最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第9章 雪解け

第213話 リーナが希望したのは

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 結局、私は一月ほど王都に滞在することになりました。
 王妃様達の国葬に参列したり、鉄道敷設許可に関する詳細を打ち合わせたりと色々することがあったからです。
 
 もちろん、ハーブ畑の手入れが必要となるこの季節、一月も放っておくことは出来ません。
 早朝などに、こっそりとアルムハイムの館に帰っていました。

 そんな一月の中でこんな一幕がありました。

 リーナの今後の処遇についてです。
 もちろん、次期女王となることは決まっています。
 それまでどうするのかという事です。

「カロリーネ姫様には、王都へ戻って頂きます。
 次代の王となるために国政に関与して頂かなければなりません。
 さしあっては、お亡くなりになった王子が担当していた職務を担って頂きましょうか。
 そうする中で、国政の仕組みを理解し、人脈を築いていただきます。
 まあ、幸いにして陛下がまだお若い、ゆっくりと足元を固めて頂ければ結構かと。
 ですよね、陛下。
 まだお子をなそうという元気があるのですから、あと十年や二十年頑張れますよね。」

 今後の予定をリーナに伝える宰相。
 最後に、隣に座るハインツ王にきつい嫌味を言っていました。
 宰相は相当腹に据えかねているようです。
 リーナが王都へ戻っていることを隠して、こっそりお手付きにしようとしていたことに。

「そのことについてですが。
 私は、今しばらくシューネフルトに留まりたいのです。
 今、私はアルムハイム伯と組んで一つの計画を進めています。
 三年もあれば、ある程度形が見えてくるはずです。
 それで成果が上がれば、計画をこの国全体に広げようと思ってます。
 お父様もまだ健在な事でし、二十になるまではこのままシューネフルト領主でありたいと思います。」

 それから、リーナはハインツ王と宰相に対して、今計画中の学校の事を説明しました。
 シューネフルト領に住む若者達に、より多くの仕事の選択肢を与えたいと考えていること。
 その一助として、全ての領民の子女に、読み書き計算を教えようと考えていること。
 そのための学校を創ろうと計画していること。

 計画の概要を説明した後、既にテストケースとして、文字など見た事もなかった農村の娘達に読み書き計算を教えている事について話しました。
 その結果は良好で、一年足らずの教育で下級役人位には役に立つようになったと伝えました。

 更には、アルビオン王国の学校制度に詳しい人を招聘したり、私の支援で三人の少女をアルビオン王国へ留学させたことにも話は及びます。

「ふむ、確かに、同じ平民であっても、町に住む者は比較的読み書き計算ができる者が多いですな。
 しかも、そうした者の方が重宝されるし、仕事を選ぶ機会が多いのも事実です。
 ですが、我が国においては、識字率が低い故、計算できる者が少ない故に、それが出来る者に就業機会が多いのです。
 皆が読み書き計算を出来るようになると、我が国ではそれだけの者を雇用できるだけの受け皿がないのでは。」

 リーナの説明に宰相が疑問を呈します。
 確かに、クラーシュバルツ王国は産業が立ち遅れていて、雇用の場が少ないのです。
 宰相の疑問ももっともです。

「ですから、私とカロリーネ姫が手を結んで色々な計画をしているのです。
 幸いにして私には先祖が戦功で残してくれた莫大な財産があります。
 加えて、ここ数年私自身がセルベチアとの戦役で賜った恩賞もございます。
 いま、それをシューネフルト領に投じて事業を起こしています。
 私の起こした事業は、非常に高度で、先進的な技術を用いたものです。
 それ故に、文字の読み書きや算術が出来る事は最低条件なのです。
 現在、シューネフルト領の貧しい農民の次男坊、三男坊を二十人ほど雇い入れました。
 文字を見た事すらなかった者達ですので、仕事の後に読み書き計算を教えているのです。
 カロリーネ姫の方で領民に最低限の教育を施して頂けるのであれば、非常に助かります。」

「いや、しかし、アルムハイム伯が我が国の若者に働く場を提供してくださるのは有り難いのですが…。
 率直に言って、領民の子供全員を雇って頂ける訳ではないでしょう。」

 宰相は、私の事業が大きな雇用の受け皿になるとは考えていないようです。
 十七歳の小娘の言う事です、疑心暗鬼になるのも仕方がないと思います。

     **********

「リーナ、あれをまだハインツ王にお渡ししていないでしょう。
 ちょうど良い機会なので、今お渡しになったらいかがかしら。」

 私がリーナに促すと、リーナは手許に置いたバッグから装飾された二つの小箱を取り出しました。
 そして、

「これ、ロッテが興した時計工房に特注で作ってもらったのです。
 お父様とお母様にプレゼントしようと思いまして。」

 リーナがハインツ王に手渡した時計は、私がアルビオン国王に献上したものとほぼ同じものです。
 違うのは、アルビン王家の紋章に代えてアルトブルク家の紋章になっていること。
 そして…。

『大好きなお父様へ カロリーネより』

 懐中時計の表蓋の裏側にそう刻まれていることです。

 リーナに贈られた時計を手に取ったハインツ王は、時計の蓋を開け、すぐに気づいたようです。
 刻まれた文言を目にしたハインツ王は感極まった表情となり…。

「うおおおお!リーナよ!
 お父さんもおまえの事を愛しているぞ!
 やはり、他の男にはやらん!
 今宵こそ、私の熱き思いの丈をおまえに注ごうではないか!」

 そう言って、ローテーブル越しにリーナを抱きしめようとして…。

『ゴツン!』
 
 宰相の拳がハインツ王の頭に振り下ろされました。
 あれ、良いのでしょうか?
 王に暴行を振るいましたよ、普通は死罪ですよね…。
 
「もういい加減になさいませ。
 アルムハイム伯が呆れていますぞ。
 良いですか、もう一度言います。
 今後一切、カロリーネ姫に触れることはまかりなりません。」

 親子の間で指一本触れるなと言うのは逆に厳しすぎる気もしますが…。
 ハインツ王の言動を見ていれば、宰相が心配するのも頷けます。

 少し甘い顔をして、一年後のお披露目の時に、リーナが大きなお腹をしていたら目も当てられません。

     **********

「して、この時計がどうかいたしましたかな。」

 頭を押さえて蹲るハインツ王を無視して、宰相が話を戻しました。

 私は、宰相の問い掛けに答えて話します。

「私の時計工房の時計が、アルビオン王国の海軍に制式採用されました。
 世界に冠たるアルビオン海軍が、私の工房の技術をかってくれたのです。
 アルビン王国からは、それを時計の宣伝に使って良いと許可を得ています。
 私の時計工房はこれから、何百、何千もの雇用を生み出していくでしょう。
 でも、そんなのは序の口です。
 先日来話し合っている鉄道敷設が実現したら、何万もの雇用を生み出せると思います。
 その時、文字も読めないような人々では使い物にならないのです。」

 その後、私はアルビオン海軍に販売する時計の概要を詳しく宰相に説明しました。
 やや精度の劣る民生品の時計も、売り出して間もないものの販売は順調だと加えておきます。

 そして、本命はアルム山脈の絶景を売り物に裕福層を招き入れようという計画です。
 計画の概要を説明すると同時に、アルビオン王国の裕福層の関心は強く、成算は十分にあると伝えました。

「なるほど、観光事業の方はこれからとしても。
 その時計の方は、かなり雇用を生み出せそうですな。
 シューネフルト領の子供に読み書き計算を教えるという件ですが…。
 アルムハイム伯の工房で雇い入れるのに必要とあらば、試してみる価値はあります。
 失敗したところで、シューネフルト領のような小領であれば大した問題はございません。
 反面、首尾よくいった場合の利益は計り知れないです。
 シューネフルト領で成功をおさめ、それを全国に広めたとなれば…。
 カロリーネ姫様は、名君として我が国の歴史に名を残すことでしょう。
 分かりました。
 その計画の一応の結果が得られるまで、カロリーネ姫様にはシューネフルト領主を続けて頂きましょう。」

 どうやら、宰相の納得は得られたようです。
 そして、宰相は一言、こう付け加えたのです。

「それに、王がこの様子では、カロリーネ姫様を王都に置いておくのは不安です。
 あと何年かたって、姫様が大人の体つきになれば、王の欲望も少しは鎮まるでしょう。
 姫様にはシューネフルトにいてもらった方が、私も気が休まります。」

 ハインツ王、本当に信頼されていないのですね。私もしていませんが…。

 こうして、次期王となることが決まった後も、リーナはシューネフルトに留まることになったのです。

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