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第10章 動き出す時間

第251話【閑話】聖獣(もどき)たちが住む森へ

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 それは、セルベチア皇帝を捕らえて二週間ほどした日の事でした。

「えっ、竜のところに連れて行ってくれるの!
 嬉しい!私、一度竜を見たかったんだ!」

 私が誘うと、アリィシャちゃんが、無邪気にはしゃぎます。

「竜じゃなくて、竜のような姿をした水の精霊ね。
 何というか…竜モドキ?」

 セルベチア兵に対する殺戮を制止する時に、私はある約束をしました。
 帝都、アルトブルク、アルビオン、そして聖都と、根回しの行脚あんぎゃも一段落したのでそれを果たすことにしました。
 聖獣のような姿をした精霊達の許に、『生娘を連れて遊びに行く』という約束を。
 あまり気乗りしませんが、余り放っておくとこの屋敷まで押し掛けてくるかもしれませんからね。

 私が手始めにアリィシャちゃんを誘うと、それまでシャルちゃんとイチャついていたトリアさんが聞きつけて。

「何、この屋敷の裏に広がる森には竜なんかが住んでいるの?
 竜のところに遊びに行くのでしたら、私も連れて行って欲しいわ。
 ねえ、シャルちゃんも行きたいでしょう?」

 などと言います。
 あそこに住む妙な嗜好を持つ精霊達には、『生娘』を連れて行くと言ったのですが…。
 生娘ではない女性や男の娘おとこのこを連れて行っても、大丈夫でしょうか?

 そのことをトリアさんに伝えると。

「ええっ、そんなつれない事を言わなくても良いではないですか。
 ほんの半月ほど前までは生娘だったのですから。
 それに、生娘だけを連れて行くとは言っていないのでしょう。
 シャルちゃんだって、こんなに可愛いのですよ。」

 そういう問題ではないと思いますが、執拗に連れて行けと迫るトリアさんには抗し切れませんでした。
 ヴァイスの引く馬車に乗れるのは六人、後はフランシーヌさんとカーラを連れて行くことにします。

 リーナはエルゼス地方の割譲に関するセルベチアとの交渉で、帝都に滞在しているので誘えませんでした。

     ********

 そして、

「この馬車に乗せて頂くのは二度目ですけど、本当に空から眺める景色は素晴らしいですわ。」

 私の向かいの席で窓にしがみつくようにして外を眺めているトリアさんが、感嘆の呟きをもらします。

 ヴァイスの引く馬車は館を飛び立ち、一路聖獣の姿をした精霊達が住む森に向かいます。
 今日は、おばあさまが契約していた水の精霊が住む泉には立ち寄りません。
 知人の前で黒歴史を暴露されるのは遠慮したいですから。

「ねえ、ねえ、ロッテお姉ちゃん。
 森には、竜以外にも、ユニコーンやフェニックスがいるのでしょう。
 みんな、会えるかな、楽しみ~!」

 私の横に座るアリィシャちゃんが、期待に胸を膨らませています。
 まだ幼いアリィシャちゃんには、あの精霊達の変質的な面は理解できないでしょうね。

 純粋に聖獣たちに会えると思って喜ぶことが出来るアリィシャちゃんが羨ましいです。
 私など、あの精霊達の卑猥な会話を聞いていると引いてしまうのですが。

「ねえ、シャルロッテさん、ドラゴンとか危険ではないのですか?
 物語の中のドラゴンというのは、人を襲う凶暴なモノと相場が決まっているのですが。」

 竜モドキに会えることを楽しみにする人がいる一方で、こんな風におびえている人もいます。
 シャルちゃんのお姉さんのフランシーヌさんです。むしろ、彼女の感性の方が正常な気がしますが。

 こんな人たちを連れて空を舞う事十分ほど、ほどなくして馬車は大きな池の畔に着地しました。

     ********

 すると、嗅覚が鋭いのか、私達の到着を嗅ぎつけたユニコーンもどきがさっそく姿を現しました。

「ユ、ユニコーン…、本当に目にする日が来るなんて…。」

 伝説の聖獣(もどき)を目にしたフランシーヌさんが、感動に震えながら呟きをもらしました。

「清らかな乙女の香りに引かれてやってきたら、シャルロッテではないか。
 この間の約束を果たしに来たのだな、待ちわびていたぞ。
 なかなか、来ないものであるから、そなたの屋敷まで乗り込もうかと話をしておったのだ。」

 危ないところでした、こんな連中が突然現れたら侍女のベルタさんが腰を抜かします。

「遅くなっちゃって、ごめんなさいね。
 この間、あなた達が撃退してくれた連中の件で、後始末に走り回っていたの。」

 私が謝罪すると…。

「まあ、いい。
 多少遅くなっても、約束が果たされるのなら、文句は言わん。
 だが…。」

 ユニコーンもどきはそう言うと、やおらトリアさんに近づき匂いを嗅いだのです。どこをとは申しません…。
 そして。

「シャルロッテよ、話が違うではないか。
 この娘、生娘ではないぞ!
 しかも、隣にいる者に至っては汚らわしい男の匂いがする。
 六人しかおらんのに、その内二人が生娘ではないとはどういうことだ。」

 と怒り始めたのです。
 やはり、この生娘に対する偏愛嗜好のあるユニコーンもどきのお気に召しませんでしたか。

「あ、あなた、人のこか…、いえ、人の下半身の匂いを嗅いで。
 あげく、生娘でないなどと、大声で言うなんて、デリーカシーと言うものが無いのですか。
 これがもし殿方に聞かれようものなら、私は人前に出られなくなりますよ。
 それに、シャルちゃんが男だからなんだと言うのですか。
 こんなに可愛いのですよ、何か文句があるのですか。」

 デリケートな部分を嗅がれたトリアさんが、負けじと文句を言い返します。
 トリアさん、趣味嗜好の違うモノにそんな苦情を言っても不毛ですよ。話は平行線ですから…。

 すると。

「その娘さんの言う通りだぞ、一本角よ!
 おぬし、食わず嫌いが激しすぎるぞ。
 何千年もの時を過ごしてきて、いまだに生娘以外はダメとか、どんだけ偏狭なのだ。
 いいか、よく聞けよ。『可愛いは正義』だ。
 可愛いのであれば、生娘であろうがなかろうが、ナニが付いていようが、然したる問題ではないのだぞ。」

 そんな、頭が痛くなるセリフを吐きながら飛来したのは、フェニックスもどきの火の精霊です。
 全身に炎を纏った鷲の姿をしています。

 大の酒好き、女好きで、もしこんな人間がいたら、ダメな人間の典型と言えるでしょう。

 そうこうしている間に、今度は池に大きな飛沫が上がります。
 池の中から現れたのは、白銀に輝く体躯の巨大な蛇。
 体躯に比して小さな手を持ち、背中には一対の翅を生やしています。

「まあ、まあ、二人共、そう尖がるな。
 誰しも趣味嗜好というものがある。
 生娘しか受け付けんと言うのであれば、一本角は生娘とだけ遊んでおれば良いであろう。
 俺は別に生娘でなくとも別に気にせんからな。
 どうだ、今日はいい天気だし、水浴びをせてやろうか?」

 まだ五月ですから、水浴びには肌寒いです。
 いえ、そういう問題ではありません。
 親切心から言っているように聞こえますが…。
 この竜もどき、水浴びをする女性を裸体を眺めて悦に入るどスケベです。

 私が呆れた目で竜もどきを見ていると、アリィシャちゃんが飛び出していきました。

「わーい!本当に龍の姿をしているんだ。
 こんにちは、水の精霊さん、私はアリィシャっていうの。
 私も水の精霊と契約しているんだよ。
 この子、クシィって言うの、よろしくね!」

 アリィシャちゃんが、あわせた両掌の上に乗せたクシィを差し出しながら竜もどきに挨拶をすると。
 竜もどきは、何処か優し気な声色で言いました。

「おお、アリィシャと言うのか。
 めんこい、ちびっこだのう、十年後が楽しみだ。
 しかし、孫娘以外に精霊の契約者がおるとは思わなんだ。
 どれ、水浴びが寒いと言うのなら、背中に乗って空を飛んでみるか?」

 この竜もどき、単なるスケベではなく、けっこうな子供好きのようです。

「えっ!いいの!乗りたい!」

 アリィシャちゃんはそう答えるや竜もどきに駆け寄ります。
 そして、池の縁に頭を着けた竜もどきによじ登って…。

 次の瞬間、巨大な竜もどきが本当に大きな水飛沫を上げた空へ舞い上がったのです。

「わー、すごい、すごい!
 竜に跨って空を飛ぶなんて、お伽噺みたい!」

 アリィシャちゃんは余程嬉しかったようで、興奮気味の大きな声が空から降って来ます。

     ********

「スン、スン。
 そなたは清き乙女のようだな。
 どうだ、我の背に乗って池の畔を散歩でもせんか。」

 例によって鼻をこすりつけ、フランシーヌさんの香りを嗅いでいたユニコーンもどきが誘いました。

「良いのですか?
 聖なる白馬に騎乗できるなんて、夢のようです。」

 竜の事は恐れていたフランシーヌさんですが、ユニコーンには憧れがあったようです。
 遠慮がちにユニコーンもどきの背に跨って、湖畔の散歩に行ってしまいました。

「なあ、孫娘、何か手土産は無いのか?
 儂の好物を言ってあっただろう。」

 はい、はい、そう言われると思い、ちゃんと持ってきましたよ。
 フェニックスもどきが図々しくも催促したのはもちろんお酒です。
 
 私がカーラに持たせていたお酒の小樽を差し出すと、フェニックスもどきはトリアさんに言いました。

「なあ、そこのベッピンさんや。
 儂は生娘でなければいかんなどと偏狭なことは言わんゆえ。
 ここにきて酌をしてくれんかのう。
 人間の娘に酌をしてもらうなど、もう何百年もなかったことだからのう。
 よろしく頼むわ。」

 催促されたトリアさんが、カーラの持参した木のボウルにお酒を注いでフェニックスもどきに差し出しました。
 すると、器用にも器の縁にとまったフェニックスは嘴を器に入れてお酒を飲み始めます。

「やっぱり、ベッピンさんに酌をしてもらった酒は格別だのう。
 これからも、たまに遊びに来て貰いたいものだ。」

 フェニックスもどきは上機嫌です。

 そんな様子を眺めていたカーラ。
 カーラは、貴族の中にあって一人だけ平民、私の侍女と言う立場なので今まで口を噤んでいたのですが。
 私と二人だけになったので、口を開きました。

「ここにいる精霊達なのですが…。
 何というか、工房で雇った村の悪ガキ共を彷彿とさせられるのですが…。
 欲望丸出しと言うか、どす黒い欲望を感じさせます。
 シャルロッテ様の契約精霊みたいな清楚な感じが全くしません。」

 村の悪ガキ共とは言い得て妙です、たしかにあの子達と負けず劣らず欲望に忠実だと思います。
 唯一の救いは、あの悪ガキ共と違って、人間の女性に手を出すことが出来ないことですね。

    ********

 結局、その日は朝から夕方まで三体の精霊達と遊んでしまいました。

「あのユニコーンは失礼な馬でしたが、ドラゴンもフェニックスも大変好意的で楽しかったですわ。」

 帰り際に、トリアさんが私にそう言いました。
 フェニックスもどきにお酌をしながら昔話を聞いたり、アリィシャちゃんに続いて竜もどきに乗って空を飛んだり。
 それが思いの外楽しかったようです。

「儂も久しぶりに人の女子に酌をしてもらって楽しかったぞ。」

 とフェニックスもどきが、

「我も生娘に騎乗してもらえるなんて、何百年振りだったか。
 久しぶりに背中で感じた生娘の感触、堪能させてもらったぞ。」

 とユニコーンもどきが気色の悪いことを、
 そして、

「今度はもっと暑くなったら来るが良い。
 我が優しい水のブレスで水浴びをさせてやろう。」

 と竜もどきが下心でいっぱいのセリフを吐きました。

 それを聞いていたトリアさんが言います。

「ロッテさん、あなた、アルム山麓の地に人を呼びたいのですよね。
 これって、もの凄く集客できるのではなくて、女性客限定の聖獣ランド。
 聖獣たちも喜んで、双方が得するモノになるわ。
 ここなら、ロッテさんが懸念する良からぬ輩が入り込む心配はないわ。
 男が入り込もうものなら、セルベチア軍の二の舞ですもの。
 とても、ここにいる聖獣たちを悪用できる者などおりませんわ。」

 それは検討の余地があります。
 こいつら、また若い娘を連れてこいってうるさいだろうし。
 いっそ入場料を取ってお客さんを呼び込むのも手かも、若い女性限定で。

 その時、私はそう思ったのです。
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