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第13章 春、芽生えの季節に

第296話 『たなぼた』です

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 ベルタさんの強い勧めを受けて、私はミィシャさんに打診して見ました。

「ねえ、ミィシャさん、もしよろしければ、私の下で働いてみないかしら。
 今ね、アルム地方にお金持ち向けのホテルを造る計画があって、そこで歌ってもらえないかと思うの。
 もちろん、それなりのお給金は出させて頂くわ。
 それに、アリィシャちゃんと一緒に暮らせるようになるわよ。」

 ただし、ホテルを作る計画はまだ本格的に動き出してはない事も知らせます。
 ホテルが出来るまでの間、上流階級の方が好まれる音楽を帝都で学んでもらうつもりである事も伝えます。
 なので、アリィシャちゃんと一緒に暮らせるようになるのは、数年後になるだろうと。

「勿体ないお誘いを頂戴し、身に余る光栄なのですが…。
 私は物心ついてからずっとあの一座にお世話になって来ました。
 親代わりになって私を育ててくれたのは、あの座長さんのようなものです。
 座長さんに不義理をして一座を抜ける訳には参りません。
 本音を言えば、アリィシャと一緒に暮らせるのは心惹かれますし…。
 あのろくでなしの顔を見なく済むようになるのはとても有り難いのですが。」

 ミィシャさんはきちんとされた方のようで、恩のある一座を去る事には躊躇しています。
 やはり、ミィシャさんは一座の歌姫として一翼を担う存在のようです。
 でも、実際のところ、アリィシャちゃんと一緒に暮らせるようになる事には心惹かれているようです。
 私は、ミィシャさんを送り届ける時に、座長さんに相談してみようと思いました。

     ********

 翌朝、私達は館の前に広がるハーブ畑の中に立っています。
 これから、ミィシャさんにアリィシャちゃんの魔法を披露します。

「やっぱり、魔女は箒に跨って空を飛ぶのですね。」

 ミィシャさんが、仲良く箒を抱えた私とアリィシャちゃんを見て、笑いをこぼしました。

「ええ、やっぱり、魔女と言えば箒で飛ぶのがお約束ですからね。
 本当はモップでも何でも良いのですよ。
 単に、空中で体の安定を保つだけの役割ですから。」

「ねえ、ねえ、ロッテお姉ちゃん、早く飛ぼうよー!」

「じゃあ、最初に、アリィシャちゃん一人で飛んで、お母さんに見せてあげましょう。
 この畑の上空をぐるっと一周飛んで、戻って来て。
 それから、お母さんを乗せて飛んでみましょうね。」

「うん、わかった!
 おかあさん、見てて。
 わたし、空を飛べるんだよ!」

 アリィシャちゃん、一人で飛んでもらうのは馴らしです。
 いきなり、ミィシャさんを乗せるより、空を飛ぶ感覚を復習してからの方が安全だと思ったので。

 アリィシャちゃんは、しばらく集中して魔力を操作したかと思うと…。

「じゃあ、飛ぶよ!おかあさん、良く見ててね。
 いっけー!」

 元気な掛け声と共に、一気に空に舞い上がりました。

「あらら、凄いわね。
 もう、あんな高いところまで、上がってしまって…。
 アリィシャは本当に魔法使いなのですね。
 昨日の夜、光の魔法で部屋を明るくしてくれたのにも驚きましたが…。
 これは、ビックリです。」

 ミィシャさんは、大空を舞うアリィシャちゃんの姿に、目を丸くして驚きの声をもらしました。

「ええ、アリィシャちゃんはとても才能が有りますわ。
 それに、とても練習熱心です。
 まだ、修業を始めて二年なのにもう大空を自由に舞う事が出来るのですよ。
 戻ってきたら、褒めてあげてください。」

 私の言葉にミィシャさんは黙って頷いていました。

 数分後、目の間に降り立ったアリィシャちゃんの頭を撫でながら。

「アリィシャ、凄いわ、あんなに高く飛べるなんて。
 おかあさん、驚いちゃったわ。
 アルムハイム伯から伺ったわ、とっても沢山練習したのですってね。
 偉いわ。
 アルムハイム伯も上達が早いって、とても褒めていたわよ。」

 ミィシャさんに褒められたアリィシャちゃんは、目を細めてくすっぐったそうに笑いました。

「おかあさんに褒めてもらって、わたし、うれしい!
 今度は、おかあさんをお空に連れて行ってあげるね。
 さあ、乗って!」

 ミィシャさんに褒められて、アリィシャちゃんは上機嫌です。
 箒に乗ってミィシャさんの腰高に浮かび上がると、ミィシャさんに腰掛けるように促しました。
 それにあわせて、私も空を飛ぶ準備を整えます。

 そして、ミィシャさんが箒に横座りし、アリィシャちゃんの腰に手を回すと。

「じゃあ、おかあさん、しっかり掴まっていてね。
 いっきまーす!」

「きゃっ!」

 ミィシャさんの軽い悲鳴と共に、再び空へ舞い上がったのです。
 もちろん、私も横に付いて飛びますよ。

     ********

 ハーブ畑の上空。

「ほら、あそこに見える町が昨日一座の馬車が着いたシューネフルトの町だよ。
 結構、遠いでしょう。
 ロッテお姉ちゃんから聞いたけど、十マイルくらい離れてるんだって。
 転移の魔法ってすごいよね、それを一瞬で移動しちゃうの。」

 アリィシャちゃんが、シューネフルトの町を指差して説明しています。

「十マイル…、この高さから見ると十マイルも先のものがハッキリと見渡せるのね。
 うん、転移の魔法はとっても凄いけど…。
 アリィシャのこの魔法も十分凄いわ。
 空を飛べるなんて思わなかった、それもこんな高くまで。
 アルムの頂がこんなに近くに見える…。
 お母さん、アリィシャに見せてもらったこの景色を一生忘れないわ。
 大空に連れて来てくれて有り難う、アリィシャ。」

 ミィシャさんはとてもラッキーです。今日は雲一つない快晴、はるか遠くまで見渡せます。
 愛娘に連れて来てもらった空から眺める絶景、一生忘れる事のない景色になるでしょう。

 空の散歩はその後一時間近くに及び、アルム山脈の頂きに近づいてみたりもしました。
 アルム地方の雄大な景色、それも、普通ではまずみられない空からの眺めを見てミィシャさんは大はしゃぎでした。

「アリィシャ、今日は本当に有り難う、こんなに素敵な経験をさせてもらえるなんて。
 アルムハイム伯様、アリィシャをご指導いただき有り難うございます。
 まだ幼いこの子をあの町に置き去りにした時、再び会うことは叶わないと思っていたのです。
 それをこうして抱きしめる事が出来るばかりか、こんな素敵な事まで教えてくださったなんて。」

 アルムハイムの館に降り立つと、ミィシャさんはアリィシャちゃんを褒めた後、私に向かって再度頭を下げました。
 魔法、人によっては胡散臭いモノとして忌避しますが、ミィシャさんには素敵なモノと映ったようで良かったです。

 その後の時間、この母子には温泉に入ってもらったりして、のんびりと過ごしてもらいました。
 アリィシャちゃんも、久しぶりにミィシャさんに思いっ切り甘えられてとても嬉しそうにしています。

 やっぱり、親子は一緒にいた方が自然ですね。
 私は、なんとかミィシャさんを譲ってもらえないものか、座長さんに掛け合ってみようと強く思ったのです。

     ********

 更に翌日、朝、ミィシャさんを一座のもとへ送り届けます。
 アリィシャちゃんにはここで見送ってもらいます。
 あの一座、風紀が乱れ過ぎで、子供を連れて行くには教育に悪すぎます。

 アリィシャちゃんとの名残を惜しむミィシャさんを伴って、シューネフルトへ転移、一座の所へやって来ました。

「座長さん、ミィシャさんはこの一座に欠かせない方なのですよね?」

 私はミィシャさんと別れると、一人座長さんの許を訪ねました。

「何ですかい、藪から棒に。
 それは、ミィシャは一座の公演のトリを務める者ですからね。
 公演はね、最初は煌びやかな衣装をきた若い踊り子の派手な踊りで観客の目を引くでしょう。
 それから、男衆の曲芸なんかで、賑やかに観客を楽しませるんです。
 うんで、最後はしっとりとした歌声で締めるんでさあ。
 派手さがないだけ、実力が要求されますし、観客を聞き入らす歌声が必要なんです。
 そう言った意味では、この一座で一番重要な役回りと言っても良いくらいです。
 まあ、見に来るお客さんの一番の目当ては若い踊り子なんですがね…。」

 座長さん、最後はため息交じりでした。
 座長さんが、一番自信を持っているのがミィシャさんの歌唱なのだそうです。
 なのに観客に人気があるのは、一座の風紀を乱しまくっている美女軍団なのが悩ましいようです。

「実はね、ミィシャさんを私のところへ譲ってもらえないかと思ってね。
 ミィシャさんからは、恩のある座長さんに不義理は出来ないと断られちゃったんだけど。
 アリィシャちゃんとミィシャさんを見ていたら、一緒に暮らす事が出来ないかなと思って。」

 私は、お金持ちのリゾート客をターゲットとしたホテルを造る計画がある事を座長に説明しました。
 そして、ミィシャさんにそこで毎夜歌ってもらおうかと思っていることを。

 なによりも、年相応にミィシャさんに甘えるアリィシャちゃんを見ていて、二人を一緒に暮らさせてあげたいと思ったことを座長さんに伝えたのです。

「ふーむ、なるほどね。
 確かに、ミィシャを引き抜かれるのは痛いでさあ。
 ですが、アリィシャを拾ってもらって、この間は一座に広まった病気も治してもらった。
 今回も、アルムハイム伯のおかげで土地代と税も掛からないときている。
 大恩あるアルムハイム伯からの願いとあっては無下には出来ません。
 ミィシャがそれを望むのであれば、手放すのもやぶさかではありませんぜ。」

「えっ、良いんですか?」

「実はね、ミィシャと元旦那の仲が拗れちまって、このところ一座の中がギクシャクしているんでさあ。
 本音を言うと、俺はミィシャを残して、旦那と踊り子連中を放っぽり出したいところなんだが。
 悔しいかな、それだと、興行が成り立たないんでさあ。
 ミィシャに比べると大分見劣りはするんですが、一応代わりの歌い手はいるんで。
 ミィシャよりも大分若いから舞台に上げて磨きをかければ、そこそこ成長するでしょうしね。
 しかし、ミィシャを欲しいと言われるとは、アルムハイム伯もお目が高い。」

 いえ、お目が高いのは、私ではなくベルタさんです…。

 そして、座長の前にミィシャさんが呼ばれました。

「ミィシャ、おまえ、アルムハイム伯からお誘いが掛かったそうじゃないか。
 俺に義理立てして誘いを断ったと聞いたぞ。
 義理立てしてくれるのは嬉しいし、おまえがいてくれる方が正直一座としても助かるんだ。
 だがな、おまえの旦那、ああなっちまっただろう。
 おまえも、身の置き場に困っていると思うんだ、それにアリィシャの事もある。
 だから、おまえがもし望むのなら、アルムハイム伯の許に行っても良いんだぞ。」

「座長さん…。」

「遠慮しないで良いんだぞ。
 何でも、アルムハイム伯が良い舞台を用意してくださるそうじゃないか。
 おまえが名を上げてくれれば、育てた俺としても鼻が高いってなもんだ。」

 言葉に詰まったミィシャさんに、座長は更に後押しするような言葉を投げかけてくれました。

 少しの間をおいて、ミィシャさんはジッと座長さんの目を見据えて。

「座長さん、有り難うございます。
 これまで、育てて頂いたことに感謝します。
 不義理をして申し訳ございませんが、お言葉に甘えてアルムハイム伯の許に身を寄せようを思います。」

 深々と頭を下げて私の許に来てくださると言いました。
 
 なんと、ベルタさんがあれほど逸材だと言うミィシャさんをあっさりと手に入れてしまいました。
 それも、これも、あのふしだらな旦那のおかげかと思うと複雑な気分です。

 まっ、『天からマナが降ってきた』とでも思っておきましょうか。

 
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