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第8章 冬が来ます

第187話 パーティーの主役は?

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「さっ、姫様、これをお付けするので後ろを向いてください。」

 用意された控えの間、ベルタさんが私の前に差し出したのは天敵のコルセットでした。

「ベルタさん、今回用意したドレスは最近セルベチアで流行している形のドレスですの。
 近頃、セルベチアではコルセットを付けないのが流行っているようで。
 そのドレスもコルセットの着用は必要ございませんのよ。」

 そう、ただでさえドレスなどどいう肩の凝る装いはしたくないのです。
 その上、体を暴力的に締め付けるコルセットなど御免です。
 そこで目を付けたのは、最近セルベチアで流行っているというコルセットを外した盛装です。
 おじいさまは敵国の流行に難色を示しましたが、帝国ではコルセットでがっちり締め付けることを前提としたデザインが主流です。
 それは是が非でも避けたかったのです。

「ええ、それは存じております。
 ですが、このドレス、襟元が広めに開いていて、肩と背中それに胸の上部が露わになります。
 元々このデザインは豊かな胸を強調するようですが…。
 姫様がそのままお召しになると、その慎ましい胸元が非常に残念なことになりかねません。
 せめて、コルセットで胸を寄せてあげませんことには…。」

 あっ、ベルタさんは言ってはいけないことを言いました。
 私もほんのちょっとは気にしているのですよ。

「余計なお世話です…。
 第一、おじいさまはとっても似合っている、綺麗だと言ってくださったのですよ。」

「姫様、それは『あばたもえくぼ』と言うものです。
 目の中にいれても痛くない姫様が皇帝陛下の贈られたドレスで着飾って見せられたのです。
 それはさぞかしお美しく目に映ったのでございましょう。
 皇帝陛下は祖父ですが、『親の欲目』でございますよ。」

 結局、私の胸を憐れむように見るベルタさんの視線に負けて、私が折れました。
 あまり締め付け過ぎないようにコルセットを着用することにしたのです。

「まあ、姫様、本当にお美しい。
 いつも黒いドレスをお召しなので、その淡い紫がとても新鮮です。
 まだお若いのですから、日頃からそうして着飾ればよろしいのに。」

 おじいさまには、三着のドレスを作って頂きました。
 私が主張した黒のドレスに、おじいさまが主張した白のドレス、それに今回の薄紫のドレスです。

 本当は今晩も黒のドレスにしようと思っていたのですが、アルビオン王国では黒のドレスは喪服限定なのだそうです。
 失礼に当たるので止めるように、ベルタさんに諭されてしまいました。

 この薄紫のドレス、生地は最上級のシルクの産地である、はるか東の国からの舶来品です。
 その中でも極上のシルクの生地で、薄紫の地に流れるように描かれた色鮮やかな小花の柄がとても気に入りました。


      **********


 さて、パーティーと言うものに出席するのは私もリーナも初めてです。
 会場に入るタイミングになったらお呼びがかかるとのことで控えの間で待っていると。

「やあ、ロッテ、それにカロリーネ姫、待たせて悪かったね。
 二人共、ドレス姿がとてもチャーミングだ、みんなの注目を浴びること請け合いだ。
 さあ行こうか、会場でみんなが待っているよ。」

 そう言って顔を見せたのはジョージさん、国王陛下その人でした。
 どうやら、国王陛下自ら私達二人をエスコートしてくださるようです。

 おかしいですね、国王主催のパーティーでは出席者は先に会場入りして国王の来場をお待ちするものと聞いていたのですが。

 部屋の外には王妃様とトリアさんが待っており、王妃様のご紹介を受けてから国王夫妻に先導されて歩きます。

「ビックリされたでしょう。
 お父様ったら急にお二人をエスコートするなんて言い出すのですもの。
 私も驚きました。」

 隣を歩くトリアさんも知らされていなかったようです。

 そして辿り着いたパーティー会場と思われる扉の前、ドアマンが恭しく頭を下げて扉を開きます。
 扉の中はパーティールームとしては小ぶりの部屋でした、私の館のパーティールームと変わらない大きさです。

 中で待ち構えていた人は三十人ほど、ジョージさんの言葉通りこじんまりとしたパーティーのようです。
 中にいる方々は。もう既にお酒が入っている様子です

「みんな、楽しんでいるかい。
 今年もみんなの尽力でつつがなく終えることが出来そうだ。
 みんなの働きに感謝する。
 今年もここで新年を迎えて、みんなでお祝いしようじゃないか。」

 部屋に入るなり、集まった人たちに気さくに声を掛けたジョージさん。
 本当に気心の知れた人だけの集まりのようです。

 それから、私とリーナに前に出るように手招きすると。

「みんな、聞いてくれ。
 今年は素敵なレディーをお二人、お招きしたんだ。
 クラーシュバルツ王国のカロリーネ王女と帝国のアルムハイム伯シャルロッテ嬢だ。
 こんな、年寄りばかりの集まりに来てくださったのだ、粗相のないようにな。」

 ジョージさんがそう言った瞬間、会場に笑いがもれました。

 すると出席者の中から見覚えのある顔が姿を見せました。

「久しぶりだね、アルムハイム伯。
 その節は大変お世話になった。
 伯と伯の小さな友人のおかげで王都に住む多くの命が救われた。
 その上、その手柄を我が聖教に譲ってもらった寛容に心から感謝する。」

 私の目の前で、アルビオン教区のマイケル大司教が頭を下げました。
 普段は猊下と呼ばれ、人に頭を下げることのない大司教の行動に戸惑いましたが周りは平然としています。

「ああ、レディー、そんなに焦ることないさ。
 ここにいるみんなはあの疫病騒動の顛末に関する真実を知っている者ばかりだ。
 みんな、レディーに感謝の気持ちを伝えたいと思っているんだよ。
 だから、胸を張っていてくれたまえ。」

 ジョージさんがそう言うと、マイケル大司教に続く人達が現れ、口々の感謝の言葉が掛けられました。
 そして、直接アクアちゃんとシャインちゃんに感謝の気持ちを伝えたいという人が現れて。
 
 結局、二人を呼ぶこととなりました。

「なんと、愛らしい。」

 二人が姿を現すとパーティー会場のあちこちでそんな呟きが漏れ聞こえます。

 精霊達が現れるのを予想していたようで、あらかじめたくさんのお菓子も用意されていました。
 お菓子を振る舞われた精霊達もご機嫌な様子でした。

 しばらく、私と二人の精霊を囲んで歓談を続けていたのですが…。

「最近、歳のせいか、足腰が痛んでね。
 特に冷え込みが厳しいこの時期は辛くてね…。」

 そうこぼす年配のご婦人がいました。
 すると、お菓子を振る舞われて上機嫌だったアクアちゃんが。

「それはいけませんね。
 少しジッとしていてくださりませんこと。」

 そのご婦人に癒しを施したのです。

「あら、腰の痛みが無くなったわ。
 足腰が軽いわ、まるで若い頃に戻ったみたい。
 本当に奇跡だわ。
 おチビちゃん、有り難う。」

 そのご婦人は涙を流さんばかりの喜びますが…。
 そこは、年配の出席者が多いこのパーティーです。
 気が付くと、ご婦人の後ろに列が出来ていました。

 結局、リーナにシアンちゃんも出してもらって、二人がかりで癒しを施してもらうことになったのです。
 希望者全員に癒しを施し終わる頃には、精霊達はみんなのアイドル状態になりました。

 みんな、口々に精霊達に感謝の言葉を掛けては、お菓子を差し出していくのです。

「おやおや、すっかりパーティーの主役を小さなレディーたちに奪われてしまったね。
 本当は、あんな事をさせるつもりは無かったのだけど、申し訳ないことをしたね。
 精霊の力は余り人前に晒したくはないのだろう。」

「いえ、あれはアクアちゃんが自分から始めてしまった事ですから。
 アクアちゃんは心優しいから、目の前に傷付いている人がいると放っておけないのです。」

「それは、心優しいレディーたちに感謝しないといけないね。
 しかし、カロリーネ姫も精霊を友にしているとは思いもしなかったよ。
 レディーたちには驚かされることばかりだ。」

 私と言葉を交わしたジョージさんは、精霊達をとても好意的な目で眺めていました。

 そして、間も無く年が変わろうという時間になって…。


     **********


「みなさま、今宵はお招き頂きまして有り難うございます。
 これから、少々余興を披露させていただきます。
 サラちゃん、行くよ。大丈夫?」

 私は招待状でリクエストされていたかくし芸を披露することにしました。

「任せておいて!」

 私の呼びかけに応じて姿を現す火の精霊サラちゃん、真紅のドレスがパーティー会場にピッタリです。

「今より少しの間、サラちゃんの炎が作り出す幻想的な光景をお楽しみください。」

 私はそう告げるとパーティー会場に集まった人たちを窓際に誘導しました。

 そして、新年を迎える聖堂の鐘が鳴る瞬間。

 ドーン!

 という大音響と共に王都の夜空に大輪の花が咲きました。

「あれは花火かね?」

 私の傍らでジョージさんが尋ねてきます。

「実際に火薬を爆発させている訳ではありません。
 危険はないのでご安心を。
 火の精霊サラちゃんは炎を扱うのはお手の物です。
 サラちゃんの力で花火の爆発を再現しているのです。
 最近見せ場がないと愚痴っていたので今日は盛大に見せてくれますよ。」

 私の言葉に続くように、夜空に赤や緑、青に黄色と色とりどりの花火が大輪の花を咲かせます。

「これは、凄い!
 こんな見事な花火は見たことが無い。
 これを目にした者たちは、今後普通の花火では満足できんだろうな。
 花火師たちはこれから精進しないといかんな。」

 私の隣でジョージさんが感嘆の声を上げます。

「これは、今日のパーティーの主役はあの小さなレディーで決まりですね。」

 その声に振り向くとミリアム首相が私の後ろで花火を眺めていました。
 いったい何百発の花火が打ち上げられたのでしょう。
 サラちゃんの気が済むまでやらせたたら、小一時間続けていました。

 その間、パーティー会場に集まった人たちの目は予想だにしなかった花火に釘付けになっていました。
 
「どうよ、アタシの凄さを少しは思い知ったかしら。」

 思う存分力を振るってご満悦のサラちゃんが私の傍らで胸を張っていました。
 こうして、私達は新しい年を迎えたのです。

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