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第7章 できることから始めましょう

第157話 リーナの希望、学校づくりが始まります

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「それで、昨年、下働きとして雇い入れた子達の読み書き計算の上達具合はどんな感じですか?」

 私は、魔法のことをこれ以上追及される前に話題を変えることにしました。

「それがね、読み書き計算に関しては、習いだしてまだ一年経っていないとは思えないくらい上達したのよ。
 姫様の侍女をしているヘレーネさんが、良いアドバイスをしてくれたわ。」

 ヘレーネさんは、カーラを指導した時と同じで、読み書きの学習には興味を持つ本を与えるのが一番だと助言したそうです。
 ローザさんはリーナが子供の頃に読んだ物語本を王都から取り寄せたそうです。
 試みに十人の少女達にそれを読ませてみたところ、読解力や語彙力が飛躍的に高まったそうです。

「ヘレーネさんの助言を聞いてよかったわ。
 ただ、あの人が勧めてきた物語本はどれも公序良俗に反するものばかりで困ったわ。
 とても教え子達に与えられるような本ではないのですもの。」

 ローザさんが苦々しい顔をして言いました。
 ヘレーネさんが下働きの子達の読み書きの上達のためならばと蔵書を提供してくれたそうです。
 例の艶本ですね、目を通したローザさんはどれもアレな内容に卒倒しそうになったそうです。
 結局、リーナにお願いして、離宮に残っているリーナが子供の頃に読んだ本を取り寄せることになったと言います。

「全く、あの人の偏った嗜好には困ったものですね。
 それさえなければ、とても有能な方なのに…。」

 思わず、私も相槌を打ってしまいました。

 算術についても、漠然と計算問題をさせるよりも、身近なお金や物の計算をさせた方が上達すると助言したそうです。
 例の、給金で艶本を買うとしたら何冊買えるかという計算ですか。全く、あの人は…。

 その辺の話を一緒に聞いていたリーナが私費で下働きの少女達に買い与えた物があるそうです。
 それが、紙が高価なこの国では貴族くらいしか使わない日記帳と商人が使うような帳簿の帳面だそうです。

 日記帳はその日あったことを書き記すことにより、文章を書く力を身につけさせるため。
 帳簿の綴りは、貰った給金の使い道を記録させることで、日頃から足し算、引き算に慣れさせるためだそうです。

 リーナは、彼女達に日記帳や帳面がいかに高価なものかを説き、絶対に無駄にしないように命じたそうです。
 領主から直々に賜った高価な物とそれを無駄にするなという命令、彼女たちは毎日真面目にそれらをつけているそうです。

「リーナ様に与えて頂いた帳簿はとても効果がありました。
 貰った給金の残りを数えて、帳簿で計算した残金と違っていると彼女たちはとても真剣に間違いを探すのです。
 あれで、飛躍的に計算の力が上がりました。
 それに、親元にお金を送るものですから、『仕送り』なんていう言葉も覚えたのですよ。
 そのうち、給金も増えて色々な物が買えるようになれば、物の名前も多く知るようになるのでしょうね。」

 ローザさんは彼女達の上達ぶりに感心しているようで、この一年足らずの期間の成果に一応の満足を得ているようです。


     **********


「それで、アガサさん。
 今、ローザ先生と相談していることなのですけど。
 ローザ先生に指導して頂いている下働きの子達をこの領地に設ける学校の教員にしたいと思っています。
 学校を作るためには教え手も数がいるのですが、この国で集めるのは不可能に近いです。
 彼女たちは、早々に下働きから正規の官吏に登用するつもりです。
 それと同時に、お二方の下に就けます。
 お二方には、学校開設の準備とともに、彼女たちを教員にするための指導をお願いしたいのです。」

 リーナはアガサさんに向かって、要望を伝えました。

「それは承知したよ。
 で、いつまでにやれば良いのかい?
 それと、学校の規模や教育水準はどうするんだい。
 そもそも、何歳くらいから何年間の就学期間を考えているんだい。」

 アガサさんの問い掛けは、どれもリーナが頭を悩ませていることばかりでした。
 むしろ、その辺の知恵を借りるためにアガサさんをお招きしたのですが…。

「その辺のお知恵もアガサさんにお借りしたいのです。
 アルビオン王国の学校制度も参考にしたいものですから。
 ただ、当面の方針についての私の腹案は決めてあります。」

 おや、いつの間にそんなことを考えていたのでしょうか、私は何も聞いていませんが。

「それは、どんなモノかい?
 私は出来る限りお嬢ちゃんの希望に沿うものにするつもりでいるから、聞かせておくれ。」

「はい、最初から領民の子女全てに教育を施すのは難しいと判断しました。
 当面の目標は来年の秋、寄宿制の女学校を設立します。
 目的は今後展開する予定の領民学校の教員養成です。
 女学校としたのは今の下働きの子達と同じ、少女が娼婦として売られていくのを防止するためです。
 アガサさんには、来年の秋の開校に間に合うように学校のプランニングをお願いします。
 ローザ先生には、学校で教える内容の教科書作りをお願いします。
 同時にお二方、力をあわせて現在いる十人の子を一年間で教員として使えるように育てて欲しいのです。」

 リーナは言います。まずは、教員を短期間で養成しないといけないと。
 そのために、寄宿制の学校にして短期間でみっちりと教え込むつもりのようです。
 これを、衣食住含めて全額無償で行うつもりのようです。

 そんなことを大々的には出来ません、リーナの領地の予算は本当に微々たるものです。
 ですから、今の下働きの少女達と同様、娼婦として売られる恐れのある少女の救済事業を兼ねた規模になるようです。
 開校時期を秋としたのも、女衒が娘を買い取りに村々を回るのが冬前だからですね。
 女衒に買い取られる前に保護してしまおうと。
 因みに、今の下働きの少女達をアガサさん達の下に就けたら、また下働きが不足してしまいます。
 今年の秋口にその補充を行うそうです、今年の秋に売られていく娘が出ないように。

「本当は、女の子だけではなく、傭兵として出て行く男の子にも手を差し伸べたいのですが…。
 正直なところ、やんちゃ盛りな十代前半から半ばの男の子を同年代の女の子が御せるとは思えないのです。
 教員が、ローザ先生とアガサさん、それに今教育中の少女十名では、男子の受け入れは難しいだろうと。
 ですから、私の希望する領民学校が実現したら当面、教員は女性ばかりとなります。」

 傭兵として出て行く男の子のことを気にかけているのでしょう、リーナが表情を曇らせました。

「分かったよ、来年の秋までに学校が開けるようにするんだね。
 就業年数や教育水準は、これから三人で相談することとしよう。
 でも、教員養成学校が毎年十人程度の受け入れでは、領民学校も少しずつ作っていくしかないね。
 まあ、出来るところからやって行けば良いんじゃないかい。
 領民に無償で教育を施そうなんて野心的な取り組み、アルビオンでも聞いたことが無いことだからね。
 欲張ることないさ。」

 そんなリーナを励ますようにアガサさんが声を掛けました。

 男の子ねえ、多分ですが、オークレフトさんとジョンさんが何とかしてくれそうな気がします。
 あの如何にも朴念仁という感じの二人に女性の指導は難しいでしょう。
 おそらく、採用するのは男の子が中心になると思います。

 毎年、十~二十人の子供を採用して行けば、少なくともリーナの領地から傭兵として出稼ぎに必要は減るでしょう。
 何と言っても、過疎地ですからそんなに子供がいません。

 でもね、それでも一攫千金を夢見て傭兵として出て行く子は一定数いると思いますよ。やんちゃ盛りの男の子ですから。

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