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第12章 冬来たりなば
第284話【閑話】卒業後が楽しみです
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扉の前にいらしたのはヴィクトリア殿下、どうやら何の前触れもなくいらしたようです。
ビクトリア殿下、心持ち頬を膨らませて、何かご機嫌斜めなご様子です。
そんなヴィクトリア殿下の表情を気にするでもなく、アルムハイム伯が出迎えの言葉をかけますが…。
「ごきげんよう、トリアさん。随分とお早いのですね。
ですが今日は、腕の良い服の仕立て職人を一人、こちらに手配して欲しいとお願いしたはず。
トリアさんが見えられるとは思いませんでしたわ。」
アルムハイム伯…。仕立て屋の手配って、ヴィクトリア殿下にさせたのですか…。
「ええ、仕立て屋は手配して差し上げましたわ。じきに来るでしょう。
ロッテさん、私はあなたに話があって伺ったのです。
腰を落ち着けて話したいので、部屋にお通し願えるかしら。」
不機嫌な様子のヴィクトリア殿下はそう言うとツカツカとリビングルームに向かって歩き始めます。
時々、ノノちゃんがヴィクトリア殿下がいらしていたと言ってましたが、勝手知ったる何とかなのですね。
リビングの応接セットに対面で座るアルムハイム伯とヴィクトリア殿下。
私はどうしたらよいか分からず、アルムハイム伯の後ろに立ちオロオロとしていました。
「仕立て屋を送って欲しいと、依頼に来たあなたの可愛いお遣いから聞きましたわ。
ロッテさん、あなた、また我が国の優秀な人材をさらって行くつもりなのですって。」
「あら、さらって行くなんて、人聞きの悪い。
それでは私が無理やり拉致して行くような言い方ではないですか。
私はいつだってご本人の意思を尊重していますよ。
今回の方だって、この国にいたら埋もれてしまう恐れがあったので私が保護したのです。」
どうやら、ヴィクトリア殿下はアルムハイム伯が私を採用したことを聞き付けてわざわざ訪ねてたようです。
「どういうことなの?」
「あら、お遣いに出したブリーゼちゃんから聞いていませんの。」
「私、あなたがまた新しい人を採用したと聞いて、慌ててやって来ましたの。
実はまだ、今回採用された方がどのような方かも知りませんわ。
ただ、あなたを野放しにしておいたら、我が国の優秀な人材を根こそぎ持って行かれそうで。
一度釘を刺しておこうと思って参りましたの。」
ビクトリア殿下の話を聞いたアルムハイム伯は後ろを振り返り、私をみつめました。
私の事情を話して良いかという事のようです。私が頷くと…。
「こちらのお嬢さんが、今回採用したナンシーさんですわ。
トリアさんがお気に入りのノノちゃんと同じ女学校の先輩なの。
ナンシーさん、可哀想に経済的に困窮して…。
学校を止めるか、学費を得るために街角で花を売るかというところまで追いつめられていたの。
ノノちゃんの紹介で、昨日の展示即売会を手伝って頂いたのですけど。
とても優秀な方だと分かったから、うちに来ないかと勧誘したのよ。
ノノちゃんの女学校の主席なんですって、そんな優秀な子に花なんか売らせちゃダメよ。」
ノノちゃんって、ヴィクトリア殿下のお気に入りなのですね。どうりで色々と頂戴してくると思いました。
それはともかく、アルムハイム伯の言葉を聞き、ヴィトリア殿下は大きなため息を付きました。
「今回もそのパターン?
あなたって、この国で不遇をかこっている優秀な人材に、良く行き当たるものね。
何かそういう巡り合わせでもあるのかしら。
そんな事を聞くと文句も良い難くなるわ。
こちらが反省しないといけないことですものね。
我が国でも、不遇な立場に置かれてる優秀な人材を支援する枠組みを作らないといけないわね。
そうしないと、本当にあなたに優秀な人材を根こそぎ持って行かれそうですもの。
いいえ、今回のようにあなたが見つけてくれれば、まだ良いわ。
あなたの所の時計職人があの丘で野垂れ死んだり、その子が色街で春を売っていたりしたかと考えるとゾッとしますわ。
そんなことになれば、優秀な人材が本当に世の中から失われてしまいますものね。」
そう言って、アルムハイム伯から私の事情を聞いたヴィクトリア殿下は顎に手を当てて考え込んでしまいました。
しばらくして、顔を上げると私に向かって尋ねてきました。
「ナンシーさんといったからしら。
あなたの通う女学校、王都でも名門の学校でしたわね。
あの女学校でも、あなたの様に経済的に困窮して学業を続けられなくなる方が他にもいるのかしら。」
「はい、残念な事ですが、毎年、二、三人の方が授業料を納めることが出来ないで学校を去ります。
私のように家が傾いた貴族や事業に失敗したブルジョア階級の令嬢がほとんどです。」
「そうでしたの…。
あの女学校でそうなのであれば、他の学校も推して知るべしですね。
アルムハイム伯がノノちゃん達を支援している基金、『アルムハイム育英基金』と言いましたっけ。
早急に、あのような奨学金制度を検討するようにミリアムさんに指示を出しましょう。
でも、議会を通すと、パブリックスクールやカレッジなどの殿方が優先されことになるかしら。
女学生向けの奨学制度は国とは別に王家が用意した方が良いかも知れませんわ。」
私の返答を聞いたヴィクトリア殿下はそのような事をおっしゃりました。
私の一言から大事になりそうです。
ヴィクトリア殿下は、女学生向けの奨学金制度を王家が独自に設ける事を真剣に考えている様子でした。
ですが、そういう制度、出来たら良いですね。
もしかすると、この国にもノノちゃんのような逸材が埋もれているかも知れませんから。
********
それから、ヴィクトリア殿下は早々にアルムハイム伯の許を立ち去りました。
帰り際に、
「早速、ミリアムさんのところへ行ってみますわ。
直接会って、奨学金制度について検討するように指示しておきませんと。」
などと言い残して去りましたので、その足で首相官邸に向かったのでしょう。
ヴィクトリア殿下がお帰りになってほどなくして、殿下が手配してくださった仕立て屋が訪れました。
体の細部まで採寸され、パーティードレスに仕事着、はては普段着に至るまで。
必要な服を本当に一式揃えるように注文してくださったのです。
恥ずかしながら、きちんと採寸して服を仕立てたのは生まれて初めてです。
私が身に着けていた服は、全て母のおさがりでしたから。
生地の見本やデザイン画を見せられて、その中から適当な物を選ぶのも、もちろん初めての経験でした。
服を選んでいる時は、子供のように心が躍ってしまいました
更に、ドロワーズやシュミーズ等の下着も、前日替えることが出来るだけの枚数を揃えてくださいました。
ここ三ヶ月ほど下着を着けない生活をしていたので、毎日替えることが出来るなんて夢のようです。
細かく採寸した上、生地やデザインを選んだものですから、結局その日は服の注文だけで終わってしまいました。
全く仕事を手伝わなかったのにも係わらず、アルムハイム伯は帰り掛けに今日の給金として銀貨五枚もくださいました。
さすがにそれは頂けないと辞退すると。
「良いのよ、あなたの貴重な冬休みを一日拘束してしまったのですもの。
遠慮しないで取っておきなさい。」
アルムハイム伯はそう言って、給金を私の手握らせてくださいました。。
おそらく、経済的に困窮している私に少しでも余裕を持たせようとのご配慮なのでしょう。
私はアルムハイム伯の寛大さに深く感謝したのです。
********
翌日、アルムハイム伯の執務室でのことです。
「今日からナンシーさんに、私の事を色々と知ってもらおうと思います。
これからお話する事は秘密です、ごく一部の方しか知らない事ですので注意してくださいね。
まず、私は魔法使いです。」
事も無げに言ったアルムハイム伯は、ご自分の目の前に立てた人差し指の先にボヤッと灯る光の玉を生み出しました。
驚きました、手品などではありません。本当にタネも仕掛けもないのです。
アルムハイム伯は、私の驚きを気にも止めず言葉を続けます。
「そして、もう一つ、私は精霊と契約していて、ここにも沢山の精霊がいます。
そうね…、ブリーゼちゃん、出てらっしゃい。」
「ハイな!」
アルムハイム伯の呼びかけに応じて現われたのは、身の丈十インチほどの少女。
白のサマードレスを着て、白銀のウェーブヘアをハーフロングに伸ばしたとても可愛い少女でした。
「この子は、風の精霊ブリーゼちゃん、良く連絡係をしてもらっているの。
ちょくちょくノノちゃんの所へも行ってもらっているし、今日もトリアさんところにお遣いを頼んだわ。
これから、ナンシーさんのところへもお遣いに行くと思うのでよろしくね。」
「ナンシーさんって言うの~、よろしくね~!」
アルムハイム伯から紹介されたブリーゼちゃんが右腕を上げて、明るく挨拶をしてくれました。
どうでも良いですが、精霊って寒さを感じないのでしょうか?真冬にサマードレスって…。
私が、そんな余計な事を考えていると、アルムハイム伯は言いました。
「私が使う魔法と私が契約している精霊が持つ能力、どちらも余り他人には知られたくないの。
私が持つ力の事をロクでもない人間が知ったら、間違いなく良からぬことに利用しようと寄ってくるわ。
だから、私の魔法の事や精霊の存在を知っているのは、私が信頼しているごく一部の人達だけ。
あなたには、これから私の右腕になってもらうつもりなので、最初から教えたのよ。」
アルムハイム伯が使う転移の魔法は、一瞬でアルムハイムまで移動できると言います。
また一例としたあげた火の精霊の力、小さな町など瞬く間に灰燼に帰すことが出来ると言います。
確かに、悪用されたら大変なことになりそうですし、利用しようとする者が出て来そうです。
アルムハイム伯が契約している精霊は、ブリーゼちゃんの他にも沢山いるそうです。
いっぺんに呼ぶと収拾がつかなくなるので、おいおい紹介してくださるそうです。
この日は、これから良く目にするだろうという事で、ブラウニーのステラちゃんを紹介してくれました。
ずっと王都の館のメンテナンスをしていたブラウニーだそうで、この国の伝統的な衣装を着たキュートな精霊でした。
この国の伝承に出てくるブラウニーって粗末な服を着た醜い男性の姿なので、とても意外でした。
その日以降、アルムハイム伯が秘匿してることを色々と教えて頂くことになります。
実際に、転移の魔法でアルムハイムまで連れて行っていただき、経営する工房も見せてもらいました。
転移の魔法、もちろん驚きました。
ですが、それ以上に驚いたのは、水力発電、電灯、それに試作品の電車です。
どれも、世界一の先進国と言われるアルビオン王国ですら実用化されていないモノばかりです。
いったい、アルムハイム伯はどれだけ先を見据えているのでしょうか。
冬休み中、アルムハイム伯から知らされたことには驚きの連続でした。
ですが、その中で一番驚いたのは…。
「おお、この香しい匂いは間違いなく純潔の乙女のモノ。
我はそなたの事も気に入ったぞ。
我が名はヴァイス、我が主シャルロッテの忠実なしもべである。
そなたも、我が主の下に仕える者であるなら仲良くしようではないか。」
馬がしゃりべりました…。
アルムハイム伯がノノちゃんの付き添いとして初めて女学校を訪れた時、真っ先に目に留まった美しい白馬。
その白馬が、私の下半身に鼻先を擦り付けたかと思うと、そんな言葉を口にしたのです。
どうやら、私はこの白馬に気に入らたようで、背に跨れとせがまれました。
アルムハイム伯は、汚らわしいモノを見るような目で白馬を睨んだ後、私に頷きます。
どうやら、乗って良いとのことのようです。
私が馬具も付いていないその背におそるおそる跨ると、ゆっくりと立ち上がった白馬。
一歩、二歩と進んだ後、いきなり空へ舞い上がったのです。真っ白な翼を広げて。
魔法、精霊、そして有翼の白馬、どれもお伽噺の中にしか存在しないと思っていたモノばかりです。
しかも、そんなメルヘンな物だけではなく、最新の技術まであります。
私は卒業してアルムハイム伯のもとで働くのがとても楽しみになりました。
こんなに心がウキウキするのは生まれて初めてです。
ビクトリア殿下、心持ち頬を膨らませて、何かご機嫌斜めなご様子です。
そんなヴィクトリア殿下の表情を気にするでもなく、アルムハイム伯が出迎えの言葉をかけますが…。
「ごきげんよう、トリアさん。随分とお早いのですね。
ですが今日は、腕の良い服の仕立て職人を一人、こちらに手配して欲しいとお願いしたはず。
トリアさんが見えられるとは思いませんでしたわ。」
アルムハイム伯…。仕立て屋の手配って、ヴィクトリア殿下にさせたのですか…。
「ええ、仕立て屋は手配して差し上げましたわ。じきに来るでしょう。
ロッテさん、私はあなたに話があって伺ったのです。
腰を落ち着けて話したいので、部屋にお通し願えるかしら。」
不機嫌な様子のヴィクトリア殿下はそう言うとツカツカとリビングルームに向かって歩き始めます。
時々、ノノちゃんがヴィクトリア殿下がいらしていたと言ってましたが、勝手知ったる何とかなのですね。
リビングの応接セットに対面で座るアルムハイム伯とヴィクトリア殿下。
私はどうしたらよいか分からず、アルムハイム伯の後ろに立ちオロオロとしていました。
「仕立て屋を送って欲しいと、依頼に来たあなたの可愛いお遣いから聞きましたわ。
ロッテさん、あなた、また我が国の優秀な人材をさらって行くつもりなのですって。」
「あら、さらって行くなんて、人聞きの悪い。
それでは私が無理やり拉致して行くような言い方ではないですか。
私はいつだってご本人の意思を尊重していますよ。
今回の方だって、この国にいたら埋もれてしまう恐れがあったので私が保護したのです。」
どうやら、ヴィクトリア殿下はアルムハイム伯が私を採用したことを聞き付けてわざわざ訪ねてたようです。
「どういうことなの?」
「あら、お遣いに出したブリーゼちゃんから聞いていませんの。」
「私、あなたがまた新しい人を採用したと聞いて、慌ててやって来ましたの。
実はまだ、今回採用された方がどのような方かも知りませんわ。
ただ、あなたを野放しにしておいたら、我が国の優秀な人材を根こそぎ持って行かれそうで。
一度釘を刺しておこうと思って参りましたの。」
ビクトリア殿下の話を聞いたアルムハイム伯は後ろを振り返り、私をみつめました。
私の事情を話して良いかという事のようです。私が頷くと…。
「こちらのお嬢さんが、今回採用したナンシーさんですわ。
トリアさんがお気に入りのノノちゃんと同じ女学校の先輩なの。
ナンシーさん、可哀想に経済的に困窮して…。
学校を止めるか、学費を得るために街角で花を売るかというところまで追いつめられていたの。
ノノちゃんの紹介で、昨日の展示即売会を手伝って頂いたのですけど。
とても優秀な方だと分かったから、うちに来ないかと勧誘したのよ。
ノノちゃんの女学校の主席なんですって、そんな優秀な子に花なんか売らせちゃダメよ。」
ノノちゃんって、ヴィクトリア殿下のお気に入りなのですね。どうりで色々と頂戴してくると思いました。
それはともかく、アルムハイム伯の言葉を聞き、ヴィトリア殿下は大きなため息を付きました。
「今回もそのパターン?
あなたって、この国で不遇をかこっている優秀な人材に、良く行き当たるものね。
何かそういう巡り合わせでもあるのかしら。
そんな事を聞くと文句も良い難くなるわ。
こちらが反省しないといけないことですものね。
我が国でも、不遇な立場に置かれてる優秀な人材を支援する枠組みを作らないといけないわね。
そうしないと、本当にあなたに優秀な人材を根こそぎ持って行かれそうですもの。
いいえ、今回のようにあなたが見つけてくれれば、まだ良いわ。
あなたの所の時計職人があの丘で野垂れ死んだり、その子が色街で春を売っていたりしたかと考えるとゾッとしますわ。
そんなことになれば、優秀な人材が本当に世の中から失われてしまいますものね。」
そう言って、アルムハイム伯から私の事情を聞いたヴィクトリア殿下は顎に手を当てて考え込んでしまいました。
しばらくして、顔を上げると私に向かって尋ねてきました。
「ナンシーさんといったからしら。
あなたの通う女学校、王都でも名門の学校でしたわね。
あの女学校でも、あなたの様に経済的に困窮して学業を続けられなくなる方が他にもいるのかしら。」
「はい、残念な事ですが、毎年、二、三人の方が授業料を納めることが出来ないで学校を去ります。
私のように家が傾いた貴族や事業に失敗したブルジョア階級の令嬢がほとんどです。」
「そうでしたの…。
あの女学校でそうなのであれば、他の学校も推して知るべしですね。
アルムハイム伯がノノちゃん達を支援している基金、『アルムハイム育英基金』と言いましたっけ。
早急に、あのような奨学金制度を検討するようにミリアムさんに指示を出しましょう。
でも、議会を通すと、パブリックスクールやカレッジなどの殿方が優先されことになるかしら。
女学生向けの奨学制度は国とは別に王家が用意した方が良いかも知れませんわ。」
私の返答を聞いたヴィクトリア殿下はそのような事をおっしゃりました。
私の一言から大事になりそうです。
ヴィクトリア殿下は、女学生向けの奨学金制度を王家が独自に設ける事を真剣に考えている様子でした。
ですが、そういう制度、出来たら良いですね。
もしかすると、この国にもノノちゃんのような逸材が埋もれているかも知れませんから。
********
それから、ヴィクトリア殿下は早々にアルムハイム伯の許を立ち去りました。
帰り際に、
「早速、ミリアムさんのところへ行ってみますわ。
直接会って、奨学金制度について検討するように指示しておきませんと。」
などと言い残して去りましたので、その足で首相官邸に向かったのでしょう。
ヴィクトリア殿下がお帰りになってほどなくして、殿下が手配してくださった仕立て屋が訪れました。
体の細部まで採寸され、パーティードレスに仕事着、はては普段着に至るまで。
必要な服を本当に一式揃えるように注文してくださったのです。
恥ずかしながら、きちんと採寸して服を仕立てたのは生まれて初めてです。
私が身に着けていた服は、全て母のおさがりでしたから。
生地の見本やデザイン画を見せられて、その中から適当な物を選ぶのも、もちろん初めての経験でした。
服を選んでいる時は、子供のように心が躍ってしまいました
更に、ドロワーズやシュミーズ等の下着も、前日替えることが出来るだけの枚数を揃えてくださいました。
ここ三ヶ月ほど下着を着けない生活をしていたので、毎日替えることが出来るなんて夢のようです。
細かく採寸した上、生地やデザインを選んだものですから、結局その日は服の注文だけで終わってしまいました。
全く仕事を手伝わなかったのにも係わらず、アルムハイム伯は帰り掛けに今日の給金として銀貨五枚もくださいました。
さすがにそれは頂けないと辞退すると。
「良いのよ、あなたの貴重な冬休みを一日拘束してしまったのですもの。
遠慮しないで取っておきなさい。」
アルムハイム伯はそう言って、給金を私の手握らせてくださいました。。
おそらく、経済的に困窮している私に少しでも余裕を持たせようとのご配慮なのでしょう。
私はアルムハイム伯の寛大さに深く感謝したのです。
********
翌日、アルムハイム伯の執務室でのことです。
「今日からナンシーさんに、私の事を色々と知ってもらおうと思います。
これからお話する事は秘密です、ごく一部の方しか知らない事ですので注意してくださいね。
まず、私は魔法使いです。」
事も無げに言ったアルムハイム伯は、ご自分の目の前に立てた人差し指の先にボヤッと灯る光の玉を生み出しました。
驚きました、手品などではありません。本当にタネも仕掛けもないのです。
アルムハイム伯は、私の驚きを気にも止めず言葉を続けます。
「そして、もう一つ、私は精霊と契約していて、ここにも沢山の精霊がいます。
そうね…、ブリーゼちゃん、出てらっしゃい。」
「ハイな!」
アルムハイム伯の呼びかけに応じて現われたのは、身の丈十インチほどの少女。
白のサマードレスを着て、白銀のウェーブヘアをハーフロングに伸ばしたとても可愛い少女でした。
「この子は、風の精霊ブリーゼちゃん、良く連絡係をしてもらっているの。
ちょくちょくノノちゃんの所へも行ってもらっているし、今日もトリアさんところにお遣いを頼んだわ。
これから、ナンシーさんのところへもお遣いに行くと思うのでよろしくね。」
「ナンシーさんって言うの~、よろしくね~!」
アルムハイム伯から紹介されたブリーゼちゃんが右腕を上げて、明るく挨拶をしてくれました。
どうでも良いですが、精霊って寒さを感じないのでしょうか?真冬にサマードレスって…。
私が、そんな余計な事を考えていると、アルムハイム伯は言いました。
「私が使う魔法と私が契約している精霊が持つ能力、どちらも余り他人には知られたくないの。
私が持つ力の事をロクでもない人間が知ったら、間違いなく良からぬことに利用しようと寄ってくるわ。
だから、私の魔法の事や精霊の存在を知っているのは、私が信頼しているごく一部の人達だけ。
あなたには、これから私の右腕になってもらうつもりなので、最初から教えたのよ。」
アルムハイム伯が使う転移の魔法は、一瞬でアルムハイムまで移動できると言います。
また一例としたあげた火の精霊の力、小さな町など瞬く間に灰燼に帰すことが出来ると言います。
確かに、悪用されたら大変なことになりそうですし、利用しようとする者が出て来そうです。
アルムハイム伯が契約している精霊は、ブリーゼちゃんの他にも沢山いるそうです。
いっぺんに呼ぶと収拾がつかなくなるので、おいおい紹介してくださるそうです。
この日は、これから良く目にするだろうという事で、ブラウニーのステラちゃんを紹介してくれました。
ずっと王都の館のメンテナンスをしていたブラウニーだそうで、この国の伝統的な衣装を着たキュートな精霊でした。
この国の伝承に出てくるブラウニーって粗末な服を着た醜い男性の姿なので、とても意外でした。
その日以降、アルムハイム伯が秘匿してることを色々と教えて頂くことになります。
実際に、転移の魔法でアルムハイムまで連れて行っていただき、経営する工房も見せてもらいました。
転移の魔法、もちろん驚きました。
ですが、それ以上に驚いたのは、水力発電、電灯、それに試作品の電車です。
どれも、世界一の先進国と言われるアルビオン王国ですら実用化されていないモノばかりです。
いったい、アルムハイム伯はどれだけ先を見据えているのでしょうか。
冬休み中、アルムハイム伯から知らされたことには驚きの連続でした。
ですが、その中で一番驚いたのは…。
「おお、この香しい匂いは間違いなく純潔の乙女のモノ。
我はそなたの事も気に入ったぞ。
我が名はヴァイス、我が主シャルロッテの忠実なしもべである。
そなたも、我が主の下に仕える者であるなら仲良くしようではないか。」
馬がしゃりべりました…。
アルムハイム伯がノノちゃんの付き添いとして初めて女学校を訪れた時、真っ先に目に留まった美しい白馬。
その白馬が、私の下半身に鼻先を擦り付けたかと思うと、そんな言葉を口にしたのです。
どうやら、私はこの白馬に気に入らたようで、背に跨れとせがまれました。
アルムハイム伯は、汚らわしいモノを見るような目で白馬を睨んだ後、私に頷きます。
どうやら、乗って良いとのことのようです。
私が馬具も付いていないその背におそるおそる跨ると、ゆっくりと立ち上がった白馬。
一歩、二歩と進んだ後、いきなり空へ舞い上がったのです。真っ白な翼を広げて。
魔法、精霊、そして有翼の白馬、どれもお伽噺の中にしか存在しないと思っていたモノばかりです。
しかも、そんなメルヘンな物だけではなく、最新の技術まであります。
私は卒業してアルムハイム伯のもとで働くのがとても楽しみになりました。
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