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第7章 できることから始めましょう

第170話 提督、お久しぶりです

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 それから五日後、私はミリアム首相からの連絡を受けて首相官邸を訪れました。
 
「レディー・シャルロッテ、よく来てくれた。
 いやあ、この度の協力、大変感謝しております。
 先日の隔離施設での奇跡の演出、あれはとても助かりました。
 多くの患者の命が救われたのはもちろんのことですが。
 あのおかげで王都は主のご加護の下にあると、多くの住民に希望を与えることが出来ました。
 それと、水の問題ですが、精霊のアクアさんには本当に感謝です。
 おかげで、あの流行り病の原因を突き止めることが出来ました。」

 ミリアム首相にお目に掛かると開口一番、最大級の謝辞を受けました。

 増え続ける患者と死亡者、それに対して無策な政府、巷に不満が溜まり暴発寸前だったそうです。
 二人の精霊が起こしてくれた奇跡によって、それが大分鎮まったそうです。 

 また、病気の原因についても、水を集中的に調査させた結果、あっけなく判明したそうです。

 まず最初に、多くの医学者を動員して、罹患した人が何処の水を飲んでいるかを調べたそうです。
 その結果、特定の水道業者が供給している水を飲んだ者に患者が集中していたことが判明しました。

 そして、その水道業者こそ、大河の汚れた水を大きな水車で汲み上げている業者だったようです。
 その業者の供給する水を調べたところ、十分にろ過や浄化されることなく飲料水として供給されていたことが明らかになりました。

 更に、アクアちゃんが言っていた『質の悪い虫』という言葉にピンときた学者がいたそうです。
 アクアちゃんが、言う虫とは学者が細菌と呼ぶものではないかと。

 その方は、私が飲んでいる水道業者の水、問題の水道業者の水、それから患者から採取した検体のそれぞれを顕微鏡というもので調べたそうです。

 顕微鏡と言うのがどういうものか知りませんが、何でも目に見えない小さなモノを拡大して見ることが出来るそうです。

 問題の水からは特定の細菌が大量に見つかったそうです。
 その細菌は私が飲んでいる水からは一つも見つからなかったようですが。
 一方で、患者から採取した検体からはやはり大量に見つかったとのことです。

 病気の発生メカニズムは、現時点では判明してないそうです
 ですが状況的に見て、その細菌が病気の原因になっている可能性が高いと推測されたようです。

「いやあ、色々とデータを揃えて、瘴気が原因だと主張する者達に突き付けてやりましたよ。
 みな、ぐうの音も出ずに、こちらの意見に従ってくれました。
 おかげで、すぐに問題の水道業者からの水の供給を止めることが出来ました。
 学者に三日徹夜させてデータを揃えさせ、一昨日問題の水の供給を止めたのですが。
 昨日僅かに新規の患者の発生が減ったかなと思ったら、今日は劇的に患者の発生が減りました。
 これで、明日も更に減るようであれば、原因はあの業者の水で確定です。」

 ミリアム首相も少し落ち着いたので、私と面会する時間が取れたとのことでした。


     **********


「レディー・シャルロッテには、今回もお世話になってしまいましたな。
 借りが溜まっていく一方で怖いですよ。
 先日は、レディーの方の用件を伺えなくて失礼しました。
 それで、わざわざ我が国まで戻ってこられて、重要な用件があるとは何事ですかな?」

 まだ、流行り病が終結した訳ではなくお忙しいでしょうに、私の用件のために時間を割いてくださるようです。
 
「実は、貴国の海軍にこれをお買い上げいただこうと思いまして、試供品をお持ちしました。
 既に量産体制に入っておりまして、二百個ほど完成しております。
 必要なんでございましょう、船の上で自分の経度が正確にわかる時計が。」

 私は量産品の懐中時計が入った桐箱を差し出しながら、ミリアム首相に言いました。

「なぜ、それを…。」

「いえ、王が懸賞金を掛けたそうではないですか、金貨二万枚もの。
 そのくらいの噂は耳に入りますよ、一ヶ月もこの国に滞在していたのですから。」

 私の言葉を聞いたミリアム首相は書記官に大きな声で命じました。

「誰か海軍の者を直ぐに連れて来い、出来れば海軍卿を、いなければ提督か誰かを。」

 しばらくして見知った顔が部屋に入ってきました。
 前回お目に掛かったニルソン提督です。

「すみません、海軍卿は今お出かけでして、お急ぎと伺い私が参った次第ですがよろしいでしょうか。」

「おお、ニルソン君か、妙な縁があるモノだね。
 普段王都にいない君が来ている時に、レディーが訪ねてくるなんて。」

 ニルソン提督を迎え入れたミリアム首相は提督を隣に座らせました。そして、

「レディーが今日は商談に見えられたのだ。
 これを海軍に買って欲しいと言っているのだが。」

 ミリアム首相はここで初めて桐箱のふたを取りました。

「ほお、懐中時計ですか。
 これを売り込むためにわざわざ我が国までお越しになられたので?」

「いや、単なる懐中時計ではないんだ。
 海軍が王にお願いして、王の名で懸賞金を掛けただろう、経度が図れる精度の時計を募集するって。
 あれに、レディーが名乗りを上げてきたのだ。」

「なんですと。
 あれは、懸賞金を掛けて一年経っても応募者が現れず、断念して取り下げようとの話が出ていたのでは。
 それにレディーが名乗りを上げると?この時計で?」

「ええ、十分にご満足いただける精度だと自負しております。
 特別に用意した物を帝国皇帝に献上したところ、大変お喜び頂きました。
 私の工房を帝国皇帝御用達の末席に加えて頂きましたのよ。」

 私の言葉を聞いた二人はそれぞれに桐箱のフタと懐中時計を手に取り改めて良く見分しました。
 そして、気が付いたようです。
 桐箱のフタに箔押しで描かれた金の紋様と懐中時計の裏側に型押しされた紋様に。

 桐箱の紋様は最初から見えていたはずですが、単なる装飾と思い良く確認していなかったようです。
 二つの紋様は同じもの、帝国皇帝が用いている双頭の鷲の紋章です。
 その下には小さく帝国皇帝御用達の文字が入れられています。

 私と対面した時、ニルソン提督は私を侮るような表情を見せていました。
 いえ、決して悪意のある顔ではなく、私を見る目はむしろ好意的です。
 可愛い子供が背伸びをしているのを見るような微笑まし気な表情で私を見ていたのです。
 ぶっちゃけ、世間知らずの箱入り娘が無謀にも難関に挑んできたと思っていたのでしょう。

 ですが、帝国皇帝の御用達と聞いて、侮るような気配は消えました。
 さすがに、シャレでは済まされないと思ったのでしょう。
 二人の顔つきに真剣さが増したのです。

「レディー・シャルロッテ、この時計の精度はどの程度か分かりますか。」

「私は素人なので細かい測定方法などは存じませんが。
 報告によりますと、一日の誤差が十分の一秒程度と聞いております。
 それ以上は、精密な測定器具が無くて分からないそうです。
 職人の言では、正確な測定はこちらにお任せしたらどうかとのことです。」

「十分の一秒、それは本当ですか。
 だとしたら、画期的な事です。
 我が海軍の要求制度は十分に満たしているものと思われます。
 二週間頂けますか、その間に海軍の研究所で精度測定をさせます。
 その結果をもって、改めて交渉の場を設けさせてください。」

 私の返答を聞いた二人はとても驚いていました。
 まさか、私のような小娘がそんな高性能な時計を持ち込むとは思ってもいなかったでしょうから。

 こちらとしても、精密な測定器具で計測したジョンさんの時計の精度を知りたいです。
 海軍には存分に調べて頂きましょう。
 
「ええ、構いませんわ。
 そちらの納得のいくまで調べてください。
 もちろん、測定結果は教えて頂けるのですよね。
 ただその時計は、構造上分解できないように作ってありますので。
 分解しないように注意してくださいね。」

 私の注意を聞いてニルソン提督が首を捻りました。
 組み立ててある物を分解できないと言う意味が理解できないのでしょう。
 
 どうせ、研究所の方に分解を試みる人がいると思います。
 その時、その方はどんな顔をするのでしょうね…。
 
 
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