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第13章 春、芽生えの季節に

第308話 電車のホームに来てみれば…

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 さて、アルビオンからお客様を迎えて十日目の朝のことです。
 この日は、館にお泊り頂いているお客様、全員を連れてシューネフルトの町をご案内することになっていました。
 
 私が来客棟のリビングルームに顔を出すと、既に身支度を整えたブライトさんがモーニングティーを楽しんでいました。

「おはようございます、ブライトさん。
 もう朝食はお済ですか、お早いのですね。」

 まだ、館を出発する時間までは大分時間があります。
 私が、声を掛けるとブライトさんは照れくさそうに言います。
 
「おはようございます、シャルロッテ様。
 いえ、お恥ずかしい話ですが、オークレフト君の発明品を見られると思うと楽しみでジッとしていられませんでした。
 そうそう、一昨日、昨日と私の娘と妻が非常にお世話なったようで有り難うございました。
 おかげで、二日のんびりと羽を伸ばす事が出来ました。
 娘も妻もとてもご機嫌で、ドラゴンやユニコーンと遊んだことを自慢していました。
 正直羨ましいと思いましたが…。
 どうやら、ユニコーンが男が大嫌いというのは伝承通りのようで、命が惜しいので諦めました。
 まあ、その分、今日はあのオークレフト君の発明品が見られるというので期待していますよ。
 今回、誘った連中は皆、前々からオークレフト君に注目していた者ばかりなのです。
 どんな発明品を見せてくれるのか皆楽しみにしていますよ。」

 今回お越しになったお客様は多かれ少なかれ機械マニア、技術マニアの方々のようです。
 みなさん、オークレフトさんと『類友』のようで、オークレフトさんとは旧知の間柄とのことでした。

 私達が話をしている間にも、他の方もリビングルームに集まって来ました。
 旦那さん方は、口々にオークレフトさんの発明品を見るのが楽しみだと言っています。
 余程待ち遠しかったのか、旦那さん方は迎えの馬車が館に着く頃には全員が揃っていました。

 用意した馬車は十二台、御者も含めて全てリーナが手配してくれました。
 クラーシュバルツ王国の王宮で使用している最新の馬車ばかりです。
 ブライトさん達がバジリアの港町からここまでやって来るのにも、今回手配した馬車を使わせてもらいました。

 ブライトさん達一行には家族毎に一台の馬車を割り当て、貴族のご婦人方には四人で一台の馬車を使ってもらいます。
 それで十一台、残り一台はアテンド役のナンシーさん、ノノちゃん、それにアリィシャちゃんが乗りました。

 そして、私は、おじいさま、トリアさん、シャル君と共にヴァイスの引く馬車で後から付いて行きます。

 館は出た馬車の一団が最初に向かうのはシューネフルトの領主館、リーナの許です。

     ********

「みなさん、アルビオン王国から遠路遥々ようこそお越しくださいました。
 私は、このシューネフルト領の領主カロリーネ・フォン・アルトブルクです。
 私はみなさんを歓迎いたします。
 このシューネフルトの町は、その名の通りとても美しいシューネ湖の湖畔にあり、風光明媚な町です。
 どうぞ、ゆっくりとご覧になってください。」

 領主館に着くとロビーには既にリーナが待ち構えており、来客の皆さんに歓迎の言葉を掛けました。
 因みに、おじいさま、トリアさん、シャル君は関係者のフリをして私の後ろに控えています。

 ブライトさん一行には、この三人の正体は明かさない予定です。
 本来、内緒で国を離れてはいけない方々ですから。
 トリアさんなど、結構顔が知れているはずですが…。
 大国アルビオンの王女がこんな所にいる訳がないという先入観からでしょうか。
 誰も気づいた様子がありません。

 トリアさんも、素知らぬ顔をしていますしね。

 リーナは、歓迎の挨拶に続いて自ら町を案内すると言い、皆を先導して領主館の外に向かいました。

 目指すは領主館前の広場です。
 領主館前広場にある鉄道の駅、そこにでオークレフトさんが一行を出迎えてくれます。

「ようこそ、私はアルムハイム伯にお仕えする技術者のオークレフトと申します。
 今日は、私の発明品の解説を仰せつかりました。
 どんなものかを最初に言ってしまうと面白みに欠けますので、先ずはご覧いただくことにしましょう。
 どうぞ、こちらに。」

 オークレフトさんはみなさんを誘導するように、地下へ向かう階段を降り始めます。

「うん?地下に何かあるのかね。」

 ブライトさん達一行の中から、そんな呟きが聞こえました。
 一行の旦那さん方はみなさん、オークレフトさんの発明品という事で期待をしている様子です。

 そして、

「まあ、明るいわね。
 これは何の光かしら?
 まさか、シャルロッテちゃんの魔法じゃないわよね。」

 鉄道のホームに降りると私の傍にいたメアリーさんが尋ねて来ました。

「ええ、私の魔法ではないですね。
 これについては、これからオークレフトさんが説明してくれます。」

「そう、じゃあ、あの方の解説を待ちましょうかね。」

 私がメアリーさんとそんな会話を交わしていると。

「これはガス灯か?
 いや、ガス灯にしては明るいな。眩しいぐらいだ。」

「おい、この下に敷いてあるのはレールじゃないか?」

「なに?おっ、本当だ。レールが敷いてあるぞ。」

「えっ、こんな地下に鉄道を通すって…。
 そんなバカな。」

 ブライトさん達一行の旦那さん達の中にざわめきが起こりました。

「なあ、オークレフト君。
 君、まさか、鉄道を地下に通したのか?
 排煙はどう処理したんだ、あれは有毒だぞ。
 地下に充満しようものなら、多数の死人が出るぞ。
 そろそろ、種明かしを始めても良いのではないか?」

 オークレフトさんの隣に立つブライトさんが尋ねます。

「はい、ちょうどやって来ましたので説明を始めましょうか。」

 オークレフトさんが口を開くと同時に、左手方向の暗がりから明かりが見えました。
 それが、ガタン、ゴトンと言う音と共にどんどん近づいてきます。

 やって来たのは二両編成の電車です。
 今日は、保守点検のためという名目で、終日運転を取り止めると町の各所に御触書を出しました。
 そして、ホームに停車する二両編成の車両。

「おい、この列車、牽引する機関車がないのだが…。
 ケーブルで引っ張っているようにも見えんし、いったいどうやって動いているんだ。
 確かに、煙が出てないので地下でも大丈夫そうではあるが。」

「どうです、ブライトさん、凄いでしょう。
 これが、おそらく世界で初めて実用化された電気で動く鉄道車両です。
 離れた発電所で作った電気で、モーターを回して動いているんですよ。
 モーターは比較的小型なので、各車両に取り付ける形にしたのです。
 そうすれば、機関車が要らないでしょう。」

「電気だと…。
 それは、君が考えた事なのか?」

 電気で動いていると聞いて驚きの表情を見せたブライトさん。
 オークレフトさんの考案なのかを訪ねますが。

「いいえ、僕は発明家ではないですから。
 発電機も、モーターもプルーシャ辺りの学者が別個に原理を発見したものです。
 私は技術屋なので、それらの論文を読んでこれは使えると思ったのです。」

 ブライトさんの質問にオークレフトさんが答えると、別の方から声が上がりました。

「おお、その論文なら俺も読んだぞ。
 でもな、その論文って、まだ数年前のものだろう。
 それをこんなに早く実用化したってか。
 俺の知る限り、こんな大きな物を動かせるなんて話は聞いたことが無いぞ。」

「おい、それより、この場所を昼間のように明るくしている光。
 もしかして、あの照明も電気を使っているのか。
 たしか、何処かの論文で読んだぞ、空中で放電させると眩く光るって。
 あれなのか?あれを製品化したというのか、オークレフト君。」

 ああ、なんか収拾がつかなくなりそうです。
 これだから、マニアと言われる人たちは…。
 関心事項に集中し過ぎてしまって、周囲に対する気配りがなっていません。
 貴族のご婦人方やブライトさん達の奥様方、それにお子さんが退屈してしまいます。

「みなさん、女性やお子さんを待たせてはいけません。
 まずは、実際に列車に乗って、乗り心地を確認してください。
 今日はシャルロッテ様のご厚意で、夕食後にゆっくりと話が出来るように席を用意して頂きました。
 美味しいお酒と肴も用意してあるそうなので、その場でご質問にはお答えします。」

 おや、オークレフトさんにしては珍しく空気を呼んでくれたようです。

「おう、そうだな。
 悪かった、つい、関心があったものだから。
 女性や子供に対する気遣いを怠ってしまった。
 では、早速乗せてもらおうかな。」

 オークレフトさんの言葉に周りを見回したブライトさん。
 周囲から白い眼で見られている事に気付き、バツの悪い表情でオークレフトさんに詫びました。

 やっと、電車に乗れそうです。 
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