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第7章 できることから始めましょう

第167話 時計の量産体制が整いました

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 帝国皇帝から御用達の指定を受けると直ぐに、私は時計工房の量産体制を整えるべくジョンさんと共にリーナのもとを訪れました。

 目的は、時計部品の仕上げ加工が出来る熟練の時計職人を引き抜くためです。
 リーナの国では時計の分業体制が確立していて、熟練の職人さんが多いそうです。
 ただ、時計の構造が悪く性能がイマイチのため、アルビオン王国など技術の進んだ国の時計に比して二級品の扱いだそうです。

 当然、アルビオン王国の時計に比べ価格が安いため、職人さんの取り分も少ないという事です。 
 オークレフトさんに言わせると、悪いのは基本的な設計面で、職人さんの加工精度は他国と比べても全く遜色ないそうです。
 という事で、不遇な待遇を強いられている腕の良い職人さんを十人ほど仕上げ加工の担当として引き抜く事にしました。

 お願いをしに行くと、

「ああ、以前、オークレフトさんが言っていましたね。
 我が国に腕の良い時計職人の集団があると。
 私も帰国してから調べました。
 どうやら、私の領地にはないようですが、隣の領地には確かに時計の産地があるようです。
 何件のも工房が確認できました。
 隣の領主には話をしてあるので、早速職人の募集をお願いしてきましょう。
 熟練の職人を十人ほどで良いのですね。」

 そう言って、リーナは職人の募集を快く引き受けてくれました。

 それから十日程して、私はリーナに呼ばれて言われました。

「ロッテの工房に移っても良いという時計職人の集団があったのだけど。
 一度、雇い主に会って話がしたいと言うのよ。
 申し訳ないけど、隣の領地まで一緒に行ってもらえるかしら。」

 先方の言う事はもっともです。
 わざわざ領地を越えてまで仕事場を移るのです、信用のおけない人のもとでは働けないでしょう。

「分かったわ、それなら早い方が良いわね。
 ヴァイスの引く馬車を出すから、明日にでも行ってみましょう。」

 隣の領地までは普通の馬車ですと一日掛かりになるそうですが、ヴァイスで飛べば一時間ほどで済みます。

「そう、良かったわ。明日なら私も都合が付きます。」

 こうして、リーナとジョンさんを連れて職人の募集に応じてきた方々に面談しに行くこととなりました。


     **********


「いやあ、わざわざ来てもらって悪いな。
 俺の名前はヤンと言う、一応この工房の親方をやってるんだ。」

 指定された工房を尋ねるとヒゲ面のがっしりした中年男が出迎えてくれました。

「初めまして。
 私が『アルムハイム時計工房』の経営者、シャルロッテ・フォン・アルムハイムです。
 隣にいるのが、時計工房を任せている時計職人のジョンさんです。時計工房の責任者となります。」

 私が自己紹介をするとヤンさんはさっそく用件に入りました。

「実はよ、待遇を聞くに全員親方並みの給金をもらえると言うじゃないか。
 俺も今よりか幾分、もらえる金が増えそうだ。
 それなら、工房の経営なんて面倒なことをしないで済むだけ、雇われの方が気が楽かと思ってよ。
 工房の全員で移籍を考えているんだが。
 俺も、現在十人からの職人を食わせているんだ。
 上手い話に乗って騙される訳にはいかねえ。
 だから、一度話を聞かせてもらおうかと思ったんだよ。
 本当に職人十人全員に、月々金貨十五枚も払ってくれのかい。
 いや、そもそも、あんたはそんな金が払えるのかい。
 だいたい給金が金貨って何だい、普通は銀貨だろう。」

「ええ、あなた方が私の期待する技量を持っているなら、金貨十五枚を支払いましょう。
 実際、私の工房にはそれだけの価値のある商品がありますし。
 売り先の目途も立っています。
 それも、金貨で支払ってくれるところです。
 私は基本、価値が安定している金貨での商売なのですよ。
 銀貨で支払っているのは見習い工くらいです。」

「あんた、いったい、どこにどんな時計を売ろうと言うんだ。」

「売り先はアルビオン王国海軍の予定です。」

「馬鹿言っちゃいけねえよ。
 アルビオンの海軍と言ったら、第一級の精度が要求されるんだ。
 この国でそんな時計が作れる訳ねぇじゃないか。」

「ジョンさん、この方にうちの工房で作る時計の試作品を見せてください。」

 私の話を眉唾で聞いているヤンさんの目の前に、ジョンさんは量産品の試作品を差し出しました。
 量産品と言っても、ケースを真鍮にして装飾を排しただけ、ムーヴメントは皇帝に献上したものと同じです。
 その時計をジッと見ていたヤンさんが言いました。

「こいつはすげえや、おい、これは一日の誤差がどの位なんだ?」

 さすが、親方をしているだけの事はあります。
 ジョンさんの時計を見ただけで、その卓越した精度に気が付いたようです。

「現在の試験結果では、十日間の平均で一日の誤差は十分の一秒ですね。」

「十分の一秒…。
 俺の作る時計は五分だぞ、何という精度だ。
 こんな時計初めて見た…。」

「ええ、ジョンさんが開発した『アルムハイム時計工房』の時計は世界一の精度です。
 何と言っても、帝国皇帝の御用達ですから。
 この商品をアルビオン王国海軍に売り込みに行きます。
 協力しては頂けませんか。」

「俺たちの作る時計が、アルビオン王国海軍に…。
 まるで、夢のようだ…。
 良し分かった。
 俺の工房をたたんで、工房の職人全員であんたの世話になるぜ。」

 こうして、ヤンさんを中心とする熟練の職人を十人雇い入れることに成功しました。
 ただ、熟練の職人ですので、工房の秘密を盗まれる心配があります。
 申し訳ないですが、言霊の魔法を使って制約を掛けさせてもらいました。

 工房の技術情報を他者に漏らさないことと工房の外で工房の技術を用いないことです。
 要するに、自分のためだろうと、他人のためだろうと模倣品を作れないようにしました。


     **********


 それから更に一月後、秋も深まってきた十月上旬、ヤンさん達の加入により時計工房の量産体制が整いました。
 既に二百個ほど完成品が溜まったので、私は正規の量産品第一号を持ってアルビオン王国へ跳びました。

「ロッテ!久しぶり!
 待ってたよ!
 今回はゆっくりして行けるの?」

 私が王都の館に設けた転移部屋に転移すると、ブラウニーのステラちゃんが上機嫌で迎えてくれました。

「ええ、今回は商談で来たので一週間以上は滞在する予定よ。
 よろしく頼むわね。」

「任せておいて、腕によりを掛けて美味しいもの作るわね。」

 家付き精霊のステラちゃんは、人が住んでこその家だと常々言っています。
 ですから、私とオークレフトさんが滞在することになって大喜びです。

 オークレフトさんは、動き出した自分の機械工房の受注を取りに付いてきました。
 王都にいた時に懇意にしてた資本家を回り、機械の受注を取ってくるそうです。
 何でも、当てはあるのですって。

 自分の工房の見習い達にはジョンさんの時計工房の手伝いを命じてきたそうです。
 ジョンさんのもとで機械操作の習熟に努めるようにと。
 こんな時、同じ建物を二つの工房で使っていると便利ですね。

 その日は、ステラちゃんをはじめ、王都の館にいるブラウニー達に最近の王都の様子を聞きながら一日を過ごしました。

 アルムハイムの館から移ったブラウニーの代表、例の風来坊のブラウニー、名前がないと不便なのでツヴァイと名付けました。
 話をする中で、そのツヴァイが言いました。

「商談で王都に来たんだって?
 王都では今、質の悪い流行り病が流行っているそうだからうつらないように気を付けるんだよ。」

 すると、私の肩の上に座ってお菓子を食べていた水の精霊アクアちゃんが言いました。

「あっ、やっぱり起こってしまいましたか。」

 何やらアクアちゃんには思い当たることがあるようです。

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