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第6章 異国の地を旅します
第109話 隠れ住んでいた訳ではないそうです
しおりを挟む「まあ、お貴族様の口にあうかどうかはわかんないが、遠慮せずに食べておくれ。
せっかくココが獲ってきてくれたウサギだ、残したら勿体ないよ。」
そう言って、アガサさんはテーブルの上いっぱいに広がる手料理を振る舞ってくださいました。
ココちゃんが獲ってきたウサギの肉を使った香草焼きをメイン料理に、アガサさんの畑で取れた野菜の料理などが並びます。
「このウサギの香草焼き、とても美味しいですわ。
ウサギ肉の淡白な味わいに、アガサさんが調合されたハーブ塩がとてもあっています。
それに、アガサさんの畑で作られたお野菜もどれも味が濃くてとても美味しいです。」
「王族の方にそう言われるなんて、私の腕も捨てたもんじゃいないね。
私も丹精込めて育てた野菜の味を褒めてもらえるとお世辞でも嬉しいよ。」
リーナが饗された料理を褒めると、アガサさんは相好を崩して言いました。
そして、
「それに、こんなに大勢で食卓を囲むなんて本当に久しぶりだよ。
この歳になってこんな人里離れた所に一人暮らしだろう、たまには人恋しくもなるさね。
今日は、あんたらが泊まっていってくれて本当に嬉しいんだ。
ほれ、ほれ、どんどんお食べ。」
そう言って食事を勧めてくれるアガサさんはとても楽しそうでした。
アガサさんはどうしてここで一人暮らしをしているのでしょうか。
今楽しそうに食事をしているアガサさんを見て、私の脳裏にそんな疑問がかすめました。
ですが、せっかく楽しい食事時に聞く話でもないかと思いその時は尋ねないでおきました。
そして、リビングでアガサさんが入れてくれたハーブティーをご馳走になりながら食後の団欒となりました。
「アガサさんはこちらでお一人で暮らしているようですが、私の一族のように魔女狩りから逃れて隠れ住んでいるのですか?
私は、ココちゃんが一緒なので私と同じ精霊と共にある一族の末裔なのかと思ったのですが。」
私は先程から気になっていることを聞いてみることにしました。
「魔女狩り?
いったい、何百年前のことを言っているんだい。
この国ではもう百年も前に魔女狩りなんて終わったよ。
この家に移り住んだのは私が若い頃の話さ、別に隠れ住んでいる訳でもないんだけどね。」
どうやら、アガサさんの一族がここに代々住んでいたという事ではないようです。
若い頃にこんな人里離れたところに移り住むなんて珍しいですね。
「私は元々は大学で生物学を教える学者でね、この辺りの植生の調査をしていたんだよ。
まあ、代々魔法使いの家系ではあったので子供の頃から手習いのように魔法は教え込まれていたんだけどね。
この森の中に龍穴があるのを感じたものだから、森に入り込んでみたらココと出会ったのさ。
私が精霊を見たのはココが初めて、あんたの様に生まれた時から精霊に囲まれて生活していた訳ではないのさ。」
アガサさんは龍穴があるのを知って、この森を買い取って家を建てたのだそうです。
最初は自分の研究対象であるこの周辺の植生調査の拠点とする目的で建てた家なんだそうです。
「その頃ね、大学の教授のポストが一つ空いたんだよ。
私が後任の教授の最有力候補だったんだけどね…。」
そういって、いったん言葉を切ったアガサさんは苦い思い出を語るように話し始めました。
「教授の座をずっと狙ていた男が同じく教授の候補にいてね。
そいつが、神聖な大学の教授の座に汚らわしい魔女が座るのは如何なものかと告発したんだよ。
まあ、魔法使いなのは事実だし、大学側も知っていたことなんだ。
それに、さっきも言ったように、この国では魔女狩りなんてのはとうに禁止されているんだ。
魔女だから、教授の座に相応しくないなんての言い掛かりもいいところだよ。
でもね、この男が声高に触れ回るもんだから、大学側が困ってしまったんだ。
この国の大学ってのは聖教の教会の付属施設から発達したものでね、理事会は教会関係者で占められているんだよ。
私が本物の魔女だってことが理事会の耳にまで届いちまってね。
流石に対面上拙かろうという話になったのさ。」
結局、居難くなったアガサさんは大学を辞めてこの家に引っ込んだそうです。
結界が張ってあるのは、何も隠れ住むのが目的ではないそうです。
アガサさんがここに移り住んだのはまだ若い頃だったので用心のために結界張ったそうです。
若い女性の一人暮らしは不用心だから。
「ここに住んで、研究に没頭するうちにこの歳になっちまった。
以前は研究仲間や魔法使い仲間、それに教え子なんかも訪ねてくれたのだけどね…。
年を経るごとに櫛の歯が欠けたように、ここを訪れる者が無くなってしまって。
あんたらは何年ぶりのお客さんかね。」
すると、今まで私の契約精霊達と楽しそうにお菓子を食べていたココがやってきて言いました。
「御ばばも見ての通り、いい歳だからね。
そろそろ、一人じゃ心細くなってきたんだよ。
最近、人と話していないなって良くボヤくようになったんだ。
みんなが泊まってくれて今日は本当に楽しそうで良かった。」
ふむ、大学の先生ですか。
一人暮らしが心細い、という事はここを離れても構わないのでしょうか。
「失礼ですけど、アガサさんは帝国語の会話や読み書きは出来ますか。」
私が一点尋ねると、リーナがハッとした表情を見せて私の顔を見ました。
「帝国語、そんなの出来るに決まっているじゃないか。
学者なんて生き物は、この国の言葉以外に、帝国語、セルベチア語、古代ロマリア語ができてなんぼだよ。」
アガサさんの言葉を聞いてリーナがすかさず言いました。
「もし良かったら、私の領地に来て仕事を手伝ってもらえませんか。
実は私、今大変困っているのです。」
そう言ってリーナは領民の子供全員に対し読み書き計算の教育を施することを計画していることを明かしました。
「出来れば、アガサさんには子供たちに教育を施す仕組み作りを手伝って欲しいのです。
それと、最初の教員を養成するための先生役をしてもらえれば助かります。」
「ほう、領民の子供に等しく教育を施すって?
あんた、珍しいことを考えるね。
農民の子供に読み書きを教えてどうしようと言うんだい。」
アガサさんはリーナの言葉に関心を示したようで、身を乗り出して尋ねてきました。
「私の領地の農村部は非常に貧しいのです。
毎年、年端のいかない娘が娼婦として売りに出されたり、男の子が傭兵として国外の戦場に送られていきます。
子供たちにそんな過酷な生き方をしないで良い選択肢を用意してあげたいのです。
そのために不足しているのが、教育の機会と雇用の機会だと私達は考えました。
しかし、どうすれば良いのかわからずに、今は手探りの状況です。
今回、この国を訪れた目的もそれに関係しています。
最近この国で多くの女性を雇用している工場が増えていると耳にして視察に来たのです。」
「なるほどね。
読み書き計算ができれば、何処かの商人のところへでも働きに出せるか。
面白いね。
この国の為政者でもそんなことを考えている者はいないよ。
ここを出て行く良い機会かも知れないね。
私もそろそろ一人暮らしが心細くなってね。
こんな老いぼれでも良ければ、最後のご奉公をさせてもらおうかね。」
「なになに、御ばば、その人達のところに行くの?
アタイも賛成だな。
御ばば、体も弱ってきているし一人暮らしは心配だったんだよ。
それに、その人達のところにはアタイの仲間もこんなにいるんだ。
アタイも、仲間がいっぱいいるところに移るのは嬉しいよ。」
私達の会話を聞いていたココもアガサさんが私達の許に来ることに賛成しています。
「ああ、ココ、一緒にこの人達のところにお世話になることにしよう。」
こうして、アガサさんをリーナの計画のメンバーに加えることになりました。
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