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第12章 冬来たりなば

第267話 『歩く厄災』だなんて心外です

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 宮殿の手前に降りて馬車を走らせるよりも、宮殿に直接降下する方が人目に付かないで良いかと思ったのですが。
 よくよく考えてみれば、ここは王が住まう宮殿です。
 中庭にいきなり降り立つのは、流石に拙かったかなと考えていると…。

 案の定、宮殿の中から、ぞろぞろと衛兵が出て来て馬車は取り囲まれてしまいました。
 取り敢えず、私が事情を説明しようと馬車を降りると。

 兵士の中から隊長らしき人物が私の方へ進み出て誰何しました。

「貴様、何奴だ?
 ここは国王陛下がおわす宮殿だぞ。
 どうやって入ったかは知らんが、いきなり中庭に現れるとは無礼であろう。」

 ここは、穏便に済ませませんといけません、騒ぎを起こす訳にはいきませんからね。
 私は出来る限り丁寧な対応を心掛け。

「お騒がせして申し訳ございませんでした。
 私は、ア…」

「あああぁ!
 隊長、この方のご機嫌を損ねたらいけません。
 この方はアルムハイム伯です。
 歩く厄災の様なもの、この方の怒りをかったら我々など一蹴にされます。
 ですが猛獣とは違い、丁重に対応すれば害はないはずです。
 どうか、もう少し丁寧な対応をお願いします。」

 何処かで見かけた事があるのでしょうか、若い兵士が私の事を指差して言いました。
 私の顔を見て怯えたようですので、おそらくは聖獣の森侵攻部隊にいたのでしょう。
 『歩く厄災』とか『猛獣』とか酷い言いようです。あなたの方がよっぽど失礼ですよ。

「何、この女が、いや、この方が『アルムの魔女』だと。
 危ない、危ない、虎の尾を踏むところだった…。」

 酷い言われ様です…。いったい、私はこの国でどう思われているのでしょうか。
 ホッと、胸を撫で下ろした隊長さんが、改めて尋ねてきました。

「アルムハイム伯とお見受けいたします。
 今日はどのようなご用件でこちらにお越し頂いたのでございましょうか?」

 見事な手のひら返しです。厳つい顔に精一杯の作り笑いを湛えているのが何とも言えません。

「本日は、国王陛下の婚約者であられるアルビオン王国のヴィクトリア王女をお連れしました。
 唐突な訪問となって恐縮ですが、国王陛下にお目に掛かりたいのですが。」

 私の言葉に続いて馬車の中からトリアさんが姿を見せます。
 さすがに、トリアさんの顔には見覚えがあるようで、隊長さんはハッとした表情を見せます。

 そして、

「し、失礼しました。
 すぐに、国王陛下に伝令の者を送ります。
 控えの間にご案内しますので、そこでお待ちいただけますか。」

と隊長さんが姿勢を正して言った時のことです。

「それには及びませんわ。
 ロッテお姉さま、ようこそ、お越しくださいました。
 ヴィクトリア殿下も、遠路お越し頂き恐縮でございます。」

 隊長さんの言葉を引き継ぐように、兵士の後方から声が掛かりました。
 兵士達をかき分けるようにして前へ出てきたフランシーヌさん、私の顔を見ると呆れた様子で言いました。

「何の騒ぎかと思って覗いてみれば、見覚えのある馬車が停まっているではありませんか。
 ダメですわよ、少しは気を使って頂きませんと。
 ここにいる者達は、魔法を始めとしたロッテお姉さまの事情に通じていない者ばかりなのですから。
 これでは、無用なトラブルを起こすだけでございます。」

 二歳も年下のフランシーヌさんから諭されてしまいました…。

「私も無用な騒ぎを起こしてしまいそうだね。
 いい歳して、面目ない。
 久しぶりだね、フランシーヌお嬢ちゃん。」

 声に続いて、馬車の中からバツの悪るそうな顔でジョージさんが顔を見せます。

「国王陛下までいらしてたのですか…。」

 そうこぼして、フランシーヌさんは本当に呆れた表情になりました。
 何の先触れもなく大国の国王が現れるとは思いませんものね。

     ********

 フランシーヌさんのおかげで、待たされることなくシャルちゃんに会うことが出来ました。

「あっ、トリアお姉ちゃん、いらっしゃい。
 来てくれたのですね、シャル、嬉しいです。」

 部屋に通されると、トリアさんの顔を認めたシャルちゃんが満面の笑顔でトリアさんに抱き付いてきました。
 もしもし、私もいるのですけど。ついでにジョージさんも…。

「私もシャルちゃんに会えて嬉しいわ。
 元気そうで何よりだわ。
 国王の仕事は大変でしょう、体を壊していないか心配だったのよ。」

 豊満な胸で抱き留めたトリアさんが、シャルちゃんを抱きしめたままで言いました。
 すっかり、二人の世界に入っていまい、周りの事は眼中にないようです。

「あー、もしもし、仲が良いのは良いことだけど…。
 私達もいる事に気付いていないのかな。」

 ジョージさんが、私の言いあぐねている事を言ってくださいました。
 シャルちゃんは、トリアさんに抱き付いたまま、声がした方を向き…。
 私とジョージさんの姿をみて、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めました。

「大変失礼しました。
 アルビオン国王がいらしているとは思わず、恥ずかしい所をお見せしました。
 改めまして、ようこそお越しくださいました。」

 トリアさんから体を離して姿勢を正すと、シャルちゃんはジョージさんに歓迎の言葉をかけます。

「まあまあ、そんなに気にしなさんな。
 今日は公務ではないので、そう堅くならないで欲しい。
 お忍びで娘婿に会いにやって来ただけだからね。」

 にこやかに言葉を返したジョージさん。
 空飛ぶ馬車に乗りたくて付いて来たとは言わないのですね。

     ********

「それで、トリアお姉ちゃん、今日は何かありましたか。
 急に来てくれたので、ビックリしました。」

 ソファーに腰を落ち着けるとシャルちゃんが尋ねました。

「ええ、良い知らせがあったので、少しでも早く教えて差し上げようと思いまして。
 先日の資金援助の件、話がまとまりましたので年明け早々にでも送金できると思います。
 ロッテさんが、少なからず協力してくださったのですよ。」

 トリアさんの言葉を聞いて、シャルちゃんの顔がほころびました。

「トリアお姉ちゃん、ありがとう!
 こんなに早く返事がもらえるとは思ってなかった。
 金額が大きかったので、減額されるかもって宰相が心配していたんだ。
 それと、ロッテお姉さんも、協力して頂き有り難うございます。
 本当に助かりました。」

 満面の笑顔を感謝の言葉を口にするシャルちゃん、その笑顔を見てトリアさんも表情が緩み切っています。
 たしかに、この笑顔を見ることが出来ただけでも、ここまで来た甲斐がありましたね。

「おかげで、新政府を軌道に乗せることが出来ると思います。
 宰相から、国を運営する資金が底をついていると言われた時にはめまいがしました。
 そうそう、わたし、国政に口出しするつもりなかったのですが。
 今回、トリアお姉ちゃんにお金を用立てもらう見返りに、一つだけ宰相に命じたことがあるのです。」

 シャルちゃんは、和平会議の席で公言したようにお飾りの王に徹するつもりです。
 実際、宰相に実務を委ねていたのですが、即位後まもなく宰相が言ったそうです。

「賠償金を支払った結果、国庫金が底をつきました。
 このままでは早晩国政が行き詰ってしまいます。
 ついては、国王陛下のお力をお借りしたいのです。」

 シャルちゃんにお金を工面する術などあるはずもありません。
 要は、和平会議でトリアさんが言った言葉をアテにして、アルビオン王国からお金を借りてこいという事です。
 まあ、一種の公約になってしまったことですので、それ自体はシャルちゃんに抵抗はなかったそうです。

 ですが、自分のツテで資金を調達してくる以上は譲れなかったことが一つあったそうです。
 それは、…。

「今回資金調達が出来たら、王都の衛生状態の改善に最優先で予算を充てるように命じたのです。
 そのために必要ならば、無駄な予算は極限まで削るようにと。
 具体的には、軍事費と宮廷費を最低限まで削るように命じました。」

 先程、私がトリアさんに尋ねたことをシャルちゃんも宰相に尋ねたそうです。
 なぜ、王都に向かわず、王都から二十マイルも離れた郊外に向かうのかと。
 シャルちゃんは、民主派が主流となったセルベチアでは自分は歓迎されてないのではと思ったそうです。

 ですが、返ってきた宰相の言葉を聞いて、子供ながらに頭を抱えてしまったそうです。
 宰相から出たのはこんな言葉でした。

「王都は衛生状態が悪く、しばしば疫病が発生します。
 また、悪臭が酷くて我慢できないほどです。
 王制末期の数代の王の頃には、王は郊外の離宮に住み、そこで執務をしておりました。
 これから向かう宮殿は、先日まで皇帝が居を構えていた宮殿で、一番整備されており、一番清潔なのです。」

 『逃げ出す前になんとかしなよ』とシャルちゃんは心の中でツッコミを入れたと言います。
 シャルちゃんはこの国の為政者はバカばっかりじゃないかと思ったそうです。
 宮廷費や軍事費などに使うお金があるなら、何故王都の下水道整備をしなかったのかと。

「王が、疫病や悪臭から逃れるため、王都を逃げ出すと言うのは無責任も良いところです。
 自分だけ安全な場所に退避して住民を危険に晒すなんて、為政者として失格だと思います。
 そうなる前に、無駄遣いを止めて、王都の環境整備をしようと思わなかったのか不思議で仕方ありません。」

 シャルちゃんは話の最後をそう締めくくりました。
 という事で、自分のツテで引っ張ってきた資金なので、使い道に注文を入れたそうです。
 
「うちの婿殿は偉いな。
 その歳で、自分からそれに気づくのだから。
 私なんて、昨年、ロッテお嬢ちゃんが連れている小さなお嬢さんに叱られるまで気づかなかったのだから。」

 ジョージさんが、シャルちゃんの言葉に感心しています。
 アルビオン王国の王都も非常に汚くて、王都の路上に汚物がうずたかく溜まっている状態でした。
 昨年、王都で疫病が発生しました。
 その時、私の契約精霊のアクアちゃんが病気の原因が汚物に汚染された飲み水にある事を教えてくれました。
 そして、王都の不衛生さについて、アルビオン王国のミリアム首相を叱り付けたのです。

 昨年来、アルビオン王国では下水道の整備に着手し、路上への汚物の投げ捨ての取り締まりを強化しました。
 それ以外にも、ミリアム首相とジョージさんの指揮の下、矢継ぎ早に公衆衛生の改善策が打ち出されています。
 アクアちゃんの指摘のおかげで、セルベチアより一足早く着手したことになります。

「何年くらいかかるかわかりませんが。
 出来る限り早く王や為政者が王都へ戻れるように、汚れた王都を清潔な状態に戻したいと思います。
 やはり、王が居を構え、国政の中心であってこその王都ですから。」

 そう言ったシャルちゃんは、線の細い女の子のような体躯にも拘らず、とても頼もしく見えました。

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