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第12章 冬来たりなば

第273話 トリアさん、それは酷い…

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 何の下準備もなく唐突に始まったスノーフェスティバルも無事に幕を下ろした数日後。
 私は王都の館にノノちゃんを招いています。

「何の準備もなく始めてしまったお祭りだったけれど、あなたのおかげでとても盛況だった。
 有り難う、とても助かったわ。
 これほんのお気持ちだけど謝礼よ、取っておいて。」

 私はノノちゃんの目の前にビロードで出来た小袋を差し出します。

 今回のスノーフェスティバルが好評だったのは、偏にノノちゃんの機転によるところが大きいです。
 子供から大人まで楽しめる遊び方を紹介し、うまく誘導してくれました。 

 その労に報いるために、今日はここへ来てもらったのです。

「いけません、シャルロッテ様。
 学費や生活費の全てを支援して頂いていると言うのに、あれしきの事で謝礼だなんて。
 私は、普段の冬にどうやって遊んでいるかを紹介しただけ。
 私も、王都の皆さんと一緒に楽しく遊んだのに、それで謝礼など頂けません。」

 非常に奥ゆかしい性格のようで、ノノちゃんは遠慮して謝礼を受け取ろうとしません。

「私があなたの支援をしていることと今回の事は話が別よ。
 今回のスノーフェスティバル、これといったプランもなく始めてしまったでしょう。
 ジョージさんが私の魔法を事を誤魔化すために、お膳立てしてくれたのは良いのですけど。
 正直、どうしたものかと途方にくれていたのよ。
 あなたが、色々な遊びを紹介してくれて本当に助かったわ。
 特に、初日の雪の城、あなたが大人たちを上手く先導してくれたでしょう。
 あれから、俄然、盛り上がりを見せたわ。
 むしろ、このくらいの謝礼では少ないくらいよ。」

 私はそんな言葉を添えて、改めて小袋をノノちゃんの手に握らせました。
 今度はちゃんと受けてってくれたノノちゃん、小袋に重さに驚いたようです。
 慌てて、小袋の中を確かめます。

「これ、金貨…。
 シャルロッテ様、本当にこんなに頂戴してしまって良いのですか。」

 どうやら、ノノちゃんは銀貨が入っているモノだと思って受け取ったようです。
 小袋の中に入れておいたのは、ここアルビオン王国の金貨が五枚。
 ノノちゃんが役人としてリーナからもらっている給金の半月分以上です。

「良いのよ、それでも少ないくらいよ。
 ところで、ノノちゃん、女学校ってまだ新年のお休みなのかしら。」

「あっ、はい。
 あと二週間ほど、お休みです。」

「そう、じゃあ、ちょっと一日手伝ってもらえないかな。
 今回は、ちゃんとしたお仕事だからきちんとしたお給金を出すわ。」

「私でお役に立てることでしたら、お手伝いさせて頂きますが。
 それは、どのような事なのでしょうか。」

「実はね…。」


     ********

 それは、今から二週間ほど前、昨年末の事です。
 
 もはや顔パスになってしまった首相官邸、そのミリアム首相の執務室で今月分の時計の納品をしていました。
 私はすっかり馴染んでしまいましたが、海軍の担当者は首相の面前での取引きに今でも緊張するようです。
 検品が済むとそそくさと退出していきました。

 海軍の担当者が立ち去るのを見計らうようにミリアム首相が言います。

「レディーの経営する工房の時計はとても評判が良いようだね。
 今日の納品も、海軍に対する月々の制式品だけではなかった様子だしね。
 海軍の者が日常に使う民生品の納品もかなりあったように見えたが。」

「ええ、おかげさまで、大変ご好評を得ているようです。
 最近は、毎月海軍の方が個人的にも使いたいと言う注文があり、制式品と同時に納品させて頂いてますの。
 海軍の方が、注文も支払いも取りまとめてくださるので助かりますわ。
 それに海軍の方からの注文でしたら、お客様の素性を気にしないで済むから安心です。」

 ジョンさんの時計は精度が良すぎて軍需品にも使えるほどです。
 アルビオン海軍との契約で他国の軍には売らないことになっていますので、素性の知れない人は困りますからね。
 
「そのようだね。事業が順調の様子で何よりだ。
 ところで、昨年からご婦人向けの洒落た懐中時計も売り始めたと聞いたのだが。」

「あら、さすが首相ですわね。情報を掴むのがお早いようで。
 まだ、帝国貴族のご婦人にしかお売りしていないのに。」

「レディーは、つい最近、ヴィクトリア殿下に一つ差し上げたでしょう。
 殿下はとてもお気に入りで、パーティーの席で良く時計を自慢していますよ。
 殿下が広告塔ですからね、あっという間に社交界で広まりました。」

 年末の挨拶ではないですが、おじいさまから頂いた帝国磁器工房のティーセットと一緒に時計を贈りました。
 ティーセットとお揃いの『ブルーローズ』の意匠の時計です。

「それで、レディー、お願いと言うか、相談なのだが…。
 殿下の時計を見て、貴族のご婦人方がレディーの工房の時計を欲しいと言われてね。
 殿下ときたら、こともあろうに、私がレディーと懇意にしているから、私に頼んでみろと言ったのだ。
 貴族のご婦人方の要望をいちいち聞くのが煩わしいと思ったのだろうね。
 私に、貴族のご婦人方のあしらいを押し付けたのだよ。
 で、レディーの工房の時計をこの王都でも手に入れられるようにして欲しいと思うのだが…。
 レディーは王都にお店を構える気はないかい。
 もし、その気があるのであれば、一等地を格安で紹介させてもらうが。」

 トリアさん、ご婦人方から私を紹介して欲しいと言われ、対応するのが面倒だからとミリアム首相に丸投げしたようです。

「実は、おじいさまにも帝都に店を出さないかと言われました。
 その時、おじいさまにも伝えたのですが。
 私の工房の時計はこちらの海軍との契約で他国の軍隊には売らないことになっています。
 なので、素性の知れない人に迂闊に売るような人、賄賂を貰って他国の軍隊へ売るような人を雇う訳には参りません。
 その様なことは絶対にしない信頼のおける人にしかお店は任せられません。
 そして、現状、そのような信頼できる人材を持ち合わせていないのです。」

 それだけではありません。
 最近は、貴族の方が来店されるような格調の高い商店もあるようですが。
 貴族の買い物というのは、大概が商人を家に呼び付けてするものです。
 こと、貴族のご婦人方がお客様という事ですと、基本訪問販売になります。
 そうすると、貴族のお宅に伺えるマナーを身に付けた人材でないと拙いのです。

「そうだね、我が国の海軍からお願いしていることだものね。
 レディーが約定を守ろうと思えば、信頼のおける人にしかお店を任せる訳にはいかないのは道理だ。
 レディーが真摯に対応してくれているのだから、私から無理強いは出来ないね。
 しかし、困った、どうしたものかね。
 私はレディーのいう事がもっともだと思うのだが…。
 貴族のご婦人というのは、わがままで、理屈が通じない人も多くてね。
 私が噛み付かれると思うと頭が痛いよ。」

 確かに、なんで私から良い返事を引き出せなかったのかと、ミリアム首相の責められる姿が目に浮かびます。

「ミリアム閣下、一つ提案があるのですが。
 王都に店舗を構えることは、簡単には出来ません。
 また、私が商人のように、貴族の家に伺って御用聞きのような事をする訳にも参りません。
 ですが、場所を提供して頂ければ、一日くらいであれば、臨時で商談をする事が出来ると思います。
 ミリアム閣下の信頼できる方だけをご招待して、その場で商品を見て頂き販売すると言うのは如何でしょうか。
 何と言えば良いでしょうか…、『展示即売会』?」

「おお、それは助かる。
 そうして頂けると、私が貴族のご婦人方からネチネチと嫌味を言われずに済みます。
 そうと決まれば、年明け早々にでもその場を設けましょう。
 そうですね、場所を探して押さえるのも面倒ですし…。
 信頼のおけるご婦人だけに絞ってご招待するのであれば、この官邸を使いましょうか。
 ちょうど小規模なパーティーを催せる部屋がありますので、そこを使いましょう。」

 あれよ、あれよと言う間に決まってしまいました。
 ミリアム首相、貴族のご婦人方から嫌味を言われるのが相当嫌だったようですね。

     ********

「という事があってね、三日後に首相官邸でアルムハイム時計工房の時計の販売会をするの。
 当日は、何十人かの貴族のご婦人方が見えられる予定なので、私一人では手が足りなかったのよ。
 先日のスノーフェスティバルで、ノノちゃんは人のあしらいが上手だなと感じてね。
 それで、貴族のご婦人方への接遇もそつなくこなすのではないかと思った次第なの。
 女学校は貴族の子女が多いのでしょう、一年近く過ごして貴族に対する接し方も身について来たでしょう。」

「貴族のご婦人方に対する接遇がそつなくこなせるかは自信がありませんが。
 マナーの授業で、貴族の方に対する接し方は習いました。
 周囲の方から失礼だと言われたこともございませんので、何とかなると思います。
 それで、私一人で手は足りるのですか?
 必要であれば、寮で声を掛けてみますが。」

 さすが、良く気が付く子ですね。実は、もう一人か、二人手伝いが欲しいと思っていたのです。
 いざとなれば、リーナに手伝ってもらうつもりでしたが、流石に次期女王に売り子のマネをさせるのはどうかと。
 
「そうね、私とあなただけでは少し心細いと思っていたの。
 あと、一人か二人、あなたが信頼できる子を連れて来てもらえると嬉しいわ。
 ただし、お客様は貴族のご婦人方なので、礼儀正しい対応ができる子を頼むわね。
 それと、お客様に商品の説明をしてもらうので、物覚えが良い子の方が助かる。
 そうね、当日は朝の八時に寮まで迎えに行くわ。
 即売会の時間は朝の九時から夕方四時くらいまで。給金は金貨二枚でどう?」

「本当ですか。
 私がお世話になっている先輩で、とても真面目で優秀な方がいらっしゃいます。
 その方に声を掛けてみますね。」

 何でもそつなくこなすように見えても、まだ十三、四の少女です。
 私と二人だけで貴族のご婦人方を接遇するのは心細かったのでしょう。
 友達を連れて来て良いと言われて、ノノちゃんはとても嬉しそうでした。

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