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第13章 春、芽生えの季節に
第318話 無事にお帰りです
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『わくわく、農村体験ツアー』はとても子供たちに喜ばれ、アルムハイムの館へ戻り親御さんたちに三日間で体験したことを自慢気に話していました。
幸いにして、子供たちの口からアクアちゃんのことが話されることはありませんでした。
あの時、機転を利かせたノノちゃんが子供たちの注意を上手く自分に引き付けてくれていたのです。
アクアちゃんが目撃されなかったため、子供たちには不思議なことがあったで済まされました。
そして、約束通り二人のお母さんはアクアちゃんの存在については口を噤んでくれました。
『シューネフルトの奇跡』の秘密は守られました。
子供を『わくわく、農村体験ツアー』に参加させたご家族にも、ゆっくり羽を伸ばせたと喜んで頂けました。
その後は各々が好きなように過ごして頂き、八月も下旬に差し掛かる頃、ブライトさん達の滞在も終わりを迎えます。
いよいよ翌日にここを発つという晩、その日の夕食は立食形式のささやかなパーティーを催しました。
半月以上に及ぶ滞在で初めて、ブライトさん一行とメアリーさん達貴族のご婦人方を交えた夕食会になります。
そのパーティーにはゲストとしてリーナにも来てもらいました。
形式ばったことを一切排除したので、皆さん好きな料理を取って、気軽に会話を楽しんでいました。
今日のメニュー、もちろん沢山の料理を用意しましたが、子供たちに一番人気があったのはチーズフォンデュ。
子供たちのリクエストがあったので加えたのですが、チーズフォンデュを用意した一角に子供達が集まっています。
その光景を目にしたお母さんがこぼしていました。
「うちの子、チーズが大嫌いだったの。
農村体験ツアーから帰ってきたら、チーズがすごく美味しかったというので耳を疑ったわ。
でも、こうしてあの子が美味しそうに食べているところを見ると本当に嫌いじゃなくなったのね。
あの子にチーズを好きにならせるなんて、どんな魔法を使ったのかしら。」
そのお子さん、魔法でも使わないと好きになるとは思えないほど嫌いだったのですか。
そう呟いたお母さん、チーズフォンデュのコーナーからチーズを絡めた何本かの串を取って来ます。
そして、一口、口にして…。
「あら、本当に美味しいわね。
チーズが違うのかしら、鼻につくような強い匂いがしないのね。
王都で食べるチ-ズの風味と全然違うわ。
これなら子供達にも食べやすいわね。
でも、こんなチーズ、王都で手に入れられるのかしら。」
実際自分でもチーズフォンデュを味わってみて、そんな感想をもらしました。
このまま、自分の子にチーズを食べられるようになって欲しいと考えているのでしょう。
アルビオン王国で今口にしたようなチーズが手に入るかを心配しているようです。
これは、この地方のチーズを輸出したら一儲けできるかも知れませんね。
すると、その横で。
「いやあ、このチーズフォンデュ、本当にお酒とあうわね。
この前、フェニックスと一緒に飲んだ時、フェニックスの炎で炙ってもらったラクレットを肴に飲んだけど。
あれにしても、これにしても、本当にチーズはお酒の肴にピッタリね。」
チーズフォンデュを肴にワインをグビグビとあおるご婦人が一人。
先日、子供に混じって『わくわく、農村体験ツアー』に参加したお母さんの一人です。
あの時はお酒が用意されていなかったことに落胆していましたが、今日はとてもご満悦です。
このご婦人、農村体験ツアーから戻った後、子供たちにせがまれて聖獣の森に行った時も付いて来ました。
その時、フェニックスにお酒を届けると知ると、ちゃっかりラクレットチーズと茹でたジャガイモを持参したのです。
そして、フェニックス(もどき)のお酒の相手を自らかってでたのですが…。
冷めたジャガイモをフェニックス(もどき)に温めさせたうえ、フェニックスの炎でラクレットチーズを炙っていました。
怖いもの知らずというか、やりたい放題で呆れました。
ですが、まだ二十五歳にもなっていない若奥様です。
自分好みに熟れたきれいな女性にせがまれたフェニックスは、上機嫌にリクエストに応えていました。
その日、フェニックスは朝から若奥様にお酌をしてもらってご満悦で、いつも以上に気の入った芸を見せてくれました。
因みに、朝から延々とフェニックス(もどき)と飲み続けたこのご婦人、帰る時にはすっかり酔い潰れてぐっすりです。
私がお子さんと一緒に酔い潰れたご婦人を部屋まで送り届けると、出迎えた旦那さんはとても恥ずかしそうな顔をしていました。
また酔い潰れると旦那さんに叱られますよ…。
********
そして、私がリーナと二人でお客様達に声を掛けて歩いていると。
「カロリーネ様、今日は私達の送別のためにお越しくださり有り難うございます。
それと、シャルロッテ様、半月以上お世話になっていまい、本当に有り難うございました。」
ブライトさんが私達に話しかけてくれました。
「いいえ、アルビオン王国からお越し頂いた大切なお客様ですもの。
それでいかがでしたか、アルム地方で過ごされた休日は。」
そんなブライトさんに、リーナはアルム地方の感想を尋ねます。
「いやあ、今回の旅は私の一生で一番素晴らしい旅でした。
これからどこへ行ったとしても、今回の旅と比べたらかすんでしまう事でしょう。
何と言っても、奇跡に遭遇したのですから。
これは、私の一番の自慢のタネになります。
それだけではありません。
地下を走る電車に、街灯にライトアップされた街並み、どれも他では目にする事が出来ないものばかりでした。
それに、憧れのアルム山脈の風景を間近に見ることも出来ました。
あと、ひそかに私の中でポイントが高かったのが、こちらのお屋敷にある温泉です。
いやあ、日がな一日、温泉に浸かってのんびりしているのが至福の時でした。」
ブライトさんは、今回のアルム地方への旅行を大絶賛でした。
私達の思惑通り、『シューネフルトの奇跡』についても口コミで広めてくれそうです。
「あら、この館の温泉がお気に召したのなら良かったですわ。
ブライトさんがお見えになるのにあわせて、こちらの棟にも温泉を設けた甲斐がありましたわ。」
この館の温泉が気に入ったようなので、私がそう言葉を返すと。
「この地方には温泉はあちこちに湧き出すものなのですか?
シャルロッテ様が計画されているというホテルにもぜひ温泉を備えて頂ければと思うのですが。
私も是非宿泊させて頂きたいので。」
「残念ですが、シューネフルト近郊で現在温泉が湧いているのはこの館だけですの。
でも、私達が計画しているホテルには温泉を設けるつもりですので期待してくださいね。
それを売りにしますから。」
私がそう答えるとブライトさんが不思議そうな顔で尋ねて来ます。
「それは、シャルロッテ様は温泉が湧き出している場所をご存じだという事ですか?
ですが、温泉が湧いているのはこの館だけと言う言葉と矛盾するような…。」
「ご存じですか?
帝国には温泉が湧き出していて、それを売り物にしている保養地が幾つかあります。
それは、源泉が地下の比較的浅い所にあって、自然に湧き出している場所ばかりです。
この近辺には、そういった場所はないのですが。
地下のもっと深いところに温泉がある場所は、少なからずあります。
ですが、普通の人では温泉が何処にあるのかもわかりませんし。
よしんば、温泉の場所がわかったとしても、千ヤードもの深さを掘るのは不可能です。
ですが、私には魔法があります。
魔法で温泉を探して、魔法で温泉を掘り当てます。
先程、この館にしかないと言うのは間違いでした。
先日、私が魔法で新たな温泉を掘り当てました。
お子さんたちをお預かりしたログハウスにあった温泉がそうです。
私が計画しているホテルも温泉が湧く場所に立てるつもりですので。
他の方では真似できない魅力的なホテルになると思います。」
実際は私の魔法ではなく、水の精霊アクアちゃんの力なのですが。
「それは素晴らしい。
シャルロッテ様の魔法は本当に凄いですな。
温泉付きの高級リゾートホテルですか。
近くには奇跡が起きた町があり、アルム山脈を間近に見るホテル。
これはお客さんが殺到しそうだ。
そんな儲かりそうな話、私も一枚噛ませてもらいたいものですな。
あはは!」
そんな風に冗談めかして言うブライトさん、本気で一枚噛もうなどとは思っていないと思います。
ですが、私はこう返します。
「そう?
じゃあ、一枚噛みますか?
儲けさせてあげますよ。」
「へっ?噛ませて頂けるので?」
ブライトさんもこんな返事が返って来るとは予想もしていなかったでしょう。
予想外の私の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になりました。
「はい、実は資金面では十分なモノがあるのですが…、不足しているモノがありまして。
ホテル、場合によっては、他の方になにがしか出資して頂いて経営に参加してもらおうかと思っていました。
借りたいのは知恵。
具体的には私はこんな田舎に引き籠っているので、アルビオンの上流階級の方の流行りや好みに疎いのです。
アルビオンの上流階級の方が、どんなサービスを求め、どんな施設を好むかなどの助言が欲しいのですわ。
もちろん、出資に対する配当はお支払するし、役員になって頂ければ報酬もお支払いしますわ。」
私が事情を説明すると、それを耳にした別の方が。
「あれ、あれ、ブライトさん。
なに美味しい話を独り占めしようとしているのですか。
それが本当の話であれば、私も一枚噛ませて欲しいものです。
こんな素敵な場所にリゾートホテルを建てると聞いて、是非泊りに来たいと思っていました。
そのホテルの経営に参加できるなんてとても魅力的です。」
自分も加わりたいと言います。
そんな人は一人ではなく…。
あっという間に、私の周りに六人全員が集まってしまいました。
「では、ホテルのプランが固まったらブライトさんに連絡しますので。
アルビオンの王都にある私の屋敷に集まって頂けますか。
その場で正式にお話を致しましょう。」
私の言葉に皆さんとても期待してくださったようで、「その時は必ず声を掛けてくださいね。」と言って散っていきました。
その後、ミーシャさんの歌の披露を挟んだりしながら、パーティーは和やかに進みました。
「それでは、宴もたけなわとなりました。
最後に、皆さんのアルムハイム滞在を締めくくるにふさわしい余興を用意いたしました。
前庭のテラスに座席を用意しましたので、そちらに移動してください。」
私はパーティー会場の皆さんをテラスに誘導します。
全員が着席するのを確認して合図を送ると…。
『ドーン!』
という大音響と共に夜空に大輪の花が咲きました。
高く上がった花火の光に、一瞬、暗闇に沈んだアルム山脈の姿が照らし出されました。
それから、立て続けに打ち上げられる大輪の花火。
夜空に赤や緑、青に黄色と色とりどりの花火が大輪の花を咲かせます。
もちろん、火の精霊サラちゃんにお願いしたものです。
思う存分力を振るえるとあって、サラちゃん、ノリノリで引き受けてくれました。
「うわあ!きれーい!」
子供たちが歓声を上げ、
「本当、見事な花火ね…。
旅の締めくくりに相応しい、素敵な贈り物だわ。
本当に来て良かった…。」
一人のお母さんが感慨深そうに言いました。
ノリノリのサラちゃんはその後一時間近くに渡り素晴らしい花火を披露してくれて…。
ブライトさん達の送別パーティーは幕を下ろしたのです。
********
そして、翌朝。
「では、シャルロッテ様。
必ずや無事にお客様をアルビオン王国まで送り届けさせて頂きます。」
館の正面入り口に並んだ馬車にブライトさん達一行が乗り込んだのを確認するとナンシーさんが言いました。
その横にはノノちゃんが立っていますが、何故かお客様のお子さんを一人くっつけています。
誰かは言うまでもないですね、本当に懐かれたものです。
ナンシーさんは当初、私の秘書としてここに留まる予定でしたが。
ノノちゃんが、ブライトさん達と同行することになった時、奥様方が話し相手にナンシーさんもと主張したのです。
結局、ナンシーさんも一旦アルビオン王国まで同行し、着いたら私が魔法で迎えに行くことになりました。
帰路も不測の事態に備えて、水の精霊アクアちゃんと風の精霊ブリーゼちゃんを二人に付けました。
「では、ブライトさん達のことはお任せします。
ノノちゃん、今回は有り難うね。とても助かったわ。」
「いいえ、私の方こそ、楽しい夏休みを過ごさせて頂き有り難うございました。
その上にお給金まで沢山頂いてしまって、本当に申し訳ないです。」
足に張り付く小さな女の子の頭を撫でながら、ノノちゃんは笑って答えてくれました。
ナンシーさん達が先頭の馬車に乗り込むと、七台の馬車はゆっくりと走り出していきます。
こうして、無事、ブライトさん達一行のアルム地方探訪は終わりを告げました。
概ね、思惑通りに進んだようです。
幸いにして、子供たちの口からアクアちゃんのことが話されることはありませんでした。
あの時、機転を利かせたノノちゃんが子供たちの注意を上手く自分に引き付けてくれていたのです。
アクアちゃんが目撃されなかったため、子供たちには不思議なことがあったで済まされました。
そして、約束通り二人のお母さんはアクアちゃんの存在については口を噤んでくれました。
『シューネフルトの奇跡』の秘密は守られました。
子供を『わくわく、農村体験ツアー』に参加させたご家族にも、ゆっくり羽を伸ばせたと喜んで頂けました。
その後は各々が好きなように過ごして頂き、八月も下旬に差し掛かる頃、ブライトさん達の滞在も終わりを迎えます。
いよいよ翌日にここを発つという晩、その日の夕食は立食形式のささやかなパーティーを催しました。
半月以上に及ぶ滞在で初めて、ブライトさん一行とメアリーさん達貴族のご婦人方を交えた夕食会になります。
そのパーティーにはゲストとしてリーナにも来てもらいました。
形式ばったことを一切排除したので、皆さん好きな料理を取って、気軽に会話を楽しんでいました。
今日のメニュー、もちろん沢山の料理を用意しましたが、子供たちに一番人気があったのはチーズフォンデュ。
子供たちのリクエストがあったので加えたのですが、チーズフォンデュを用意した一角に子供達が集まっています。
その光景を目にしたお母さんがこぼしていました。
「うちの子、チーズが大嫌いだったの。
農村体験ツアーから帰ってきたら、チーズがすごく美味しかったというので耳を疑ったわ。
でも、こうしてあの子が美味しそうに食べているところを見ると本当に嫌いじゃなくなったのね。
あの子にチーズを好きにならせるなんて、どんな魔法を使ったのかしら。」
そのお子さん、魔法でも使わないと好きになるとは思えないほど嫌いだったのですか。
そう呟いたお母さん、チーズフォンデュのコーナーからチーズを絡めた何本かの串を取って来ます。
そして、一口、口にして…。
「あら、本当に美味しいわね。
チーズが違うのかしら、鼻につくような強い匂いがしないのね。
王都で食べるチ-ズの風味と全然違うわ。
これなら子供達にも食べやすいわね。
でも、こんなチーズ、王都で手に入れられるのかしら。」
実際自分でもチーズフォンデュを味わってみて、そんな感想をもらしました。
このまま、自分の子にチーズを食べられるようになって欲しいと考えているのでしょう。
アルビオン王国で今口にしたようなチーズが手に入るかを心配しているようです。
これは、この地方のチーズを輸出したら一儲けできるかも知れませんね。
すると、その横で。
「いやあ、このチーズフォンデュ、本当にお酒とあうわね。
この前、フェニックスと一緒に飲んだ時、フェニックスの炎で炙ってもらったラクレットを肴に飲んだけど。
あれにしても、これにしても、本当にチーズはお酒の肴にピッタリね。」
チーズフォンデュを肴にワインをグビグビとあおるご婦人が一人。
先日、子供に混じって『わくわく、農村体験ツアー』に参加したお母さんの一人です。
あの時はお酒が用意されていなかったことに落胆していましたが、今日はとてもご満悦です。
このご婦人、農村体験ツアーから戻った後、子供たちにせがまれて聖獣の森に行った時も付いて来ました。
その時、フェニックスにお酒を届けると知ると、ちゃっかりラクレットチーズと茹でたジャガイモを持参したのです。
そして、フェニックス(もどき)のお酒の相手を自らかってでたのですが…。
冷めたジャガイモをフェニックス(もどき)に温めさせたうえ、フェニックスの炎でラクレットチーズを炙っていました。
怖いもの知らずというか、やりたい放題で呆れました。
ですが、まだ二十五歳にもなっていない若奥様です。
自分好みに熟れたきれいな女性にせがまれたフェニックスは、上機嫌にリクエストに応えていました。
その日、フェニックスは朝から若奥様にお酌をしてもらってご満悦で、いつも以上に気の入った芸を見せてくれました。
因みに、朝から延々とフェニックス(もどき)と飲み続けたこのご婦人、帰る時にはすっかり酔い潰れてぐっすりです。
私がお子さんと一緒に酔い潰れたご婦人を部屋まで送り届けると、出迎えた旦那さんはとても恥ずかしそうな顔をしていました。
また酔い潰れると旦那さんに叱られますよ…。
********
そして、私がリーナと二人でお客様達に声を掛けて歩いていると。
「カロリーネ様、今日は私達の送別のためにお越しくださり有り難うございます。
それと、シャルロッテ様、半月以上お世話になっていまい、本当に有り難うございました。」
ブライトさんが私達に話しかけてくれました。
「いいえ、アルビオン王国からお越し頂いた大切なお客様ですもの。
それでいかがでしたか、アルム地方で過ごされた休日は。」
そんなブライトさんに、リーナはアルム地方の感想を尋ねます。
「いやあ、今回の旅は私の一生で一番素晴らしい旅でした。
これからどこへ行ったとしても、今回の旅と比べたらかすんでしまう事でしょう。
何と言っても、奇跡に遭遇したのですから。
これは、私の一番の自慢のタネになります。
それだけではありません。
地下を走る電車に、街灯にライトアップされた街並み、どれも他では目にする事が出来ないものばかりでした。
それに、憧れのアルム山脈の風景を間近に見ることも出来ました。
あと、ひそかに私の中でポイントが高かったのが、こちらのお屋敷にある温泉です。
いやあ、日がな一日、温泉に浸かってのんびりしているのが至福の時でした。」
ブライトさんは、今回のアルム地方への旅行を大絶賛でした。
私達の思惑通り、『シューネフルトの奇跡』についても口コミで広めてくれそうです。
「あら、この館の温泉がお気に召したのなら良かったですわ。
ブライトさんがお見えになるのにあわせて、こちらの棟にも温泉を設けた甲斐がありましたわ。」
この館の温泉が気に入ったようなので、私がそう言葉を返すと。
「この地方には温泉はあちこちに湧き出すものなのですか?
シャルロッテ様が計画されているというホテルにもぜひ温泉を備えて頂ければと思うのですが。
私も是非宿泊させて頂きたいので。」
「残念ですが、シューネフルト近郊で現在温泉が湧いているのはこの館だけですの。
でも、私達が計画しているホテルには温泉を設けるつもりですので期待してくださいね。
それを売りにしますから。」
私がそう答えるとブライトさんが不思議そうな顔で尋ねて来ます。
「それは、シャルロッテ様は温泉が湧き出している場所をご存じだという事ですか?
ですが、温泉が湧いているのはこの館だけと言う言葉と矛盾するような…。」
「ご存じですか?
帝国には温泉が湧き出していて、それを売り物にしている保養地が幾つかあります。
それは、源泉が地下の比較的浅い所にあって、自然に湧き出している場所ばかりです。
この近辺には、そういった場所はないのですが。
地下のもっと深いところに温泉がある場所は、少なからずあります。
ですが、普通の人では温泉が何処にあるのかもわかりませんし。
よしんば、温泉の場所がわかったとしても、千ヤードもの深さを掘るのは不可能です。
ですが、私には魔法があります。
魔法で温泉を探して、魔法で温泉を掘り当てます。
先程、この館にしかないと言うのは間違いでした。
先日、私が魔法で新たな温泉を掘り当てました。
お子さんたちをお預かりしたログハウスにあった温泉がそうです。
私が計画しているホテルも温泉が湧く場所に立てるつもりですので。
他の方では真似できない魅力的なホテルになると思います。」
実際は私の魔法ではなく、水の精霊アクアちゃんの力なのですが。
「それは素晴らしい。
シャルロッテ様の魔法は本当に凄いですな。
温泉付きの高級リゾートホテルですか。
近くには奇跡が起きた町があり、アルム山脈を間近に見るホテル。
これはお客さんが殺到しそうだ。
そんな儲かりそうな話、私も一枚噛ませてもらいたいものですな。
あはは!」
そんな風に冗談めかして言うブライトさん、本気で一枚噛もうなどとは思っていないと思います。
ですが、私はこう返します。
「そう?
じゃあ、一枚噛みますか?
儲けさせてあげますよ。」
「へっ?噛ませて頂けるので?」
ブライトさんもこんな返事が返って来るとは予想もしていなかったでしょう。
予想外の私の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になりました。
「はい、実は資金面では十分なモノがあるのですが…、不足しているモノがありまして。
ホテル、場合によっては、他の方になにがしか出資して頂いて経営に参加してもらおうかと思っていました。
借りたいのは知恵。
具体的には私はこんな田舎に引き籠っているので、アルビオンの上流階級の方の流行りや好みに疎いのです。
アルビオンの上流階級の方が、どんなサービスを求め、どんな施設を好むかなどの助言が欲しいのですわ。
もちろん、出資に対する配当はお支払するし、役員になって頂ければ報酬もお支払いしますわ。」
私が事情を説明すると、それを耳にした別の方が。
「あれ、あれ、ブライトさん。
なに美味しい話を独り占めしようとしているのですか。
それが本当の話であれば、私も一枚噛ませて欲しいものです。
こんな素敵な場所にリゾートホテルを建てると聞いて、是非泊りに来たいと思っていました。
そのホテルの経営に参加できるなんてとても魅力的です。」
自分も加わりたいと言います。
そんな人は一人ではなく…。
あっという間に、私の周りに六人全員が集まってしまいました。
「では、ホテルのプランが固まったらブライトさんに連絡しますので。
アルビオンの王都にある私の屋敷に集まって頂けますか。
その場で正式にお話を致しましょう。」
私の言葉に皆さんとても期待してくださったようで、「その時は必ず声を掛けてくださいね。」と言って散っていきました。
その後、ミーシャさんの歌の披露を挟んだりしながら、パーティーは和やかに進みました。
「それでは、宴もたけなわとなりました。
最後に、皆さんのアルムハイム滞在を締めくくるにふさわしい余興を用意いたしました。
前庭のテラスに座席を用意しましたので、そちらに移動してください。」
私はパーティー会場の皆さんをテラスに誘導します。
全員が着席するのを確認して合図を送ると…。
『ドーン!』
という大音響と共に夜空に大輪の花が咲きました。
高く上がった花火の光に、一瞬、暗闇に沈んだアルム山脈の姿が照らし出されました。
それから、立て続けに打ち上げられる大輪の花火。
夜空に赤や緑、青に黄色と色とりどりの花火が大輪の花を咲かせます。
もちろん、火の精霊サラちゃんにお願いしたものです。
思う存分力を振るえるとあって、サラちゃん、ノリノリで引き受けてくれました。
「うわあ!きれーい!」
子供たちが歓声を上げ、
「本当、見事な花火ね…。
旅の締めくくりに相応しい、素敵な贈り物だわ。
本当に来て良かった…。」
一人のお母さんが感慨深そうに言いました。
ノリノリのサラちゃんはその後一時間近くに渡り素晴らしい花火を披露してくれて…。
ブライトさん達の送別パーティーは幕を下ろしたのです。
********
そして、翌朝。
「では、シャルロッテ様。
必ずや無事にお客様をアルビオン王国まで送り届けさせて頂きます。」
館の正面入り口に並んだ馬車にブライトさん達一行が乗り込んだのを確認するとナンシーさんが言いました。
その横にはノノちゃんが立っていますが、何故かお客様のお子さんを一人くっつけています。
誰かは言うまでもないですね、本当に懐かれたものです。
ナンシーさんは当初、私の秘書としてここに留まる予定でしたが。
ノノちゃんが、ブライトさん達と同行することになった時、奥様方が話し相手にナンシーさんもと主張したのです。
結局、ナンシーさんも一旦アルビオン王国まで同行し、着いたら私が魔法で迎えに行くことになりました。
帰路も不測の事態に備えて、水の精霊アクアちゃんと風の精霊ブリーゼちゃんを二人に付けました。
「では、ブライトさん達のことはお任せします。
ノノちゃん、今回は有り難うね。とても助かったわ。」
「いいえ、私の方こそ、楽しい夏休みを過ごさせて頂き有り難うございました。
その上にお給金まで沢山頂いてしまって、本当に申し訳ないです。」
足に張り付く小さな女の子の頭を撫でながら、ノノちゃんは笑って答えてくれました。
ナンシーさん達が先頭の馬車に乗り込むと、七台の馬車はゆっくりと走り出していきます。
こうして、無事、ブライトさん達一行のアルム地方探訪は終わりを告げました。
概ね、思惑通りに進んだようです。
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