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第9章 雪解け
第201話 皇帝陛下の休日 ④
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おじいさまは、私が連れてきた二人をご自身の目で確かめて安心したようです。
アルムハイムの館に戻った時には大変晴れ晴れした表情になっていました。
私の周りに若い男性がいるのが、それほど気がかりだったのでしょうか?
過保護すぎる感じはしますが、気が済んだのであれば何よりです。
「あら、皇帝陛下、いらっしゃいませ。
お荷物をお持ち致しましょう。
今日は休暇でございますか?」
転移部屋を出るとちょうど廊下をベルタさんが通りかかりました。
小さな旅行鞄をベルタさんに手渡しながら、おじいさまは上機嫌で言いました。
「嬉しいことに今日はロッテの方から誘ってもらえてのう。
この館の温泉で体を休めて行ないかと。
ちょうど、帝国議会も閉会したことだし、少し骨休めをしに来たのだ。」
「それは良いことです。
この館の温泉はとても体が休まるのですよ。
何でも、体の疲れを癒す成分が溶け込んでいるそうです。
お疲れでしょうから、ごゆるりとお休みになられるのがよろしいかと。」
「それは楽しみだ。
二、三日留まる予定なので、ゆっくりと温泉に浸かることにしよう。
世話になるぞ。」
おじいさまは、お風呂の前にセルベチアの姉弟の顔を見たいそうです。
希望に沿ってまずはリビングルームに行くこととします。
「あっ、大叔父様。ごきげんよう。
今日はどうかなされましたか?」
「おお、フランシーヌ、久しぶりであるな。
息災にしておったか。
なあに、今日は久々に休みを取ってここの温泉に浸かりに来たのだ。
ロッテに誘ってもらってな。」
フランシーヌさんに挨拶を返したおじいさまは、向かいのソファーに腰を下ろしました。
「おかげさまで、安息の日々を送らせて頂いております。
ロッテさんもベルタさんも大変良くしてくださいますし。
こちらのブラウニーさんも色々とお世話してくださるのでとても助かっています。
正直なところ、雪深い場所とうかがいそれだけが心配でしたが。
この冬は、ロッテさんがアルビオン王国へ連れて行ってくださいました。
おかげで冬場も雪に煩わされることなく過ごすことができました。」
「それは良かった。
だが、そなた達二人には窮屈な思いをさせてすまんな。
アルビオン王国でも、自由に出歩くことは出来なかったであろう。
なあ、シャルル、そなたは男の子だから外へ出られないのは苦痛であろう。」
おじいさまは向かいに座る女の子の姿をしたシャルちゃんに話しかけます。
引っ込み思案のシャルちゃんは、おじいさまに挨拶をしたきり一言も口を開いていません。
「いいえ、大叔父様。
ここは誰にも煩わされることなく静かに過ごせるので、とても気に入っています。
ここもそうですが、アルビオン王国の屋敷も広い庭がありました。
外に出たいと思えば、庭を散策できたので窮屈に思った事などありません。
それに、アルビオン王国ではトリアお姉ちゃんが遊びに来てくれたので退屈もしませんでした。」
「トリアとは?」
シャルちゃんの言葉を聞いて、おじいさまは私に尋ねてきました。
シャルちゃんの身元が広まるのを懸念しているようです。
「アルビオン王国のヴィクトリア王女の事ですわ。
トリアさんはシャルちゃんの事をたいそう可愛がってくださるのです。
アルビオン王国滞在中は、よく遊びに来てくださったのですよ。」
「大丈夫なのであろうな。
シャルルの身の上がアルビオン王国の貴族や政治家連中に知られたら利用しようとする輩が現れるぞ。」
「はい、それは平気かと。
トリアさんは、シャルちゃんを実の妹のように溺愛していますので。
トリアさんも良からぬ輩が湧いてくるであろうことは理解しています。
その上で、妹の身の安全を守るためなら国王陛下にも内緒にすると、約束してくださいましたから。」
「妹?
シャルルが男の子であることは、知られていないのか?」
「いいえ、ご存じですよ。
この館にも来たことがありますが、シャルちゃんと一緒に温泉に入りましたから。
妹のように可愛いのなら、男の子でも関係ないそうです。」
「またずいぶんと変わった御仁であるな。
まあ良い、人には色々な嗜好の者がおるからのう。
それで、シャルルの秘密が守れるのであれば、それに越したことはない。」
「はい、トリアお姉ちゃんはとても私を大切にしてくださいます。
私のことは誰にも話さないと約束してくださいました。」
屈託のない笑顔を見せてそう言ったシャルちゃんに、おじいさまも表情を崩しました。
「シャルルは、その王女様にぞっこんなんだな。
それでは、末永く昵懇にしてもらうが良い。」
末永く昵懇にって…、おじいさまはシャルちゃんをトリアさんの旦那さんにとでも思っているのでしょうか。
シャルちゃんにはまだ早いですし、トリアさんの方がだいぶ年上なのですが。
「それはそうと、長いことロッテのところに預けたままで申し訳ないことをした。
帝都の郊外に私の一族が保有する邸宅が一つあるのだが。
そこを二人の住まいにと考えて今整備をしているところだ。
暖かくなる頃には迎え入れることが出来ると思う。」
一時的に預かって欲しいと言われていた二人に、安心して住める場所が用意できたようです。
おそらく、信頼できる人達に根回しをしていたのでしょう。
意外なことに、おじいさまの言葉に最初に反応を示したのは気弱なシャルちゃんの方でした。
「大叔父様、お気遣いいただき有り難うございます。
ですが、ロッテお姉さんが許してくださるのなら、私はここに留まりたいです。
ここは、結界に守られてロッテお姉さんが許可した人しか立ち入れません。
大叔父様は万全を期してくださるのでしょうが…。
ずっと追われて生きてきた私は、他の場所では不安で気が休まらないと思います。
なによりも、トリアお姉ちゃんがここに遊びに来てくれることになっているのです。」
セルベチア革命政府の人は、シャルちゃんを亡き者にしようと目論み血眼で探しているはずです。
他方、シャルちゃんの存在が知れると、彼を御輿に担ごうとする輩が現れる恐れもあります。
旧セルベチア王国の貴族やセルベチア王家に縁戚関係がある帝国貴族などですね。
特に、シャルちゃんをセルベチア王に据えて、セルベチアに介入しようなどと謀る帝国貴族は質が悪いです。
「シャルルは本当にヴィクトリア王女を慕っているのだな。
そなたら二人の素性は厳重に箝口令を布いているので滅多な事は無いとは思うが…。
確かに、人の口に戸は立てられぬからな、何処から漏れるかは分らんか。
ただ、何時までもロッテの好意に甘える訳にも行かんからのう。」
シャルちゃんの希望を聞いたおじいさまは私の方に視線を向けました。
「私は二人がここに留まりたいと言うのであればかまいませんわ。
私がここに人を入れたくないのは、魔法や精霊といった家の秘密を知られたくないため。
そして、私の家が持つ力を利用しようと企む輩を近付けないためです。
二人には家の秘密は全て知られていますし、それを利用しようとする邪心もありません。
我が家の精霊達とも仲良くしているので、ずっといてもらってもかまいませんよ。
シャルちゃんの心配する通り、ここから移るとトリア王女を連れて行くことは出来ないでしょうから。
大国の王女が訪れているのが、他人に知られたら色々な意味で大変なことになります。」
「ロッテがそう言ってくれるのであれば、今しばらくここで過ごしてもらう事とするかのう。
シャルルから、慕っているヴィクトリア王女を引き離してしまうのも忍びない。」
私が二人の滞在を引き続き受け入れる意思を示すとおじいさまも頷いてくれました。
すると…。
「差し出がましく、主の会話に口を挟む無礼をお許しください。
皇帝陛下、であれば、私も二人のお世話係として引き続きこの館に留まることをお許しください。」
おじいさまの後ろに控えたベルタさんが、すかさず二人の世話係に手を上げたのです。
「あっ、ベルタ、おぬし、抜け駆けするつもりか。
私だって、アンネローゼの愛したこの地、ロッテがいるこの地に留まりたいのを我慢しているというのに。」
おじいさまに負けず劣らず、私のお母さんと私の事を溺愛しているベルタさんの事です。
二人がここに留まりたいと希望したのは渡りに船でした。
これ幸いにとここに留まることを望んだのです。
おじいさまは、ベルタさんに不平をもらします。
ですが、貴族育ちの二人に世話係は不可欠という事でベルタさんも引き続き滞在することになりました。
こうして、セルベチアの姉弟は、今しばらくこの館に逗留することになりました。
**********
やらないといけないことは済んだようで、おじいさまは温泉に入ることを所望しました。
「おお、これがこの館の温泉か。
随分と広いのだな、十人くらいは余裕で入れるではないか。
岩でできた露天風呂とは、中々風情がある。」
「ええ、みんなで浸かっても余裕がある大きさのお風呂を作ってもらいました。
おじいさま、そうやって裸でお風呂を眺めているとお風邪を召してしまいます。
どうぞ、温泉に浸かって体を温めてください。」
私は、お風呂に感心して立ち止まっているおじいさまに、温泉に浸かるように勧めます。
さすがに寒かったのでしょう、おじいさまは、私が勧めると直ぐに掛け湯をして温泉に浸かりました。
「これは、良い湯加減だ…、体の芯から温まる。
こうして温泉に浸かっていると、日頃の疲れが吹き飛んでいくようだ。」
温泉に浸かったおじいさまは、とても心地良さそうに表情を緩めています。
私?いくら肉親でも、この年になって一緒には入りませんよ。
私は、スカートのすそを縛って、侍女のようなエプロン姿です。
何のためかと言うと…。
かれこれ、五分ほどおじいさまは温泉に浸かっています。
一度に長い時間お湯に浸かるのは体によくありません。
「おじいさま、体の芯まで温まったら、一度お湯から上がりましょう。
お背中をお流ししますわ。」
そう、おじいさまの背中を流そうと控えていたのです。
「孫娘に背中を洗ってもらえる日が来るなんて、まるで夢のようだ。
今まで、長生きして本当に良かった。
今日は私の人生で最も良き日だ。
歴代の皇帝の中でも、私ほど幸せな皇帝はいないと思う。」
おじいさま、それは大袈裟です。
それに、似たようなセリフをもう何度も聞かされているのですけど。
「そう言って頂けると私も嬉しいです。」
空気が読める私は、キチンとおじいさまが喜ぶ言葉を返します。
「今日会った二人の職人だが、…。
そなた、稀有な人材を拾って来たな、よほど巡り合わせが良いとみられる。
あれだけの人材はそうおらんよ、厚く遇して決して手放すのではないぞ。
しかし、あやつらとて、男だ。決して気を許すでないぞ。」
そこは油断していないのですね…。
まあ、男うんぬんは別として、職人としては信頼してもらえたようで何よりです。
私はおじいさまの背中を流しながら尋ねました。
「おじいさま、今日はこちらにお泊りになりますよね。
明日はどういたしますか?
何か、ご希望はございますか。」
「おお、それじゃがのう。
もし、そなたが許してくれるのなら、私は空が飛んでみたいのだ。
この間の天馬、あれの引く馬車で空の散歩に連れて行ってくれまいか。」
おじいさまがまるで子供のように目を輝かせて答えました。
私がアルビオン王国の空を飛び回ったと報告したのを聞いて、ずっと羨ましいと思っていたそうです。
では、明日は空の散歩にご案内にすることにしましょう。
アルムハイムの館に戻った時には大変晴れ晴れした表情になっていました。
私の周りに若い男性がいるのが、それほど気がかりだったのでしょうか?
過保護すぎる感じはしますが、気が済んだのであれば何よりです。
「あら、皇帝陛下、いらっしゃいませ。
お荷物をお持ち致しましょう。
今日は休暇でございますか?」
転移部屋を出るとちょうど廊下をベルタさんが通りかかりました。
小さな旅行鞄をベルタさんに手渡しながら、おじいさまは上機嫌で言いました。
「嬉しいことに今日はロッテの方から誘ってもらえてのう。
この館の温泉で体を休めて行ないかと。
ちょうど、帝国議会も閉会したことだし、少し骨休めをしに来たのだ。」
「それは良いことです。
この館の温泉はとても体が休まるのですよ。
何でも、体の疲れを癒す成分が溶け込んでいるそうです。
お疲れでしょうから、ごゆるりとお休みになられるのがよろしいかと。」
「それは楽しみだ。
二、三日留まる予定なので、ゆっくりと温泉に浸かることにしよう。
世話になるぞ。」
おじいさまは、お風呂の前にセルベチアの姉弟の顔を見たいそうです。
希望に沿ってまずはリビングルームに行くこととします。
「あっ、大叔父様。ごきげんよう。
今日はどうかなされましたか?」
「おお、フランシーヌ、久しぶりであるな。
息災にしておったか。
なあに、今日は久々に休みを取ってここの温泉に浸かりに来たのだ。
ロッテに誘ってもらってな。」
フランシーヌさんに挨拶を返したおじいさまは、向かいのソファーに腰を下ろしました。
「おかげさまで、安息の日々を送らせて頂いております。
ロッテさんもベルタさんも大変良くしてくださいますし。
こちらのブラウニーさんも色々とお世話してくださるのでとても助かっています。
正直なところ、雪深い場所とうかがいそれだけが心配でしたが。
この冬は、ロッテさんがアルビオン王国へ連れて行ってくださいました。
おかげで冬場も雪に煩わされることなく過ごすことができました。」
「それは良かった。
だが、そなた達二人には窮屈な思いをさせてすまんな。
アルビオン王国でも、自由に出歩くことは出来なかったであろう。
なあ、シャルル、そなたは男の子だから外へ出られないのは苦痛であろう。」
おじいさまは向かいに座る女の子の姿をしたシャルちゃんに話しかけます。
引っ込み思案のシャルちゃんは、おじいさまに挨拶をしたきり一言も口を開いていません。
「いいえ、大叔父様。
ここは誰にも煩わされることなく静かに過ごせるので、とても気に入っています。
ここもそうですが、アルビオン王国の屋敷も広い庭がありました。
外に出たいと思えば、庭を散策できたので窮屈に思った事などありません。
それに、アルビオン王国ではトリアお姉ちゃんが遊びに来てくれたので退屈もしませんでした。」
「トリアとは?」
シャルちゃんの言葉を聞いて、おじいさまは私に尋ねてきました。
シャルちゃんの身元が広まるのを懸念しているようです。
「アルビオン王国のヴィクトリア王女の事ですわ。
トリアさんはシャルちゃんの事をたいそう可愛がってくださるのです。
アルビオン王国滞在中は、よく遊びに来てくださったのですよ。」
「大丈夫なのであろうな。
シャルルの身の上がアルビオン王国の貴族や政治家連中に知られたら利用しようとする輩が現れるぞ。」
「はい、それは平気かと。
トリアさんは、シャルちゃんを実の妹のように溺愛していますので。
トリアさんも良からぬ輩が湧いてくるであろうことは理解しています。
その上で、妹の身の安全を守るためなら国王陛下にも内緒にすると、約束してくださいましたから。」
「妹?
シャルルが男の子であることは、知られていないのか?」
「いいえ、ご存じですよ。
この館にも来たことがありますが、シャルちゃんと一緒に温泉に入りましたから。
妹のように可愛いのなら、男の子でも関係ないそうです。」
「またずいぶんと変わった御仁であるな。
まあ良い、人には色々な嗜好の者がおるからのう。
それで、シャルルの秘密が守れるのであれば、それに越したことはない。」
「はい、トリアお姉ちゃんはとても私を大切にしてくださいます。
私のことは誰にも話さないと約束してくださいました。」
屈託のない笑顔を見せてそう言ったシャルちゃんに、おじいさまも表情を崩しました。
「シャルルは、その王女様にぞっこんなんだな。
それでは、末永く昵懇にしてもらうが良い。」
末永く昵懇にって…、おじいさまはシャルちゃんをトリアさんの旦那さんにとでも思っているのでしょうか。
シャルちゃんにはまだ早いですし、トリアさんの方がだいぶ年上なのですが。
「それはそうと、長いことロッテのところに預けたままで申し訳ないことをした。
帝都の郊外に私の一族が保有する邸宅が一つあるのだが。
そこを二人の住まいにと考えて今整備をしているところだ。
暖かくなる頃には迎え入れることが出来ると思う。」
一時的に預かって欲しいと言われていた二人に、安心して住める場所が用意できたようです。
おそらく、信頼できる人達に根回しをしていたのでしょう。
意外なことに、おじいさまの言葉に最初に反応を示したのは気弱なシャルちゃんの方でした。
「大叔父様、お気遣いいただき有り難うございます。
ですが、ロッテお姉さんが許してくださるのなら、私はここに留まりたいです。
ここは、結界に守られてロッテお姉さんが許可した人しか立ち入れません。
大叔父様は万全を期してくださるのでしょうが…。
ずっと追われて生きてきた私は、他の場所では不安で気が休まらないと思います。
なによりも、トリアお姉ちゃんがここに遊びに来てくれることになっているのです。」
セルベチア革命政府の人は、シャルちゃんを亡き者にしようと目論み血眼で探しているはずです。
他方、シャルちゃんの存在が知れると、彼を御輿に担ごうとする輩が現れる恐れもあります。
旧セルベチア王国の貴族やセルベチア王家に縁戚関係がある帝国貴族などですね。
特に、シャルちゃんをセルベチア王に据えて、セルベチアに介入しようなどと謀る帝国貴族は質が悪いです。
「シャルルは本当にヴィクトリア王女を慕っているのだな。
そなたら二人の素性は厳重に箝口令を布いているので滅多な事は無いとは思うが…。
確かに、人の口に戸は立てられぬからな、何処から漏れるかは分らんか。
ただ、何時までもロッテの好意に甘える訳にも行かんからのう。」
シャルちゃんの希望を聞いたおじいさまは私の方に視線を向けました。
「私は二人がここに留まりたいと言うのであればかまいませんわ。
私がここに人を入れたくないのは、魔法や精霊といった家の秘密を知られたくないため。
そして、私の家が持つ力を利用しようと企む輩を近付けないためです。
二人には家の秘密は全て知られていますし、それを利用しようとする邪心もありません。
我が家の精霊達とも仲良くしているので、ずっといてもらってもかまいませんよ。
シャルちゃんの心配する通り、ここから移るとトリア王女を連れて行くことは出来ないでしょうから。
大国の王女が訪れているのが、他人に知られたら色々な意味で大変なことになります。」
「ロッテがそう言ってくれるのであれば、今しばらくここで過ごしてもらう事とするかのう。
シャルルから、慕っているヴィクトリア王女を引き離してしまうのも忍びない。」
私が二人の滞在を引き続き受け入れる意思を示すとおじいさまも頷いてくれました。
すると…。
「差し出がましく、主の会話に口を挟む無礼をお許しください。
皇帝陛下、であれば、私も二人のお世話係として引き続きこの館に留まることをお許しください。」
おじいさまの後ろに控えたベルタさんが、すかさず二人の世話係に手を上げたのです。
「あっ、ベルタ、おぬし、抜け駆けするつもりか。
私だって、アンネローゼの愛したこの地、ロッテがいるこの地に留まりたいのを我慢しているというのに。」
おじいさまに負けず劣らず、私のお母さんと私の事を溺愛しているベルタさんの事です。
二人がここに留まりたいと希望したのは渡りに船でした。
これ幸いにとここに留まることを望んだのです。
おじいさまは、ベルタさんに不平をもらします。
ですが、貴族育ちの二人に世話係は不可欠という事でベルタさんも引き続き滞在することになりました。
こうして、セルベチアの姉弟は、今しばらくこの館に逗留することになりました。
**********
やらないといけないことは済んだようで、おじいさまは温泉に入ることを所望しました。
「おお、これがこの館の温泉か。
随分と広いのだな、十人くらいは余裕で入れるではないか。
岩でできた露天風呂とは、中々風情がある。」
「ええ、みんなで浸かっても余裕がある大きさのお風呂を作ってもらいました。
おじいさま、そうやって裸でお風呂を眺めているとお風邪を召してしまいます。
どうぞ、温泉に浸かって体を温めてください。」
私は、お風呂に感心して立ち止まっているおじいさまに、温泉に浸かるように勧めます。
さすがに寒かったのでしょう、おじいさまは、私が勧めると直ぐに掛け湯をして温泉に浸かりました。
「これは、良い湯加減だ…、体の芯から温まる。
こうして温泉に浸かっていると、日頃の疲れが吹き飛んでいくようだ。」
温泉に浸かったおじいさまは、とても心地良さそうに表情を緩めています。
私?いくら肉親でも、この年になって一緒には入りませんよ。
私は、スカートのすそを縛って、侍女のようなエプロン姿です。
何のためかと言うと…。
かれこれ、五分ほどおじいさまは温泉に浸かっています。
一度に長い時間お湯に浸かるのは体によくありません。
「おじいさま、体の芯まで温まったら、一度お湯から上がりましょう。
お背中をお流ししますわ。」
そう、おじいさまの背中を流そうと控えていたのです。
「孫娘に背中を洗ってもらえる日が来るなんて、まるで夢のようだ。
今まで、長生きして本当に良かった。
今日は私の人生で最も良き日だ。
歴代の皇帝の中でも、私ほど幸せな皇帝はいないと思う。」
おじいさま、それは大袈裟です。
それに、似たようなセリフをもう何度も聞かされているのですけど。
「そう言って頂けると私も嬉しいです。」
空気が読める私は、キチンとおじいさまが喜ぶ言葉を返します。
「今日会った二人の職人だが、…。
そなた、稀有な人材を拾って来たな、よほど巡り合わせが良いとみられる。
あれだけの人材はそうおらんよ、厚く遇して決して手放すのではないぞ。
しかし、あやつらとて、男だ。決して気を許すでないぞ。」
そこは油断していないのですね…。
まあ、男うんぬんは別として、職人としては信頼してもらえたようで何よりです。
私はおじいさまの背中を流しながら尋ねました。
「おじいさま、今日はこちらにお泊りになりますよね。
明日はどういたしますか?
何か、ご希望はございますか。」
「おお、それじゃがのう。
もし、そなたが許してくれるのなら、私は空が飛んでみたいのだ。
この間の天馬、あれの引く馬車で空の散歩に連れて行ってくれまいか。」
おじいさまがまるで子供のように目を輝かせて答えました。
私がアルビオン王国の空を飛び回ったと報告したのを聞いて、ずっと羨ましいと思っていたそうです。
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