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第13章 春、芽生えの季節に
第298話 老婦人方も驚きの連続です
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月も改まり、八月。
「さて、あなた方には明朝、『海の女神号』の前でお客様をお迎えして頂きます。
既に渡してある顧客名簿と照合して、間違いなく全員揃っているかを確認してください。
お客様が全員揃ったら、すぐに出港出来るようゲーテ船長には指示してあります。
そこから一週間、アルムハイムまでお客様をご案内するのがあなた方の仕事です。
大切なお客様方ですので、くれぐれも親切丁寧な対応を心掛けてくださいね。」
私は、ナンシーさんとノノちゃんを前に明日からの仕事の注意事項を確認します。
そう、いよいよ、明日、アルビオン王国のお金持ちの方々をアルムハイムへの旅にご案内するのです。
ナンシーさんは、先日無事に女学校を卒業、寄宿舎も引き払って私の許へやって来ました。
明日からのアルムハイムへお客様をご案内する事が、ナンシーさんの初仕事です。
真剣に私の注意事項を聞く二人に、色々と細かい点を確認していき、最後に。
「まあ、想定外の事も起こるでしょうから、そこは臨機応変に対応してください。
一番大事な事は、途中の寄港地などでお客様を置き去りにしない事です。
途中に何処かに寄ったら、出発する前に全員揃っているかを必ず確認すること。
これだけは絶対に怠らないでください。
それ以外の事は大抵の事はリカバリー可能ですので、多少の失敗は気にしないでください。
では、明日からよろしくお願いいたします。」
「はい、シャルロッテ様、必ずや無事にお客様をアルムハイムまで送り届けさせて頂きます。」
「はーい!わたしも頑張ります!
一週間の旅か…、楽しみだなー。
私、旅って、一生で一回しか出来ないと思っていたんです。娼館へ売られて行く時の旅。
それが、豪華な船に乗って旅できるなんて、夢のようです。
しかも、今回は可愛い用心棒を二人も付けてくれるのですから、ますます楽しみです。」
初仕事にやや気負い過ぎの感のあるナンシーさんとは対照的に、ノノちゃんはとても楽しそうにしています。
さりげなく、とんでもないことを言っていましたが、そこはスルーしておきましょう。
ノノちゃん、全然気負った様子は見られませんが、これでいて何でもそつ無くこなすので安心して任せられます。
一週間もの長旅です、不測の事態が起こらないとも限りません。
そこで、今回二人には頼もしい相棒を付けることにしました。
風の精霊ブリーゼちゃんと水の精霊アクアちゃんです。
ブリーゼちゃんには私との連絡役を、アクアちゃんには体調を崩した人の治療をお願いしてあります。
ノノちゃんは、二人の精霊が付いてくることに、とてもご機嫌です。
********
翌朝、『海の女神号』は無事、港を出港していきました。
そして、私は次の行動に移ります。
「まあ、まあ、シャルロッテちゃん、わざわざここまで迎えに来て頂いて悪いわね。
今日から一月、お世話になるわ。よろしくお願いね。」
私は、王都の近郊にある貴族のカントリーハウスに来ています。
ここに一人暮らしをするジョージさんの遠縁にあたるおばあちゃんを迎えに来たのです。
このおばあちゃん、メアリーさんというお名前だそうですが、有力な公爵家の大奥様です。
公爵家は既にご子息の代になり、前公爵も鬼籍に入ってからはここで一人暮らしをしているそうです。
「いいえ、お荷物を持って私の屋敷まで来て頂くのは大変ですから。
お荷物は、先にアルムハイムへ送ってしまいますね。」
お年を召されているとはいえ、やはりご婦人は荷物が多いです。
幾ら使用人たちが用意をしてくれるとは言え、荷物を私の屋敷まで運ぶのは骨が折れます。
メアリーさんの案内で旅行荷物が用意されている部屋に行き、さっそく転移魔法の敷物を広げます。
そして、旅行荷物を次々とアルムハイムへ送って行きます。
「あら、まあ、本当に荷物が消えちゃうのね。
すぐに、アルムまで荷物を送れちゃうなんて、シャルロッテちゃんの魔法って本当に便利ね。」
と、メアリーさんが感心している間に、荷物の転送は終了します。
そして、
「なにこれ、ジョージが使っているような立派な馬車で驚いていたけど…。
驚くところはそこじゃなかったのね。
この馬車、空を飛んでいるじゃない。」
ええ、幾ら近郊とは言え、メアリーさんのカントリーハウスから王都の屋敷までは地上を走ると半日かかります。
年配のご婦人に半日の馬車の旅は大変ですから、空の旅にお連れしました。
「ええ、特別ですよ。
この国の方で、空の旅にご案内したのはジョージさんを含めて数名しかいません。
誰にでもサービスする訳ではございませんので、秘密にしてくださいね。」
「もちろんよ、こんな事を言いふらしたら、シャルロッテちゃんの所に人が詰めかけちゃうわ。
私だって、触れ回った方が良い事と拙い事の区別はちゃんとしているから安心して。
でも素敵ね空を飛ぶ馬車なんてお伽噺のようだわ。」
さすが、海千山千の社交界を乗り切ってこられた方です。
広めた方が良い情報と秘匿した方が良い情報の区別は言うまでもないようです。
私は、鼻歌を口ずさみながら楽し気に景色を眺めるメアリーさんと共に、王都の屋敷に戻ってきたのです。
********
メアリーさんを連れて館に戻ったのが昼前の事。
メアリーさんも交えてランチを取り、しばらくお茶を楽しんでいると、次々に馬車が屋敷の中に入って来ました。
王都に住むご婦人方の到着です。
それぞれのご婦人が伴って来た使用人に、旅の荷物を転移魔法の敷物を敷いた部屋に運び込んでもらいます。
流石貴族の使用人です。なんで荷物を部屋に運び込むのか疑問でしょうが、それを口には出しません。
黙々と荷物を運び込むと、ご婦人の指示に従い帰って行きました。
ご婦人だけ残った部屋で、私は旅の荷物をアルムハイムへ送る作業を始めます。
敷物の上に乗せると瞬時に消え去る旅の荷物に、みなさん、驚愕の表情を見せます。
私は、そんなご婦人方にいつもながらの説明を繰り返すのですが。
今日は横にいるメアリーさんが、私の説明に続いて、
「みんな、シャルロッテちゃんが使うこの魔法の事はここだけの秘密だからね。
絶対に喋っちゃダメよ。
こんな便利な魔法の事が知れたら、シャルロッテちゃんに欲深い連中が寄って来ちゃうから。」
と言って、口止めをしてくださいました。
そんなことを繰り返す事二十回ほど、今回アルムハイムへご招待する総勢二十名のご婦人方が揃いました。
今回、メアリーさんが声を掛けてくださったのは、お若い頃から懇意にされてきた方ばかりだそうです。
傍系とは言え王家に名を連ねるメアリーさんの若い頃からの知り合いですから、皆さん、高位貴族の方ばかりです。
「さて、みなさん、今回はアルムハイム伯がとても素敵なヴァカンスに招待してくださいました。
これから起こる事には、長い年月を生きて来た私達にも、初めて経験するワクワクする事が沢山あります。
ただ、そのワクワクする事の中にはアルムハイム伯が秘密にしている事も沢山あるのです。
今回、私達のために特別にその秘密を明かしてくださいます。
ですから、アルムハイム伯が秘密にして欲しいと望むことは、口を噤むことを約束してください。
そのかわり、広めた方がアルムハイム伯のためになる事は、積極的に広めようじゃないですか。」
メアリーさんがアルムハイムへ出発するに先立って、集まった方々にこんな注意をしてくださいました。
どうやら、メアリーさんは派閥の長のようなもので、みなさん、メアリーさんの指示に従ってくださるようです。
みなさんに、秘密を守る事を納得して頂いたようですので、私はさっそくアルムハイムへご案内することにします。
転移魔法を用いて数人ずつ、アルムハイムへ送って行きます。
その中で、とあるご婦人が言っていました。
「メアリー様ったら、どうやってアルムハイムまで行くか最後まで説明してくださらなかったの。
今日出発して、八月末に帰って来るって、それしか教えてくださらなかったのよ。
それと、逗留するのがアルムハイム伯のお屋敷だという事だけ。
後は、行ってからのお楽しみですって、はぐらかしましたのよ。
でも、これは納得ですわ。
魔法を使って一瞬でアルムハイムまで行くなんて、人の耳がある所ではおいそれと言えませんものね。
これは年甲斐もなくワクワクするような旅になりそうですわ。」
どうやら、メアリーさんは詳しい事は何も教えずにみなさんを引っ張り出したようです。
良くそれで貴族の大奥様方を連れ出せたものねと思いますが、それだけメアリーさんの影響力が今でも強いのでしょう。
********
全員の転移が済んだところで、普段は使っていない来賓用のリビングルームにご案内します。
もちろん、そこで出迎えてくれるのは…。
「みなさん、遠路はるばる、よくぞ来てくださった。
私も、孫娘と共に歓迎させて頂きます。
日頃は孫娘が世話になっているようで、心から感謝します。」
私がみなさんを伴って部屋に入ると待ち構えていたおじいさまから歓迎の声が掛かります。
「あら、シャルロッテちゃんのおじいさまですの。
歓迎して頂き、有り難うございます。
しばらくの間、お世話になりますがよろしくお願いします。
シャルロッテちゃんも人が悪いわ、こんな素敵なおじいさまがいる事を内緒にしているなんて。」
そう言ったメアリーさん、おじいさまのお顔をみて不思議そうに首を傾げました。
「うーん、どこかでお目にかかったような気がするのよね。思い出せないわ…。」とか呟いています。
すると、一人のご婦人がメアリーさんの袖を引っ張りました。
「メアリー様、こちらの殿方、皇帝陛下ではございませんこと。
私、若い頃、主人が帝都駐在の外交官を拝命していた時期がございまして。
私も一緒に赴いていたのですが、何かの席でお見かけした記憶が…。」
そして、そっとメアリーさんに耳打ちをしたのです。
すると、メアリーさん、ポンと手を叩いて呟きました。
「思い出せないはずだわ。
お目にかかったのではなく、貴族名鑑で肖像画を拝見したのね。」
そして、
「あらやだ、失礼しました。
私、先代サウスミンスター公爵が妻でメアリーと申します。
よろしく、お見知りおき下さい。皇帝陛下。」
と姿勢を正して自己紹介しました。
「いやいや、そう堅くならないで、楽にしてください。
今日、ここにいるのは、帝国皇帝のフランツではなく、シャルロッテの爺さんのフランツです。
今は、休暇中の身、シャルロッテと共にみなさんのおもてなしをしようかと思ってここにいるのです。
どうぞ、自分の家にいると思って寛いだ時間を過ごしてください。」
おじいさまは、自分の正体を知って姿勢を正した皆さんに楽にするように言って、ソファーを勧めました。
「すみません、ではお言葉に甘えて掛けさせていただきますね。
でも、シャルロッテちゃんも、皇帝陛下がいらしているなら教えてくれても良いじゃない。
ビックリして心臓が止まるかと思ったわ。
でも、知らなかったわ、シャルロッテちゃんが皇帝陛下のお孫さんだなんて。
今回の旅はのっけからサプライズの連続だわ。
これから先、どんな出し物があるのかとても楽しみだわ。」
メアリーさんの言葉に、みなさん、一様に頷いていました。
おじいさまが出迎えてくれたことに、最初は驚いていたご婦人方でしたが。
みなさんにお茶が饗される頃にはすっかり打ち解け、おじいさまが出迎えてくれたことをとても喜んでいました。
やはり、大陸一の権力者がお迎えをしてくれることは、特別感があったようです。
「さて、あなた方には明朝、『海の女神号』の前でお客様をお迎えして頂きます。
既に渡してある顧客名簿と照合して、間違いなく全員揃っているかを確認してください。
お客様が全員揃ったら、すぐに出港出来るようゲーテ船長には指示してあります。
そこから一週間、アルムハイムまでお客様をご案内するのがあなた方の仕事です。
大切なお客様方ですので、くれぐれも親切丁寧な対応を心掛けてくださいね。」
私は、ナンシーさんとノノちゃんを前に明日からの仕事の注意事項を確認します。
そう、いよいよ、明日、アルビオン王国のお金持ちの方々をアルムハイムへの旅にご案内するのです。
ナンシーさんは、先日無事に女学校を卒業、寄宿舎も引き払って私の許へやって来ました。
明日からのアルムハイムへお客様をご案内する事が、ナンシーさんの初仕事です。
真剣に私の注意事項を聞く二人に、色々と細かい点を確認していき、最後に。
「まあ、想定外の事も起こるでしょうから、そこは臨機応変に対応してください。
一番大事な事は、途中の寄港地などでお客様を置き去りにしない事です。
途中に何処かに寄ったら、出発する前に全員揃っているかを必ず確認すること。
これだけは絶対に怠らないでください。
それ以外の事は大抵の事はリカバリー可能ですので、多少の失敗は気にしないでください。
では、明日からよろしくお願いいたします。」
「はい、シャルロッテ様、必ずや無事にお客様をアルムハイムまで送り届けさせて頂きます。」
「はーい!わたしも頑張ります!
一週間の旅か…、楽しみだなー。
私、旅って、一生で一回しか出来ないと思っていたんです。娼館へ売られて行く時の旅。
それが、豪華な船に乗って旅できるなんて、夢のようです。
しかも、今回は可愛い用心棒を二人も付けてくれるのですから、ますます楽しみです。」
初仕事にやや気負い過ぎの感のあるナンシーさんとは対照的に、ノノちゃんはとても楽しそうにしています。
さりげなく、とんでもないことを言っていましたが、そこはスルーしておきましょう。
ノノちゃん、全然気負った様子は見られませんが、これでいて何でもそつ無くこなすので安心して任せられます。
一週間もの長旅です、不測の事態が起こらないとも限りません。
そこで、今回二人には頼もしい相棒を付けることにしました。
風の精霊ブリーゼちゃんと水の精霊アクアちゃんです。
ブリーゼちゃんには私との連絡役を、アクアちゃんには体調を崩した人の治療をお願いしてあります。
ノノちゃんは、二人の精霊が付いてくることに、とてもご機嫌です。
********
翌朝、『海の女神号』は無事、港を出港していきました。
そして、私は次の行動に移ります。
「まあ、まあ、シャルロッテちゃん、わざわざここまで迎えに来て頂いて悪いわね。
今日から一月、お世話になるわ。よろしくお願いね。」
私は、王都の近郊にある貴族のカントリーハウスに来ています。
ここに一人暮らしをするジョージさんの遠縁にあたるおばあちゃんを迎えに来たのです。
このおばあちゃん、メアリーさんというお名前だそうですが、有力な公爵家の大奥様です。
公爵家は既にご子息の代になり、前公爵も鬼籍に入ってからはここで一人暮らしをしているそうです。
「いいえ、お荷物を持って私の屋敷まで来て頂くのは大変ですから。
お荷物は、先にアルムハイムへ送ってしまいますね。」
お年を召されているとはいえ、やはりご婦人は荷物が多いです。
幾ら使用人たちが用意をしてくれるとは言え、荷物を私の屋敷まで運ぶのは骨が折れます。
メアリーさんの案内で旅行荷物が用意されている部屋に行き、さっそく転移魔法の敷物を広げます。
そして、旅行荷物を次々とアルムハイムへ送って行きます。
「あら、まあ、本当に荷物が消えちゃうのね。
すぐに、アルムまで荷物を送れちゃうなんて、シャルロッテちゃんの魔法って本当に便利ね。」
と、メアリーさんが感心している間に、荷物の転送は終了します。
そして、
「なにこれ、ジョージが使っているような立派な馬車で驚いていたけど…。
驚くところはそこじゃなかったのね。
この馬車、空を飛んでいるじゃない。」
ええ、幾ら近郊とは言え、メアリーさんのカントリーハウスから王都の屋敷までは地上を走ると半日かかります。
年配のご婦人に半日の馬車の旅は大変ですから、空の旅にお連れしました。
「ええ、特別ですよ。
この国の方で、空の旅にご案内したのはジョージさんを含めて数名しかいません。
誰にでもサービスする訳ではございませんので、秘密にしてくださいね。」
「もちろんよ、こんな事を言いふらしたら、シャルロッテちゃんの所に人が詰めかけちゃうわ。
私だって、触れ回った方が良い事と拙い事の区別はちゃんとしているから安心して。
でも素敵ね空を飛ぶ馬車なんてお伽噺のようだわ。」
さすが、海千山千の社交界を乗り切ってこられた方です。
広めた方が良い情報と秘匿した方が良い情報の区別は言うまでもないようです。
私は、鼻歌を口ずさみながら楽し気に景色を眺めるメアリーさんと共に、王都の屋敷に戻ってきたのです。
********
メアリーさんを連れて館に戻ったのが昼前の事。
メアリーさんも交えてランチを取り、しばらくお茶を楽しんでいると、次々に馬車が屋敷の中に入って来ました。
王都に住むご婦人方の到着です。
それぞれのご婦人が伴って来た使用人に、旅の荷物を転移魔法の敷物を敷いた部屋に運び込んでもらいます。
流石貴族の使用人です。なんで荷物を部屋に運び込むのか疑問でしょうが、それを口には出しません。
黙々と荷物を運び込むと、ご婦人の指示に従い帰って行きました。
ご婦人だけ残った部屋で、私は旅の荷物をアルムハイムへ送る作業を始めます。
敷物の上に乗せると瞬時に消え去る旅の荷物に、みなさん、驚愕の表情を見せます。
私は、そんなご婦人方にいつもながらの説明を繰り返すのですが。
今日は横にいるメアリーさんが、私の説明に続いて、
「みんな、シャルロッテちゃんが使うこの魔法の事はここだけの秘密だからね。
絶対に喋っちゃダメよ。
こんな便利な魔法の事が知れたら、シャルロッテちゃんに欲深い連中が寄って来ちゃうから。」
と言って、口止めをしてくださいました。
そんなことを繰り返す事二十回ほど、今回アルムハイムへご招待する総勢二十名のご婦人方が揃いました。
今回、メアリーさんが声を掛けてくださったのは、お若い頃から懇意にされてきた方ばかりだそうです。
傍系とは言え王家に名を連ねるメアリーさんの若い頃からの知り合いですから、皆さん、高位貴族の方ばかりです。
「さて、みなさん、今回はアルムハイム伯がとても素敵なヴァカンスに招待してくださいました。
これから起こる事には、長い年月を生きて来た私達にも、初めて経験するワクワクする事が沢山あります。
ただ、そのワクワクする事の中にはアルムハイム伯が秘密にしている事も沢山あるのです。
今回、私達のために特別にその秘密を明かしてくださいます。
ですから、アルムハイム伯が秘密にして欲しいと望むことは、口を噤むことを約束してください。
そのかわり、広めた方がアルムハイム伯のためになる事は、積極的に広めようじゃないですか。」
メアリーさんがアルムハイムへ出発するに先立って、集まった方々にこんな注意をしてくださいました。
どうやら、メアリーさんは派閥の長のようなもので、みなさん、メアリーさんの指示に従ってくださるようです。
みなさんに、秘密を守る事を納得して頂いたようですので、私はさっそくアルムハイムへご案内することにします。
転移魔法を用いて数人ずつ、アルムハイムへ送って行きます。
その中で、とあるご婦人が言っていました。
「メアリー様ったら、どうやってアルムハイムまで行くか最後まで説明してくださらなかったの。
今日出発して、八月末に帰って来るって、それしか教えてくださらなかったのよ。
それと、逗留するのがアルムハイム伯のお屋敷だという事だけ。
後は、行ってからのお楽しみですって、はぐらかしましたのよ。
でも、これは納得ですわ。
魔法を使って一瞬でアルムハイムまで行くなんて、人の耳がある所ではおいそれと言えませんものね。
これは年甲斐もなくワクワクするような旅になりそうですわ。」
どうやら、メアリーさんは詳しい事は何も教えずにみなさんを引っ張り出したようです。
良くそれで貴族の大奥様方を連れ出せたものねと思いますが、それだけメアリーさんの影響力が今でも強いのでしょう。
********
全員の転移が済んだところで、普段は使っていない来賓用のリビングルームにご案内します。
もちろん、そこで出迎えてくれるのは…。
「みなさん、遠路はるばる、よくぞ来てくださった。
私も、孫娘と共に歓迎させて頂きます。
日頃は孫娘が世話になっているようで、心から感謝します。」
私がみなさんを伴って部屋に入ると待ち構えていたおじいさまから歓迎の声が掛かります。
「あら、シャルロッテちゃんのおじいさまですの。
歓迎して頂き、有り難うございます。
しばらくの間、お世話になりますがよろしくお願いします。
シャルロッテちゃんも人が悪いわ、こんな素敵なおじいさまがいる事を内緒にしているなんて。」
そう言ったメアリーさん、おじいさまのお顔をみて不思議そうに首を傾げました。
「うーん、どこかでお目にかかったような気がするのよね。思い出せないわ…。」とか呟いています。
すると、一人のご婦人がメアリーさんの袖を引っ張りました。
「メアリー様、こちらの殿方、皇帝陛下ではございませんこと。
私、若い頃、主人が帝都駐在の外交官を拝命していた時期がございまして。
私も一緒に赴いていたのですが、何かの席でお見かけした記憶が…。」
そして、そっとメアリーさんに耳打ちをしたのです。
すると、メアリーさん、ポンと手を叩いて呟きました。
「思い出せないはずだわ。
お目にかかったのではなく、貴族名鑑で肖像画を拝見したのね。」
そして、
「あらやだ、失礼しました。
私、先代サウスミンスター公爵が妻でメアリーと申します。
よろしく、お見知りおき下さい。皇帝陛下。」
と姿勢を正して自己紹介しました。
「いやいや、そう堅くならないで、楽にしてください。
今日、ここにいるのは、帝国皇帝のフランツではなく、シャルロッテの爺さんのフランツです。
今は、休暇中の身、シャルロッテと共にみなさんのおもてなしをしようかと思ってここにいるのです。
どうぞ、自分の家にいると思って寛いだ時間を過ごしてください。」
おじいさまは、自分の正体を知って姿勢を正した皆さんに楽にするように言って、ソファーを勧めました。
「すみません、ではお言葉に甘えて掛けさせていただきますね。
でも、シャルロッテちゃんも、皇帝陛下がいらしているなら教えてくれても良いじゃない。
ビックリして心臓が止まるかと思ったわ。
でも、知らなかったわ、シャルロッテちゃんが皇帝陛下のお孫さんだなんて。
今回の旅はのっけからサプライズの連続だわ。
これから先、どんな出し物があるのかとても楽しみだわ。」
メアリーさんの言葉に、みなさん、一様に頷いていました。
おじいさまが出迎えてくれたことに、最初は驚いていたご婦人方でしたが。
みなさんにお茶が饗される頃にはすっかり打ち解け、おじいさまが出迎えてくれたことをとても喜んでいました。
やはり、大陸一の権力者がお迎えをしてくれることは、特別感があったようです。
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