もなく呆然と立ち尽くすだけでした。

 そんな中、わたし一人、船の縁に向かって走ります。
 ブリーゼちゃんが、救ってくれることを信じて。

 一瞬の出来事でした。
 海に放り出された男の子がフワッと浮き上がったかと思うと、甲板に向かって落ちてきたのです。
 わたしは男の子が落ちてくる場所まで駆け寄り、その子を抱き留めました。

 さすが、風を自由に操るブリーゼちゃんです。
 落下の衝撃も上手く殺してくれました。
 わたしがその男の子を抱き留めた時、フワッとした感触があり、その子の体重しか感じなかったのです。

 船から放り出された恐怖のため、きつく目を瞑っていた男の子でしたが。
 海への落下ではなく、誰かに抱き留められたのを感じたためでしょう、キョトンとした表情で目を開きます。

「あれ、ぼく、ふねからおちたんじゃ…。」

 そう言って辺りを見回しました。そして、わたしに抱き留められている事に気付き…。

「おねえちゃんがたすけてくれたんだね!
 ありがとう、ぼく、すっごくこわかった!」

 そう言うと、わたしにしがみ付いて泣き出しました。
 わたしは男の子を腕の中に抱いたまま、泣き止むまで頭を撫でていました。

 それ以来、この子はわたしに懐いてしまって、いつでも傍にいるようになりました。
 わたしの左腕にしがみ付くようにしているのが、この子の定位置です。

     ********

 もう一方の、甲板で派手に転がった男の子ですが、念のためアクアちゃんに見てもらいました。
 幸いにしてこちらの男の子も、どこにも怪我はしていないようでした。
 この事があって、さすがに小さな子供たちでも、甲板の上で走り回るのは危ないと分かったようです。
 それ以来、甲板の上で走り回ることは無くなりました。
 ヒヤッとしましたが、ブリーゼちゃんのおかげで大事には至りませんでしたし、子供たちが一つ学んだようで良かったです。

 その日の夜、夕食も済んでお客様も自分の部屋に戻られました。
 今日の仕事はもうお終いかなと思いつつサロンの中を覗きます。

 すると、誰もいなくなったサロンの中、四、五歳くらいの女の子が一人、石板に落書きをしていました。
 小さな子供はもう眠くなる時間です。
 こんな所で、一人で遊んでいるなんてどうかしたのでしょうか。

「あら、お花の絵を描いているの。
 上手に描けているわね。
 でも、もう遅い時間よ、こんな所にいてお母さんが心配しない?」

 わたしがその子に尋ねると。

「ママ、ビーばっかりかまってて、あそんでくれないの。
 ひとりであそんでなさいって、いわれたからここでおえかきしてるの。」

 そう答えた女の子はまた石板に向かってせっせと落書きを始めます。
 ビー?、ミツバチですか?
 そんな見当違いな事を考えていると…。

「あら、その子、お母さんに相手してもらえなくて可哀想に。
 その子の母親、小さな妹さんの方にかかり切りで全然相手してもらえないのよ。」

 わたしの肩の上に現れたブラウニーのモモちゃんが囁きました。
 また、この子は他人様のお部屋をのぞき見して…。
 
 わたしは、呆れつつもモモちゃんの話に耳を傾けました。
 ピーちゃんと言うのは三つになったばかりの妹さんの事のようです。
 常日頃、この子のお母さんは、二人の子供の育児を子守りメイドに任せきりのようです。
 お母さんは、一日に二、三時間、二人の子供と話をする程度とのこと。
 って、良くそんなことが分かりましたね。

「だって、お母さん、旦那さんに愚痴っていたもの。
 子守りメイドを連れないで、長旅に行くのは反対だったって。
 普段は二、三時間しか相手にしていないのに、どうやって四六時中相手をすれば良いのかって。
 馴れない子守りを一人でするモノだから、小さな妹の方で手一杯なのよ。
 さっきその子に向かって、『うるさい、静かにしていて』って叱ってたわよ。
 別に煩くしなんかしてなかったのに、ちょっと話しかけただけでよ。
 だから、その子、部屋から出て来ちゃったの。」

 プライバシーダダ漏れですね…、モモちゃんの趣味にも困ったものです。
 ただ、この子がサロンでたった一人お絵描きをしている訳は分かりました。
 お母さんにかまってもらえなかった寂しさを、お絵描きで紛らわせているのですね。

「ねえ、わたしもここで一緒にお絵描きしても良いかな。
 わたしはノノ。
 あなたのお名前は?」

「わたし、ありす!
 おねえちゃん、ありすとあそんでくれるの?」

「ええ、一緒にお絵描きしましょう、アリスちゃん。」

「うん!
 おねえちゃん、また、うさぎさん、かいて。」

 わたしはサロンの隅に積んでおいた石板を一枚取って来て、リクエスト通りにウサギの絵を描いて見せます。

「うわ、おねえちゃん、じょうず。
 じゃあ、こんどはネコさーん!」

 わたしがリクエストに応えて幾つか絵を描いて見せるうちに、沈んでいたアリスちゃんの表情に笑顔が戻りました。
 すると、アリスちゃんは今日あったこと、船の中で仲良くなった他のお客様のお子さんと遊んだことなどを話し始めます。
 きっと、それをお母さんに聞いて欲しかったのですね。

 ひとしきり話したいことを話すとアリスちゃんは眠くなったようで、ウトウトし始めました。

「じゃあ、そろそろ、お部屋に帰りましょうか?」

「でも、ママ、ビーといっしょにねるんだって。
 わたしだけ、べつのおへやでねることになっちう。」

 よく聞くと、昨夜はビーちゃんと二人で一緒の部屋、一つのベッドで一緒に眠ったそうです。
 今日はビーちゃんがぐずって、お母さんと一緒に眠ることになったそうです。
 流石に小さな子でも、二人がお母さんと同じベッドで寝るのは無理があるようです。

 まだ、小さなアリスちゃんは、慣れない部屋で一人寝は心細いようです。

「じゃあ、お父さんと一緒のベッドで寝たら良いんじゃないかな。
 そしたら、四人一緒の部屋で眠ることができるよ。」

 わたしの言葉を聞いたアリスちゃん、あからさまに顔を顰めて言いました。

「えー、やだー、パパ、くさいんだもの。」

 ああ、これはお父さんに聞かせたらダメなセリフの筆頭に来る言葉ですね…。
 これ聞いたら、お父さん、落ち込んじゃいますよ。

「じゃあ、今晩はお姉ちゃんの部屋で一緒に眠る?」

 わたしがアリスちゃんに問い掛けると…。
 アリスちゃんは、わたしに寄って来てスンスンと匂いを嗅ぎ始めました。
 そして、

「おねえちゃん、とってもいいにおいがする!
 おはなのにおいみたい!
 うん、ありす、おねえちゃんといっしょにねる!」

 とご機嫌そうに言いました。
 どうやら、アリスちゃんは匂いに敏感な様子で、臭いと感じるにおいが傍にあると眠れないようです。
 お花の匂いというのはわたしお手製のラベンダーのサーシュ(匂い袋)の香りですね。

 良かったです、臭いと言われなくて。
 一応わたしも年頃の乙女です。
 子供から臭いなどと言われたら、きっと立ち直れません。子供は残酷なくらい正直ですから…。

 この日から、アリスちゃんがわたしと同じベッドで眠る事となります。
 当然、良く懐かれ、四六時中傍にいるようになりました。
 わたしの右腕にしがみ付くようにしているのが、この子の定位置です。
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