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第7章 できることから始めましょう

第147話 その反応はもういいです…

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「それで、アルビオン王国はどうであったかな。」

 同盟締結についての報告書の話が一段落したので、おじいさまがアルビオン王国の印象を尋ねてきました。

「ええ、今回の視察で感じたのは、あの国は想像以上に繁栄していて、想像以上に問題を抱えているという事でした。」

「ほほう、わずか半月ほどの滞在、しかもそなたの様な人生経験も少ない者の目にも明らかな問題を抱えていたのか。」

「はい、端的に言って時代の変化に、社会の仕組みが追い付いてないと感じました。
 一番顕著に現れていたのは、王都の下水施設の立ち遅れです。
 急激な人口増加に処理能力が追い付かず機能不全に陥っています。
 結果として王都はとても不潔で、街路に汚物があふれ、町には悪臭が漂うという状態でした。
 あれが世界一の繁栄を誇る国の王都とはとても思えません。」

「ほう、そんなにひどい状態なのか。
 以前、亡くなった姉上からの便りにセルベチアの王都も不衛生この上なく、悪臭に悩まされているとあった。
 アルビオン王国の王都も似たようなものなのか。」

「セルベチアの王都がどれほどのものかは存じませんが。
 アルビオン王国の王都では人口が増加しているため、五階もの高層住宅がしきりに建てられています。
 この高層住宅、各部屋をそれぞれ別の人に貸し出しているのですが、トイレは一階にしかないそうです。
 いつしか、二階以上に住む人はトイレに行かず窓から汚物を捨てるのが一般化してしまったようなのです。
 このため、何時汚物が降ってくるか分からないので、安心して道を歩くことも出来ない始末です。
 全く呆れたものですね。文明人の行いとは思えません。」

「なるほどのう、しかし、町がそんな状況だと疫病が発生するのではないか。
 人口が密集しているところで疫病など発生しようものなら目も当てられんぞ。
 今、この帝都はそんなに人も増えておらんし、道端に汚物を捨てるようなけしからん者もおらん。
 だが今後もそうとは限らん、我が国も注意せねばならんな。
 今から計画的に下水の整備でもしておかんと、人が増えた時二の舞となる恐れがあるしの。」

 おじいさまは王都の話に顔をしかめていましたが、やがて他人事ではないことに気付いたようです。
 そうですね、下水道の整備など建物が建ち並んでしまった後に行うのは大変です。
 後を追うものは楽で良いですね、先を歩いて失敗したものの教訓を生かせるのですから。
 実際はそれに気づかず、得てして二の舞を踏むのですけど…。


「一方で、その欠陥のある高層住宅も含めて、高い建物が建ち並ぶ王都の繁栄ぶりは素直に驚嘆しました。
 私、王都の郊外に屋敷を手に入れたのですが、その裏の丘に登ると王都が一望にできるのです。
 そこから見渡すと広い王都に高い建物が林立していて、その繁栄ぶりが実感できます。」

「そうか、王都に屋敷を手に入れたか。
 そなたのことだ、どうせその屋敷にもそこにあるのと同じ敷物を敷いてあるのであろう。
 私も公務に余裕がある時に一度連れて行って欲しいものだ。
 そなたが驚嘆したというアルビオン王国の繁栄ぶりをこの目で確かめたいからのう。」

 おじいさまは王都の屋敷に転移魔法を組み込んだ敷物を設置してあることに思い至ったようです。
 そうですね、一度アルビオン王国にお連れするのは良いかもしれませんね。
 あの汚い街を見せて、他山の石としてもらいましょうか。


     **********


「それで、肝心の蒸気機関ですが、確かに素晴らしい物でした。
 蒸気機関車はとても乗り心地も良いですし、何よりもとても速かったです。
 また、蒸気機関を用いて自動化を図った紡績工場を視察してまいりましたが、驚くほどの速度で糸が紡がれていました。
 一人の職工が従来の数千倍もの量の糸を紡ぐことができるそうです。
 それと同時に、共にリーナの領地では適さないことも分かりました。」

「ほう、そんなに素晴らしいものの何が適していないと分かったのかね。」

 私は、王都の話に次いでアルビオン王国訪問の本来の目的である蒸気機関の事をおじいさまに話します。
 いきなり、否定的な見解を言ったことから余計におじいさまの関心を引いたようです。

「一番の難点は石炭の調達の問題です。
 蒸気機関は石炭を湯水のように消費します。
 アルビオン王国では石炭が豊富に取れるそうなのです、それこそ薪よりも安価なくらいに。
 ところが、リーナの国では石炭が取れません。
 すると、いきなり話が変わってくるのです。
 石炭は重量物なので他所から輸入するとなると、運送コストだけでとても採算に合わなくなるそうです。」

「石炭か、帝国でも石炭が豊富な地方はあるがこの付近では採れないな。
 ルーネス川流域には石炭が豊富に取れる場所が多いのだが…。」

 石炭の話をしているとおじいさまは情けない顔をし、声が小さくなりました。
 何か気に障ったのかと心配していると。

「以前は我が一族の領地でも石炭が豊富に取れたのだがな…。
 私が生まれる前の話だが、私の母の代に帝国皇帝の座を巡って内戦があったのだ。
 結局、我が一族の領邦は北部の有力な領邦に内戦で負けた訳だ。
 和平を結ぶに当たって皇帝の座は引き続き我が一族が担う代わりに、その領地を割譲することになったのだよ。
 もっとも、つい最近、セルベチアとの戦争で奪われて、そこは帝国領ですら無くなっているがな。」

 どうやら、戦下手のおじいさまの一族のトラウマを刺激したようです。
 しかも、セルベチアに奪われたのはつい数年前、おじいさまが采配を振るった戦争です。
 おじいさまはその領土がセルベチアに奪われたことに責任を感じていたのかショボンとしてしまいました。

「難点は石炭の調達だけではありません、
 蒸気機関車に関していえば、現時点では力不足で登坂能力に難があるのです。
 アルビオン王国のような平坦地ではさして問題ありませんが、リーナの国の様に山岳地帯では役に立たないようです。
 現に蒸気機関車の終点付近にある緩い坂を登れずにケーブルで引っ張り上げていましたから。
 蒸気機関で自動化した工場にも問題がありました。
 先程言ったように一人の職工が従来の何千倍もの糸を紡げるのですから膨大な糸が出来てしまいます。
 その糸は同じく自動化された織布工場で大量の布に加工されるのですが…。
 大量の糸や布地を作っても売り先がないと損をするだけです。
 アルビオン王国は世界中に植民地を抱えていて、そこが大量に作った糸や布地の売り先になっています。
 翻ってリーナの国を見ると大量生産をしても販路が無いのです。」

「そうか、ではアルビオン王国まで出かけた成果は余り無かったのかのう。」

「いいえ、おじいさま。
 ここでも、幾つかの問題点に気付かされました。
 アルビオン王国では工場の機械化、自動化の結果、工場を二十四時間稼働させるようになってきました。
 その結果、十二時間労働という、長時間労働が一般化してしまったのです。
 また、十歳にもならない少年少女を雑用として雇ったり、女性に深夜勤務をさせる工場もあるそうです。」

「ほう、それは凄い。それで、工場で働く者から不満は出ないのか。」

「それが、信じられないことに小さな子供ですら工場で働くことに肯定的なのです。
 働けば美味しいものが食べれるとかきれいな服が買えるとか言っています。」

 私は、その背景として住民の購買力の向上に伴って町に物資が集まっていることをおじいさまに説明しました。
 お金を出せば色々なモノが手に入るようになったことで、物欲の方が勝って働くことを苦にしないようだとの説明も添えておきました。

「そうであるか。
 十歳にもならない子供を深夜に働かせると言うのは健全な姿ではないな。」

「ええ、ですからその様な悪しき慣行が持ち込まれる前に法で禁じてしまえないかとリーナと話していたのです。
 幸いにして、大陸では機械化が遅れているので、そんなことをしている工場は今のところありません。
 どんな商人も競争がある以上、大陸の国々もアルビオン王国にならって機械化の必要に迫られるでしょう。
 その時に、長時間勤務や女性や小さな子供の深夜労働といった悪しき慣行をならえないように前もって封じてしまうのです。」

 私の言葉を聞いていたおじいさまが目を見開いて言いました。

「まだまだ子供だと思っていたが、中々考えおるわ。
 ロッテの今の話、工場法とでも呼ぼうかのう。
 我が国でも検討させてみよう、確かにそんな不健全な労働慣行が一般化したらたまらんわ。」

 どうやら、おじいさまは私達に同調してくださるようです。


     **********


「しかし、せっかくアルビオン王国まで行ったのに否定的な話ばかりではないか。
 結局、そなたの友人の領地に雇用の場を作るという目的に資するモノは見当たらなんだか。」

 私がアルビオン王国の問題点ばかりをあげつらったものですから、おじいさまは前向きの成果が無かったと思ったようです。

「いいえ、おじいさま。
 アルビオン王国へ行った成果は十分にございました。
 とても良い人材を見つけたのですよ、三人も。」

「ほう、それはどんな者たちなのだ。」

「はい、一人は初老の女性で昔アルビオン王国の大学で教鞭をとられていた方です。
 リーナの領地の領民に教育を行き渡らせるための協力を仰ぐためにお連れしました。
 後の二人なのですが、若い機械技師と時計職人です。
 機械技師の方はアルビオン王国の大学を卒業していて機械に非常に通じております。
 リーナの領地で機械工房を任せる予定です。
 時計職人の方はとても腕の良い方だそうで、同じく時計工房を任せようと思っています。」

 私の話を聞いていたおじいさまの表情が途中で険しいものに変わりました。
 そして、…。

「なに、若い男だと。
 そ奴らは、今どこにおるのだ。
 まさか、そなたの館に逗留しておるのではあるまいな。」

「はい、シューネフルトに工房を確保するまでは館に留まってもらう予定ですが。
 それが何か?」

「ならん!
 どこの馬の骨ともわからん若い男が、可愛い孫娘と同じ屋根の下で過ごしているなどとは。
 何か間違いでもあったらどうするのだ。
 私は心配で眠れんではないか。」

 ああそうですか…。
 その反応をするのは何人目でしょうか、もうお腹いっぱいです。

「おじいさま、ご安心ください。
 館に逗留してもらうと言っても、来客用の別棟ですので。
 それに二人とも機械にしか興味が無いような殿方で、あまり女性に関心はなさそうですので。」

「いいや、男なんてものは、いつ狼になるか分からん。
 ロッテの美しさに、ついクラッとするかも知れんだろう。
 そんな奴ら、馬小屋に寝かしておけば十分だ。」

 何という親バカ、いいえ爺バカでしょうか。
 結局宥めるのに大分時間を取ってしましました。
 一応は納得してくれたのですが、私の帰り際にこんなことを言っていました。

「きっと、そのうち見に行くからな。
 もし、ロッテに不埒な真似をしていようものなら、亡き者にしてくれようぞ。」

「はいはい、そのうち二人を紹介しますよ。
 時計職人の方は本当に素晴らしい技術を持っているようですので。
 生産体制が整ったら、完成品をおじいさまに献上させていただきます。」

 しつこいおじいさまにそう告げて、私は皇宮を後にしました。 

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