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第13章 春、芽生えの季節に

第291話 魔法は隠さなくても良いのでしょうか?

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 鉄道を試乗した後、工房へ戻ったおじいさまには事務所の応接で一休みして頂きました。

「さてと、試乗する前に言っておったが、街灯の方はどうなっている?
 準備は進んでおるのか?
 私としては、帝都の治安改善のため、街灯の設置を急いで欲しいのだがな。」

「それについては、一つ大きな問題があって、どうしようか頭を悩ませているのですが。
 準備は進めております。
 せっかくお見えになられたのですから、是非、作業現場を視察なさってください。」

 おじいさまに街灯設置について進行状況を問われたオークレフトさんが問題ありと答えました。
 私は何の報告も受けていないのですが…。
 大風呂敷は広げない性格のこの方が言うのですから、本当に問題があるのでしょう。

「うん、おぬしが頭を悩ませていると言うなど、珍しいこともあるものだ。
 いったい、何が問題だと言うのであるか。」

「いえ、口に出さないだけで、僕はいつだって問題にぶつかっているし、頭を悩ませているんですよ。
 ただ、今回の場合は僕が知恵を出せば済む問題では無いため、どうしたものかと考えているのです。
 人手の確保と工事期間、それにそのための経費も係わってくる問題ですので。」

 たしかに、お金や人手の問題ですとオークレフトさんの手には負えないですね。
 でも、そう言う事は私に早めに言って頂かないと困ります。

「オークレフトさん、私は何も聞いていませんよ。
 いつも言っていますが、お金が関わる事は早めに言って頂かないと。
 で、いったい何が問題なのですか?」

「実は、王都に街灯を設置するための電気をどうやって運ぶかに悩んでいまして。
 二案あるのですが、それぞれに要する人員、工期、予算の概算を計算している最中なんです。
 それが出来た段階で相談しようと思っていました。」

「どうやって運ぶって…。
 電気というのは電線を引けば勝手に流れて来るって言ってませんでしたっけ?」

「簡単に言ってしまえば、電気自体はその通りです。
 ですが、どうやってその電線を、発電所から帝都まで引くのですか?
 精霊さんの手助け無しで?」

「あっ…。」

 シューネフルトに街灯を設置した時は、発電機のある工房とシューネフルトの間には既に地下道がありました。
 また、シューネフルトの地下には、大地の精霊シアンちゃんに街灯の配線用の地下道を張り巡らせてもらったのです。
 工房とシューネフルトの間の地下道にしても、同じく大地の精霊ノミーちゃんに掘ってもらったものです。

 人力なら一年以上かかる地下道掘削を数日でしてもらい、そこに電線を張ったので大した時間も費用も掛けずに設置できました。
 これって、冷静に考えれば異常な事なのですが、シューネフルトは良きにつけ、悪しきにつけ田舎です。
 みな純朴なのか、お上に従順なのか、いきなり街灯が出来たことに疑問を呈する声は上がりませんでした。

 しかし、帝都はセルベチア、アルビオンの王都に次いで、周辺国で三番目に大きいという大都市です。
 そんな大都会にいきなり街灯が設置されたら、絶対に騒ぎ立てる人が出てくるはずです。
 いつの間に、どうやって、そんな大工事をしたのかと。

 ですから、発電所から帝都までの電線は、人力で引く必要があるのでしょう。
 しかし、想定している発電施設の場所から帝都まで、その距離はゆうに五十マイルを越えています。
 人力で電線を引くとなると、とんでもない人手と時間を必要とすると思います。
 どうやら、オークレフトさんはその点で頭を悩ませていたようです。

「まあ、方法は二つしかないのですけど。
 点々と塔を建ててその間に宙を這わせて引くか、地中に埋設して引くかですね。
 どちらも一長一短です。」

 一番安上がりで、時間も掛からないのは、溝を掘ってそこに電線を埋設してしまう事だそうです。
 ですが、この方法ですと設置するのは簡単ですが、メンテナンスが大変だと言います。
 断線でもしようものなら、全部掘り返して断線ヶ所を探す羽目になりかねないそうです。

 次に宙を這わせる場合ですが、オークレフトさんがいつも言っているように電気って触ったら危ないのです。
 ですから、手を伸ばしたら届くような、迂闊な場所に電線を這わせる訳にはいかないのです。
 木に登ったくらいでは手が届かない高さの位置に張る必要があります。
 そのための高い塔を建てるのも大変ですが、その間に電線を張るのも難しい作業になるそうです。
 一方で、地中に直接埋設するのに比べ、メンテナンスは容易だと言います。断線などしたら目視で分かるから。
 ただ、発電所の候補地はいずれも山の中で、アルム地方ほどではありませんが、冬場は結構な雪が降ります。
 空中配線では、着雪や吹雪の強風で送電線が切れる恐れがあり、吹雪いていると修理は不可能だと言います。

「後々のメンテナンスの事を考えると、シューネフルトのように地下道を掘って、そこに敷設するのが一番なのです。
 その方が不具合があった時の対処が楽ですし、なにより、電気の使用量が増えた場合の拡張性もありますからね。
 ただ、人が入って作業をする広さの地下道を掘るのは、大変な時間と費用がかかるのは容易に想像が付きますが。
 そもそも、人の力で全長五十マイルを超える地下道を掘る事が出来るかという問題があるのです。」

 オークレフトさん曰く、簡単な不具合場所の見つけ方。
 地下道の中に点々と電灯を設置していくそうです。
 通電しなくなった場合、最後に点いている電灯と最初に消えている電灯の間に何らかの不具合が起こっているそうです。
 地下道の照明が、不具合の発見に役立って一石二鳥だと言っていました。
 しかも、発電所から帝都までの間に、一定間隔で地下道に降りる入り口を設けておけば、不具合の対処が楽だと言います。
 それが無いと、発電所側から延々歩いて確認しないといけませんから。

「ふむ、話は分かった。私は全くの素人だから何とも言えんな。
 よし、おぬしが今揃えている計算書が出来たら、帝国政府の工務の者と相談してみるが良い。
 ああ、予算の事は気にせんで良いぞ、おぬしに依頼した件は青天井で予算を付けるように指示しておいた。」

 おじいさまは、オークレフトさんが検討している幾つかの案の概算見積もりが全て揃ったら、帝都へ来るように言います。
 帝国政府に仕えている工事部門の役人と相談して決めるようにとのことです。

 オークレフトさんは、おじいさまに早急に計画をまとめ相談に行くと返答していました。

     ********

「ところで、ロッテや。
 そなたのところの精霊さんな、あのおチビちゃん達には可能なのであろうか。
 五十マイルを超える距離の地下道を短時間で掘削する事など。」

「さあ、どうでしょうか。
 おそらく出来るとは思いますが…。
 ノミーちゃん、出来るの?」

 そう言う事は本人に聞くのが一番です。
 私の呼びかけに応じて、傍らに姿を現した大地の精霊ノミーちゃんが言いました。

「五十マイルと言うのが良く分からないけど…。
 その気になれば、ここからおじいちゃんの家まで一直線に穴を掘る事は出来るわ。
 簡単か、難しいかと言われれば、まあ、簡単な方だと思う。
 なんなら、やって見せましょうか?」

 いえ、止めてください。この館と皇宮を地下道で一直線に結ぶなんて…。

「ほう、そうかい。
 なあ、ロッテや。
 さきほど、そやつが言っておったろう。
 発電所から帝都まで、地下道を造ってしまうのが一番良いと。
 あれを、そちらのお嬢ちゃんに頼んでみたらどうかのう。
 そなたが精霊さんの力を悪用されないように秘匿したいと言う気持ちはわかるが。
 なにも、馬鹿正直に精霊のおかげだと言う事もあるまい。」

「どういう事ですか?」

「私はそなたと再会して以来、常々思っておったのだ。
 そなたは、自分が魔法使いであることを隠そうとし過ぎるのではないかと。
 そなたの祖母ばあさん、もっと堂々と人前で魔法を使っておったぞ。
 聖教とも和解したことだし、そなたももっと堂々と魔法を使っても良いのではないか。
 地下道をどうやって掘ったかと尋ねられたら、そなたが魔法で作ったと答えれば良かろう。
 どうせ、姿を現さない限り精霊さんを普通の人が見ることは出来ないのだから。」

 私のお祖母様おばあさまが、おじいさまと懇意になったきっかけになったのは大陸を襲った大旱魃でした。
 その際、お祖母様は大陸中を魔法で飛び回り、旱魃に苦しむ地に慈雨を降らせて行ったと言います。
 人前で堂々と魔法を使って。
 もっとも、実際は精霊の力を借りていたのでしょうが、それは流石に隠してあたかも自分の魔法に見せかけた様子です。

「おじいさま、私は魔法使いであることに誇りを持っていますし、なんら卑下することもございません。
 私が人前であまり魔法を使おうとしないのは、私の力を恐れた人達から忌避されたくないからです。
 祖母も、母も、魔法の探究をしていれば満足な人だったようで、アルムハイムに引きこもって生活をしていました。
 ですから、あまり他人の目など気にしなかったのだと思います。
 でも、私は、祖母や母のように引き籠るのではなく、外の世界と交わりを持って生きていきたいのです。
 そのためには、人々に恐怖心や警戒心を抱かせるような大きな力は晒したくないのです。
 一軍を戦わずしてして退けてしまう様な力は、明らかに一個人が持つには過ぎた力です。」

「なんじゃ、そんなことを気にしておったのか。
 そなたの祖母さんな、天候を操るなんて大魔法を使ったのに誰も恐れはせんかったぞ。
 私も何ヶ所か付き合わされたが、行く先々で人々に囲まれて人気者だったわい。
 アンネローゼは確かに、短い人生の大半をアルムハイムに引き籠っておったがのう。
 そなたを産む前後数年、皇宮におったのだ。まあ、自分に都合の良い子種の提供者を探すためだが…。
 その間、明るく気立ての良いアンネローゼは社交界の華だった。
 結構、大きな魔法を人前でポンポンと使っておったが、それでアンネローゼを忌避する者はおらなんだ。
 求婚者が殺到したという話は、プルーシャ王が来た時に言ったであろう。
 結局は、その力を持つ者が、忌避されるか、受け入れられるかは、その人の持つ人柄だろうと思うぞ。
 その点、そなたは心配する必要が無いと、私は思う。
 そなたは、自分の持つ力の恐ろしさを自覚しておるし、力に溺れない自制心を持っている。
 何よりも、そなたはとても優しく慈悲深い。
 そなたが魔法を使って見せたところで、感心する者こそあれ、忌避する者はおらんと思うぞ。」

 セルベチア皇帝ような野心あふれる人だったら、それは警戒されるだろうし、忌避されるだろうとおじいさまは溢していました。
 でも、おじいさまがこんな話題を持ち出すとは思いませんでした。
 もっと、大ぴらに魔法を使っても良いのではなんて。

「おじいさま、何で急にそんなことを。」

「いや、以前から気になってはいたのだ。
 そなたが、祖母さんやアンネローゼに比べて、人前で魔法を使うのを躊躇っているように見えてな。
 今回の送電線を引く件に関して、精霊さんの力を借りた方が良いと思ったから、切り出してみたのだ。」

「おじいさまは、ノミーちゃんに頼んで王都まで地下道を掘った方が良いと言うのですか?
 私が魔法を使ったことにして。」

「ああ、私の都合を押し付けるようで申し訳ないが。
 そやつの話を聞いておって、発電所の候補地から帝都まで地下道を設けるのが一番良いと感じたのだ。
 地下道さえ掘ってしまえば、送電線を引くのが一番簡単な事に加え、メンテナンスが楽なのであろう。
 その上、送電線を増やすことも簡単だと言うではないか。
 将来を見据えた場合、もしそれが可能であるなら、やってしまう方が良いと思ったのだ。」

 おじいさまの言葉を聞いても私は躊躇していました。
 やはり、精霊の力に頼り過ぎるのはいかがなものかとも思っていましたから。
 
 すると、

「別にいいんじゃない。」

「えっ?」

 意外な事に、ノミーちゃんから承諾の声が上がったのです。

「私達のことを気遣ってくれるのは嬉しいけど。
 ロッテちゃんは気を使い過ぎよ。
 その男みたいに、図々しく頼って来るのもどうかとは思うけど。
 私達精霊はイヤな事ははっきりイヤというから、もっと気楽に言ってくれて良いのよ。
 おじいちゃんは知らない仲でもないし、いつも良くしてくれるから、手伝ってあげても良いわよ。
 一直線に穴をぶち抜くだけなら、大した手間でもないしね。」

 どうも、おじさまが遊びに来るたびに手土産を持ってくることが功を奏したようです。
 結局、ノミーちゃんがやると言ってしまったので、なし崩し的に長大な地下道を建設する事になってしまいました。
 本当に大丈夫なのでしょうか。問題にならなければ良いのですが…。

 
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